第11章30話 終焉のマギノマキア -Annihilator-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――やべぇ……っ!?


 炎と雷、両方の性質を備えたケイオス・ロアの合成魔法は、今のアリスたちにとって危険極まりない――下手をするとこれだけで致命傷となりうるものであった。

 アリスとゼラを包み込むように展開し、足元を除く全方位から襲い掛かる赤雷はケイオス・ロアの狙い通り二人にした。

 魔法で身体強化しているアリスであれば一撃で倒れるようなことはないが、ノーダメージというわけにはいかない。

 そんな攻撃が間断なく降り注いでいる。

 しかも二重の属性を持っているため、属性防御魔法では防ぎきることができない――たとえ《護謨ゴム》でコーティングしたとしても、雷は遮断できても炎によって突破されてしまうだろう。


 ――ゼラも削ってくれているとはいえ、このままじゃ拙い……!


 ゼラも肉体変化で回避することはできず、赤雷によってダメージを負っているのはわかる。

 しかしそれよりも拙いのは、ケイオス・ロアの攻撃がということだ。


 ――追撃が来る……! その前に動かなければ……!!


 ケイオス・ロアがどの程度のダメージを負っているのかアリスからはわからない。

 ゼラと激突していたほんの僅かな時間ではあるが動けなかった、ということを考えればそれなりに大きなダメージであるとは思うし、『時間』を封じている以上傷口を修復する術はないはずだ。

 けれども、確実に体力を削り切り消滅したことを確認するまでは絶対に油断できない。

 ケイオス・ロアホーリー・ベル――美鈴とはそういう人間だ、ということをアリスありすはよく理解していた。


 


 共に戦う仲間たちと同様、あるいはそれ以上の『不屈の精神』の持ち主――それが美鈴なのだと。

 だからこそこの状況はマズい。

 この赤雷が最後の力を振り絞った苦し紛れの一撃であれば良いが、絶対にそうではないという確信がある。

 であれば、次の一手を防げなければ終わる、そんな攻撃が続くはずなのだとアリスは確信している。


「ぐっ……cl……《変光巨星アルゴル》……ッ!!」


 まずすべきことは、赤雷に閉じ込められている現状の打破。

 アリスは自分のすぐ頭上に《アルゴル》を放つ。

 《アルゴル》は物理法則を完全に無視した、ある意味では『空間』を支配する魔法だ。

 放出された巨星に触れたあらゆる攻撃をあらぬ方向へと『曲げる』という効果を持っている――超巨大モンスターであるガイアの分体ですらも捻じ曲げるほどの威力だ、ケイオス・ロアの極大魔法であっても例外ではない。

 ただし、実体のあるガイア分体とは異なり、赤雷には実体はない上にケイオス・ロアが自在に操作することが可能だ。

 一時的に捻じ曲げることはできても、結局のところは緊急避難にしかならない上に効果も乏しい。


 ――動け……ッ!!


 炎と電撃で身体にダメージを受け、しかも思うように身体が動かない状態ではあるが構っていられない。

 自らが一時的に押し広げた仮初の『安全地帯』へと、無理矢理アリスは突っ込んでいく。

 直後――


「オペレーション《ヴァルドラ》、オペレーション《クロスオーバー:アスカンダ》!!」


 大嵐ヴァルドラアスカンダを組み合わせた、斬り抉る嵐がアリスとゼラへと襲い掛かっていった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ケイオス・ロアの合成属性魔法クロスオーバーは、複数属性を纏う魔法オーバーラップと同様に敢えて『制限』を設けることで威力を落とすことなく無理なく複数属性を扱えるようにしている。

 『制限』もやはり同様に、『2属性まで』ならば減衰は発生せず、それ以上の合成を行うと半減以上の減衰となるというものだ。

 ただし、自分の身体にしか作用しない《オーバーラップ》と異なり魔法を放った後ならば、新しくまた合成魔法を放てるという明確な利点がある。

 これは時間制限付きではあるが魔法を使い放題となる《神装カムライ》であれば純粋なメリットのみを享受できると言えよう。

 つまり、2属性の合成魔法を無限の魔力を元に延々と放ち続けることが可能である、ということを意味している。


 ……身も蓋もない言い方をすれば、『合成魔法の連打によるゴリ押し』だ。


 スマートさの欠片もない戦い方だが、『短期決戦』であればこれが最適解なのには違いない。

 そして、一撃必殺を繰り出してくるアリスとゼラ相手ならば、回復を封じられたケイオス・ロアにとっては唯一の勝ち筋であるとも言える。

 更に勝率を上げるための策ももちろんある。

 合成魔法によるゴリ押しで倒せれば良し。

 さもなくば、《ゾディアック・フォーム》による十二倍に増幅した極大魔法を放つ。それだけのことだ。

 加えて、かつてのホーリー・ベルの時同様、霊装を破壊することと引き換えとなる『奥義』も存在している。

 自分の魔力が尽きる前に相手の体力を削り切る――シンプルな戦い方に結局のところは落ち着くこととなった。


 ――ゼラは……流石にこれだけじゃ削り切れないか……!


