第19話 新年

 年が明けた。

義務的に初詣を済ませ、ラジオを聞きながら元旦を過ごし、2日からまた店を開けた。

 近くのファミレスは4日からの営業が多く、おせちなんかの和食に飽きた客が意外とくるのだ。毎年限定メニューとしてカレーを出しているこの三が日は一年で一番コーヒーが出る。朔の好きな営業日である。

 たまは夜会の後すぐ祖父母の家に家族で帰省したらしい。年賀状が来た。来週には橙達の見舞いが許可されるからそれは一緒に行く予定だ。

 ランチタイムが終わり、近所に住んでいる爺さん2人が客席で将棋を指しているのを視界の端に入れつつ、俺は推理小説の続きを読み進める。

 去年の喧騒が嘘のように街は静まり返っていた。

 平和な街と対照に協会の動きはきな臭くなっている。

近くの支部に寄ったら臨時の献血会と簡易杖屋が出ていた。壁に貼られたポスターには銀の蛇討伐の懸賞金について。

団体規模が百人を超える大規模抗争は知る限り数年ぶりだった。


3日後。俺とりり子、たまの3人で病院を訪れた。

ようやく集中治療室から出たと聞いたが年内の見舞いは今日が最終日らしい。


「やっほーみんな元気?」

俺たちの前に所員が来ていたのだろう。橙の折れた脚のギプスには散々落書きがされていた。

「まぁな」

「あははー……なんて。みんなごめんね、ありがと」

「久しぶりね。橙。こんな形の再会で残念だわ」

「リーリー、ちょっと背伸びた?」

「5ミリ伸びたわ。もう20cmは伸ばすから」

「こんにちは、橙さん」

花を活けた花瓶を持ってたまが来た。

「ありがとうたまちゃん」

「橙さん、お加減はどうですか?」

「もう全然元気よ!ちょっと折れたりしてるだけ。ごめんね、たまちゃんも大変だったのに……」

「忙しかったりびっくりで、怖いのは吹き飛んじゃいました」

しばらく3人がかしましく話しているのを壁から眺める。

面会時間はあっという間に過ぎていったが、そろそろ帰ろうかと言うと橙がきり出した。

「たまちゃん。最後にちょっとだけリーリーと朔と3人で話して、いいかな」

「たま……悪い」

「大丈夫です。廊下で待ってますね」

たまは一礼して部屋を出た。

ここは術士用の病棟。病院内は珍獣でもなければ安全だ。


今話さねばならないたまに聞かせたくない話は一つしか浮かばなかった。銀の蛇の討伐についてだろう。

「……リーリーは、元から討伐に行くつもりだよね?」

「委員会だしね。神楽坂が参加するんだから止められる戦力を考えたら仕方ないわ」

「朔ちゃん……こんなこと、頼んじゃいけないのは分かってる……」

拳を握りしめる。

「分かってる。俺も参加するよ」

「お兄ちゃん?」

「橙に……俺の家族に手を出したんだ。許さない」

りり子の表情が険しくなる。

「は……?なに?家族?」

「橙は俺の姉弟子だ。家族みたいなもんだ」

「いやいやいやいやお兄ちゃんそれはちょっとちがうんじゃないかなぁ?」

「そ、そうか?」

百面相なりり子に対して橙は真剣な顔で続ける。

「冗談はどうでもいいけど、朔ちゃん。朔ちゃんには討伐に参加しないで欲しいんだ」

「橙……?」

「リーリーが行くのに……最低だって分かってる……」

「いいのよ。橙。あたしも止めるつもりだったし」

「りり子までなんだよ」

橙がしばらく入院になるなら尚の事戦力は増やしたいはずだ。

「お兄ちゃん……クリスマス前にまた魔女狩りに行ったでしょ」

りり子の視線が刺さる。

「…………」

「ごめんね、気絶した時に勝手に診たよ。骨何本折れてる?小規模境界を張りっぱなしで過ごしてるのは分かってるよ」

