第15話 視点:クラウス
バチバチと目に見えて帯電しているブラッディーボアの状態を確認した後、呆気に取られている俺の横でスズは掌に水を集める。
「水槍」
小さいが細く鋭利な水がスズの呟くような声で一直線にブラッディーボアの眉間目掛けて飛んでいった。
規格外過ぎる・・・!!!!
水やら雷やら、攻撃特化にしてもあんな自在に操るなど聞いたことがない!
「よし、おわり!」
ステーキ!とニコニコ笑うスズの規格外さが、果たしてスズだからなのかそれとも有翼の亜人だからなのかわからない。とにかく聞かねえとなんねえ。
「え?魔法?」
ブラッディーボアの討伐証明である牙を避け、解体しながらスズに先程の魔法について尋ねる。
勿論肉の質が悪くなるから先に血抜きした。その地は全てウルルが食べちまったので獣が血の匂いを嗅ぎつける事は暫くないだろう。
うーん?と首を傾げながら、スズは掌に視線を落とす。
「魔法は独学なの。魔力があるのはわかっていたから、それを他の一族みたいに飛ぶためだけに使うのは勿体無いと思って。
クラウスの知る魔法ってどういうもの?」
魔法は独学というからには、先程のはやはりスズが規格外という事か、とガリガリ頭を掻いて、魔法について教えてやる。
「いいか?魔法は基本的に、適性のある属性を扱う。というか扱えねえ。
属性ってのは、火水風土木が基本で、レアな属性で氷闇光雷がある。
多くの人には魔力があってな、微弱ながらも魔法を扱える。しかしそれらは生活を少し手助けするのに特化した魔法で、当然攻撃するには及ばない程度のモンだ。ここまではいいか?」
俺のセリフに素直に頷くスズに、よしと続きを口にする。
とはいえ、呑気にしている時間はねえから俺もスズも解体しながらだが。
「魔法士ってのは通常微々たるモンしかねえ魔力が高く、戦う事に魔法を使えるやつのことだ。
例外として、回復魔法があるがそれは魔法士っていうより、回復士(ヒーラー)だな。
で、魔法士ってのは魔力を行使するのに呪いを唱える。詠唱ともいう。
威力のでけえもんほどコレが複雑で、詠唱も長い」
「詠唱・・・」
「気付いたか?
スズのは詠唱と言うにはあまりに短か過ぎるし、出回っているドレとも異なる、なのに威力が有り過ぎるんだよ」
目を瞬かせるスズを見ながら脳裏には先ほどの雷属性の攻撃を思い浮かべる
「雷属性の攻撃は、俺もまあ1度くらいしか見たことねえ。
だが、あんな風に獲物を焦がさないが痺れさせるなんて見たことない。攻撃後もバチバチしてたしな」
「あー、湖にする為に試行錯誤したのよねえ」
「湖?」
「この間は釣りだったけど、オーロラサーモンとか他の魚が警戒している時には湖に雷撃を流して魚を感電させるの。
ぷかぷか気絶している魚を掬うとラクチン」
「・・・は」
魔法ってのは簡単なもんじゃない。ハズ。
研究者も多く、まだまだ不明な点も多い。ハズ。
なのに、戦う為ならいざ知らず、食いもんの為にアレコレ試行錯誤するなんざ、他の魔法士が聞いたら憤慨するだろうな。俺は頭が痛え。
「あー、スズ。お前は自分の魔法の適性知ってるか?」
「いいえ?」
「だよなあ。んじゃ、今日ギルドに依頼完了の報告しに行く時はついでにスキルなんかの鑑定をした方がいい。自分の手札は知らねえと危険だ」
鑑定は、子供のうちに一度は受ける。少なくともカールズベールでは12歳までに受け、魔法士の適性が高ければ王都にある国立の学園に入学できる。
また、光魔法の適性が際立っていれば回復士のほか、聖女として教会から庇護を受ける事もある。
鑑定が出来るのは教会か各ギルドだ。
「適性って、オープンにしても良いもの?」
「そうだな。全てはオープンにはしねえ。特に冒険者はしないな。
手の内を知られると面倒事に巻き込まれる事もある」
魔法士は少ないうえ、回復士となると更に少ない。スズは俺の治療でおそらく回復魔法を使ったのだろうから回復士の適性は間違いなくある。
回復士も能力は千差万別だが、凄まじい回復士は死後直後なら蘇らせれるともいう。そして、そんな能力の保持者は各国が喉から手が出るほど欲しい人材であり人財だ。
「そうなのねえ。わかったわ」
「・・・さて、そっちは捌き終わったな。
思ったよりいて、良い小遣い稼ぎになったなあ」
「ステーキ美味しかったから、いくらか売らなくてもいい?」
「勿論構わない。スズが倒したしな」
「でも捌いたのは2人でだから、絶対半分こね。
魔法は私の力かもだけど、クラウスには常識を教わっているのだし。これは私にとって貴重なものだもの」
「いいのか?なら一頭分は肉だけ貰って一緒に食べよう。で、残る4頭をそれぞれ半分取り分にして、一頭の肉以外は金に変えて宿泊料に充てる。どうだ?」
「異議なし!」
元気に手をあげるスズに、思わず笑ってしまった。
しっかり肉と素材を鞄に入れて、街に向かう。
スズの冒険者生活初日としてはかなり幸先の良いスタートになったはずだ。
それこそがまさに規格外なんだが、鼻歌を歌うスズを横目にコレはまあコレでスズらしくて良いかもしれないな。と笑う。
朝イチと違って人通りが増えた街道に戻り、スズと共にカールズベールの門に戻る。
「おう、クラウス!」
「ダグラス、昨日振りだな」
「早速嬢ちゃんの冒険者デビューに付き合ったのか?」
「はは!その通りだ。」
ダグラスは歳の頃が同じで休みが被れば飲み屋で飲む事もある。
人を見る目もあるし何より気がいい。付き合っていて気が楽だ。
「嬢ちゃん、昨日はウチの街はどうだった?」
「とっても整備されててご飯もおいしかったわ!」
スズに対して、しゃがんで視線を合わせるダグラス。極々自然に、嫌味なくしているその動作にスズも笑顔で答える。
「おう、飯も口にあって何よりだ!
ここは外壁付近と中心では食えるモノの種類が違う。朝は屋台で食ったんなら、昼も屋台でどうだ?
スーのところの肉飯も美味いぞ」
「スーって人のお店?肉飯?」
「スーは東の門付近で屋台をしている女の名前だ。こいつの作る肉飯は安いが美味い。
もし今日の昼飯の算段立ててないなら行くといいぞ」
ニヤリと笑ったダグラスのせいで、俺も舌がスーの肉飯を求めてる。
「よし、食いに行くか」
「はーい。おにく!」
手を上げ足取り軽く門を進むスズに、ふと先程魔法を使った時の姿が被る。
飯を楽しむ一面、感情を一つも揺らさず魔法を行使する一面、そのどちらの顔も持つのがスズなのだと。
意外性と異質性でいえば間違いなく今年1番の新人だった。
「面白くなるなあ」
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