第14話 私のこと 環
私のこと
芦原環、高校2年生。
身長124cm、体重は……秘密。
髪はショートにして一房だけ伸ばしている。
得意なのは生物、数学。現文はちょっと苦手。
環が家に帰ると母親が迎えてくれた。
不気味なくらい何も疑わず、一人で戻った環を心配してくれる母。
自室に戻り、環はベッドに転がった。
「お土産……買いそびれちゃった」
枕元に置かれたゆるキャラ、宇宙生命体みちゅうさんのぬいぐるみを一匹抱き寄せ、顔を埋める。
「メッセは送ったけど、明日は邦ちゃんに謝って……それから……」
魔法は恐ろしい物。先生に聞かされた言葉が今実感を持ってのしかかる。
昨日はあの後一睡も出来なかった。睡魔が瞼を押し下げる。
窓に違和感
あれ、鍵、開いてたっけ
「……」
声
誰だろう。懐かしい感じがする
今は眠って。安心して、僕がいるから
「……うん」
小指に当たる柔らかな感触。
指切りをした。じゃあ、きっと大丈夫。
環は震える息を吐いて眠りに落ちた。
「おやすみなさい。姉さん」
・・・
夕暮れ、少し早く店を閉め、朔は二階の居住スペースで黒い名刺を見ていた。
「1000万……」
いや、俗物的なことを考えている場合ではない。
朔は携帯に電話番号を打ち込む。
恐る恐る耳に当てコールは2回。目的の男の声が聞こえる。
「やあ、そろそろかけてくる頃かと思ったよ。どうせ仕事の依頼じゃないだろう。あと君の疑問の答えはワタシも知らない」
「もしもし、望月です」
いきなり腹は立つが仮にも恩人でもある。努めて平静を装い続ける。
「昨日は、たま、きが、お世話になりました。ありがとう……ございます」
「いやなに、邦子からの『おねだり』だからね」
そんな気はしていた。むしろ他の理由が浮かばない。
「ひょっとして、いままでもあ、なたが環を」
「無理に敬語を使おうとしないで良いですよ。ふふ、ワタシも君相手は砕けた話法を取りがちだからね。お互い無礼講で、話はスムーズに進めようじゃないか」
気を使われたのはしゃくだがありがたい。
「……たまについて、どこまで知っている」
「芦原環推定17歳、女。住所連絡先くらい」
「推定……」
「情報屋にも抜けはしまい。アレの過去は無いんだから」
無い。神楽坂は確かにそう言った。
「どうなってる……なんであんたは環と……長谷川が仲良くすることを止めない」
「止めなかったと、思うかい?」
色々な思惑が渦巻いている。
少なくとも神楽坂が今の形を望んでいなかったのは明白だ。
「……」
「今はあの娘にはアレが必要だ。修行のモチベーションにもなっている」
言葉には棘が出ている。心底嫌いなのだろう。大人げない。
「とはいえ、ワタシとしてはちゃんとアレに保護者が居ないことには何かと困るんだ。君には期待しているよ」
「俺は……今……正直、それどころじゃない」
赤穂の手がかり。ようやく見つけた母の仇に繋がる糸。
「赤穂忍は恐らく待っていれば向こうから来るよ。白雪も」
赤穂忍。確かにそう聞こえた。
「どういうことだ!?」
「ああ、解体屋はただのロリペド野郎だから気をつけなね」
「待ってくれ、神楽坂!」
「ワタシにも多くを語れない事情がある。だがこれは君にとっても有益な助言だ。芦原環を守りなさい。望月朔」
そして電話は切れた。
慌ててかけ直そうとするも携帯のリダイヤルに番号はない。
黒い名刺を見直すと字が消えている。番号を思い出そうとするが記憶に違和感を感じた。
使用は一度限り、か。
「何なんだ……よ……」
外はすっかり暗くなっていた。
食欲も何をやる気力もない。とはいえクリスマスケーキの仕事は山のようにある。
俺は栄養ゼリー食のチューブを啜って横になった。
ガチャン
「………………」
数時間の微睡に、ガラスが割られた音が響いた。
店のガラスは全て防弾仕様になっている。
「勘弁してくれ……今は最悪に気分が悪いんだ……」
俺はメルキオルを手に一階に降りた。
シャッターがこじ開けられ店のドアのガラスが割られている。
そして、薄暗い店のカウンターにはキャップを被った小さな人影があった。
一瞬環かとも思ったが、違う。
「誰だ」
答えるとは思っていない。
メルキオルには移動中攻撃術式をありったけ書き付けておいた。
「赤穂忍」
高い声だ。
背格好も、環に似ている。
服装はハーフパンツに暗い色のパーカー、赤いキャップと黒いマスク。靴はスニーカーに見えた。
「不法侵入って事はわかってるか」
俺は動揺していた。タイムリーってレベルじゃない。
「修繕か。ほら」
割れたガラスは瞬時に窓に嵌り、継ぎ目は溶け、歪んだシャッターはするりと降りた。
「神楽坂に言われてきたのか」
「関係ないよ。彼は僕より弱いし、僕が彼に従う理由もない」
術式の系統も判別できないが、相当熟達している。神楽坂に関してはハッタリだろうが油断はできない。
「何の、用だ」
「姉さんに無駄なことをすすめるのはやめてくれない?」
時計の針の音が大きく感じた。
「無駄……?」
「姉さんに魔術素養はほぼ無い。双子に術を教えるだけ無駄だよ」
忍は双子の弟なのか……?
