第11章35話 赫く凍った世界の冒険(中編)

「…………なるほど、状況は概ね理解できた」


 こちらと敵対する意思はない、というBPと私たちはとりあえず話し合いをすることとなった。

 で、話を聞いていると……どうやらBPも全く状況が理解できておらず、かなり混乱していることがわかった――声音はともかく言動や態度がかなり落ち着いていたので全くそうは見えなかったけど。

 どうやらアリスが試しに放った《赤爆巨星ベテルギウス》の爆発を見て、そっちへととりあえず進んできたら私たちと合流できた、という流れらしい。

 彼女にも私たちの推測は話してあり、また仲間との遠隔通話ができなくなっていることも共有してある。


「このクエストをクリアできなかったら、一体どうなるというのだ……?」

「それは――」


 ほとんど独り言であったろう彼女の言葉に、私も返答に詰まる。

 ――そう、敢えて考えないようにしていたけど……もしこのままクエストクリアができなかったら一体どうなるのか、それが不安である。私がどうなるかということよりも、A世界全体がどうなるかという不安があるのだ。

 もっと言ってしまうと、、と私は思ってしまっている。

 ピッピやプロメテウスが言うには、ゼウスはプロメテウスのことが嫌いらしいし、彼への嫌がらせもあってA世界を利用しているのだ。

 A世界そのものをクエスト化するという暴挙に出た以上、クリアしたから元に戻します、とはならない予感がしている。


「ふん、そんなことは無事にクリアしてから考えれば良いことだ」


 だが、私とBPとは異なりアリスは揺るがない。


「この『ゲーム』の運営が何を考えてようが――オレたちのやることに変わりはない。

 まずはこのクエストをクリアする。そして、オレたちの世界を。それだけだ」


 ……ぐうの音もでないほどの完全勝利をして、ゼウスを観念させる。それしかないってのも事実だ。

 懸念点としては、一度滅茶苦茶になったA世界を元に戻せるのかというところか。ここが私の杞憂に終わって、クエストクリアと同時に何事もなかったように戻るというのならいいんだけど……。


「――そうだね、アリスの言う通りだ。

 まずはクエストを終わらせることを考えよう」


 口には出さなかったが、私は一つ思いついた。

 『C.C.』で創られたこの世界は、言ってしまえばゲームのデータのようなものだ――私が思うような単純なゲームではないのはわかっている。

 そして、ゲームのデータというのであればがあるんじゃないだろうか。

 世界の管理者ならばほぼ自由に何でもできてしまうらしいし、もしも世界が取り返しのつかない事態に陥った時に『やり直し』を考えることだってあるかもしれない。

 ゼウスが黒幕だとしてバックアップデータを残しておくかは怪しいところだけど、『眠り病』の時みたいにあまり大きな影響を与えないように気を遣っていた節もある。

 その辺を考えるとバックアップデータが存在している可能性はある――それに、プロメテウス側にも管理権があるそうだし、そちらで持っていてもおかしくない。

 ……希望的観測と言えばそうだけど、何の根拠もない楽観論でもない、と思う。


「BP。私たちはとにかくクエストをクリアするために動くよ」


 何にしても、クエスト自体はクリアしないという選択肢はない。

 だから私たちは止まらず進み続けるだけだ。


「…………承知した。

 ならば我も共に征こう」


 少し悩んだ様子を見せた後、BPは私たちについてくると言ってくれた。

 流石に彼女がここで敵に回るとは考えにくい。

 気を付けなければならないのはミトラと合流した後――強制命令フォースコマンドでこちらに攻撃を仕掛けさせられるということだろうか。


「いいだろう。状況次第ではあるが、ひとまず共同戦線といくか」

「うむ。よろしく頼む」


 アリスの方も特に異存はないようだ。

 お互いに仲間もいない、目的地すらわからない謎のクエストに放り込まれている状況だ。

 ガイアの時みたいな『競争』ってわけでもいまのところなさそうだし、協力しないという選択肢はないだろう。

 私たちからしてみれば、BPは戦闘力が高く頼りになる子だ。

 ……後はまぁ私の言えた話じゃないけど、彼女の本体はまだ5歳の女の子だ。『ゲーム』とはいえ自分の見知った町がこんな状況になっていて不安を感じているかもしれない、という心配もある。これはまぁアリスも同じだけど……。


