第24話 1月の雷鳴⑤

「利害関係が一致している以上、協力した方が得だと思いませんか?」

 神楽坂は目を細め小首をかしげながらこちらに持ち掛けた。

 先に結界内に再突入したりり子は絶賛殺戮中の神楽坂に遭遇してそのまま乱戦になり一時同盟を結んだらしい。

「俺もそれで構わない」

「ふふ、朔君は理解が早くてとてもありがたいです」

 友人面されるのはすごく嫌なのだが、一人で鶴来の相手をするより頼もしいのは事実。ぐっと呑み込む。


 俺は二人に鶴来に遭遇したこと、身に覚えはないが何やら恨みを買っていることを伝えた。

「ああ……」

「なんだ。朔君には話してなかったんですね」

 顔を覆うりり子と神楽坂のリアクションに俺は必死に最近したことを思い出す。

蛇……橙の事務所襲撃……?

違う。あれは下級構成員だし俺は直接手を下していない。

鶴来の胸元のネクタイに少し引っかかりを覚えていた。

ビルの屋上、くたびれたスーツ、似合わないネクタイ、たまと同じセーラー服。

血溜まりの光景が蘇る。

子供を殺していた殺人犯。

戦闘不能にして協会に引き渡した男。


俺が、殺した男。


……そうか、りり子は知っていたから俺を参加させたくなかったのか。




・ ・ ・


 鶴来は元いた団地の中央、広場の中央に設置されている水の止まった噴水に腰掛けていた。

 俺は壁を張りつつ慎重に近づく。視力を補強し観察するが側にいた二人は見当たらない。

 鶴来は顔を上げる様子はない。俯き、静かに静電気を発している。足元には使用済みの注射器。そして剥き出しの腕には入れ墨と無数の注射傷。

薬……?

俺は静かに鶴来に歩み寄る。

「鶴来、話「死ね……」

顔がゆっくり上がり俺と目が合う。

やはり、鶴来はまだ子供だ。

怒りに伴い色の抜けた茶髪がふわと浮き上がる。

「俺は直接あんたに会った覚えがない」

動揺してはいるが互いに目は逸らさない。

「殺したんだよ!!テメエが!」

確定か。もう、どうしようもないが。

「あんたとそう歳の変わらない子が殺されていた」

「知らねえよ!!!」

雷撃が縦横無尽に散った。

タイルが割れ噴水のへりが抉れた。

反応速度を引き上げていたおかげで避けられたが、大声が頭に響く。

「悪いが子供を殺して悦に入る糞野郎にかける慈悲はない」

「……俺には、兄貴しかいなかったのに。人殺しのカス野郎!」

「メル!」

 合図に合わせメルキオルの複写体が飛び散った。

俺は打ち合わせた建物の屋上に壁を伝い走る。

屋上に跳び上がり、りり子を抱き上げる。

 次の瞬間、なにかが鶴来に肉薄した。神楽坂だ。

しかし鶴来の周囲に火花が散り、強襲は失敗する。

斬りかかった刀は曲がり、虚空に瞬時に消えた。

「へえ」

神楽坂は慌てる様子もない。

「クソクソクソクソクソクソクソクソがぁ」

鶴来のこめかみからは血が出ている。

薬でもやっていたのか、自己防衛の術の反動か。或いは両方か。

神楽坂はいつの間にか佩いていた二振り目の刀の柄に手を置いていた。

「オレから兄貴を奪ったのに、ああそうだオマエラはいっつもいつもいつも」

『死にたくなければワタシの間合いに入らないでくださいね、子供達ガキども

 回路に荒々しく一方的に捩じ込まれたメッセージに合わせるように火の粉が舞い、神楽坂の姿が掻き消える。

さしもの鶴来も神楽坂は無視できないのか涙を流しながらドラムスティックを構えた。


 狩るものと狩られるものが入れ替わる。

鶴来が広げた雷の壁を神楽坂が斬り払いそのまま鶴来を裂こうとする。

紙一重で避けた鶴来が足元に転がっていた瓦礫を神楽坂に蹴り、神楽坂もそれを避け鶴来に向かう。刀を雷が伝導してないのか神楽坂の動きは変わらない。

肉体か、刀自体に術式阻害の術がかけてあるのか。一瞬見入りそうになるが意識を戻す。


「お行きなさい、『影の獣』シャドウサーペント

りり子が柔らかく腕を振ると指先から黒い雫が地面に飛ぶ。

そのひと粒づつが膨らみ起き上がり生き物のように蠢く。


 道中で決めた。神楽坂が攻撃、りり子は援護と影の制御、俺は身体強化をかけ機動力の不安なりり子を抱えて逃げ回るおとりだ。

りり子の影繰、影の獣は集中力を喰うし視界に入っていないと操れないが非戦闘状態の時あらゆる物理干渉を受け付けない強力な術だ。俺が使うメルキオルとは違い獣自体に殺傷能力がある。