 《ヴァルドラ+アスカンダ》は僅かにゼラの身体を削ってはいるものの、到底大きなダメージになっているとは言えない。

 むしろ《アグネアストラ+ヴァジュランダ》の方が熱によるダメージを与えられているように見える。

 ケイオス・ロアの使える魔法の中では『最大級』と言える合成魔法を食らわせても尚『削る』程度にしかならない。

 今やゼラはこの場における最大の脅威――タフネスを持っていると言えよう。

 それでも勝つことはできる、そうとも確信してはいるのだが。


 ――アリスの方が拙いかもね……!


 一方でケイオス・ロアはどうしてもアリスの方へと意識を向けざるを得ない。

 赤雷を《アルゴル》で一時的に避難はしたが、すぐさま追撃の剣嵐が向かっている。

 剣嵐は地面を舐めるように、《アルゴル》のない位置から襲い掛かっているため曲げることはできない。

 普通に考えればこれで終わり……なのだが、アリスならばそうはいかないだろうという確信がある。


「オペレーション《ディヤウスーリヤ》!!」


 ただ、アリスの動向を探ってから次の手を打つのでは

 一瞬の判断で容易く逆転されかねない――そんなギリギリの勝負が今の戦いなのだ。

 だからケイオス・ロアは、今自分にできる最善の行動をとる。

 使うのは《幻装マホロバ》の魔法。

 《マホロバ》が司る属性は『光』――以前の《星装キラボシ》とは異なり、太陽の如く『熱』を併せ持った光である。


 ――たとえ《アルゴル》で曲げようとも、回避しきれない範囲を焼き払う!!


 太陽光の如く降り注ぐ熱線は戦場全てを覆い尽くすだろう。

 《アルゴル》で一部を曲げたとしても、全方位から降り注ぐ熱線は回避しきれないはずだ。

 しかも、今のゼラにも通じうる『熱』を持っているのだ。

 三発目の攻撃としてはこれが『最適解』。

 ここから更に十二倍撃へとつなげることができれば勝利は近い――オーバーキルであってもまだ安心できない戦いを征することが出来るはずだ、とケイオス・ロアは信じる。




「……!? これは……!」


 《ディヤウスーリヤ》発動、ケイオス・ロアを中心に戦場全体へと熱線が広がろうとしていた瞬間。

 ケイオス・ロアは見た。

 《アルゴル》の効果時間が終了し消滅したその後――地上を走る剣嵐に包まれたはずのアリスが無事に済んでいること、そしてその視線がケイオス・ロアへと明確に向けられていることに。


「cl《流星雨ミーティアレイン》、awk《星天乱舞ディアトン天魔ノ驟雨アステラス》!!!」

「!? しまっ――」


 どういう理屈かはわからないが、アリスは剣嵐を凌ぎ切った。

 そして、真上に放った《アルゴル》が『壁』となりケイオス・ロアの視界からわずかな時間消えた――その時間はケイオス・ロアにとっても次の攻撃への時間となっていたが、同時にアリスにとっても同じことだったのだ。

 熱線が降り注ぐよりも速く無数の流星が周囲へと飛び散り――


「cl《超重巨星ジュピター》ッ!!!」

「――ッ!!」


 凄まじい重力が逆に戦場全体を押しつぶしていった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ケイオス・ロアとの共闘を行ったのは、ガイア最深部におけるゼノケイオスとの戦いだけであったが、それだけでアリスにとっては十分だった。

