第11話 実験遊戯①
たまの夢話を聞いたせいか、俺も夢を見た。幼い頃の夢だ。
「こんな所で何をしているの?」
長い髪を細い三つ編みにした穏やかな女性。皆の葵先生。
あれは寒い冬の夜だった。晴れているのに月のない夜。道端で座り込んでいた俺は母さんに拾われた。
俺はボロを着て、言葉も、自分の名前も分からなかった。あの瞬間発生した様に、俺にはそれまでが何もなかった。
術士だった母さんは俺が垂れ流していた素子に気付いて様子を見に来ただけのつもりだったらしいが、まだ小さかった俺を心配して二人の養子にしてくれた。二人は俺を本当の子供の様に育ててくれた。
「朔、きみの名前。月の無い夜に出会ったから、朔」
母さんと父さんが俺に名前をくれた。
俺の誕生日はあの夜だし、俺の年齢は大体だ。
「ほら、やっぱり安直じゃないかな。葵さん」
「短くて書きやすいほうが良いじゃない?それにあの日を忘れないわ」
母さんが夢に出てくるのは久しぶりだ。
暖かく、恋しく、懐かしい光景なのに涙は出ない。
もう、母さんは生きていない。
『朔、葵が死んだよ』
メルキオルの声がする。
母さんの頭が落ち、血が地面に広がる。
父さんは立ち尽くしていた。
「ごめんな、朔……僕はただの人間なのに……彼女を支えられると勘違いしていた」
父さん……そんなことはない。母さんは……
「僕の記憶を……消して欲しい……」
父さんが店の椅子に座り項垂れている。
仲のいい夫婦だった……だからこそ母さんを失った父さんは目に見えて弱っていった。ストレスで店にも立てなくなった。
「…………長野に、戦災被害者のケア施設があるらしいんだ……」
俺の構えた杖の前で父さんが力なく笑う。
「ありがとう、朔」
「必ず、俺が仇を取るから」
視界が暗転する。
暗闇に浮かぶ、母さんの頭に手を伸ばす。
俺から逃げるように頭部は地面に溶けた。
「必ず、見つけるから……そうしたら、きっと……」
・・・
「ふぁー…………」
欠伸が零れる。幸いと言っていいか怪しいが客はいない。
たまは無事、修学旅行に旅立った。行き先は京都らしい。
俺は久しぶりに一人で週末のカウンターを拭きあげる。たまがしっかり手入れしてくれているからか最近はほとんど汚れていない。
日が傾き、冬の早晩を告げる。
ちりん
鈴の音と猫の声が聞こえた。
「……」
珍しい。この店には野良猫は滅多に近づかない。カラスさえ遠くから声が聞こえるだけだ。
「いらっしゃい」
からんからんと、ベルが鳴る。
来訪者の姿はないが椅子の上に手紙が置かれていた。
臨時休業の札を表のシャッターにつけ、裏口も施錠する。
俺は二階に上がりロッカーから杖を出し、服を動きやすいものに着替え、防弾ベストを着け黒いウインドブレーカーを羽織る。
「メルキオル。行くぞ」
『朔、協会から手配書が来てるよ』
「ああ」
メルキオルには直接通信が来るようにしている。
靴を履いて俺は二階の窓から飛んだ。
隠匿、体勢の自動調節、移動座標の固定、速度計算、呼吸器の強化、体表保護、設定。更新。発動。東南東、マーカーを受信、識別、協会。
足元に見えていた住宅地はみる間に田畑に入れ替り、雑木と荒れ地が目立ち始める。市街地を避け、携帯の地図を確認しながら飛ぶ。
俺は目的の建造物を目視し、木立を挟んだ荒畑の裾に降りた。
『朔、魔女の気配だ。当たりかもしれないよ』
「だといいんだがな」
俺は協会に人殺しの悪魔女狩りを別に斡旋してもらっている。
そのせいで魔女狩りと呼ばれるのは複雑だが……。
今回も人死が確認されている凶悪術士が獲物だ。