「ひとまず一緒に行動で、BPの仲間と合流できたら……その時はまたその時で考えようか」


 ミトラと真っ先に合流しちゃうと話がかなりややこしくなりそうではあるけど、そんなこと考えてたらBPと一緒に動かないという選択をせざるをえない。

 どうなるかなんて全くわからないので、現時点での最善を選んでいくしかないだろう。


「では改めて使い魔殿。どう動く?」

「我も貴公の指示に従おう」


 ふーむ……。


「……アリスにはさっき話したけど、とりあえずの方針に変更なしで。

 まずは学校の方へと回って、少しでも高い位置から周囲を見渡して何か『目標』となる場所がないかを探そう」


 方針に変更はなしで。

 BPと出会ったとて、このクエストの謎は全く解けていないのだ。

 まずはクエストを進めるための手がかりを見つけなければ、話にならないと思う。

 後は――BPがいるってことで少なくともミトラチームもこのクエストにやってきているのは確定しているわけだが、他のチームがどうなっているのか……クエストを進めていくうちにいずれわかることだろう。

 ……あ、そうだ。ちょっと怖いけど一個確認しておくことがあるわ……二人に提案するの躊躇われるけど、いざという時に備えておかなければならない。


「二人ともさ、もしよかったらだけど――お互いにダメージが通るかの確認していいかな?」


 確認しておきたいのはこれだ。

 乱入対戦と同様の状況なのかどうかは見ておかなければならないだろう。

 これを知っておかないと、危害を加える気がなかったとしても巻き込んでしまうということが起こりかねない――特にアリスの巨星魔法とかはその可能性が高いと思う。


「ああ、そうだな。

 BP、貴様が攻撃していいぞ」

「…………いや、貴公が我に攻撃した方が良かろう。使い魔もいることだし、万が一を考えてな」

「――フン、なるほどな」


 使い魔がいるから回復できる、という方向ではなくもしもアリスがいなくなって使い魔だけになってしまったら、を心配してくれているみたいだ。

 気を遣わせてしまって申し訳ないけど、ここは素直に甘えておくことにしよう。




 ……で、アリスが軽く霊装でBPを小突いてみたところ、わずかながらダメージは入ってしまっていた。

 もし乱入対戦でなければ、どれだけの攻撃をしても体力はミリも減らないはずだから――まぁ乱入対戦と同じ状態だと考えていいだろう。


「ありがとう、BP。

 ……二人とも攻撃に巻き込まれないように気を付けてね」


 アリスもだけどBPも結構派手な攻撃をしてたような覚えがある。

 互いに気を付けるにこしたことはない。


「時間取らせちゃってごめんね。

 それじゃ、さっき言った通りまずは学校に向かおう」


 こういう細かいことを気にするのはどうなんだろうって気も流石にしてきたけど……おそらく、このクエストに『失敗』は許されないと私は思っている。

 だから慎重に慎重を重ねていくべきだろう。それですらまだ足りないような気もするし……。


「あとは、お互いの仲間に連絡ができたら……かな」


 『戦う』という選択肢には多分ならないとは思うんだけど、『一緒に行動を続ける』かどうかは何とも言えない感じだしね。

 勝者決定戦をアリスが征している以上、『ゲームの勝者』は揺るがないとは思いたいが、このクエストを『バトルロイヤル』として開いている可能性も否めない。

 ……やだなぁ……どこまでいっても慎重で身内以外を疑わなきゃいけないなんて……。クエストの内容だけじゃなくて私の性格もね……。

 言っても仕方ないのはわかっているし、むしろ今回に関してはいくら慎重になっても足りないくらいだと思っている。

 このクエストに失敗した時のことを考えたら――どうなるかはわからないけど、最悪の場合を考えればと思う。

 まぁミトラが信用ならない相手だという大前提もあるしね。


「今のところ敵はいないみたいだけど、この先どうなるかわからないから注意しつつ進もう。レーダーも当てにならないし……。

 隊列は――BP、悪いけど君が前に出てもらっていいかな?」

「承った」


 良かった、素直に言うことを聞いてくれるみたいだ。


「私とアリスがその後ろに。特に背後から敵が来ないかを警戒しつつかな」

「そうだな……いや、BP。貴様のドローンでも警戒を頼む」

「我の魔法では目に見えるものしか見えぬ――地中に潜む魔物や姿を隠すものには通用せぬことを覚えておくがいい」

「なるほどな。わかったぜ」


 ……いや、本当に二人とも聞き分けが良くて助かるなぁ……。

