第18話 夜会②

「先生……先生?」

 思ったより大きくなっていた銀の蛇の被害に俺がショックを受けているとたまが服の裾を引いた。

「あ、ああ。悪い、ぼんやりしていた」

「あの。先程邦ちゃんからチケットを頂いたので、良ければこの後見ていきたいんですが……いいでしょうか?」

 たまの手にはカードが2枚握られている。

俺は片方のカードを受け取り裏を確認する。

長谷川が他の術士の弟子と交流試合をするらしい。相手の名前は……四鏡八十一しきょうやそいち二十歳らしい。

「絶対勝つから見ていて欲しいって、邦ちゃんが言っていたので。きっと大切な試合なんだと思います」

「そうか、じゃあ観ていこう」

 基本協会に登録した術士は私闘を禁じられるが模擬戦や交流試合という形で戦闘訓練は出来る。もっとも、ドームを借りて観覧でるのは相当な金持ちやイベントが開催された時くらいだ。

常日頃戦うような団体は道場や訓練施設を持ってたりするのでそこで師弟でヤッたりはしているだろうが、それはそれだ。


 ドームは安全や防音の都合海上に作られている。

移動は大変ではない、夜会の会場には直通の道がある。

カードが通行証替わりになりチェックも要らない。

俺はたまを連れて非常口横の通路に入る。

若干の頭痛の後直ぐに視界は開けた。

「痛……」

たまは転移が苦手なのか、再び頭を抑えている。

「大丈夫か?」

「は……い……」

「……大丈夫に見えない」

「だいじょうぶ……です……」

たまは頭痛薬を飲みもう一度大丈夫と言った。

 無理に笑顔を作られると強くは言いにくい。

高度変化ではここまで痛がらなかったが、そのうち鈴ヶ織に連れて行くことも考えたほうが良いかもしれない。

とりあえずは今回は帰りは箒で帰ることにして試合を観戦することにした。

 貰ったチケットの席は所謂いわゆるVIP席だった。しかも何枚販売したか不明だが1席飛ばしだ。隣に座るなという渡し主の思想を感じる。

「たま、カードを席の腕置きのどっちかに置いてくれ」

「は、はい」

俺がそうするのを真似ると視界に丸い画面が映り、会場の記録映像が流れる。

「試合会場は北海道だな」

「え、見て分かるんですか?」

たまが小声で驚く。

「回路接続して話すか」

どうせ見ているだけなのだしこちらの方がいいだろう。

たまは無意識か鞄を抱きしめている。お守りとストラップが揺れた。お守りは鞄を変えるときも必ず付け替えている様だった。

『こ、これで大丈夫ですか?』

『ん。問題ないだろう。さっきの回答だが、会場は内装で大体分かるんだ』

と、画面が映り替わった。


 球形の会場に一組の男女が佇んでいる。

 片方が長谷川邦子、流石に赤い小袖に着替え、ベルトで腰に刀を履いている。下駄はブーツになっていた。

 対する男は四鏡。国内随一の魔術士血統で相違ないだろう。彼らは大体の序列を番号で整理し名前を襲名するらしいので、名前に数字を持っているならほぼ確定で特に強い親から生まれたサラブレッドだ。なぜかタキシードを着て花束を持っている。

『これって練習試合ってことですよね』

『命はかかっていない』

何をしゃべっているかは分からないが、何となく服装だけで状況は呑み込めた。

長谷川はプロポーズを断ろうとしている


・ ・ ・


 長谷川は刀に手を置いたまま暗い顔をしている。

『邦ちゃんがんばってーー!!』

会場で騒いだところで伝わらないが俺に叫んでも伝わらないぞ、たま。

 ふと見まわすと他の客席はプライバシー保護のためにぼんやりとした人影しか見えないが概ねうまっている様だった。

そもそもこんな高い会場使ったこともないが、弟子同士の交流試合でここまで席が売れるのかと感心する。長谷川も才能があるしひょっとすると名のある血統なのかもしれない。まぁそんなものがなくとも神楽坂の弟子というネームバリューはデカいか。

