第17話 夜会(カヴン)①
木枯らし吹き込む12月も終わりの土曜日。
最後の客が帰り、店の前に置かれた看板のライトを消した。
「ああ、たま。明日は店を閉める」
俺が声をかけるとたまはモップを止めて首をかしげた。
「あれ、お休みは大みそかでしたよね……なにかあるんですか?」
隠しきれない好奇心に目を輝かせる環に、俺はため息をついた。
「年内最後の夜会……術士の集会が有るんだが……なにか予定はあるか?」
「夜ですか?」
「いや、二次会に出るなら夜になるが会自体は昼過ぎからだからそんなにはかからない……はずだ」
「魔女集会、みたいな感じなんでしょうか……なにをするんです?」
「協会の登録会みたいなもんだ。何かと物騒だしちゃんと登録せず協会に甘えるのも良くない。運が良けりゃ杖屋がいるかもしれん」
保険は多いに越したことはない。
「で、どうなんだ」
たまはもじもじしながら答えた。
「あの、予定はない、です」
「ん……」
「い、行きます。行きたいです!」
協会が主催する簡単な懇親会と登録会を兼ねている集会。
朔も昔橙と連れてこられたことがある。登録以外は一度しか来たことがないが定期的に年数回やっていた、筈。
「ここなんですか?」
たまが不思議がるのも無理はない。電車で30分。そこは普通の住宅地の民家に見える。
建物の前には俺達以外人影はない。
「招待状を使う」
財布から出した名刺大のカードを翳すと、眼前の空間に波紋が生まれ扉が現れた。
「……ほら」
俺が手を出すとたまはおずおずと握った。
夜会の会場は同じ場所を使うが入り口はしばしば変わる。セキュリティの関係だろうが面倒この上ない。
「いた……」
たまは頭痛がするようで、大丈夫かと聞くと少し困った顔で頷く。その表情はすぐ驚愕で塗りつぶされた。
「いらっしゃいませ」
俺は扉を入った入り口でお辞儀する男を凝視するたまの頭を両手で挟んで正面に向かせた。
「あまりじろじろ見るな」
「いたた……す、すみません」
男の身体に山羊の頭が乗っているのだ。気持ちは分からないでもないが、失礼なものは失礼だ。
ただ、そんなに強く抑えたつもりはなかったが痛がるのでそこは素直に謝罪する。
他にも動物頭の役員は複数いて検査などをしている。ドレスコード等は無い筈だが皆照らし合わせたようにスーツやドレスに身を包んでいた。
俺も以前橙に言われ一応ダウンの下はくたびれたスーツ姿だ。たまは一応セミフォーマルでと伝えたら暗めのワンピースで来たが、小さいから余り目立つまい。
簡単に身体検査を受けて俺達は奥に通された。以前は身体検査も何もなかったが、やはり治安が悪化しているからかと内心嘆息した。
「わぁ」
部屋が切り替わると一気に人が増えた。今日は100人以上居そうだ。年末なのに暇なのだろうか。
迷子になっても困るので手を繋いで歩く。
建物の奥は細長いホールになっている。ホールの壁にはいくつか店や窓口が設置されていた。
どこかの寂れた商店街を丸ごと買い取りホールの壁面に構築し直して組み込んであるらしく外観の面影はない。
夜会の日は料理や酒が無料で振舞われるのでそれ目当てでくる術士もいる。朔も協会の依頼で一度だけ出店したことがある。
ほとんどケーキしか出ず客が缶コーヒーを飲んでいたという侮辱を受けたので以降無視してきたが……
「先生、そこの触媒って書いてあるのは杖屋さんと違うんですか?」
「あれは献血して簡易触媒を作ってくれるとこだな。杖屋は大体ケースにサンプルが置いてある」
たまに簡易に説明しながら歩く。
ちらほら同地区故の知り合いもいるがわざわざ声をかけはしない。
まぁ、向こうから来たのを無視はしないのだが……
「あれ、望月さん久しぶりですねー。子供いたんです?」
声をかけてきたのは俺と同期の波積、下の名前は忘れた。
「違います」
「で、弟子ですっ!よろしくお願いします」
「へー、こんな時期に珍しいですね。頑張って!」
「はい」
俺は環を連れてホールの奥に進んだ。
受付には先に何組か並んでいるが冬場は新規登録が少ない。前の奴らも大体転居での編入や登録情報の変更とかだろう。
俺も新規登録の用紙を貰い特殊なペンで書きこんでいく。
「一応確認する。俺の弟子として協会に登録するが、本当に大丈夫か?」
「はい!」
「……まぁ……そうか」
「協会って、具体的にどんなところなんですか?」
「ああ、説明してなかったか……」
