第21話 1月の雷鳴②

 それからいくら待っても、りり子からも長谷川からも連絡は来ることはなかった。

もうすぐ1月が終わる。

先週、今冬の初雪が降った。

このあたりの雪はすぐに溶け春が来る。

「…………」

「……ぃ……先生」

「あ、あぁ……悪い。たま、どうした?」

「また考え事をされていたんですか?」

「ああ……」

 最近は戦闘も無く、ぼんやりしすぎていた。

日曜の午後、たまに接客を任せ、俺は注文の品を出し切り地域新聞を眺めていた。

ベルの余韻からするにランチの客は帰ったようだ。

「りりちゃん、大丈夫でしょうか……」

「……」

「先生、今日はこの後ご予約やお約束はありますか?」

「ない、けど」

 今日は予定も約束もなにもない。

「りりちゃんを、探しに行きませんか?」

たまはまっすぐこちらを見ていた。

「いや、駄目だ。危険すぎる……それにどこに行ったのか俺は知らないし……」

『朔』

客がいないのをいいことにフラフラと鳥が出て来る。

「何をしている」

『現在地は分からないけど討伐遠征の方角は分かるよ』

「…………たま。メルとなにかしていたのか?」

環は少しだけ唇を引き結んで視線を床に落としてから、意を決したようにこちらを見上げた。

「メルちゃんに手伝っていただいて、ネットワーク経由で防犯カメラの記録をみつけました。りりちゃん達の行き先は、途中までなら分かります」

「…………お前のそれは完全に犯罪だぞ」

「はい……ごめんなさい……」

悪いことをしている自覚はあるのだろう、環はまた目を伏せる。

「……学校は、大丈夫なのか……」

「先生……!」

「……連れて行きたくない」

「…………嫌、です……」

俺は薬箱から未開封の小箱を出して環の前に置いた。

「どんなに遅くとも22時までには送り帰す。あと酔いどめを飲んどけ」



 りり子の達の足跡は隣県にほど近い野茨駅で途絶えていた。

のんきに飛んでいて補足されても危険なため俺達は念の為二つ前の街で箒から降りて電車に乗った。

 駅を出て人のまばらな街を歩き、コンビニ近くの小さな公園でベンチに座る。

「メルちゃん、新しい解析結果は出ましたか?」

 たまが小声で端末に語りかける。青い小鳥は画面の中でくるくる飛び回っている。メルはなかなかに電子機器に強かったらしい。

『監視カメラに写り込んでいたのは野茨のコンビニが最後だね』

「そこか……」

 近くに結界や強い術の反応はない。もっと海の方に向かったのだろうか。

 環を巻き込まずに済んだ安堵と無駄足の後悔がせめぎ合っていた。

「せ、先生」

「なんだ」

「一つ、使えるようになった術があるので見てください」

 たまは小さく深呼吸して俺の前に立った。

急なことに少し慌てて結界を張る。

「あ……いえ、できます……やります……!」

たまに教えたのは小さく区切った範囲内での弱い効果の術だけだ。

身辺境界の範囲外に影響を及ぼしたり広域を探知するような術は教えていない。

「何をする気だ」

「今だけ私を信じてください」

 たまは鞄につけているお守りと、何かの紙、それとメルの通信器を握り集中している。

「やめろ、術を解け。本拠地は近いはずだ。下手な術は敵を呼び寄せる」

「5秒……いえ、3秒だけでいいです」

 たまの肩から弱い光の粒が浮かび上がる。素子で組み上げた式が白に近い水色に淡く輝く。

「メル、たまは何をしている」

 術の構成を解析する。

知らない

俺はこんな術を教えていない。

『朔、大丈夫だよ。僕がサポートする』

 メルの青い光がたまの光を支える。

おかしい、使い魔のメルキオルが使役術士の俺よりたまの命令を優先できるはずがないのに。

メルキオルに結界がこじ開けられる。

