第4話 長谷川邦子
環が朔の店で説明を受けた次の週。放課後。
答案は恙なく返却され、テスト期間特有の早帰りも今日で終わる。空気は冷たく、雨こそ降りそうにないが空は薄い雲に隠されていた。
環は制服姿のまま待ち合わせをしていた。
駅前のベンチに座って曇り空を見上げている。
そろそろ金星の観測条件が良くなるはずだが、天体望遠鏡での観測は望み薄かもしれない。
「たま」
声を掛けられ、環はそちらに顔を向けた。
長谷川邦子。環の友達。
身長は170と少し、朔よりは少し小さくはあるが環以外から見ても女性としては背は高い方だ。
今日は長い髪を肩程で緩く編んでいる。細いフレームの眼鏡がとても似合う美人。
本人は自分の外見を悪い意味で気にしている様子なので言わないが環は高身長でスタイルに起伏のある邦子に憧れていた。いつも落ち着いていて、物静かで、環の理想の大人像に近い。
環とは違い少し遠くの女子高に通っているので邦子の制服はブラウンのブレザーを着ている。そんなところもなんだか大人っぽいなぁと環はひそかに思っているのだった。
並ぶと親子に間違われることすらあるが二人は中学時代からの親友だ。
駅前のバス停からの通学路が少し重なるので、卒業して学校が分かれてからも邦子とは予定が合う日は一緒に帰る約束をしている。
環がぱたぱたと駆け寄ると、邦子は抑揚は少ないながらも暖かな表情を向けた。
「はろー!邦ちゃん」
「たま。待たせちゃってごめんね」
「全然待ってないよ、さっきついたところだし」
並んで歩き出す。帰宅ラッシュは過ぎているため駅前の人影はさほど多くない。
「たまの所はテストって言ってたっけ?どうだった?」
「普通かな……心情を書けとかああいうのは苦手……」
「相変わらずだったんだね」
邦子は少し困った顔で笑う。
「いいの……進路理数系だもん……」
「そんなこと言って、問題の読解は大丈夫なのかな?」
邦子が環の膨らませたほほをつつくと環はぷうと顔を背けた。
そうしながら環は密かに落ち込んだりする。
そういう所も、自分で自分が子供っぽいと自覚しているのに。
「あ、そんなことより邦ちゃんははるかわ先生の新刊もう読んだ?」
「ううん、まだ。またラブストーリー?」
環は話題を切り替えて笑顔を作る。つられて邦子も微笑みを返してくれる。
「今回は青春活劇だって」
「活劇……?」
「なんだろう。時代劇とかによくつくよね。バトル展開とかあるのかな」
「あんまり想像がつかないけれど……一応新機軸なのかしら」
「わからないけど、とりあえず読んでみなきゃ」
「そうね」
本の話、学校の話、最近の天気の話。
いつもの時間
他愛のない時間
「ねぇ、たま」
「?」
環が邦子を見上げる。邦子は少しだけ悲しそうな顔をしていた。
「危ないことは、しないでね」
「……?……うん」
環が首をかしげると、邦子はいつもの調子に戻る。
日常
ゆっくりと流れていく。空を流れていく雲。
微かに雲に切れ間が出来、陽光が薄く射すも一瞬で再び縫い閉じられてしまう。
「そういえばそろそろたまの学校は修学旅行だっけ」
「うん。うちは12月だよ。普通もっと早いのにねー。あ!そうだ!邦ちゃんはお土産、何がいい?」
携帯を取り出しメモを作る環を見ながら、長谷川邦子はそっと唇を噛んだ。
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