第12話
冒険者ギルドに入ったときはまだ昼過ぎだったのに、すっかり辺りは薄暗くなっていた。最も、空が暗くなるのに比例するように酒場の明かりと賑わいは増しているようで、冒険者ギルドの周辺は、特に安くて旨い飲み屋が多いとクラウスは笑った。
「スズはどんなのが食べたいとかあるか??」
「私は街が初めてだから、クラウスのお勧めで」
「よし任せろ」
ニカッと笑ったクラウスはそのままスズを先導し、一軒の酒場の扉を開く。
「いらっしゃいっって!!クラウスじゃねえか!!」
カウンターにいたスキンヘッドの50代くらいの男がクラウスの姿を認めて目を見開く。料理人なのか白い腰で巻くエプロンをしているが、ガタイがやはり良いので冒険者にも見える。
「おう、少しぶり。2人なんだが、いいか?」
「おう、もちろんだ。
ツレは初めて見る顔だな。・・・えらいちっさい華奢な嬢ちゃんだ」
クラウスが厳つくガタイが良いせいか、スズはいっそう華奢に見えるようで、どういう繋がりだ?と出迎えた店主は怪訝な表情を隠しきれていない。
「スズ、この店のモンは酒も飯も旨いぞ。特に煮込みが最高だ」
「煮込み!楽しみだわ」
鼻を擽る店内の香りは文句なしの旨い店の証で、だからこそ、岩塩やハーブしかなかった山暮らしは今世の未発達の味覚だからこそなんとかなったとスズは考えていた。
食道楽の気もあった前世の味覚のままだったなら発狂していたかもしれないと遠い目をする。
「エール2つと煮込み、あとは適当に頼む」
「はいよ」
クラフトビールブームが到来していた前世でも、エールは未経験だったスズは、注文してすぐ、ドンと置かれた2つのジョッキに目が輝く。
「よし、とりあえずは無事の街への到着を祝って!」
「「乾杯」」
コツンとジョッキを合わせるのは今世この国でも変わらないらしい。
「おいし!!!」
前世でよく飲んでいたビールより苦みが少なく飲みやすい。あっという間に半分飲んだが、どうやら酒に強い体質のようで安心だ。
「お待たせ、オーク肉の煮込みだよ」
「スズ、この煮込みが俺のお勧めだ!トロトロでウマイ」
「おいしそう!!オーク肉かー」
オーク、と聞いて思い浮かぶのは豚型の魔獣だ。前世ファンタジーな物語ではゴブリンやスライム同様の敵キャラで登場していた気がする。
「そういえばソラが仕留めてた気がする」
「あー、仕留めてるかもな。
オークはDランクの魔獣だ。よく討伐依頼が掛かるぞ。山脈だけじゃなく、街道にもたまに出現するからな」
クラウスの説明を受けつつ、一見して角煮のオーク煮込みを口に頬張れば、トロトロに煮込まれ旨味の強い味がガツンと舌を刺激し、スズは笑顔になって頬を抑えた。
「ンーーーー!おいしっっっ」
「ははっ、だろう??この店の煮込みは特に絶品なんだ」
「嬢ちゃん旨そうに食ってくれるなぁ。下処理も拘っているからな。そんなに喜んでもらえて嬉しいぜ」
我が事のように胸を張るクラウス、店主も頬を緩める。
空いたジョッキを新しいのに替えて、更に追加でブラッディボアのステーキを置いた店主が他の席に行ったのを見て、クラウスは首を傾げる。
「オークは初か???」
「多分?
このお肉は、色んな調味料で時間を掛けて煮込むから臭みも取れて美味しいんだと思います。山だと岩塩とハーブしかないし、煮込み時間も何時間も取れないから食べてこなかったのかなぁ、と。
調理して食べるのは私だけだし、ロックバードやコカトリスみたいな草食の鶏型の魔獣の肉の方が味付けシンプルでも美味しいので」
「そう!!!コカトリス!!!Bランクの魔獣の肉がさっき出てきたが、ソラが??」
「ええ。たまに狩ってきます。ロックバードより大きいから食べ甲斐があるみたい」
エールを飲みながらのほほんと言うスズに、クラウスは遠い目をしながらエールを呷った。
「ワイバーンだもんなぁ・・・食ってる魔獣も規格外だわなぁ・・・」
なにせロックバードでも十分大きな魔獣である。コカトリスは石化の魔法が使える為に捕獲や討伐は困難なのだ。
ランクはBだが討伐依頼がある場合、冒険者には魔法士がいる事が必須になる。
「ちなみにこっちはブラッディボアだ。ランクはオークと同じくDランク。魔獣だが、この近くでは家畜にしているんで流通している」
ステーキを口に入れれば、噛み応えがあり味付けの赤ワインベースのソースがまた美味しい。肉自体は赤身の牛肉という見た目だ。
ブラッディボアというくらいだから猪型の魔獣なのだろうが、赤ワインのおかげか臭みはそこまで感じなかった。
「明日は依頼をこなしに行くんだろ?何時に行く?」
「日の出過ぎくらいを考えています。でも、クラウスさんは久し振りの街ですからもう少し遅らせますか??」
「いや、ダラけてたらどんどんダラけちまうからな。基本街でも依頼をこなしに行くのと変わらん生活を俺はしているから大丈夫だ。寝る時間はバラバラでも、同じ時間に起きるのは必須だな」
エールを呷ってニヤリと笑うクラウスにそうなのねえ、とスズは感心する。
「(OLだった時は休みはとことん寝てた気がするわ)」
目覚まし時計の設定のいらない休日を幸せと考えていたスズからすれば、クラウスは己を律する素晴らしい生活を送っていた。
「腹は膨れたか??」
「ええ、エールも煮込みもステーキもとっても美味しかったわ」
「旨そうに食ってたもんなぁ・・・にっこにこと笑顔で食ってたから、店主も嬉しそうだったな」
会計はさらっとクラウスが行い、席を立つ。店は夜中まで開いているらしく、次から次に客がやってくる人気店のようだった。
「また来てくれ」
「また是非!」
スズにだけ柔らかく笑って言った店主に、俺には?と聞いていたクラウスが周囲の冒険者達の笑いを誘っていた。
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