第4話視点:クラウス
夢も見ないほど深く寝たな、というのが目を開けた時の素直な感想だった。
横になったまま伸びをした後、ふと昨日の事を思い出して、多少落ち込む。
冒険者になって20年近い。20年現役で、更にBランクといえば、そこそこなはずなのに、スライムの気配を感じなかっただなんて。どれだけ気を抜いてんだか、と溜息を吐いた。
「ん、外行ってみるか」
もう一度寝るのは難しいようだし、ガサガサして家主を起こすのは本意ではない。
外の空気でも吸いに行こう、と起き上がってふと気付いた。
「やべ、あんな嬢ちゃんからベッド奪い取ってたか」
どう考えてもスズは1人暮らし、当然ベッドが複数あるとは思えない。
なんなら3日くらい奪い取ってたのか。やっちまったな、とガリガリと頭を掻く。
風の流れから洞窟の入り口方向に、癖で足音を消しながら歩く。
「そういえば、洞窟に気配ねぇな・・・
まさかの外に寝てるのか??やべえな」
狭いわけではない洞窟だが、どちらかといえば寝てたベッド周辺の生活居住空間は入口寄りにあったらしい。
歩き出してそう経たない内に外に出た。
まだ夜が明けていない、が、間も無く明け方という時間か。
洞窟の目の前は少し開けているがすぐ鬱蒼とした森が広がっている。
「空気が薄いな。山脈の真ん中からもうちょい上か?」
崖から落ちた筈なのになんで落ちたとこより登ってんだ?と首を傾げる。
周囲の気配を探るが、一定の距離より近くに魔獣はいない。だが、スズのらしい気配はある。
武器は攻撃魔法が一応使える。
行くか、と森に足を踏み出した。
「あら、起きたのねえ。おはようございます。クラウスさん」
調子も良さそうで良かったわ、と夜明けの太陽の差し込む湖の辺(ほと)りで俺が姿を表した途端スズは驚くことなく微笑んだ。
「おはよう。ベッド占領して悪かった」
俺が勢いよく頭を下げればスズは目を丸くした後、ケラケラと笑いながら気にしないで、と笑ってくれた。
その手の先にはおそらく釣竿があり、夜釣りをしていたらしい。
「レインボーサーモンが獲れたから朝からご馳走よ」
「そりゃあ高級品だ。良いのか?相伴に預かって」
レインボーサーモンは標高の高い湖にしか生息しない鱗のキレイな魚だ。
鱗は宝飾品の素材になるうえ、その身も絶品だが市場には滅多に出回らない。警戒心が強く捕まらないのと、そもそも標高の高い湖はランクの高い冒険者でないと登れないのだ。
実際1度か2度しかお目に掛かった事がない。
「塩焼きにしましょう。美味しいから」
ニコニコ笑うスズは、昨日の食事といい舌が肥えているようだ。
料理の腕もいい。益々ナゾな嬢ちゃんだ、と顎に手をやる。
「それにしても、ここまで魔獣とまったく遭遇しなかったな」
「ああ、それはねえ」
あの子の存在感が今隠すことなく全開だからかしら。と遠く洞窟方向の空を指差したスズの示す方を確認して、背筋を冷たいものが流れた。
「ワイバーン、だよな」
「ワイバーンねえ」
「デカくねえか」
「なんか成長したらしいわー」
のほほんと言ってのけるスズに頭が痛くなる。
眉間を解し、何度見てもやはりワイバーンで、どんどん近付いてきている。
ワイバーンはB+〜Aの魔獣だ。
少なくとも1人でどうにかできるレベルではない。対物理耐性が強いのだ。
相棒の大剣があっても厳しい。
「大丈夫、相棒だから」
「ワイバーンが」
スズの爆弾発言に、思わず呆然とする。
「ワイバーンのソラよ」
「ワイバーンのそら」
「ちなみにオスらしいわ」
「おす」
鸚鵡返しをするしかない俺を他所に、ワイバーンはいつの間にやら目の前に降り立つほど近付いていた。
デカ過ぎる身体なのに驚くほど静かに降りたった。気配も随分抑えられている。
「そらがクラウスさんを運んでくれたの」
「・・・ああ、なるほど。それで俺が死にかけた場所より高い場所にいるわけだ」
納得した。どう運ばれたかは俺の精神衛生上聞かないでおこう。
「あー、ソラさん?運んでくれて助かった」
恐怖はあるが、ワイバーンがいなければ命が無かったはずだ。
スズの相棒というし、名前を交わしているならティムされているという事だし、と言い訳を並べて頭を下げる。
-グルル-
「気にするな、って」
「そ、そうか助かる。ありがとう」
-クルルルル-
スズの伸ばした手に自ら顔を寄せる様子は、とてもじゃないが凶悪なランクの魔獣には見えない。
確かに、サンダーバードと同じく人に扱われた過去のある魔獣だが、稀だ。
サンダーバードも含めてどんな魔獣もそうだが、基本的にティムするってのはテイマーを魔獣がみとめなければ不可能で、知能が高いほど容易ではない。ハズだ。
やはり謎だらけな嬢ちゃんだ、とワイバーンを撫で続けるスズを朝日が昇り腹が鳴るまで眺め続けた。
大の大人というか、オッさんが2度も腹の虫をきかせるってどうなんだ・・・
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