 ひとしきり喋った四鏡がタクトのような杖を取り出し長谷川になにかを促している。審判の居ない二人だけの会場で緊張が走る。長谷川は露骨にため息を付いて狐の仮面を顔につけた。

『はじまるぞ』

 四鏡が花束を投げ長谷川がそれを斬り払った。花束は瞬時に燃えカスも残さず吹き飛ぶ。

長谷川は四鏡に肉薄する。

抜刀も納刀も殆ど見えなかった。朔が襲われた晩とは動きが別物だ。修行の賜物か、本来のポテンシャルのなせる技か。

 しかし四鏡の名も伊達ではないらしい。杖であるタクトを振ると床材が迫り上がった。

 二段階の衝撃、跳ね上がった長谷川の足元が剣山のように棘だらけに変形する。受け身は取れないタイミング。

棘は長谷川を貫かない。少女は冷静な足場構築で棘の上を跳ねる。

 音付きで見たいとつい考えてしまうが、たまへのショックを考えれば観覧席で良かったかもしれない。

 長谷川は今日は炎の犬は使わないらしく、間合いを取り走りながら四鏡を観察している。

『邦ちゃんはいつも体育は見学してたんですが、ものすごく運動出来たんですね……』

 わっとかきゃとか小さい悲鳴を上げながらもたまも試合に見入っていた。

『術で肉体強化をかけている。たまにもそのうち自衛のために覚えてもらう』

『が、頑張ります……』

『あそこまでなれとは言わないから、安心してくれ』

 話しているうちに長谷川はドームの壁を走り始めた。ここまでくると地の肉体も鍛えていなければ出来ない動きが多すぎて勉強にならない。恐らく鍛えすぎていたために学校の体育は見学していたのだろう。

 四鏡がドームの床を粗方トゲに置き換えたタイミングで大爆発が起きた。カメラの映像が少し途切れる。

カメラが復旧すると長谷川は着物が少し破れていた。

四鏡もダメージはほぼ無さそうだがタキシードは煤け、二本目の杖に持ち替えている。

『邦ちゃん……』

長谷川の刀から火花が散っている。

ドームの床はめちゃくちゃで金属とコンクリの素地が覗いていた。

長谷川は脚を開き刀を大きく横に構える。

次の瞬間更に床が爆発した。

四鏡が吹き飛びキラキラと空中を何かが舞う。

長谷川が刀を返す動きで空気が乱れ床に凄まじい勢いで砂埃が堆積していく。

そしてドーム内にもう一つ球形の境界が展開され、倒れた四鏡を包み、次の瞬間球の中が炎に包まれた。

金属は細かい粒子や繊維状になれば燃える。中学のスチールウールの燃焼実験を思い出す。

長谷川はドームの床材から狙った素材を撚り出し、火をつけたのだ。

炎が一気に酸素を喰らい尽くす。

火が引いた砂の中には焼け焦げた四鏡が倒れていた。

『ひっ……せ、先生、あの人……し、死……』

『大丈夫だ』

白服達が範囲外から入ってきた。待期していた志命のスタッフだろう。救護が入ったなら本人か師が投了したということ、長谷川の勝利だ。

『五体が分裂しても治せると豪語しているからな。あの程度なら死にはしない。そもそも焼かれたダメージじゃなく急な酸欠で気絶したんだろう』

『う、う……』

『もう出よう。後で長谷川さんを労ってあげな』

 涙目のたまを立たせ他の客が座ったままなことに気づいた。

カードを見ると抱き合わせで師匠同士の交流戦も有るようで、少しだけ見たかったがたまのメンタルがまずそうなのもありそのまま会場を出ることにした。


「大丈夫か?」

「はい……すみません」

観覧席は筑波の物だったようで、外に出ると駅が近いことも有り人通りはそれなりにあった。

コンビニでホットココアを買い、たまに渡す。

「ありがとうございます……」

「落ち着いたら帰ろうな」

「……はい」

吐いた息が白く夜空にたなびいていた。

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