『やっぱり届かなさそう。もう少しだけ近づける?』

『ああ、でかいのを数発撃ったから少しは消耗していてくれるといいんだが……』

 回路を繋いで、思念で会話しながらりり子は詠唱を続けている。

『しんどくなったらすぐ言え、離脱する』

『大丈夫、神楽坂をなるべく視界から外さないように走って』

『わかった』

空中に数度足場を作り建物を降り、遠巻きに近づく。

鶴来の足元には数本折れたスティックが転がっている。

空振を感じ俺はりり子を横抱きにしたまま壁を張りつつ後ろに下がる。

『お兄ちゃん、右からくる』

みの音が頭に入る前に左に跳んでいた。

地面が抉れ街灯が蒸発した。

足をついてすぐ神楽坂の位置を確認しながら走る。

同射程内に入ればまとめて焼かれるか。

「融解と氾濫、溶融のカンタータ。踊り奏でよ獣達」

 りり子の影繰は詩文系詠唱術、物語に見立てたり歌に載せて空想を現実に反映させる。指揮をするように両手を掲げ、指揮棒に組み替えた杖で影に指示を飛ばす。りり子の杖は影と同組成なので変幻自在だ。

腕の中でりり子の身体から少し力が抜ける。仕掛けるようだ。

りり子の操る質量を持たない影達が、言葉通り踊るように肉薄した。

「さわんじゃねえ!」

 鶴来の周囲に円形に衝撃波が放たれる。

幾つかの影が瓦礫に掻き消えるが、足に一体がからみつき、変形した前腕が突き刺さる。

『掴まえた』

「鶴来!」

 俺が叫ぶと鶴来がこちらを見た。

まだ幼さが残る顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。

神楽坂が鶴来をめがけ跳ぶ。

「にい、ちゃ……」

「待て神楽坂!!!」

俺の言葉に反応してかは分からないが、神楽坂が一瞬で刀を持ち替え鶴来の頭を刀の柄で殴りつけたのが見えた。

鶴来は頭から吹き飛び瓦礫に埋まり、動かなくなった。

足から流れた血が瓦礫に赤い線を引いていた。

「朔……」

りり子が不安そうに俺を見ている。

ごめんな、りり子。

 俺は一度りり子を降ろしてから鶴来に歩み寄り、手から杖を引き剥がし、装備していた予備も外して放り投げた。

「朔君、どういうつもりかな?」

「…………こいつはまだ子供だ」

「そんなゴミを庇うのかい。お人好しも度を過ぎれば罪深いですよ」

今回についてはきっと神楽坂の方が正しい。

「時間をくれ。冷静になって、ちゃんと話をしたい」

「……ハァ……」

「か、神楽坂……」

りり子が上擦った声を上げた。

「あたしからも、お願いします……朔に任せて……」

「……仕方ないですねぇ……最低限分前はいただきますよ」

そう言うと反論も待たず神楽坂は鶴来の両手首を後ろ手に束ねて掴み上げ、両腕を一振りに刎ねた。

血が盛り上がるが一瞬で断面が焼け止血される。

人肉の焼ける嫌な臭いに俺とりり子は顔をしかめた。

術士の医者なら治せる損傷ではあるが、一切躊躇いがないのは普段の行いを想起させる。

「ワタシは獲物の一部を証拠として納品しているので。まぁ、これで少なくともかなり弱体化はしますし当分手は使えません。充分でしょう。ああ、くつわもかけさていただきますので、外すのはワタシが見てないところでしてください」



 少し離れた3階建てのアパートの屋上に俺は両腕にりり子と鶴来を抱えたまま降りる。

フェンスが張られているし住人のフリースペースとして使われていたのだろう。荒れた人工芝の端にベンチが置いてあった。

「目が覚めて暴れられても困るな……仕方ない、やるか」

俺は両手で掴んだ杖を体の正面に構えメルキオルに回路経由で指示を出す。

倉庫を増築する。倉庫には既にある空間と門を繋いだものと空間を折り畳み持ち歩くものがある。俺が道具を持ち歩くのはたいてい後者だ。前者などは夜会の会場に近い。空間接続の方が圧倒的に素子消費が低いが、結界内外の移動が難しい時はかなり不利になる。

