第2話
「ッあ?」
黒く塗り潰された意識が急激に浮上する。
「あ、目が覚めた?お水、飲みましょうね。
飲んだらまた寝るといいですよ。
傷は塞いだけど、流れた血は戻らないのだし」
瞼が上手く持ち上がらないが、自分は助かったのか?あの状況で?女の声だが誰だ?
疑問は尽きないが、喉が渇いてしかたなく、補助を受けて起こされた背中に柔らかいものが差し込まれ、口元に寄せられた器から流れてきた水を素直に飲みこむ。
「っごほ」
「大丈夫?とりあえずもう少し寝ると良いよ。
次に目が覚めたら食べれそうなもの用意しておくから」
咳き込む自分の背中を軽く撫ぜた女は、そのまま背に差し込まれた柔らかいものを取り外して介添えしながら横たわらせた。
どこの誰ともわからぬ女と場所に、本来なら警戒するべきところなのだが、失い過ぎた血のせいか意識はあっという間に落ちてしまった。
目が覚めたのは、喉の渇きと鼻をくすぐる美味そうな匂いが漂ってきたからだ。
少し前と違って、重いながらも瞼は持ち上がり薄暗いゴツゴツとした天井が目に入る。
「あ、ちょうど良かった。起きたのね」
女の声の方に目を向ければ、女と言うには幼い顔立ちに華奢な姿の娘が立っていた。
「ッ」
「喉、渇いて上手く声が出ないでしょう?前回水を飲んでから1日経ってるの」
1日、それは随分寝たものだと苦く笑えば、娘は細腕ながら背を支え上体を起こしてくれた。
口元に寄せられる器から思う存分水を飲み、一息吐く。
「ありがとうよ」
「どういたしまして?ふふ、お兄さんを拾って3日になるわ」
「3日?・・・そうか、くたばりかけたからな。仕方ねえ・・・助かった。
だが、間違いなく致死量の傷だったってのにどうやって?」
腑に落ちないという顔をしていたのだが、続くように鳴った腹に羞恥心から顔が熱くなる。
「ふふ、簡単なものですが食べ物を用意したので、食べながら説明しますねえ」
くすくすと笑う娘は背を支えていた腕を外して柔らかいものを代わりに挟むと外に出て行く。
ここは洞窟のようで、ザッと見回した限りの家具の数や高さから娘が1人で暮らしているようだった。
何かの奇跡で町に降りたという可能性は消える。
では、死んだと思ったあの森の近くにこんな洞窟があったか?あんな魔獣の気配があちこちにあったのに?と自問するが答えは当然ながら《あるわけない》。
「表情がコロコロ変わりますねえ」
「あ、ああ。考え込んでたよ」
「さきに食べましょう。
これ、お口にあえば良いんですけど」
ことりとクラウスの目の前に木の台ごと置いたのは湯気を上げる汁物だ。
「ドライトマトと大麦とロック鳥のリゾットもどき」
「美味そうだ。ありがたく、頂く」
「私も一緒に食べて良い?あと、追加もあるからねえ」
ニコニコと笑いながらいう娘に、再度礼を言って催促する腹を宥めるように木製の匙で掬って口に放り込む。
ドライトマトの凝縮された甘味とロック鳥の強い旨味が大麦に染み込む。
シンプルな味付けだが、素材の味が活きている。
次々に口に運ぶのを見て、ホッとしたように娘も口に木匙を運ぶ。
「ちなみに、私はスズと呼んでね。
人族ではないわ。年は15歳、女で、お兄さんを拾ったのは私と、私の相棒よ」
「スズか、珍しい響きだ。
助かった、が、人族にしか見えないが。
俺はクラウス。ベルリアルのギルド所属のBランクの冒険者だ。人族で、年は35だな。
ここは山脈だよな?レッドウルフの討伐依頼を受けてたんだが・・・」
ガリガリと頭を掻いて唸る。
「同じ依頼を受けてた奴等に不意を突かれて刺されてな・・・崖を転げ落ちて意識が落ちた」
死んだと思ったわ、とスズに頭を下げる。
「ナルホド。妙に騒がしかったので向かったらクラウスさんがいたのー。
生きててよかったわ」
「そう、それだ」
「それ?」
「俺は、死んでおかしくない出血量だった。
スズは言ったな?傷は塞いだけど流れた血は戻らねえって」
「言ったねえ」
「治癒魔法使ってくれたのか?それともポーション?」
うーん、と首を傾げながらスズは多分を繰り返す。
「一応、魔法?かなあ。独学だから合ってるかわかんないけど」
「魔法を独学、だと」
「そんな目を見開くホドですか???」
「ホド、だな。そもそも、魔法は適正がなければ扱えないうえに、魔力の量も重要なんだよ」
冒険者にも魔法士はいるが、人数比で言えば圧倒的少数だ。
おまけに死にかけたのに引き戻すレベルのヒーラーはより少ない。
なんて幸運だと笑う。
「えっと、愉快な気分になったのなら何よりですね???
おかわりはもう良いですか?」
「勿論いただく。大変うまい」
スズの問い掛けに即答して木の器を差し出せば、笑っておかわりをつぎに席を立った。
その後ろ姿を見送って、今生きている幸運を改めて噛み締めた。
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