第11章5節 Dies Irae

第11章34話 赫く凍った世界の冒険(前編)

 マイルームを経由せずにいきなりクエストに飛ばされた私たち……。

 こうなることを予想していたわけではないが、皆のアイテムをちゃんと補充しておいたのは良い判断だったな。

 ……あのまま大人しくゼウスが諦めてくれていたら話は早かったんだけど、まぁ言っても仕方ない。


「さて、使い魔殿。ここからどう動く?」


 現実世界そのものがクエスト化したことに何も思わないわけないんだろうけど、アリスはもう頭を切り替えている。

 うじうじ悩んでたって状況は良くならないしね――むしろどういう方向かは予想もつかないけど、悪化していく一方なのは目に見えている。

 私も切り替えていかなきゃね。


「…………アリス、まず上に向けて《赤爆巨星ベテルギウス》を撃ってみよう」

「なるほどな。わかったぜ」


 最初にやるべきことは、とにかく『合図』を放つことだ。

 遠隔通話が通じないから仲間たちが全く別のフィールドにいる、と考えたいところではあるんだけど……そうではない可能性もありえる。

 なぜならば、今試してみたんだけど、からだ。

 ここから考えられることは、遠隔通話自体が封じられているということだろう。

 だから、もしかしたら私たちが恋墨家にあたる場所にいたように、他の皆も自分の家の近くにいるんじゃないかと私は予想した。

 上空へと向けて《ベテルギウス》を打ち上げれば、他の皆も気付くんじゃないかという考えだ。


「使い魔殿、念のためオレの後ろにいろ」

「うん」

「じゃいくぜ――cl 《ベテルギウス》!!」


 私の指示通りアリスが上空へと向けて《ベテルギウス》を放つ――が、


「うわぁっ!?」

「うおっ!?」


 ほんの少し進んだだけで《ベテルギウス》が爆発した!?