協会は術士の互助会のようなものだ。
「情報交換と技術の共有も大事なんだが、何より危険な術士から新人を守る決まりになっているのが大きい」
命がけの強制力はないがお互い様というやつである。
術士の肉体で作った触媒は一般人のそれの比にはならない。
術士>>>>>>ただの人間>>>>一部の無機物>>家畜くらいは差がある。
故に弱い子供や術をうまく使えない術士を狩人から保護するための機関だ。全体方針として社会秩序を重んじる為人狩りも禁止している。長野の保護区画も協会の運営だ。
「俺が近くにいないときでも協会の術士が助けてくれる場合もある。弟子側から見れば不利な事は無……」
話が終わる前に順番が来てしまった。まぁ規約説明で大体のことは聞けるはずだ。
受付は見知った男女だった。
東條と先ほどの波積。両名朔と同じ時期に協会に入ったのだが、師匠が上役のためか雑用をしていることが多く協会の支部や依頼で何かと会う。
「望月さんさっきぶりですー」
「ども」
波積が用紙を取り出し手短に規約の説明をすると個人情報の記入欄を指差す。先ほどは気づかなかったが、明るいショートボブの髪を耳にかける薬指に指輪。
そうか、もうお互いそんな歳か。
たまが書類を書いているのを横目で眺めていると東條が絡んできた。
「お子さんっスか?」
「違う」
「隠し子っスか?」
「怒るぞ」
しかし、俺がキレる前に波積が東條の頭に肘を落とした。
「この子17歳だからそこまで小さい子じゃないですよ。あと、東條君もそろそろ仕事してくれない?」
「うっス」
苦笑いを浮かべながら俺は東條の手にも似た意匠の指輪がはまっているのに気づいた。
・ ・ ・
登録が終わり、朔は環を連れて出店を回る。
道中の店でジュースをもらって渡してみたが、たまはまだガチガチに緊張しており、あたりをきょろきょろ眺めてばかりいる。
「なんか、パーティーみたいですね……」
「服装以外は文化祭に唾つけたようなもんじゃないか?」
「場違い感がすごいです……」
「まぁ……早めに帰るか」
確かにあまり居心地は良くはない。
軽く辺りを見回すが社交ダンスの発表会に紛れた気分だ。どこにいても浮いている気がする。
「お、あそこのジェラートは美味いんだ。食べて行ってもいいか?」
ミツバチの看板の屋台を見つけ、たまを連れていく。ここの店主も俺の知り合いだ。
「二階堂さん久しぶり。俺はバニラで……たまは何にする?」
「レモンでお願いします」
「おや、朔君もとうとうお弟子さんを取ったんだね」
二階堂は年中日焼けにタンクトップのおっさん術士だ。冬場はわざわざ焼いているらしい。今日もトレードマークの店名入りタンクトップでアイスを盛りつけている。
「5年前より派手になってないですか……」
「前にすごいのが来たからね。そういう空気ができちゃったとこはあるかな」
「すごいの?」
「そう。ドレスがひらひらでね」
「海外の賓客かなにかですか?」
「違うよ。今日久しぶりに来るらしいから待ってれば来るんじゃないかな?」
「??……知り合い?」
笑いながら二階堂さんは俺達にジェラートとスプーンを渡してくれた。
ちなみに夜会の飲食は無料だが料金は協会から支払われる。カウントは屋台に専用術が掛けてあるので店も客も何も考えなくて良い。
壁際に置かれたベンチにたまと座りアイスを食べる。
「先生、本当においしいですね。レモンピールが入ってます」
たまがちまちまとアイスの山を削る。
勧めたものを美味しそうに食べてくれるとこちらも気分が良くなるというものだ。
「だろ?バニラも生のビーンズが沢山入ってて美味いんだ。本店は巣鴨にあるから機会があれば……」
と、壁際の朔達にもわかるほどホールの空気がどよめいた。
人々が集まってきて薄い壁が出来ていく。
「有名な方とかがいらしたんですか?」
たまがひょこひょこ跳び跳ねるがもちろん見えるはずがない。
ただ、俺は何故だか確信めいた嫌な予感を感じていた。
・ ・ ・
「皆さんごきげんよう」
一部だけ結い上げた白い長い髪が銀糸で彩られた白い着物にかかりさらりと流れる。
白い肌と背が高くモデル体型の美女。雰囲気は雪女のようだ。
後ろに控える仮面をつけた少女は対称的に長く黒い髪をポニーテールにまとめ、赤地に少しづつ色味の違う糸と金糸で花が織り込まれた着物を身につけて、言葉なく付かず離れずの距離を維持している。揃いのこれまた繊細なショールをかけ、何故か少女は憮然とした雰囲気をまとっていた。