「これくらい」

「お兄ちゃん、お兄ちゃんは素子は人より多いけど身体に負担をかけ過ぎてる」

「……」

「朔ちゃんが死んじゃったら、やだよ……」

りり子に倣うように橙が俯く。

俺は、何度こいつらにこんな顔をさせるんだ。

「……………………わかった」

橙の表情が明るくなる。

「うん!そして足しげく毎日お見舞いに来るといいよ」

「さみしんぼか」


 橙のついでに吾妻の病室も訪れた。まぁ、元から来るつもりで菓子折りも2つ買ってきていたのだが。

「た、たまきさん」

ほほう

薄々気づいていたがロリコ……いやりり子には見せない反応だ。たまが吾妻の好みなのだろうか。実年齢はともかく、少し、いや結構厳しいな。

「吾妻さん。お加減は大丈夫ですか?」

「ぜ、全然めちゃくちゃ元気っス!今全快しました!」

「んなわけ無いでしょバカ」

りり子が無情に吾妻のギプスを叩く。

吾妻のギプスも落書きまみれだ。

「あお〜〜」

吾妻はベッドの上でもんどり打った。

「吾妻さんもお大事にしてくださいね」

「ひゃい……」

もう麻酔を止められているのか、元気そうで何よりだな。

「退院の目処はついてるのか?」

術士の病室は施術も退院もかなり早い。

「俺は長くて1週間かな。姐さんは内臓やられてるからもう半月はかかりそうだってさ」

「そうか……」

「お前がしみったれた顔すんなよ。こっちは恥ず過ぎて死にたくなってんだから……」

「吾妻、お前は頑張ったよ」

橙と吾妻が無理をしていなければビルの中どころか駅の利用者が百人単位で犠牲になっていただろう。

「下のコンビニの兄ちゃん……助けらんなかった」

「……そうか」

「…………俺」

「お前のせいじゃない」

項垂れる吾妻はまだ子供だ。

「吾妻さんが頑張ったから、何人もあの火の中助かりました。とっても凄いことです。本当に……」

「う、く……」

「退院出来るまでに来れたらまた来るよ。しっかり治せ」

泣いているところは見られたくないだろう。俺達は足早に病室を出た。



病院から駅まではバスが出ている。

近隣は飛行阻害の術式が張られているため、バス停で大人しく次のバスを待つ。

風が冷たいが今術を使ったら顰蹙を買いそうだ。

「りり子、悪かったな」

「え、なに?お詫びに結婚してくれるの?」

「それは無いし重い」

りり子が明るく振る舞ってくれるから、俺は救われている。

「たまも、しんどかっただろ」

「いえ、お二人が元気な姿を見れたので安心しました。来てよかったです」

たま自身あんなことがあったばかりで不安だろうに、無理をさせている。

「討伐には行かない。俺はりり子達が帰る街を守るよ」

「俺がお前の港になるって?お兄ちゃんそれは、プロポーズ」

「ではない」

バカ話に苦笑いしているうち、バスが来た。


+ + +


 翌日から、俺は当面喫茶店の営業は昼だけに絞ることに決め、治療を始めた。

 たまが来る前から頻繁に魔女狩りに行っていたツケがかなり溜まり俺の体は傷んでいた。取り急ぎ骨折についてはなんとか自分で骨を修復した。

入院は、以前解剖されかけたことがあるためしない。

気絶した俺をりり子が病院に連れて行かなかったのもその為だ。

他の、臓器なんかの検診や治療は師匠でもある鈴ヶ織蓮にそのうち頼むしかないだろう。

 りり子は先行して討伐に向かうらしい。バタバタしていたし、久しぶりに7日前後に行っていた初詣に行けず残念だと電話で言っていた。

たまは帰省と冬休みの課題に追われているそうだ。俺に気を使ってくれたのかもしれないが、おかげでゆっくり休めた。

