『はーい！　じゃあ、この予選で、参加者の数を減（へ）らしていくわよー！』

　拡声器（かくせいき）みたいな、機械（きかい）を通（とお）したような大音量（だいおんりょう）で、例の死神（しにがみ）さんの声が響（ひび）く。私は引（ひ）き続（つづ）き、夢の中に居（い）て、既（すで）にイ（・）ベ（・）ン（・）ト（・）は開始されていた。ちなみに夢の中は、ほぼ暗闇（くらやみ）だけの状態が続いている。私を含（ふく）めたイベントの参加者（さんかしゃ）達（たち）は、自分の姿（すがた）さえ見えず、まるで魂（たましい）だけが浮遊（ふゆう）しているような感覚だ。

　むしろ、魂（たましい）だけで体が無（な）い方が、イベント会場に参加者一同（いちどう）を集（あつ）めるのに都合（つごう）が良いのだろう。私達、参加者は二人（ふたり）一組（ひとくみ）で、それぞれ個室のような所（繰（く）り返（かえ）すが、暗闇（くらやみ）なのだ。正確には把握（はあく）できない）で対面（たいめん）させられている。対面と言っても、気配を感じるだけで姿（すがた）は見えない。私達は声を出す事は出来（でき）るようで、耳を澄（す）ませば息遣（いきづか）いも聞（き）こえてくる……気もする。錯覚（さっかく）かも知れなくて何とも言えなかった。私はイベント前に行（おこな）った、少女の声を持った死神さんとの会話を思い出す。

「これから始まるイベントは、まず予選（よせん）で参加者の数を減（へ）らすの。それから、残（のこ）った数十人（すうじゅうにん）で、バトルロイヤル方式で戦（たたか）ってもらう。そこで生（い）き残（のこ）った一人が勝者（しょうしゃ）となって、願（ねが）い事（ごと）を叶（かな）える事ができるわ」

　死神さんの説明をまずは黙（だま）って聞く。デスゲーム、という表現は嫌（いや）なので、私もイベントと言うが。このイベントの参加者は何人くらいなんだろうと私は思った。死神さんは正確な数を教（おし）えてくれないが、精々（せいぜい）、多くても数百人（すうひゃくにん）ではないか。イ（・）ベ（・）ン（・）ト（・）の脱落者（だつらくしゃ）が亡（な）くなるとしたら、一度に数千人（すうせんにん）が死ねば大騒（おおさわ）ぎになる気がした。

「ちなみに予選後（よせんご）のバトルロイヤルに付いては、まだ内容が決まってないの。その内容は、私と貴女（あなた）が相談して決定できるからね。と言っても、あんまり時間は無いから、できれば予選の最中（さいちゅう）からアイデアを練（ね）っておいて」

「そんな余裕（よゆう）は無（な）いと思うわ……予選（よせん）って、そこでも殺（ころ）し合（あ）うんじゃないの？」

「その心配は無（な）いわ。先に教（おし）えておくと、簡単（かんたん）なカードゲームだから。全自動（ぜんじどう）のジャンケンみたいなもので、私が貴女を絶対に勝たせてあげる。ただし八百長（やおちょう）がバレないように、貴女は全力（ぜんりょく）で演技（えんぎ）をしてね」

　死神さんが言うには、今回の八百長（やおちょう）は、死神さんの単独（たんどく）計画（けいかく）らしい。死神さんは、球技（きゅうぎ）で言えば審判（しんぱん）に当（あ）たるような存在で、その立場を利用して私を優勝させる計画だそうだ。私の世界でも、球技の審判が例（たと）えば買収（ばいしゅう）されて、特定の球団（チーム）を優勝させたりする事はあるのだとか。

「まあ私の場合は、買収（ばいしゅう）じゃなくて、自分の意思で決めた事だけどね。簡単に言えば、ウンザリしてるのよ。私を縛（しば）る、今の枠組（わくぐみ）にね。その枠組（わくぐみ）を壊（こわ）すには、イベント優勝者の大きな願（ねが）いが必要なのよ。『世界を変えたい！』っていう、その強い願（ねが）いを叶（かな）える事に寄って、大きなエネルギーを生（う）み出（だ）したいの」

「……その大きなエネルギーで、死神さんは、自由になれるって事？」

「うん、そういう解釈（かいしゃく）でいいわ。どうせ人間には、基本的に理解が及（およ）ばない世界での出来事（できごと）だしね。とにかく貴女が優勝してくれれば、私にも都合（つごう）が良いって訳（わけ）。じゃ、頑張（がんば）ってね」

　回想（かいそう）に浸（ひた）っている場合では無（な）い。私は暗闇（くらやみ）の中、個室の中で対戦相手と向かい合っている状況（じょうきょう）である。その私と対戦相手の前に、裏向（うらむ）きでカードの束（たば）が、それぞれ一（ひと）つずつ現（あらわ）れた。カードは淡（あわ）い光（ひかり）を放（はな）っていて、どうやらトランプのようだ。闇（やみ）の中でも、束（たば）からめ（・）く（・）れ（・）ば（・）カードの数字は読み取れそうだった。

『はい、今、参加者全員の手元（てもと）にトランプが現れたわね。これから自動的に、そのトランプからカードが一枚、めくられるわ。そのカードの強弱（きょうじゃく）で、二人一組の勝ち負けが決まるの。一発（いっぱつ）勝負（しょうぶ）のジャンケンみたいなものだけど、アイコの確率（かくりつ）は低いでしょうね。負けた方の参加者は速（すみ）やかに消（き）えてもらうわ』