 とにもかくにも、BPのドローンによる広範囲の監視は非常に助かる。いつもだったらヴィヴィアンの《グリフォン》とかがやってくれることを肩代わりしているわけだし。

 本人が言っている通り、見えないところから来るようなタイプは――まぁどっちにしても出て来たところを素早く対応するしかないから諦めるしかない。

 つまるところ、油断せずに行く――これしかない。


「あ、BP。もし複数監視ドローンが出せるようなら、道の先の方を先行偵察しながらにして欲しいかな」

「……複数を出すと視界が混乱する故、あと一機だけだな」

「うん。それで十分だよ」


 監視専用の魔法ってわけじゃないし、そこは仕方ないか。監視用でなければ幾つも出せるのかもしれないけど……今欲しいのは戦闘用じゃないしね。

 この手の魔法の専門家シャルロットならともかく、いつも監視してくれているヴィヴィアンやルナホークは改めて凄いことをしているんだなぁと思う。




 そんなこんなで、私たちはやっと学校へと向かって歩みを進めてゆくこととなった。

 焦る気持ちはあるけど、それで不意打ちとか食らったら話にならない。

 だから、私のペースに合わせて結構ゆっくり目のペースになってしまう……そこはちょっともうしわけなく思う……二人ともあまり気にしていないみたいなのが幸いだけど、あんまり足手まといにはなりたくないなぁ……。


「む? どうやらがいるようだ」


 恋墨家から学校へと向かう通学路の途中、BPがそういう。

 先行偵察させているドローンの方が何かを見つけたらしい。


「――いや、だな、これは」


 が、すぐに見つけたものを『敵』と見做す。

 その言葉を疑うこともなく、アリスも杖を構え背後からの襲撃を警戒しつつ意識を先へと向ける。

 ……やっぱり敵がいるかー……目的地不明の場所に閉じ込めるだけで済むわけ、やっぱりなかったか。


「数は3、道を塞ぐほどの大きさ――戦いは避けられぬな」


 むぅ、そうなるか……。


「……魔力の消費は避けたいところだけど、そうも言ってられそうにないね……。

 アリス、BP。切り抜けていくよ!」

「おう、任せろ!」

「ふふ、心得た!」


 武闘派二人が頼もしすぎる。

 『敵』との距離はそう遠くない――私の耳にも『敵』の足音が聞こえて来た。

 ただ、相変わらずレーダーさんには反応なし……超巨大な敵がいてその反応に隠れている可能性は否めないけど、今回のクエストでは全く頼りにならないのでもう忘れてしまってもいいだろう。

 それはともかく、足音はこちらへと近づいてきているっぽい。


「二人とも戦闘準備!」


 私が言うまでもなく準備は万端。

 この言葉が合図となり私たちは自ら『敵』の方向へと走り始める――やっぱり私のペースに合わせてだけど……。

 学校裏手の道、そこにたどり着いた私たちの前に現れたのは……。


「……か……」


 この世界を形作る赤黒い結晶、それが人型になったゴーレムたちだった。

 大体自動車くらいの横幅だろう、高さは周囲の家よりは低いけど私たちからしてみれば十分『巨人』と言っても差し支えのない巨体だ。


「――『巨魔ギガース』、か……」


 モンスター図鑑にも結晶ゴーレムたちは記載された。

 その名は『ギガース』――ということは、やはりこの世界は……。


「ふん、覚えがあるな、こいつら。

 ガイアの外側で戦ったヤツの結晶版ってところか」

「ほう……そう言えば貴公はあの戦いで一人外側にいたのだったな」

「ああ。その時にも似たようなやつと戦ったぜ」


 他の全員がガイア内部に入った後、アリスは一人外に取り残されてガイアの分体と戦っていたという話は聞いている。

 結晶と土の塊という違いはあるけど、見た目はどうやら同じらしい。


「……じゃあやっぱり、ここはガイアの世界ってことか……!」

「ああ、これで確定だな。

 ――このクエストのどこかにいるはずだ。ガイア本体がな」


 私たちを呑み込んだ『蛇』――やはりアレがガイアだったのだろう。

 ここがガイア内部のクエストであることはこれで確定となったと思っていいんじゃないかな。

 だから私たちが目指すべきは、きっとガイアの本体……以前のクエストだとコアだったみたいだけど、今回もそんな感じなのかもしれない。

 ……状況は相変わらずだけど、目指すべきものはこれで少しははっきりした。


「切り抜けるぞ、BP!」

「応!!」

「使い魔殿もオレから離れ過ぎないように気を付けてくれよ!

 ――こんなところさっさと抜けて、ガイア本体をぶちのめして――今度こそオレたちが勝つ!!」

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