「メル!」

「届けて……!」

 たまから一斉に光が舞い上がった。

次の瞬間結界は元の形に戻りメルが霧散する。

「環!」

同時にたまが倒れた。

頭を打つ前に抱きとめたが、ひどく青ざめており、意識がない。

「何をしたんだ……なんで……」

『朔、成功ダ。リーリーを見つケたよ』



 説明は後でしっかりさせることにして、俺はたまをおぶりメルに続いて歩いた。意識の無いその体はあまりに軽い。

『たまチャンは素子量がかなり低クテ実際かなり術士に向いて無い』

メルなりに命令違反の為に身を削ったのか少しだけ喋り方がおかしい。

『……どれくらい』

『今気絶シタのは素子切れヲ起こしてル。朔が使うようなあったま悪い攻撃術を一回組んだら多分死んじゃうくラいタマちゃんは素子がない』

たまの詳細な解析は対抗術の兼ね合いで進んでいなかったし、俺は警戒してあまり大掛かりな術を教えてこなかった。

『…………何故たまを手伝った』

『頼まれた……のもあるけど、一時的に支配権を取られちゃってた』

『さっきのは……ろくに詠唱もなく儀式も組まずそれなりに素子を使ったはずだ。たまは死んでいないが本当に素子量が少ないのか』

『儀式場はタブレットの中ニ作っタし、たまチャンのお守り、あれ杖だよ』

 忍に関係するなにかなのだろうか、分からないが5センチもない平たい包みは杖を仕込むにはあまりに小さい。

橙のように圧縮したのだろうか、たまに近い誰かが。

『だから……どうした』

『それもたまチャンの為に作られた杖。少なくとも調整された杖だろうね』

『……』

 元よりメルが自分の意思で俺に反抗できるはずもないのは分かっていた。

背中の子供が少しだけ重く感じる。

触媒の質は術士の価値を何十倍にも引き上げる。

特注の杖持ちなどかなりの金持ちか名家に限られる。

そしてたまはどちらでもない。筈だった。

赤穂の名前がチラついて離れない。

『たまチャンが使った……ううん、ツクっタのはリーリーの手紙からリーリーノ残滓を追う術』

 おそらく使われた手紙とやらは小さな手に固く握られたままだ。

 電子情報を粒子に見立て飛ばし、該当想念の持ち主に当たるまで跳躍させ、当たった地点から情報を持って帰ってくるらしい。

かなり高等な術だ。

『俺は、教えていない』

『そうダね僕が聞かれて組成ヲ手伝ったヨ』

 俺が呆けているうちに、たまはメルに話しかけ、教えを請うていたらしい。

『彼女ハ絶望的に才能は無いけど、マチガイナク天才だよ。朔』

『……俺に話していいのか』

 一時的とはいえ主になっていたなら無意識に禁則くらいかけられるものだ。

『ずっと、一切、朔への隠し事は命じられてナいよ』

「そうか…………」

 今までも、報告はしていないだけで喋るなとは言われていないのだろう。

 メルは道を曲がり川辺に出た。このまま河川沿いを内陸側に進むらしい。

「このまま帰ってたまを置いてきたいと、俺は思う」

『今この解析はたまチャンがつけたものだし……ん?ポイントが動いてる。道路に沿ってるから多分、車かな』

「りり子は無事なのか?」

『分かんないからオススメデキナイ。マーカーとは違うから追えるのは術の効果が切れるまでダし範囲から出たら術が切れちゃう。ただ完全に脳が死んでタら意識を拾えてないから多分生きてる』

「分かった」

 俺は川辺に生えていた水草から縄を作り、たまを自分に括り付けた。

 たまがわかった上で俺と来たと言うなら、後は俺に託してくれたのだろう。

「体調は万全だ。多少無理してもいいよな」

『僕、朔のそういう頭悪くてオ人好しな所が割と好きだよ』



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