第16話
クラウスとスズが連れ立って東の門を通過すると、早朝と異なり人が多く行き交い賑わっている。
「スーの店はこっちだ。帰って来れたのが昼ちょい前で良かった。これから混むからなあ」
「人気店なのねえ」
ワクワクとした表情のスズに、そうだな、と頷く。
「昨日も言ったかもしれないが、この東の門には冒険者が他の門より多く出入りする。
駆け出しの奴らは金もあまり持ってないからな。門付近の安くて腹に溜まってかつ味もそこそこな店は人気なんだ」
あそことか、とクラウスが指で示した店は2、3人の冒険者っぽい服装の男たちが並んでいた。
「あそこは家畜の鶏や鳥型の魔獣でとるスープで麺を食う。アッサリしているから飲んだ後の〆にもいい」
「(鳥そばみたいなもんかしら。匂いも美味しそうだわ)」
「目がキラキラしてるぞ。あそこはまた今度連れて行ってやる。
ほら、こっちがスーの肉飯屋だ。
オーク肉とかブラッディーボアの端肉を煮て、この国より南にある国で食べられているコメって穀物に掛けて食うんだ」
この国では昔は食べられていなかったんだが、安いからこの辺りでは最近食べられている、と続けたクラウスの声が耳に入って来ないくらいスズは内心で狂喜乱舞した。
前世日本人のスズにとって、米と味噌汁と漬物の組合せにどれほど焦がれたか。
スズが生まれたのは飽食の時代だから、米と味噌汁と漬物だけというのは流石に毎日ではなかったが疲れ果てた日なんかは、最低限それさえあれば十分だと思っている。
米は是非購入しようと心に決めて、スーの店と書かれた屋台でクラウスが注文するのをじぃっと見る。
「ほら肉飯。匙で食うんだ。よく噛んだ方が腹に溜まるぞ」
手渡された器を大事そうに待つスズに、クラウスは愉快そうに笑う。
店のすぐ近くの塀に腰掛けて、クラウスから言われる通りいそいそと匙をとる。
パクっと匙を一口で含んだスズはその懐かしい味に目が輝く。
「(牛丼!!!いや、オークは豚だから豚丼!)
おいしっ!」
「美味いよなあ、わかるわかる」
ニカっと白い歯を見せて笑うクラウスにとっても好物なのだろう。匙は止まらない。
「あとでお米も買いたいです」
「食材か、確かにスズが作るコメ料理も気になるな。ギルドへの報告の後に行くか?」
ふむ、と顎に手を当てたクラウスの提案に是非!とスズは笑顔で頷いた。
この身体が、この舌が知らない頃ならいざ知らず、再び知ってしまった故郷の味だ。
何としてでも手に入れたい!と拳を握るスズを、愉快そうにクラウスは見下ろしていた。
先に食品店に向かいたがる気持ちを押してギルドに戻るための乗り合い馬車に乗り、中心部に向かう。
「食材もだが、服とかも買うか?」
「やっぱり変かしら」
「まあ、年頃の嬢ちゃんが着るには質素だな」
スズの服は山脈で蜘蛛の魔物の糸で仕立てたモノになる。
「じゃあ古着屋も連れて行ってもらえる?」
うーんと唸りながら見上げるスズに勿論だ、とその頭をポンと撫でてクラウスは笑った。
「街って凄いのねえ。なんだかソワソワする」
「ソワソワ??やはり山脈と違うから落ち着かないか?」
「うん、そうね。山脈は静かだけど糸が張り詰めているみたいだったわ。
街は、賑やかでふわふわしていて少し気持ちが緩んでしまう」
「なにせあの山脈だものな。しかも中腹といえば難易度の高い魔獣がごろごろいる。そら緊張もするだろう。
緊張感が悪いわけじゃねえが、スズはオンとオフの付け方を身に付ける方がイイ」
「オンとオフ」
「力みっぱなしは疲弊する。力を抜くって事も覚えたら良い」
わしわしとスズの頭を豪快に撫でたクラウスは笑いながらそう言った。
昨日同様、ざわざわとしている冒険者ギルドの中をカウンターに一直線に進む。
「あら!クラウスさんにスズさん!」
「こんにちはアリスさん。依頼の達成の確認をお願いします」
ニコニコと笑うアリスさんに、マジックバックではない方の背負っていた鞄から依頼書とツユクサとマツクサを取り出す。
「あら、早いですね!!