幸い今は押収品倉庫は空なのでそちらの空間を広げるだけでいい。

本来生き物を入れるものではないが非常事態だ。仮死術をかけた上で倉庫に放り込む。この状態から蘇生できるのはもって数日だが、どの道脱出出来なければ全員お陀仏だ。


 りり子の横に俺が座り数分後、神楽坂がふわりと人工芝に降りた。

神楽坂の手には歪んだ黒いゴミ袋か握られている。どう見ても40L以上はあり、とても腕だけのサイズには見えない。他の幹部の首も入っているのかもしれない。

「これでひとまずはワタシのお仕事は終わりです」

 神楽坂は息をついて座りこんだ。

かなり激しく動いていたし、疲れてはいるだろう。

「神楽坂……万世橋さんは……」

取り急ぎこれだけは確認しなければならなかった。

「はぁ……あれは下手に殺せばワタシ達全員お陀仏ですよ……」

空に浮かぶ光の球体を見遣る。

「……やはりあれが……万世橋さんなのか……?」

返事はない、無言の肯定と受け取る。

協会に登録してから直接会ったことはないが人望のある人だった。だから今回の大規模な討伐も協会本部から許可が出たのだろう。

「あんたは、ここから出る見当はついているのか」

「…………まぁね」

「何が起きたんだ」

「……祭壇を分離するための結界構築中にこいつらの手下がドンパチやり始めたんですよ。で、初動部隊の一部と乙夜君、蛇の鉄砲弾で出来たお団子がアレ。大半は死んだり吹き飛ばされてましたけどね」