彼女達が何者か、知る者も知らない者も自然と興味を向けつつ距離を取り人垣が作られていく。
先を行く女はホールの端にいる見知った若者たちに気づくと唇を吊り上げた。
一歩後ろを歩いていた少女はそこではじめて師の思惑を知る。
「!!」
ざりと後ずさる少女の手を引き、女は人垣を割りながらまっすぐ朔に向かってきた。
「やぁ、朔くん、たまちゃん、ごきげんよう」
「何の用だ。神楽坂」
神楽坂は女にしか見えない容姿と声音で微笑んだ。
「こ、こんにちは」
たまは頭を深く下げて挨拶する。
「!……か、神楽坂さんは危ない神楽坂さんなんですか?」
危険人物の名前を覚えていたのは偉いが本人に聞くな。
「ん?今はただの綺麗なお姉さんだよ?」
何言ってるジジイ。
女の姿、高い声音だがこいつは神楽坂だろうという確信があった。
割と術を使ったTSは容易なのでやってる奴はそれなりにいる。俺と橙の師匠とかもそうだ。
それにこんなやつが二人以上いてたまるかとも思う。
「ほら、お前もご挨拶なさい」
神楽坂が後ろに下がっていた少女の手を引く。
「?」
たまは仮面の少女を凝視する。
神楽坂の弟子であり、背格好から間違いなく少女は長谷川邦子。
俺は諌めるか少し悩んだが、成り行きを見守ることにした。
じーっ
じーーっ
仮面の少女は師を盾にしてたまの視線から逃げようとするが神楽坂に首根っこを捕まれ再び引き戻された。
「……くにちゃん?」
少女はぶんぶんと首を横に振る。
「くにちゃんだよね??」
朔達の周りは人が距離をとっているので寸劇のような感じになっている。視線が痛い。
「この子はワタシの弟子なんだ」
「!!!」
仮面の少女は神楽坂をバシバシと叩いた。
「くにちゃん……?」
仮面の少女はしばらく首を振り続けたがやがて観念したのか面を外した。
相変わらず顔だけは美人だ。
「ご、ごめんなさい。わた……わたし、たま……内緒にしてて……あの……」
長谷川は少し泣いていた。たまの前だと意外と表情豊かなんだな。
「邦ちゃん」
たまには秘密にしている素振りだったがそれにしても相当な落ち込み方だ。
「邦ちゃんも魔法使いだったの…??」
たまの声音に怒りや叱責はない。
「……うん」
「すごい!すごいね!」
死んだ顔の邦子の手を握って環はぴょんぴょん飛び跳ねている。
「あの、怒って……ないの?」
「どうして?魔法使いって内緒なんだよね?それに私も邦ちゃんに弟子入りしたこと内緒にしてたよ?……ごめんね」
邦子の悲壮な表情がアイドルを前にストーカーがバレたけど許してもらえたファンのように変化する。
「謝らないで、たまに謝られたら……わたし……どうしていいか」
「じゃあお互い様でおしまい。これからは一緒の秘密だね」
「う、うん……そうね」
隠しきれない喜びがにじみ出ている。素直に良かったなとも言えないがこれで襲ってくるリスクは減りそうでなによりだ。
「邦ちゃん、着物似合うね」
「い……師匠が……着ろって言うから……」
「綺麗でびっくりしちゃった!お祭りの時の浴衣も似合ってたもんね。あれ、眼鏡はコンタクトにしたの?」
確かに長谷川は目が覚めるような美少女だ。
見た目は。
因縁はさておき緊張が解けたのか、たまも楽しそうに談笑しているしあいつらは放っておいても構わないだろう。
・ ・ ・
「……なるほどね……」
俺はたま達から少し離れ二階堂さんの屋台に来ていた。
神楽坂と長谷川、二人の着物で高層マンションの部屋が買えそうな値段がしそうだ。
人間性もヤバいがいろいろな意味で近づきたくなくなる。帰りたさが少し増した。
「わかるだろ?来たのは久しぶりだけど」
「はは、分かりたくはありませんでしたね」
「何が分かりたくありませんの?」
声は潜めたが恐らくしっかり聞いていただろう神楽坂がいつの間にか隣に来ていた。胃に悪い。二階堂さんも咄嗟に奥に引っ込んだ。
「朔くん達、今日は登録にいらしたの?」
何の抵抗もなくしなを作るのはやめてほしい。あと良い匂いがするのもなんだか腹立たしい。口紅を塗った唇を歪め目を細める神楽坂が何を考えているのか読めない。
「ああ」
嘘をつく必要もないだろう。
「あんたは……何しに来たんだ」
弟子達は仲良くじゃれているが神楽坂に限ってそういう趣味はない。たぶん。
「朔くん達を見物に」
お前もストーカーか?