一般に双子の素子量が多くないのは事実だし、環自身にさほど素子を感じないのも確かだ。だが
「じゃあお前は何だ」
素子量が少ないのは双子の片割れも同じはず。
今ドアを直したのはどう見ても簡単な術ではない。
「僕は、忍だよ。言ったよね」
俺は店の灯りを点けようとするが反応しない。
暗い店内で忍は続ける。
「そこまで長居はする気はないよ」
「……お前が自分でたまを説得すればいい、あいつはお前を探すために」
「ねえ、さっきからさ」
空気がひりつく
「お前とかたまとか馴れ馴れしくないかな?」
少年の瞳が紅く揺らめいている。消えているランプが一つ割れた。
杖を握る手に力を込める。
「……メル」
最悪店が損壊するが仕方ない。
しかし、忍は自ら威圧を解き頭を振った。
「はぁ……ごめんね。お兄さん。今のは僕が大人気なかったよ。いままでも、そしてこれからも、お兄さんと敵対するつもりはないんだ」
忍は椅子から降りて両手を上げ、もう一つため息をついた。
割れたランプのガラスが朱い燐光を放ち、組み戻る。
どういうつもりなのか全くわからない。
メルキオルの青い燐光が視界端にチラチラと舞う。
「魔法使いごっこはしてもいいけど、危ないことはさせないであげて欲しいんだ。不用意に連れ出すならちゃんと見てあげてよ」
口ぶりから修学旅行の件も把握しているのだろうか。
「たま……きさんは、きみを探している」
腹は立つが俺にとっても無用な戦闘は望むものではない。
「そうだね」
「だったら!」
たまが忍に会えば俺から術を学ぶ理由は無くなる。なんなら忍がたまに術を教えたっていいだろう。
「僕はまだ会えない」
「まだ?」
「近く迎えに来るから、それまで姉さんを守ってあげて」
忍はいつから持っていたのだろうか、床に鞄を置いた。
「これ、代わりじゃないけどあげるよ」
「…………メルキオル」
『生物・毒物・爆発物ではなさそうだよ』
「じゃあね」
ふっ、と蝋燭を吹き消すように忍は消えた。
店内の灯りがつく。割れたランプも中のガスまで充填していったのか、それとも破壊は幻覚だったのか、欠けはない。
俺は恐る恐る鞄に歩み寄る。
『解析完了、術もかかってないね』
「……そうか」
中には環が撮ったと思われる写真やSDカード、USBが入っていた。脅迫に使われたフルセットに、恐らく原本がついている。
「……なんだこれ……」
一瞬ぐにゃりと視界が歪む。
「おい、メル」
『朔、ごめん。凄いのかけられたみたいだ』
「なんだ、これ」
『さっきの子の名前、言える?』
「あ……………………」
喉を抑える。やられた。
テーブルにあいつの名を書こうとしても書けない。
俺の中の赤穂忍の認識を封じられた。
術を解除するまで俺は赤穂忍を表現する事ができない。
「解くまでにどれ位かかる」
『嘘だろ……ほんとごめん深度が深い、かなり強い式だね。……数ヶ月は欲しいな』
たまの対抗術式程ではないがかなり強い思考制御式だ。
精神支配系の術式は大抵自分より高位の術士には効かない。
神楽坂に負けないというのは案外ハッタリではないのかもしれない。
鞄には二つ折りの紙も入っていた。
直接手に触れず、距離を取り、メルキオルの小鳥に開かせる。
紙には、特徴のない筆致で短く
「良い子にしていたら……ご褒美をあげる……?」
手紙が燃え上がる。怒りで無意識に火をつけてしまった。
どの道取っておこうがなにかに使えるような物を残す間抜けではないだろう。
「あのクソガキ……」
・・・
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