神楽坂は内側から小さな穴を開けて邦子に連絡できない事で自分の状況に気付いたらしい。

「祭壇は」

「吹き飛びましたよ。ほら、お団子の下は建物が無いでしょう?」

神楽坂が指差す球体の下はなるほどクレーターになっていた。

「ワタシからすると君が自分からここに来たことが正気じゃないですよ。馬鹿じゃないですか?」

「……あんただって長谷川がいれば来ただろ」

「まず来させませんよ、掃除なんかに」

 若作りの老爺は軽く膨らませた頬に杖をつく。

そこで神楽坂は目を閉じた。狐がわらわらと集り大きく膨らみ主を覆い隠す。狐玉の完成だ。

「休憩中ってか……」

あとは脱出するだけだが皆消耗している。神楽坂とて数日連続稼働していたなら疲労は計り知れない。

まずい状況ではあるが、また動けるようにしてもらわねば。


 外界との時間的ズレは結界解除時のエネルギー的不均衡を招く。

結果のみ端的に言えば溶けるのだ。

通常時間の流れの異なる物質が触れ合うことはないが、かつて術士の間では有名な実験が行われた。

 実験と言っても事故的な物だが、結界の内部にやはり歪みが生じ内部記録で6時間、現実で二ヶ月という時間の差が生じた。

外部から観測していた術士の記録では解除時爆発と共に全ての動植物が溶け崩れたらしい。

 物質は特定の周期で回遊する原子の結び付きで出来ている。

一定以上時間の差がある状態で結界を解除した際、動くことでこの原子のスピンに異常が出て一時的に物質の構造が維持ができなくなる。

 無機物の場合動かない事でこの現象を回避出来ていたようだが生物はそうはいかない。

一瞬であれ体全部を脳までズタズタにされて生き残れる生物は藻や一部のバクテリア位だろう

 その後の研究である程度までなら全身の激痛とキツめな体調不良で済むことが実証されたものの、ここまで広範囲の実験例などありはしない。


 俺は光の球を見る。

「あれが何か正確に解析しないとか……」

「ごめんなさい……結界がおかしくなったときは……あたしも突然で対処が全然間に合わなくて。そこで……一回終わっちゃったから……」

りり子は俺の服を握った。

何故りり子を達を死体拾いが外に出せたかは分からないが、りり子がやられた理由は大体分かった。俺でも即死していただろう。

「少しは休め。おまえだって疲れてるだろ」

「大丈夫よ……あたしは……」

 大丈夫には見えない。元々色白な肌は更に血の気を失っているし、手が少し震えている。

『朔、複写を飛ばしておくかい』

『ああ、頼む』

「誰かと話してるの?」

「メルだよ。複写を飛ばしたから暫く待ちだ。俺達も少し休もう」

「お兄ちゃんって時々強情よね」

「そうだよ。だから休んでくれ」

震える手を握り、頭を撫でると諦めたようにりり子は俺の膝の上に頭を乗せた。


 時間は惜しいが、軽はずみな行動は死を招く。

メルの複写が少しずつ戻り解析結果を伝えてくるのをりり子を撫でながら聞いているが光球はエネルギーの塊であり近づくだけで分解されてしまうらしい。

なるほど、地区長の生存には期待できそうにない。

組まれていた術式についても分からない。

残党に話を聞ければいいがそもそも人影が少ない。事前情報と話が違う。

袋小路に追い込まれていくような嫌な感覚だ。

「メル、俺も……少し休む……」

『起こすから大丈夫だよ。おやすみ、朔』



 どれくらい経っただろうか

『朔起きて』

メルの声に意識が引き戻された。

「おはよう子供達」

無意識なのか、からかっているのか、気配を殺して真後ろに立っていた神楽坂に産毛が総毛立つ。

「……」

何とか動揺を抑え振り向く。

神楽坂は身体を浄め着物を浅葱色のものに着替えていた。好き好んで血まみれでいたわけではないらしい。

「脱出方法は思いついたかい」

「壁に球形の結界をつけて……小さく穴を開ける」

とはいえこれだけ広範囲の結界を壊すとなると……

「それを作るのに目算でどれくらいかかるかな」

「俺達と十人程度まともに動ければ……三日くらいでなんとか……」

「君達を気に入っているから教えるけど、一身上の都合であと一日、最長でも二日以上は待てないんだ」

わざとらしくあくびをしながら神楽坂は言った。

「……は?」

神楽坂本人は俺達の近くに座り狐から注射器を受け取り慣れた手付きでリズミカルに自分に薬を射ち始める。足元に転がる狐に切られたカラフルなアンプルだけ見てもかなりの量だ。

「つまりそういうことだから」

捲りあげた着物の下の腕は無数の注射痕。

忘れそうになるが神楽坂は老人だ。

素子量は一般的に一定年齢を越えると加齢で減っていく。術で補えない部分をドーピングで補っているのだろう。

結界内で薬を用立てるのにも限界がある。

「けど折角だから良い方策を思いついてこの機会に貸しを返してくれたら嬉しいな」

「朔、何したの……」

いつから起きていたのか、りり子の言葉は気持ち刺々しい。

「事故的に助けられただけで非合法なことはしていない……頼む信じてくれ……」

「……本気で疑ってはいないわよ……。神楽坂、あなた自身は何か案はないの」

「そうだねぇ……自分を保護して結界に穴を開けるかな」

「……他人の危険はどうでもいいの?」

「不味いだろうね。でもそれだけならワタシ一人でできてしまうわけだ」

死にたくなければなんとかしろと言いたいのか。

「りり子、お前達以外……いや、術士以外の生存者はどうしているんだ」

「わからないわ。姿は見ていないから地区長がなにかしたんでしょうけど」

「……」

街一つ、住宅街も入っている。失踪者が話題にならないはずもない。

しかし俺が毎日聞いているラジオや地域新聞で、少なくとも聞いていた限りは失踪者の話はしていなかった。

情報統制式が働いているということは住人には途中まで結界が作用している可能性がある。

「まぁ、ワタシも今は軽率に人を殺せない身の上だからね。できるだけの協力はしよう」

「軽率に人を殺していい状況なんて……ねぇよ」

協会からの依頼とはいえ俺もこいつのことを偉そうに言えた身ではない。

歯切れの悪さから見透かされたのか神楽坂は薄く口角を上げた。

「ふふ。ワタシが連れ込んだ火狐の残りのうち二匹を貸してあげよう。胡蝶こちょう胡桃くるみ、彼を手伝いなさい」

黒い手袋に頭を擦り寄せてから狐二匹が俺達の足下に座った。

「お掃除して、半日成果がなければワタシも脱出を始めるから、頑張ってね」

残党狩りは一人で充分とでも言いたげに笑い、神楽坂は踵を返した。

「神楽坂」

振り向いた男にチョコレートバーを投げた。

神楽坂の代わりにチョコは狐がキャッチする。

神楽坂は不思議そうにそれを見ると、ひらひら手を振り掻き消えた。

「あたし達も行きましょう。少なくとも生き残りを把握して打てる手は打たなきゃ」

「ああ」

狐達は見張りと言ったところか。


ずっと太陽は見えないのに、空は薄暗くなってきていた。

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