第12話 実験遊戯②

「なんだ、これは」

 地下空間はかなり広く、青空と深く美しい碧い森を抱えていた。

『メル』

『ここは地下60メートル位だよ』

『術による幻覚か』

『実像だね。水の流れを感じるよ。太陽みたいなやつはライトだね』

 青い小鳥がくるりと舞う。

 非効率的過ぎる。

終末世界で家畜を飼育するならともかく、こんな空間を作って魔女は何をしているのか。それともシェルターか防空壕か何かの再利用だろうか。

「すごいなー。地下帝国ってやつかな」

 種嶋が振り向いた。同時に俺も踏み込む。

眼前で大きく爆煙が上がった。

「……わお……」

「…………」

 杖の前に障壁を作った。

目の前の地面が大きく抉れ、数メートル先にこの空間の下地らしき金属板がのぞいていた。

俺は周囲を警戒しながら壁を解除する。

「借りはそのうち返すからねー」

 種嶋は跳んだ。攻撃の方向を逆算したのだろう。

術士の礼など期待してはいない。出し抜いてなんぼというやつだ。

 俺も杖を構え肉体強化を唱える。天井に頭をぶつけて落ちたら終世の恥だ。

『種嶋のマーカーはもう少し右だよ』

 メルキオルが囀る。

先程庇ったついでに種嶋の服にマーカーをつけておいたのだ。

どうせ出し抜かれるだろうとは思っていた。

『朔、術式が発動』

杖の前方が多段爆発した。

周囲木々に火の粉が燃え移った様子はない。

「なるほど」

先程の爆発も敵の攻撃ではない。空中機雷、種嶋の自作自演か。

「いい性格をしている」


 空中からの探知は諦めメルキオルで上空から探索し、地面近くを飛び木立を縫って進む。

『なんかあるねー』

 視界を借りると濃い緑の中にちらちら白いものが見える。

降りてみると四角い建物だった。

 チョークの様にまっしろに漂白された壁には蔦や苔が張り付いている。

窓はほとんど無く、尚の事扉がついた豆腐のような印象を抱く。

崩れた天井から差し込む光が相まってある種抽象絵画の様だ。

中には何もない

卵の殻のような施設だった。


小さく爆発音がした。

種嶋は先に会敵したのだろうか。

ふと、マーカーが消失する。

「……」

『朔、近くにいる』

 豆腐建築を尻目に、奥の大きな白い建物についた。先程種嶋の反応が消えたのはこの辺りの筈だ。

やはりこれも豆腐建築で、どこが入り口か判然としない建物の横腹に穴が開いている。

俺は静かに覗き込む。


 薄暗い室内に黒い球体が転がっている。 

球体に刺さった物、上部に突き出した足が何だか犬神家を彷彿とさせる。

球体の横には女がいた。

「……」

「やあ、魔法使いさん」

「……」

「きみは無口なんだね」

女の外見は若い。年頃は高校生か大学生位に見えた。

人形使い、枝下野密(しだれのひそか)は女。56歳。

「枝下野密か」

「そっか、そうだよね。きみも協会の人か」

少しだけ寂しそうな顔をして、枝下野は朔を指差した。

「処理開始」

球体から、その表面から削ぎ落としたように松嶋の足が落ちた。

血が、床に跳ねた。

「術式解凍、連鎖四重展開」



 黒い球体の正体は察しがついていた。

倉庫や道具入れ、ポケットだとか呼ばれる術。

つまり中に物をしまう。別な空間と繋げる門。

攻撃目的で使うやつは珍しいがやり方は簡単だし先ほどの喰うような動作で何をしているか嫌でも察した。

門の出現を細かく制御することで肉を刻んでいたのだ。

種嶋が生きていることは無いだろう。