　更（さら）に説明が続いて、カードの数字が同じだった場合は、決着が付くまでやり直すそうだ。参加者にカードを触（さわ）らせないのは、イカサマを防（ふせ）ぐためだと言われた。実際は、そのイカサマを死神さんの方（ほう）が企（たくら）んでいるのだが。

『じゃあイベント開始！　幸運を祈（いの）るわ！』

　白々（しらじら）しいアナウンスの後、トランプが自動的に一枚、めくられて宙（ちゅう）を舞（ま）った。私は事前（じぜん）に八百長（やおちょう）を知らされているが、それでも不安はある。私が裏切（うらぎ）られて、他の誰かが優勝する筋書（すじが）きがあるのではないか。そんな疑（うたが）いが消（き）えなくて、どうだろうが私にできる事は無い。

　ご丁寧（ていねい）に、暗闇の中でディスプレイが現れた。私と、対戦相手のカードがテレビみたいな大（おお）きな画面に映（うつ）し出（だ）される仕様（しよう）だ。相手のカードはハートの十（じゅう）だった。重要なのは数字だけで、ハートやスペードといったマークは勝負に無関係なはずだ。そして私のカードは──

「ジョーカー……」

　ピエロのような絵柄（えがら）が画面に映し出される。これで負けという事は無いだろうか、との想（おも）いは杞憂（きゆう）に終わった。対戦相手の姿（すがた）が一瞬（いっしゅん）、輝（かがや）いて、あっという間（ま）に消（き）える。『負けた方の参加者は速（すみ）やかに消（き）えてもらうわ』という、死神さんのアナウンス通（どお）りの現象（げんしょう）があった。

『はーい、順調（じゅんちょう）に削（けず）れたわね。これで参加者の数は半分になったわ。あと一回、同じ要領（ようりょう）で参加者を減（へ）らして、残（のこ）った人達で決勝（けっしょう）を戦（たたか）ってもらいます。では、また二人一組にするわ』

　順（・）調（・）に（・）削（・）れ（・）た（・）、という表現が恐（おそ）ろしい。人の命を何とも思っていないようで、それに腹（はら）を立（た）てるような余裕（よゆう）は私に無（な）かった。今の状況から、早く抜（ぬ）け出（だ）したい。それには勝つしかないのだと分かっていた。

　暗闇（くらやみ）の中で、私達が移動させられたのか、それとも個室の方が移動してきたのか。とにかく、また私の前に対戦相手の気配（けはい）を感じた。呼吸の音が聞こえて、どうやら私達は、出（だ）そうと思えば声を出（だ）せるようだ。さっきトランプのジョーカーを見た時、思わず私は声を出（だ）していたし。

『じゃあ、ち（・）ゃ（・）っ（・）ち（・）ゃ（・）と終（お）わらせましょう。カード・オープン！』

　場違（ばちが）いな程（ほど）の陽気（ようき）さで、死神さんがアナウンスする。さっきと同じように、トランプの束（たば）が一（ひと）つずつ、私と対戦者の前に現（あらわ）れた。また自動的に一枚、カードがめくられて宙（ちゅう）に舞（ま）う。相手のカードはスペードのキング。そして私のカードは────

「クラブのクイーン……！」

　キングは数字で言えば十三（じゅうさん）、クイーンは十二（じゅうに）。私の負けだろうか、あの死神さんに裏切（うらぎ）られたのかと血（ち）の気（け）が引（ひ）くのを感じる。「勝った、勝ったぞ！」と、男性らしい対戦相手の声が闇（やみ）の中で響（ひび）く。私は咄嗟（とっさ）に思（おも）い付（つ）いて、「違（ちが）う、違（ちが）うわ！」と叫（さけ）び、更（さら）に続けた。

「アナウンスで言ってた！　『カードの強弱（きょうじゃく）で、二人一組の勝ち負けが決まる』って。数字の大小（だいしょう）で勝負が決まるとは言われてないわ！」

　一瞬（いっしゅん）の沈黙（ちんもく）が生（う）まれる。そして、対戦相手の姿（すがた）が光って、静（しず）かな爆発（ばくはつ）のように消（しょう）滅（めつ）していった。勝った……のだろうか、私は。

『ちょっと揉（も）め事（ごと）があったかしら？　ええ、お察（さっ）しの通（とお）り、この勝負は数字が低（ひく）い方（ほう）が強いからね。大体（だいたい）、普通のトランプゲームだって、エースが最強（さいきょう）でしょう？　あれは数字で言えば、一（いち）のはずよね』

　私は、ただ放心（ほうしん）しながらアナウンスを聞いていた。そして死神さんの声が続く。

『そして普通のトランプゲームと同じじゃ面白（おもしろ）くないから、この予選では数字の二（に）を最強にしてたの。ああ、ジョーカーは全（すべ）てのカードに勝つけどね。クイーンはキングより強くて、最弱（さいじゃく）のカードはエースって訳（わけ）。そもそも王様（キング）が女王（クイーン）より強いって、誰（だれ）が決めたの？　どうせ馬鹿（ばか）な男（おとこ）達（たち）でしょ。そいつらがルールを押し付けてきてさ、ずっと状況（じょうきょう）が変わらないのよ。不愉快（ふゆかい）だと思わない？　ねぇ、思わない？　私は不愉快（ふゆかい）だわ！』