 自分の魔法だったのでアリスも、私も風で煽られただけで済んだけど……。


「……むぅ。ちょっと確かめてみるか」


 そう言うなり、アリスが《神馬脚甲スレイプニル》を装着。私を抱えながら空へと飛ぼうとする。

 けれど、すぐに動きを止めてしまう。


な……」

「だね……大体、家の高さと一致してるくらいかな?」


 どうやらこのフィールド、見えない壁があるみたいだ。

 二階建ての家の辺りで進もうとしても進めなくなってしまっている。

 多分だけど、各建物の屋根より上を進むことはできない――基本的に道なりに進むしかなさそうだ。


「面倒だな……」


 だねぇ……。

 こういう時、空を飛べるのは本当に便利だと実感する。

 まぁこれまた文句を言っても仕方ないことか。

 ……クエスト内ということは、すなわちゼウス側の手のひら上ということと同義なんだしね。

 今更だけど、ゼウスが完全に敵かどうかはまだ未確定なんだよな……多分そうだとは思うけど……。

 これで実はゼウス以外が色々とやっているとかなると、もう私たちからはわからなくなる。

 どちらにしても、このクエストを切り抜けないといけないという状況には変わりはないから、やることは同じなんだけどね。


「仕方ない……《スレイプニル》はとりあえずそのままにしておいて、地上を移動しよう。

 で、次に向かうのは――」


 話しながら考えを纏める。

 うーん……現状、このクエストの目的地もわからないしなぁ……。

 ならば――と私が決めたのは。


「まずは千夏君――ジュリエッタの家に向かおう。

 合流できたら良し、いなかったら……ガイアの時みたいに別々の場所にいるってことになるだろうしね」

「ああ、わかった」


 ここが現実世界をクエスト化したものであり、皆も同じクエストにいると仮定した場合、私たちと同じく自宅のところにいるんじゃないかと思う。

 んで、恋墨家に一番近いのが千夏君の家――とその隣の美鈴の家――なのだ。

 そこで千夏君と合流できれば一番いいんだけどなぁ……。


「もしジュリエッタがいなかったら、他のやつの家も行ってみるか?」

「そうだね――あ、いや。その時はもうクエストクリアに向けて行動開始しちゃおう」


 桃香たちの家と星見座ほしみくら家は逆方向に離れていて、ちょっと遠いのだ。

 千夏君と合流できなかった時点でそちらとも多分合流はすぐには出来ないだろうし、仮にすれ違っただけだとしても皆もそれぞれ行動を開始するだろうという思いがある。

 年長組は賢いし、同じフィールドにいるとしたら私たちと同じ結論に至るんじゃないだろうか。


「……まぁどうしたらクエストクリアになるかわからないんだけどね、今のところ……」


 問題はここかなぁ。

 クエスト名も不明なので、何かモンスターを倒せばクリアになるのかどうかもわからない。

 ゼウスが私を始末するために用意したクエストだとしたら、そもそも目的地も目標もない可能性はあるけど……。


「そうだな。だが、まぁ心配する必要はあるまい。

 このクエストに『意図』があるというのであれば、黙っていても勝手に何かやってくるさ」


 ……アリスも微妙にこのクエストについて気付いているっぽいなー……。

 けど、アリスの言う通りかもしれない。

 こちらが何もしなくても、向こうから勝手に何か手を出してくる可能性は非常に高いか。

 となると、どうしても後手に回らざるをえないけど――何も動かないまま一方的に攻められるより、こちらも迎え撃つ心構えだけはしつつ動いていた方がいい。


「よし、じゃあアリス、行こうか」

「ああ。オレの後ろにピッタリ張り付いていてくれよ」

「わかってる」


 空を飛べないので、私たちは自分の足で進むしかない。

 抱きかかえて進むというのは難しいので、私はアリスの邪魔にならないように、かつ離れ過ぎないように気をつけなきゃね。




 というわけで、私たちは恋墨家前から移動を開始。

 今のところ特にモンスターの気配もないし……すんなりいってくれればいいんだけどなぁ……。

 あと、次に向かう場所を考えておかないとね。

 周囲を警戒しつつ、次のことを考えて……更に自分の足で移動しなきゃならない、と結構忙しいなぁ。

 今までは他の誰かに運んでもらっていたから、少なくとも移動とかは考える必要なかったからなぁ……。

 アリスも《スレイプニル》は装着しつつも、私の足に合わせてゆっくりと歩いてくれている。

 うーん……ラヴィニアの身体になってから、本当にクエストに関しては足を引っ張るようになっちゃってるなぁ……私一人で改善できることがないので諦めるしかないんだけど、申し訳ない気持ちになってくる。