うん、状態もバッチリです!ギルドカードを出して頂けますか?依頼達成の処置をしますね!」
「アリス、ついでになんだが昨日ギルマスから言われていた逃げたブラッディーボアも討伐したんだが」
「流石クラウスさんですね。そちらはまだ依頼書が掲示板にありますから依頼書を剥がして討伐証明の牙と提出願います」
「おう、じゃあ取ってくるわ」
軽い足取りで掲示板に向かうクラウスを見送り、自分の初依頼達成の処理を見守る。
「スズさん、お待たせしました!
依頼達成をギルドカードに入力しました。こちらが、報酬の銅貨22枚になります。状態が良かったので銅貨2枚増しでの報酬になりますよ」
「(銅貨22枚だから、2,200円かな?マツクサとツユクサがそれぞれ10本ずつ計20本の依頼で元値は銅貨20枚で2,000円だったってことね)」
この世界の貨幣価値を勉強中のスズは報酬とギルドカードを受け取りながら冒険者の収入についても思考を飛ばす。
「(お昼ご飯の肉飯が銅貨5枚、朝のサンドイッチが銅貨3枚か)」
宿代は知らないが、門の付近で暮らすなら確かにこのレベルの依頼でもその日暮らしは営めそうだと思う。
「よし、依頼書だ。
それから現物の牙だ」
クラウスがカウンターにドン、っと置いたブラッディーボアの討伐証明の牙と依頼書にアリスは確かに!と2つを手に取る。
「ではギルドカードをお願いします」
「あー、これは俺でなくスズが討伐したんだが」
「え、スズさんがですか!凄いですね!」
「クラウスに弱点とか教わりましたから」
ヘラりと笑うスズに目を丸くしたアリスは驚きながらも返したばかりのギルドカードに再度書き込みと報酬の計算を始める。
「ちなみにブラッディーボアの素材もある」
「買取ですね!そちらは依頼の計算後に行いますのでお待ちくださいー!」
「おう」
ブラッディーボアの討伐依頼の報酬は一頭だった為に金貨1枚、ここに肉やら毛皮やらを追加して大体一体あたり金貨5枚になった。
ブラッディーボアのように魔獣としてのランクはDでも、素材(肉)が人気だと報酬が少し高いらしい。
スズは肉を1体分手元に残して素材として約3体分(1体は毛皮や牙のみ)で金貨12枚、クラウスは2体分で金貨8枚になった。
「状態も良かったし、初の冒険者としてのお仕事はバッチリですね!」
「だなー!スズ、よくやったな」
「クラウスのおかげねえ」
二人掛かりで褒められたスズは照れながらニコニコと笑う。
次の依頼を受けて帰ろうと掲示板を見たスズとクラウスは、それぞれぺリッと依頼書を剥がす。
「クラウスの依頼はなに?」
「俺は今日より少し山脈寄りだが同じ地域にゴブリンの集落があるらしいからそれの討伐だな。
依頼的にはCランクになる。ゴブリン自体は大した魔獣じゃないんだが、数が多いと厄介だからな。スズは?」
「私は素材採取依頼で、今日と同じツユクサ、マツクサの各10本ずつの採取と、一角兎のお肉と角の採取が5匹分よ」
「そうか。じゃあ依頼受理してもらい次第街に出るか!」
「うん!」
食材に服、不足しているだろう日用品の買い物にスズは胸を躍らせた。
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