とはいえ大概無関係な犯罪者だしメルキオルの魔女センサーはあてにならない。
日はどっぷりと暮れ、辺りは静まり返っていた。
12月なのでそこまで不自然ではないが生物の存在を一切感じない。
ここまで廃れていると逆にタヌキやネズミくらいは居るものなのだが……。
建物はどこも平屋の一軒家、廃屋に見える。
内数件は数ヶ月前まで住人がいたらしいが、今は荒れに荒れ見る影もない、畑も含めどこも少なくとも数年は放置されたように見えた。
部屋数は4……大きい所で8程度か。
屋根は半ば割れ落ち、傷んだ軒下に瓦の山を築いている。
魔女は確定しているのはひとり、協会の情報で確定している犠牲者は調査に来た5人。いずれも一月以内の為余罪の可能性濃厚。
追加で先発の狩人も全員音信不通。懸賞金を加算の上の広域募集に切り替え。
『朔、他にも術士が来てる』
「……」
狩りに同類と出くわすことは少なくない。気配が駄々洩れならターゲットではないだろう。
索敵は継続しつつ俺は土足のまま廃屋に踏み込んだ。
音も気配も消し、足元に固定と停滞の術を重ねる。
次の瞬間、産毛が逆立った。何かが背後を通る。違う、これはコウモリだ。
振り返らずメルキオルの杖先を床ギリギリに落とし歩を進める。
暗い廃屋に光源はない。メルキオルの微かな燐光を頼りに、外観からすればさほど広くない家屋を探索する。
擦り足気味に歩を進めるごとに、足元の古びた畳から埃が弱く舞う。
「……」
一軒ずつ、一つずつ部屋を覗く。
どこも朽ちてはいるが家具がある。住人の行方などは聞いていないがこの分では引っ越したわけではないのだろう。
ボロボロなだけでどの部屋にも際立った異常はない。
異常なほどに。
『……』
四部屋目。
杖先が下がる。何かある。
「当たりですか?」
いつのまにか男が隣にいた。顔に見覚えはない。
背は165より少し下だろうか、やせ形で深く帽子をかぶっている。
「あ、ボク種嶋って言います。賞金稼ぎッス。よろしく」
少し違和感のあるイントネーションで男は古びた畳に踵を落とした。
「っ」
畳がめくれ上がり部屋中に埃が舞う。
俺は杖をくるりと回した。埃は静かにもとの位置に落ちる。
畳の下には階段があった。
「んー。下がありますね。いきましょ」
杖から出した数羽の小鳥を光源に俺達は地下に降りていく。
種嶋が先行し、俺は後ろから光の供給と背後の警戒をする。
「お兄さんここらのひと?」
種嶋はよくしゃべる。
天気の話、この建物の話、今朝食べた朝食の話まで途切れることなく話し続ける。
俺はたまに相槌を返すだけだが、気にしていない様子だ。
階段は長かった。途中蛇行しながらもう10分は歩いている。
「今日の獲物さん、何したか聞いてます?」
「……」
階段の先は見えないが空気の流れはある。
「協会も説明くらいほしいですよね」
「禁忌研究」
種嶋もそれくらいは聞いているだろう。
「違いますよ。内容の方です。ケチ臭いですよねぇ」
賞金稼ぎと自称しているのにこの種の手合いに会ったことは無いのだろうか。
「知ったところで意味はない」
懸賞金が掛けられる程の悪辣な研究内容を知ったところで手を伸ばせば狩られる側になるだけだ。
間違いないのはこの下に潜んでいるだろう輩は確実に五人以上を殺している。それで十分。
メルキオルが広い空間に出た。俺は触媒を砕いて幾つか術を発動した。
種嶋はぴたりとしゃべるのをやめ、ポケットから紙切れを取り出した。
階段を抜けるとそこは
楽園、だった。
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