年賀状の整理も終わった。長野に行っている父さんから写真付きの年賀状が届いていた。そのうち顔を見せに行こう。

「一人でも、初詣くらい行くか」

量販店で買ったダウンを羽織る。

そういえばあの死にかけの奴は助かったんだろうか。

一瞬聞こうか悩んだが亡くなっていたら凹むだけだと思い直し、やめた。

街中にも小さな神社は点々とあるが折角なので山近くの神社に向かう。

歩くと急激に修復した骨周りの肉が痛むがこれもリハビリだと自分に言い聞かせる。

電車に一駅乗って、坂を登る。

途中出店があり、熊手を買った。

階段を登り終えると小さく行列が出来ていた。

自分の番が来るまで願いごとをぼんやり考える。

ぼんやりしたまま小銭を投げ、手を合わす。

世界平和だとか、商売繁盛だとか、周りの奴らの健康祈願とか、そんなもんだ。

 初詣を済ませ、甘酒を買って階段を降りる。

ふと、懐かしい香りが鼻をくすぐった。

「…………?」

 思わず振り返るがまばらに歩いて行く人々に見覚えはない。

なんの匂いだったか思い出せないが懐かしい気持ちだけが残った。



 数日後、グラスを磨いているとやかましいのがやってきた。

「よお、朔。来てやったぞ」

吾妻だ。

退院して早速顔を見せに来るとは可愛い奴め。冗談だ、可愛くはない。

「元気だなお前」

「た、たまきちゃんは」

吾妻は店内を見回した。

「今年は冬休みの宿題が多いそうだ。今年は受験もあるだろうしシフトは減らした。いつ出るかは俺は教えない、本人に聞け」

「そ、そっかー……」

 わかりやすくがっかりするなよ。なんだかんだこいつも憎めない奴だ。

肩を落としながら吾妻はアイスコーヒーを注文する。

「あとなんか甘くない軽食を頼む」

「サンドイッチならメニューにある」

「もうちょいしっかり食いたい。この後事務所の修繕打ち合わせなんだよ」

「仕方ないな……」

 いつも事務所下のコンビニで済ませていたのだろうかと思うと断りづらい。

「あり合わせのものしか出せないぞ」

 サンドイッチ用の玉ねぎを刻み、冷凍エビを解凍して昼飯用の米でピラフを作る。卵はいつでもあるからオムレツも焼いた。

リゾットやロコモコもメニューに入れるか少し悩んではいたが、以前試作した時緑茶が欲しいと言われやめた。

「ほれ」

「ビールが飲みたい」

「酒は出さん。食ったらさっさと行け」

「!……うまい」

「そりゃよかったな」

「今度ビール入れてくれよ。瓶でいいから」

「話聞いてたか?」

やはりこいつはいつか出禁にしよう

俺は心に誓った。


+ + +


 日めくりカレンダーを捲る。

2週間、りり子からは連絡はない。

協会所属の一般術士ももう到着しているそうだが……少しだけ、心配だ。

新学期が始まるのに合わせたまもバイトに復帰した。

3年生だが受験は大丈夫なのか聞いたが推薦を貰えそうとのことだ。

とはいえ吾妻に言った時にも思っていたがどこかで一度バイトはやめさせたほうがいいだろう。人生を左右するのだから。


「そうだ。たま」

閉店作業を終え、たまを呼ぶ。

「はい?」

「できたら、長谷川さんに連絡してもらえないか?」

「邦ちゃんですか?」

これだと語弊があるか

「正確には長谷川さんに神楽坂の連絡先を聞いて欲しい」

「あ、お師匠様って言ってましたもんね。分かりました」

たまは荷物から携帯を出してきてかけてくれた。

しばらく明るく話していたが、すぐ顔色が変わる。

「先生……神楽坂さん、連絡がつかないそうです」






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