第3話

「さて、腹も膨れた事だ。兎にも角にも、ギルドに連絡を取らなきゃならん。テイマーのマリウスもヤられてなければいいんだが」


うーむ、と顎を触るクラウスは未だ寝台から一歩も降りていない。


「んー、どうやって連絡取るかな」


「手紙書く?クラウスさんを運ぶのが1番良いとは思うけれど未だふらふらすると思うのよねえ」


「だろうな。手紙を書いて、どうやってギルドに?」


「私、翼を持つものと相性が良いのよー」


手を貸してくれると思いけど、どうかしら???と首を傾げるスズに、クラウスの表情は明るくなる。


「現状それが1番だな。頼めるか?」


「紙と墨、持ってくるわねえ」


そう言ったスズは壁側に寄せて置いてある竹製の籠をゴソゴソと漁ると、目的のものをクラウスに渡して洞窟の外に向かって歩き出した。


「スズ?」


「手紙を読むのはマナー違反だもの。


運んでくれる子を連れてくるわねえ」


ひらりと手を振って視界から消えたスズに、クラウスはガリガリと頭を掻いた。


「不思議な嬢ちゃんだよな。


質が良いとは言えねえが、こんな山脈に1人で暮らしていて紙だの墨だのあるし、おまけにマナー違反ねえ」


冒険者になって中々聞かない単語だ、と呟いて墨を手に取った。






「連れてきたわー。この子なら速く飛べるし、手紙を取られそうになっても返り討ちにできると思うのよ」


戻ってきたスズの腕を掴む鳥型の魔獣にクラウスの頬は引き攣る。


「そりゃー速いし返り討ちにも出来るだろうさ。まさかの!サンダーバードとは!!」


美しい金に見える羽毛の魔獣はサンダーバードといい、雷撃を放つと言われているBランクの魔獣である。


成長すると全長15メートルにもなり、頭もよく、性格はどちらかと言えば温厚で、慣れればひと昔前にはどこぞの国の騎士を背中に乗せて空を飛び回ったという。


「ギルドマスターに叱られそうだ」


街ではEランクの魔獣でなんとか駆け出しの最下層の冒険者や警備にあたる門兵が対応できるレベルで、Bランクが街に現れたら災害級の混乱になるのは間違いない。


救いなのは成長前の小型であることだが、サンダーバードは小型だと大型の比にならないスピードが脅威的な魔物だ。小型といえどランクは下がらない。雷撃も放つ。


「ギルドマスターに怒られる未来の俺、ガンバレ」


心の中で合掌しつつ、その足に手紙を結ぶ。


「では、飛ばしてきますね」


変わらずスズは暢気に笑っている。とてもその腕にBランクの魔獣が掴まっているとは思えない。


軽い足取りで洞窟の外に向かったスズを見送り思わず吐いた溜息は重たい。


「ぜんぶ、明けの明星のせいだ。間違いねえ」


クラウスが元凶は是非とも正面から殴ると内心で気合いを入れた頃、やはり軽い足取りで帰ってきたスズはクラウスを見て困ったように微笑んだ。


「スズ?」


「クラウスさん、もうひと眠りの前に」


「まえに?」


「本当は水浴びや温泉に連れて行きたいところなんだけど、まだ貧血でしょうし。


寝る前に魔法で清潔にさせて頂きたいの。ぜひ。もし、魔法が擬きで信用出来ないなら後ろの子に包んでもらうのでも良いわ」


「そりゃあ、勿論大丈夫だが、後ろの子?」


「ええ。どちらでも良いわ」


スズの言葉に自分の背後を振り返ったクラウスは、漸く自分の背中に当てられている柔らかいものの正体を知ったのだった。


「冒険者の自信なくなるぜ」


「スライムのウルルよ。相棒の片割れ」


スライムとは、Eランクの魔獣であり、最下層の駆け出しの冒険者の最初の敵でもある。


スライムはなんでも食べる。石でも土でも魔獣でも人でも関係なく。


そしてどこにでもいる。洞窟でも森でも草原でも、時には街の下水施設にも発生する。身近な魔物である。


倒し方は単純で、スライムの核を破壊すれば良いのだが、新人はこの核の破壊に手間取り、その間に酸を吐かれて重症になるのがどこのギルドでも毎年一定数存在する。


「魔法が嫌であれば、ウルルに包んでもらって皮脂とかの汚れだけを食べてもらいます」


それも良い案でしょう?とニコニコ笑うスズに、クラウスはブンブンと首を横に振る。


「是非、魔法で!ぜひ!」


「あら、そうですか???


では、《清潔》」


右手人差し指をクラウスに向け、スズが魔力をほんの少しだけ込めて呟くと、クラウスをスズの柔らかい魔力が包み、清涼感に満たされる。


「おお、これはいいな。


ちいっとばっかし俺の知る魔法とは違うが」


冒険者向けの魔法だ。と笑うクラウスにそうですか?とスズは首を傾げる。


「お風呂に浸かるようにはいきませんが、とりあえずはこれで。


そろそろもうひと眠りした方がいいですね」


そう言って、片腕で背中を支えてウルルを外した後、介助してクラウスを横たわらせる。


横たわると急激に睡魔に襲われ、身体はまだまだ本調子ではない事を嫌でも思い知らされる。


「ゆっくり休んでくださいね」


「あぁ・・・わるい、な」


眠気眼を瞬かせ、ウトウトとするクラウスにどことなく可愛らしさを感じながら、スズは安心させるように微笑んだ。


「おやすみなさい。よい夢を」


その言葉をまるで待っていたかのように、クラウスはすとんと眠りに落ちた。


「うーん、ちょっと怪我人には睡眠魔法は効きすぎますねえ」


そんな呟きをつゆ知らず、クラウスは夢も見ないほど深い眠りについたのだった。




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