第20話 1月の雷鳴①

 長谷川は番号を教えるのは嫌だから、と跡継ぎの絶えた神社の廃殿に来いと俺を呼び出した。

 本当はたまは家に帰したかったが、環本人が希望した上長谷川と円滑に話すためにも一緒に向かうことにした。

「寒くないか?」

「はい」

 たまは不安そうに箒の後ろでしがみついている。

指定された場所はそこまで遠くなかった。

一応来る前に確認したが地図記号は神社になっていた。

境内に降り、箒をしまう。

 なるほど豪奢な飾りはないが鳥居もある。狛犬ではなく稲荷が置いてあるのは元々なのか後から置いたのか……

「たま、ついて来ちゃったの?」

 長谷川はジャージ姿だった。トレーニングでもしていたのだろう、少し汗をかいている。

「ごめんね。邦ちゃん……私も心配で」

「ううん、いいの。冷えるから二人とも家に入って」

「うち?」

 長谷川は神社の奥の社屋を指差した。


「おじゃまします」

「入り口は勝手に閉まるから出たいときは言って」

 靴を揃えて上がると中は綺麗にリメイクされていた。本当に暮らしているらしい。居間に通され、座布団に座るよう促されそれに倣う。

「長谷川…さんはご両親と暮らしてないのか」

「昔死んだわ。今は庵とここに住んでる」

長谷川はさらりと言う。表情は揺らぎもしない。

環も知らなかったのだろう。顔が青い。

「そんな……」

「たま。黙っていてごめんなさい」

「ううん……私も、何も知らなくて……」

「庵について聞きたいのでしょう。少し待って」

長谷川の視線を追うと奥の部屋からちょこちょことなにかを持った狐が二本足で歩いてきた。

「狐さん……!」

「ありがとう、椿」

狐が器用に持ってきた盆の上には人数分の茶と丸められた手拭きが置かれている。

後ろから羊羹を載せた皿を持った狐もついてきた。更に部屋の外から何匹か顔だけ出してこちらをうかがっている。

「この子たちは庵の狐よ。使い魔と言っていいわ」

魔術生物火狐。神楽坂はいつも侍らせていたが、炎を纏っていない時は見かけは普通の狐なのか。

長谷川が狐を撫でるとふんと鼻を鳴らし嬉しそうにゆるく太い尾を振る。こう見ると犬のようだ。かわいい。

「やっぱりだめね。普段は回路を繋いでいるから喋れるのだけど、一週間前から切れているの。だから連絡は無理」

「電話番号は」

「あれは仕事用。なに、あなた庵に依頼したことあるの?」

「一回教えてもらっただけだ」

職業殺人者。要は殺し屋に頼む仕事は無い。

「ふぅん……電話もチャットアプリも駄目ね。ただ生きてはいるわ。この子達も元気だし」

「回路は切れているんじゃないのか」

「通信はね。素子供給の回路は例え壁を百枚張られたところで死なない限り切れないわ。でも死ねば絶対に分かる。少なくともこの子たちはそう」

「……」

 魔術生物について、俺は詳しくない。メルキオルの素子供給は杖に残ったもので足りているから管理は雑だ。ただ、そうだな。メルも、そうだった。

 茶を飲む。かなり良い茶葉だ。ふくよかな香りが口に広がる。

「心配は……しないのか?」

「庵を?」

 長谷川はじっと環を見ていた。環は寄ってきた狐とじゃれている。

「あの人は負けないから必要ないわ」

「そ、そうか」

 無表情ではっきり言い切られた。これも師弟の信頼なのだろうか。

「庵に連絡を取りたいってことは討伐に知り合いでも行っているの?」

「……妹が」

「妹……?…………あの金髪の子?」

長谷川はクリスマスに面識があったのを覚えていたようだ。

「りり……リーリーちゃんって言うんです」

ハッとしたように環が続けた。戯れていた狐は腹を見せて転がっている。

「……そう……」

「もしなにか分かったら連絡して欲しい」

俺はポケットからメモを出し番号を書いて破った。

「橙に聞いたら。協会と仕事してるんでしょう」

長谷川は気持ち嫌そうに紙片を受け取る。

「橙は入院中だ」

「……そう、なの」

ひょっとして橙と仲がいいのだろうか、少し表情が揺らいだ気がする。

「通信が戻るかはわからないけど預かってあげる。ケーキのお礼はこれでいいのかしら」

「あれは気にしなくて良いんだが……助かる」

「用はそれだけ?」

「あ、ああ」

「じゃあ話はおわり、たまはわたしが送っていくわ」

「?俺が帰りに「送っていくわ」

「あ、うん」

少し怖い。

飛んできて分かったがここから環の家はそこまで遠くない。

環が邦子を幼馴染と言っていたのはおそらく本当なのだろう。

「邦ちゃん、そんな、悪いよ」

「ううん、ランニングも行くところだったから。たまはエスコートがわたしじゃ嫌?」

「私は嬉しいけど邦ちゃんは迷惑じゃない?もう夜だし、寒いよ?」

「全然」

任せないと後が怖そうだ。

「分かった。……芦原さんを頼む」

「先生?」

「じゃあ、俺は先に行くから」

頼むから突っ込まないでくれ。いらぬ波風を立てないためなんだ。

立ち上がり玄関に向かう

「ああ、待って」

引き戸に手をかけようとして長谷川に止められた。

「指、無くなるわよ」

伸ばした指先に痛み。

手を見ると浅く何箇所も切れ血が流れている。

発現まで気配も痛みも一切無かった。じくじくと痛みが広がってくる。

「出たいときは言ってって、言ったでしょう」

少し意地悪い笑みを浮かべ長谷川は扉に手を着き解錠をする。

二度とは来るまい。俺は止血しながら思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る