第13話

「んー、あさかー」


今世初の寝台は布団もふかふかで上質、お勧めの宿屋なだけあるな、と夜明け少し前に目が覚めたスズは背伸びをしながら満足そうに笑う。


宿の部屋は1人部屋で、スズからすれば少し大きな寝台に、小さな机がひとつあるだけのシンプルなものだが、洞窟暮らしをしていた身からすれば十分な設備だ。


おまけに1日中入れる温泉があり、寝る前にしっかり堪能した(前世ならばアルコールが入っているので朝風呂に勤しんだのだろうが、今世ではアルコール分解速度が早いのか、単純に飲んだ時間が早かった為、寝る前にはほとんど分解されていたのかは不明だが素面と変わらなかった)


「今日は依頼を達成して、街を案内してもらえればいいな」


調味料をいくらか入手できれば、洞窟で暮らすにも依頼中でも食事を満足できるものが作れるはず、と昨晩の酒場の味を思い出して自然顔が笑顔になっていた。


依頼の2種類の薬草は苦労せず採取できるだろうと考えながら身支度を済ませ、鞄を斜め掛けにして更にリュクのように背負っていた鞄は斜め掛けの鞄に仕舞い込む。


前世日本ならば置いて行っても荷物が盗まれる心配はそこまでないが、今世はそこまで治安が良くないだろう。


斜め掛けはクラウス曰くマジックバックだし、とスズは1人頷いて部屋を後にする。


「おはようスズ」


「おはようクラウスさん」


部屋を出てすぐ、隣の部屋のクラウスも出て来たので連れ立って宿を後にした。


宿は5泊とりあえず先払いしていると言うのは昨晩到着した時にクラウスから伝えられている。

街に何泊するか決めかねていたスズにしてみればありがたかった。


カールスバーグの街の住人や冒険者は朝食を外で食べることが多い。宿のキッチンを借りる事も出来るようだが、せっかくの街での滞在だ。朝から晩までしっかり堪能したいとスズは心を弾ませた。


「東の門の近くの屋台で買おう」


前日と同じく乗り合い馬車に乗れば、まだ夜が明けたばかりなのも相まって門の付近の人は疎だ。


「東の門付近にはこの時間から冒険者向けの屋台が出てるんだ」



クラウスの言う屋台はいくつかあり、その中の店のひとつでサンドイッチを2つ購入して外に出た。


東の門の守衛は前日の人と違うものの、クラウスと気さくに話し、気をつけてな、とスズにも笑い掛ける愛想の良い男だった。


東の門を抜けて広がっている平原を少し街道から外れて歩けば、前日気付いていた群生地である。


懐から出した依頼書の内容に間違いないことを確認していれば、クラウスが感心したように群生地を見渡していた。


「驚いたな。歩いて1時間しないうちに薬草の群生地だなんて」


「昨日、ブルーバードがこの辺りを飛んでるのを見たんです。多分あるんだろうな、とアタリをつけていました」


「ブルーバード?あの全身青で嘴だけ黄色の鳥か?」


「はい。あの鳥は薬草を好んで食べるんですよー。


何羽か飛んでたら薬草の群生地である可能性が高いの」


説明をしていればお誂え向きの様に肩に一羽の青い鳥が止まった。


クラウスにスズがパチっとウインクしてみると、目を丸くしたクラウスが次の瞬間カラカラと愉快そうに笑った。


「俺も今度から気をつけて見てみよう」


「ぜひ。


ブルーバードのおかげで依頼の薬草は採ったし、この後どうします?」


依頼の薬草をそれぞれ分けて藁で縛って鞄に放り込みながらクラウスに尋ねる。


「余計には採らねえのか?買取してもらえばいいんじゃねえか?」


「必要な物を必要なだけ採らないと生態系が崩れるもの。街にとっても珍しい薬草でもないみたいだし、依頼本数だけでいいわー」


「なるほどな」


「で、どうします???昼くらいまで魔獣でも狩りますか?」


「そうだな。スズも狩れるんだし、一緒に狩るか。罠以外もイケるか?


んで、狩りの後昼から街の案内をする、って感じでどうだ??」


腕組みして悩むクラウスに提案すれば、色々考えても結局それが一番良いのだろう。


クラウスのその後の提案にもスズはめい一杯頷いた。


「冒険者流の狩りはわかりませんが」


「俺も俺の狩り方しか知らねえなあ。狩り方と言っても、力に物をいわせているだけだが」


「この辺りには何がいますかね?」


山脈以外はわからないんですよね、と続けるスズにクラウスはガリガリと頭を掻いて首を捻る。


「あー、そーいや、昨日ギルマスにもうちょいだけ山脈寄りに家畜だったブラッディーボアが逃げ出してるって言ってたな。


ついでに狩れそうならって頼まれたし行ってみるか?」


まだ夜は明けて、1時間と少し程度だ。往復しても多少の余力があるだろうとクラウスが空を見ながら提案すれば、スズは昨日のステーキ!と頷く。



「とりあえず街道に戻るか」


「わかりましたー」


スズが頷き、肩のブルーバードの嘴を撫でると軽い羽音で空に舞い上がった。


「スズ?」


「ふふ、斥候って言うんでしたっけ?


あの子にお願いしました。ブラッディーボアの位置を探してもらいましょう」


にこにこと笑うスズに、そういえば翼を持つ者と相性良かったな、とクラウスは思い出す。


「テイマーのマリウスもスズと同じように魔獣や動物を斥候に出していたな」


「ヒト型に比べると遥かに五感が優れてますからねえ」


「ごかん?」


「あら?言いません?(前世特有だったかしら)


視力、聴力、嗅覚、味覚、触覚ですね」


「ああ、なるほどなぁ。確かに」


納得して仕切りに頷くクラウスに、でしょう?と微笑んだ。


「スズは俺が思うよりずっとよく知っている」


「え?」


「五感もそうだし、薬草の採取についてもそうだ。草原の歩き方や気配の消し方も申し分ない」


「ありがとうございます」


特に後半は後天的に山脈で培われた能力なのでスズの頬も褒められた事で緩む。


「だから、そのなんだ」


「???」


「あー、こんなオッさん相手だから気を使うんだろうが、そろそろ呼び捨てにして言い回しも丁寧にしなくて良い。


勿論、嫌なら仕方ないが、むず痒くてな」



ガリガリと頭を掻きながら気まずそうに言うクラウスに、スズは目を軽く見開ききょとんとした顔をする。ワンテンポ遅れて、くすくすと笑い声と共に承諾したのだった。


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