「……おいおい、これは……」

「こ、困ったね……」


 で、千夏君の家に向かって歩き始めてほんの少しして――私たちはいきなり困難に直面していた。

 恋墨家と千夏君の家に繋がる道路の途中に、巨大な亀裂があったのだ。

 しかも幅が結構広く、ジャンプして飛び越すのは到底無理なくらいの裂け目である。底も見えないくらいに深く、落ちたらまず助からないだろう。


「飛んで行くのも――チッ、無理か」


 もちろん飛んで行けば地面の裂け目なんてどうとでもなるのだけど、空と同じようにこの裂け目自体にも見えない壁があるらしく、そもそも裂け目に落ちることすらできない。

 ……ダメだ、完全にお手上げだ、これは。

 裂け目はかなりの広範囲に広がっていて、桃園台の町が分断されているっぽい。

 どこかで裂け目の向こう側へと渡る道はあるかもしれないが、それを探すためには地上を歩き回るしか手がない……どれだけの時間がかかることやら……。


「……むぅ、仕方ないね。

 さっき話した通り、私たちだけでクエストクリアを目指して動き出そう。皆も同じフィールドにいるなら、どこかで会えるかもしれないし」

「そうだな。あいつらなら合流が無理とわかったら、自分たちの判断で動くだろう」


 今までの経験が確実に皆を強くしている。

 こうした緊急事態での判断力もあるのはわかっている。

 ……なんだかんだ、クエスト内で分断されるのが日常茶飯事だったしねぇ……。


「さて、じゃあ次にどこに行くかだけど……」


 即裂け目にぶつかって足止めされちゃったので全然考えがまとまっていないや。

 こういう時は高いところから目立つものを探すのがセオリーだけど、それができないしなぁ――と考えて私は思いついた。


「学校に行こう」

「? 学校にか?」

「うん。屋根より高くは飛べないけど、もしかしたら元の建物の高さに依存しているかもしれない」

「なるほどな。学校なら高めに飛べるかもしれないってわけか。確かめる価値はあるな」


 そう、単なる確認の意味もあるが、もし私の考えが正しければ少し高い位置から辺りを見ることができる。

 とはいえ、学校もそこまで高いわけじゃないからそこまで遠くは見渡せない――でも、この考えが正しかったら、マンションとか背の高い建物の近くまで移動して確認するということができるわけだ。

 無駄足に終わったとしてもそれはそれだ。高いところからの確認という選択肢が完全に消えるだけなので、無駄な行動をしないようになるだけで済む。

 うーむ……ここまで目的地不明なクエストはなかったからなぁ……今までだったらわからないなりにも先に進めば何とかなる、という感じだったけど、今回は『先』の方向すらわからない状態だ。手探りにもほどがあるけど……ちょっとずつやっていくしかないか。


「学校に行くには――またオレたちの家の方に行って回ってくしかないか」


 今いる場所がちょうど学校の裏手に当たる場所なんだけど、学校との間に家があるため多分飛んでいくことができない。それに裂け目もあるし……。

 ってわけで、再び恋墨家に戻って普段ありすが使っている通学路を辿って行かなければならないのだ。

 時間がかかってしまうところが難点ではあるけど、今のところ目立った動きもないし……焦って変なことをせず、落ち着いて行動することの方が重要だろう。


「――待て、使い魔殿!」

「! うん」


 来た道を戻って恋墨家近くまで来た時――私たちはこの世界に来てからの初めての『異変』に遭遇した。

 ……この世界こそが『異変』そのものだというのは置いておいて。


「あれは……?」


 赤黒い世界に似つかわしくない、ドローンが飛んでいた。

 周囲の結晶の高さギリギリの位置を飛んでいるそれは、紛れもなく『異変』――周囲の景色に全く馴染まない異物でしかない。

 即警戒態勢に入ったアリスが『ザ・ロッド』を構え、私の前に。

 私もアリスの邪魔をしないように後ろへと下がり、でも余り離れ過ぎない位置へ。

 あのドローンがルナホークあやめのものだったらよかったのだけど、以前見たものと形が違う。

 となると、このクエストの『敵』なのか、それとも――


「……貴様か、!」

「……」


 道路の向こう側からゆっくりとこちらへと近づいてくる影――

 そいつは、全身を真っ黒な鎧に身を包んだ『騎士』……BPブラック・プリンセスに間違いなかった。

 確かに話に聞いてはいたか……ガイア内部でガブリエラたちと戦った時に使ってたらしい。

 いかにもな『黒騎士』って感じの見た目なのに反して、軍事兵器魔法マーシャルアーツを始めとした機械のような魔法を使うのだと。




 ……ここで彼女に出会うのはちょっと予想していなかったな……。

 現実世界を元にしたクエストという考えが正しければ、確かにBP茉莉ちゃんの家はかなり近かったから真っ先に遭遇するっていうのは不自然ではないんだけど。

 BPがいるってことは、必然的にミトラチームの面々もこのクエストにいることになるだろう。

 もしかしたら、生き残っている全チームが参加しているってこともありうる……?

 だとしたら、ゼウスがやろうとしていることは――他の全チームを使っての『私たち潰し』……という線もありうるか?

 身構える私たちに対し、BPは自分の放ったであろうドローンを手元へと呼び戻し――


「こちらは貴公らと戦う意思はない」

「…………」


 見た目にそぐわない滅茶苦茶可愛らしい声でBPはあっさりとそう言うのであった……。

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