俺は門に滅茶苦茶に座標設定した門を重ねることで、球体を破壊した。



「酷い……作るの大変なのに」

俺はくるりと杖を回し構える。

トン

と軽い音を立てて視界がぶれた。

 次の瞬間枝下野が天井にめり込む。朔の自分の体へのダメージを無視した殴打で跳ね上げられたのだ。

 時間をかければかけるほど手の内を探られる。殺すならなるべく初撃で殺せ。

今の師に教わった教えだ。

枝下野が床に落ちる。軽い音。

 元は壁があったのだろう。床から突き出ていた金属棒が突き刺さり貫通しているが血は流れない。粘土のようにめりこんでいる

「義肢…………いや、人形……?」

「人形?」

むくり、とそれは棒を引き抜き起き上がった

 枝下野は人形使いだったはずだ。

人間の可動域を越えた関節の動き。

「【これ】は娘、ママの素晴らしい娘」

 朔は咄嗟に身を引いたが首に浅い傷み。滴る熱

 指を滑らせて止血。幸い毒物は塗られていないただのガラス片が掠っただけだ。

「枝下野はどこだ」

「ここにいるよ」

 床に広がった球体の中身を指差す。

溶けた人体のパーツに見えるが、とても生きているようには見えない。

「何をしている……お前達は……」

「達?うふふ」

 起き上がった人形はさも嬉しそうに笑う。

捻れていた関節が元の位置に戻る。

「ママを作りなおしてるの」

ママ……?

枝下野?

「枝下野密はもう死んでいるのか……?」

「ふふ」

人を殺し、人を固め、人を作る

人形

『ストックの急速解凍』

手に納まる重み。

「また失敗しちゃったなぁ。ねぇ、なんでみんなママを殺しちゃうのかな?」

無垢な顔で人形は笑う

「まぁ、またつくればいいよね。材料はいっぱいあるもの」

笑う

笑いながら、人形は身体中に仕込んだ術の、その備蓄を解凍していく。

「きっとそのうちママが出来るから」

こいつは壊れている

 確認するまでもない。枝下野の復元は失敗しているし、言う通りに何回も繰り返してきたならそもそも脳が使い物にならないだろう

 数十年前に書かれた自身の複製再現をした術士の論文を読んだことがあるが、人間一体の脳味噌を情報含めまるごと保存するにはたとえ術士であろうと自分の他にストレージ操作が出来る外部端末がないときれいに収まりきらないらしい。

しかもその術士は自身でその術を使った後すぐ自殺している 


 俺は杖を圧縮しベルトに刺すとホルダーに挿していたナイフを抜き構えた。

「あはは」

 人形から圧を感じた瞬間体高を下げ、床を転がる。

 酸が背後の壁を溶かし下地の金属が嫌な光沢を曝す。

人形の手には手袋がつけられている。

「お兄さん早くて丈夫ね!良い材料になりそう」

 通常生物単体では術は使えないが、蓄積しているのだろう。あの手袋に。

所謂符術や式神というやつもやり方は同じだ。

べったりと塗りつけられた乾ききっていない血液が素子の燐光を放っている。

種嶋は会話をして油断した処に畳みかけられ、門を被せられてやられたのだろうか。

門を一つ破壊したところで作り直されたら数分先は我が身だ。

「っ」

『朔。ごめんねこいつ魔女じゃないや』

メルキオルが腰でピヨピヨ鳴く。

分かるわアホ鳥

「にげないで、ね」

 建物の穴と奥の扉の前に壁が反り立つ。

手袋がチリチリ焦げるように揺らめいている。


 朔は人形に再度アタックをかけた。

 首を折るつもりで蹴り飛ばし、背中を切りつける。

「痛い!」

子供のような痛がる声に眉根が寄る。

悪趣味め!!