「いやなに、そろそろ邦子の正体を芦原にばらしておいた方がなにかと都合がいいんです」
「環に……変な事を考えてはいないよな」
「勿論。ワタシは邦子一筋ですし嫌われたくないからそんなことはしませんよ。勿論アレ自体にかけらの興味もありません」
老狐はにまりと笑う。
「もう嫌われてるんじゃ……」
庵はちちちと指を振った。
「ふふん、分かっていませんね。邦子は本気で怒るとあの夜みたいに見境がなくなるんですよ。本気だったら既に簪を剣山みたいに刺されてワタシのこれも真っ赤になっています。あ、この簪と扇子は暗器なんですよ。綺麗でしょ?」
分かりたくもなかった。
「とはいえ、さすがにそれだけのためにはワタシも来ませんよ。今日は地区会長さんに呼び出されてるんです」
「それはそれは、お疲れさん」
「なに、多分そろそろアナウンスが来ますよ」
―――
頭の中に音が響いた。
『同胞達よ。ごきげんよう』
全体配信で回路に信号が直接届けられる。
たまが驚いたのか駆け寄ってきた。長谷川の視線が怖い。
「せ、せんせ」
「静かに」
『今季も多くの同胞達と迎えられ、非常に嬉しく思う』
地区会長、万世橋乙夜だったか。声しか聞いたことはないが若い男だ。
東京都の一部と関東東部連合直轄地域の代表だったはずだ。
各地区会長は余り表には出てこないので珍しい。
『今宵は……まだ宵と言うには尚早か。今日は大規模なウィッチハントの予定をお知らせするよ』
ホールの空気が凍る。
会長は協会の名のもとに直々にどこかの団体を潰すと言っているのだ。
『ターゲットは銀の蛇の
銀の蛇……環の同級生を殺し、橙の事務所を襲ったギルド。
協会が大々的な武力攻撃をするのは人間社会のバランスを著しく損なう団体。
つまり殺していたのだ。
大量に、無関係な人間を。
『今回は主力部隊に神楽坂老が参加してくれるよ。稼ぎたい人と彼と共闘してみたい人は奮って参加してほしい』
神楽坂にどこからかスポットライトが当たる。
神楽坂はホールの中央に歩み出るとにっこり微笑み白い扇子をパタパタと振った。
扇子からは大量の白い花弁が舞い散る。
散った花弁が狐の形を取り、神楽坂の肩に登ったり思い思いに動いている。
神楽坂は犯罪者だがファンも多い。
なるほどイベントに使うには適した人選だろう。
デジカメや携帯のフラッシュが瞬く。
『正式な日取りは来年になるから参加者には追って通達するね』
銀の蛇の起こした事件が淡々と読み上げられていく。
被害者は死傷者含めれば三百人を優に超えている。
聞きながら子連れの術士が泣いているのも見えた。
『……魔術士事務所【匣】の所長の柊くんと所員1名がケガを負い、1名が死亡。最後に。市川の小橋くんと弟子二人と妻君、お腹の子が犠牲になった』
最後の事件は完全に初耳だった。朔も会ったことがあるが世話焼きで温厚な人だったと記憶している。
『では』
通達は終わった。
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