第2話 芦原環


そう。俺、望月朔は魔法使いであった。


 店の入り口にClosedの看板をかけ、二階に上がる。

店の二階は居住スペースになっている。

環が腰掛けたのを確認し、テーブルの上に緑茶と菓子を置いて俺は溜め息をつく。

「どうやって知った」

「緑茶派なんですね…存じ上げませんでした…」

「人の話を聞け」

 俺もテーブル向かいに腰掛ける。

「私があなたを見つけたのは3年前です」

「さ…」


ストーカー歴3年


 なるほど、写真もあれほど溜まる訳である。

「屋根の上で天体観測していたら頭上を通過されたんです。このお店を見つけるのに苦労しました……」

 少し話した内容をまとめると、環は夜間に発見した似た様な発光体を根気強く観測し、出発点を逆算したと言うのだ。

「……つまり、君には俺の姿が最初から見えていたのか」

「はい」

 俺は腕を組み替え環を見る。

メモ帳とボールペンを持ってにこにこと笑っている。

「……」

その真意は計り知れない。

 俺は見ず知らずのこの少女にはっきりと恐怖としか言えない感情を抱いていた。

「やっぱり才能とかも必要なんでしょうか?」

「本当に何も知らずにここに来たんだな…」

 俺は溜め息をつく。若白髪が増えそうだ。

「世の中の、少なくとも俺の知る限りの術師は100%才能で魔術師になっている」

「ひゃく……」

「そうだ。才能の無い奴が魔法使いになれる可能性は無い」

「努力しても…駄目なんですか…?」

「無理だ。」

 環はメモ帳を握りしめる。

「才能というのは、どうやって分かるのでしょう」

「遺伝だ」

「また断言されるんですね……」

「俺が生まれる前から、それこそ何百年もかけて研究し尽くされてきたことだからな」

 俺は息をつき茶を啜る。

「君の親か祖父母が魔術師か、あるいは陰陽寮の系統なら可能性はある。違うなら諦めろ」

「……少なくとも両親祖父母は普通の家庭だと、思います」

 環はがっくりと肩を落とした。

「ただし伝えなかった可能性もある」

「そうなんですか?」

「事情はそれぞれ色々あるさ。伝統を重んじる風習も廃れつつあるからな。まぁ、迷彩操作していた俺を補足出来たんだからその可能性は0ではない」

「!?」

 環の顔が晴れやかになる。分かりやすいのか分かりにくいのか謎な娘である。

俺は環の顔に手をかざす。

「君が構わないなら才能があるか位は見てやれるが」

「お願いします!!」

「……はぁ。目を瞑れ」

 環は目を瞑った。両手を握って祈る様に俯く。

「いいと言う迄数字を数えろ。1から、等間隔に」

「はい」

 1、2、3と環は数字を数え始める。

「俺が何をしても数字を数え続けろ」

「4、5、6」

 いいだろうと呟いて環の顔の前で指を動かす。

俺の指がぼんやりと光を放つ。

「才能と言ったが、魔法だとか魔術だとか言われるこの術を使うには体質が重要なんだ」

「41、42、43」

「今からそれを確認する」

 俺は光の軌跡で環の顔の前に図形を描写していく。

「51…ごじゅ…2…ごじゅうさ…ん…」

 環の言葉がとぎれとぎれになる。

「俺はこの手の診断に秀でてはいない。すまないが耐えてくれ」

「ななじゅう…71……、72……」

 部屋の電気が点滅する。

口許が緩んだ。

「すまないな」

 軽い破裂音がして部屋の電気がおちた。

同時に環がゆっくりとテーブルに倒れ伏す。


 記憶の改竄。

対象者が集中しているほどにかけやすい精神系認識誘導術の一つ。

目が覚めれば俺に関する記憶はすべて忘れているだろう。


 後は環の家を調べ全て抹消しなければ。

知られてはいけない。

明らかにしてはいけない。

子供一人程度の人間関係なら殺さずとも証拠隠滅は難しくはない。

ネットを介していたとしても、俺にはその手段がある。

 俺は環の鞄に手をかける。

学生証。北新涼高等学校生徒学生証。

「………」

 貼付けられた写真と気絶する少女を見比べる。

薄暗い中でもわかる。同一人物だ。しかも二年生、17歳らしい。

なるほど、テストは額面通りか。とひとりごちる。

写真と地図。アンドロイド端末を取り出す。他は財布と携帯とハンカチ、手帳等が入っている。

 手帳をぱらぱらと捲り、自身に関係ありそうな箇所に触れると文字が紙から剥離され浮かび上がった文字は空中に並び端から瓦解して行く。

 全く末恐ろしい娘だ。

 本来であれば術式展開中の術者を一般人がカメラで補足する等考えられないことだ。

調べずとも無意識下で看過系の術を発動できるのなら才能はあるのだろう。

もしかしたら鍛えればそれなりな術士になるかもしれない。

 ただし、俺は弟子を取る気もなければ自身を脅迫してきた娘の面倒を見る気もない。

そんな余裕はない。

 この娘もこんなことは諦めて学業に勤しんだ方が後々のためになるだろう。

写真と地図は触れた瞬間燃え上がり灰になる。

アンドロイド端末は初期化した。

バックアップも削除しにいかねば。

 何かあれば公開、と言っていたからには連絡が有れば公開か。もしくは無ければ自動公開か。単身乗り込んで来たことを考えるとおそらくは後者。

俺は携帯を取り出し学生証に載っていた環の住所を調べる。隣町だが、大した距離ではない。

「さて」

 この少女をどこか交番か病院の近くに転がしておくか、と俺は環に振り向いた。

そして、硬直した。

「……あ……れ……」

 少女の瞳が虚ろに開かれている。

「………」

 俺は言葉を失った。

環がゆっくりと起き上がる。

「どう、でしたか……」

 術が効いていない。

本来ならば半日……少なくとも数時間は意識を失っているはずだった。

「何故……」

 無意識下で対抗術を使ったとでも言うのか。

 汗が背筋を伝う。

「……うう……すみません……あたまがいたいので、今日はもう帰ります」

 環は鞄を持つとゆっくり階段を降りて行った。


からんからんと、ベルが鳴った。


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