声と裏腹に手から放たれた榴弾を壁を張っていなす。

天井の一部が崩れてくるのを避けながら突き出された槍のように変形した腕を掴んで避ける。

関節部にナイフを差し込み、折る。

「ああっ!!」

 人形が顔をしかめた。

天井のガレキに人形を押し付け、取れた腕で貫く。

人形の腕や腹から流れる赤いものは血ではない。

血の匂いはしない。

「いや……やめて……ころさないで」

一瞬だけ、たまが脳裏をよぎった。

「ぐ」

 腹に関節限界を無視した人形の足がめり込む。

跳ね飛ばされた勢いで天井に激突し、割れた蛍光灯の破片が背中に突き刺さる。

「……」

 あばらが砕けたのが分かった。

落ちた床、ひび割れたリノリウムに朔の血が流れる。

「ママ……やったよまた勝ったよ……ねぇ……わたし良い子でしょう?ママ……」

人形が嬉しそうに歩いてくる。手袋を握りながら。



 朔はおそらく生まれつきだろうが昔から素子量が並外れて多い。

素子量を直接計量はできないが、朔の素子量は並の術士数人分程度と協会で言われていた。

これだけのために朔に婿養子の申し入れをしてきた家系も複数ある程だ。

術士にとって素子量の限界は起こせる奇跡の最大規模を決める。

大量の容量

それが可能にする荒技

人形が再構築した球体。門が頭上に掲げられた瞬間を狙い、朔は手を掲げた。構築していた術式を展開する。

「三元固定」

手をスライド、壁の座標を縦軸に5本指定し

「うあああああ!」

力ずくでずらす。

 頭が茹だる。鼻血が垂れる。

何もない空間を、座標を、固定し『存在』をずらす。

ウォーターカッターより精密鋭利な切り口を晒しながら人形の腕と頭が吹き飛んだ。


 座標をずらす術は反動も大きいが家に帰るまで身体がもてばいい。

朔は震える手でバラバラにした人形の手袋にナイフ突き立てた。

「……分解」

刃と脳が更に熱をもつ

ありったけの素子をつぎ込み、組まれた術を強制解除していく。

手袋が色を変え溶け崩れる。

ホイッスルをむちゃくちゃに吹いたような悲鳴が耳を突くが、幸か不幸か疲労でもう耳もよく聞こえない。

剥き出しになった手には何重にも式が書き付けられていた。



「……」

 実時間は五分ほどだろうか、永遠に感じた解除地獄が治まりナイフを引き抜くと人形は動かなくなっていた。

 本当に魂なんてものがあるのか、俺は知らない。

死により数グラム失われる重さをそれとした話も流行ったことがあったが、あれは水分だと結論付けられていた。

定量出来ない以上、精神論の問答は疲れるだけだ。

「はずれ、か」

 鼻血を拭い、応急処置をしながら建物の内部を見渡す。

傷だらけな壁の一部に違和感を感じ、手を触れ解析してみる。

「……」

 カタカタと軽く、ドミノが倒れるような音とともに扉が構築された

『朔』

「わかってる」

 逸る気持ちを抑え、ゆっくり鍵と罠を解析、解除する。

きい

 扉は軽い木製だった。部屋の中は光源がない。

「メルキオル」

 青い小さな小鳥が部屋に満ちた。

小さな部屋だ。朽ちた太い配管と小さな暖炉のような物、それに重ねるように小さな机がある。それだけの部屋。

 朔の視線は小さな机、そこに置かれた物に釘付けになった。二冊のノートの、上に重なったものの下部。

「赤穂……白雪……」

 手書きで題字と署名が書かれたその大学ノートには、確かに彼の憎き魔女の名が刻まれていた。

『朔、警戒は解かないでね』

「ああ……」

 俺は手ぶくろをはめ、魔書の項をめくる。

 人間の肉体を材料に使った外法術。肉人形。

もう一冊のノートには大量の付箋紙が貼られていた。筆跡が違うからこちらが枝下野のものか。

付箋には遠隔起動術式を人形に術を使わせる術理論の応用や研究の走り書きが黒くなるほどみっしりと綴られている。

 やがて人体への影響を持つ術へ内容は傾倒していく。

【私たちの永遠のために】

 幼い娘を育てる傍ら難病を患っていた枝下野の日記と、生きたまま、若しくは死んで間もない人体を使い別な人間を完全修復する技術。大量の素子と、大量の人間を使う虐殺術理。

実験中の事故で死んだ娘と、娘を使った実験。

 頭に沸々と込み上げる。怒り。

「あいつの主がもう死んでいて良かった……」

『焼く?』

「ああ……調べ終わったらな」

 俺は粗方の内容に目を遠し、ため息をついた。

 元のノートの作られた年代やインクの劣化の差異から考えてもかなり時間が経っている。直接赤穂に繋がる手がかりにはなりそうになかった。

しかし、次のページを開き俺は目を見開いた。

「……!」

『どうかした?』

「はは……」

 乾いた笑いが貼り付く。




 栞代わりに一枚の写真が挟まっていた。

幼い二人の子供、同じくらいの背、同じ顔、揃いの白い服を着たその顔にはどこか見覚えがある。

 俺は震える手で写真を裏返した。

ボールペンの走り書きの2文字に視線が吸い寄せられる。

環 忍

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る