 アリスの知るホーリー・ベル、ありすの知る美鈴――その本質は全く変わっていないことを、アリスありすは確信していた。

 だから『勝てる』とは全く思っていない。

 むしろ逆で、苛烈な攻撃を次々と放って追い詰めてくるだろう。そしてそれに対処しきれなければ自分が負けるだろうという確信だ。

 アリスはそこに自分の勝ち筋を見出していた。


 相手の力を『信用』しているからこその、対抗策だ。

 仲間の力を信じて戦うのとある意味では似ている。

 相手が『強い』と分かっているからこそ、逆に対抗する術を見出すことが出来る。アリスはそう考えていた。




「ext《超壁連星ヴィーナス》!」


 《アルゴル》にて自分の頭上から襲い掛かる赤雷を曲げ、ほんのわずかな安全地帯をわずかな時間作り出した後にアリスはそこへと潜り込み、自分の周囲をへと星を放つ。

 新たな惑星を模した魔法は《ヴィーナス》。

 自身の周囲に無数の星を配置し、星同士が『面』となって向かってくる攻撃を弾くという『全方位防御型の連星魔法』である。

 しかもただの『壁』による防御ではない。《神性領域アスガルド》同様に向かってくる攻撃を弾き返すという性質を持った壁である。

 アリスの不得意とする防御魔法、それも完全に個人戦を意識して新たに創った魔法だ。

 ……欠点としては、ケイオス・ロアの歪曲空間防御同様、自分自身を包み込むように展開するため自分からも攻撃できなくなるという点だろう。もっとも、アリスであれば《ヴィーナス》の外側に予め万能物質マジック・マテリアルを配置しておけばその欠点もある程度は解消できるのであるが。

 反射できる攻撃の威力に限度はあるが、それでも《アスガルド》よりも防御面に秀でた魔法だと言える。

 目に見えない斬り裂く風をも《ヴィーナス》は防ぎ、アリスは無傷で攻撃を突破することができた。


 ――この後に来るのは、当然『大技』だよな。


 ケイオス・ロアの実力を信じるからこそ、次に打ってくる手も自然と読めてくる。

 一瞬だけゼラの方を確認――すぐさま自分へと攻撃を仕掛けられる態勢にないことを確認し、《アルゴル》の向こう側にいるケイオス・ロアへと照準を向ける。

 やがて《アルゴル》が消滅、その向こうでケイオス・ロアが『大技』の準備をしているのが見えた。


 ――どんな『大技』になるかまではわからないが、構うものか!


 ここでのアリスの狙いはただ一つ。


「cl 《ジュピター》ッ!!!」


 、その場にいる全てのユニットに対して超重力が襲い掛かる。

 発動済みの《ディヤウスーリヤ》の光線すらも捻じ曲げる重力の檻が戦場を押しつぶし、


「ぐぅっ……」


 ケイオス・ロアもゼラも、地上に叩きつけられていた。




 アリスの狙いは、ケイオス・ロアを地上に引きずりおろすこと――もっと言えば、自分の目の届く範囲におくことにあった。

 遠距離魔法であっても一撃で自分を葬り去ることができるであろう火力を持つケイオス・ロアが、目の届かない場所にいるというのは致命的な状況だ。

 もちろん、見える位置にいるからといって必ずしも対処できるというわけでもないが、見えない場所から攻撃されるよりは絶対にマシ。それがアリスの考えである。

 自分も重力に囚われているため魔法を使うことはできないが、ケイオス・ロアとゼラの動きを制限することさえできればそれで良い。


 ――そろそろ、な……。


 ふとアリスはそう思った。

 幾つもの、互いの『想定外』が繰り返された最終決戦だったが、もう間もなく終わる。

 互いの切り札はほぼ見せ合った状態であると言えよう。

 はもはやない。

 後は、互いの札を切り合い、決着をつけるだけだ――そうアリスは思っていた。




 いつもの戦いのように、自分が勝つための道筋を立てているわけではない。

 ただひたすらに全力を出し続けて相手を上回るしかない。

 全力を出し続けても尚勝てるかどうかはまだわからない――が、そうでなければ確実に負ける。

 いつだって全力で戦ってきたが、今回は全力を超えた限界の力を、極短い時間に振り絞らなければならない。


 ――ここからオレが取れる『手』は……!


 全員を地面に引きずりおろすことは出来た。

 問題はここからどうするか、、だ。

 やみくもに魔法を使っていくだけでは勝てない。

 かといってどうすれば確実に勝てるかの道筋も立っているわけでもない。

 一つ一つの判断にかける時間もない。

 判断を誤れば、相手の攻撃で一撃必殺となってしまう可能性もある。


 ――……やるしかない……!


 一瞬のうちにアリスは決断する。

 《ジュピター》で自分諸共動きを封じている今ならば相手も動けない

 けれどもそれも絶対ではない。特に『空間』を操れるケイオス・ロアならば、自身が潰れる前に魔法でどうにかしてくる可能性が高い。

 アリス自身が動くには《ジュピター》を解除するしかないが、解除後にどう動くか――互いに――が問題であった。

 それらにアリスは素早く判断を下す。

 ――正にその通りなのだから。


「ab《赤爆巨星ベテルギウス》!!」


 狙うは回避しようのない広範囲への爆撃。

 かつ、ゼラにも通用しうる炎と爆発の魔法だ。

 ケイオス・ロアには歪曲空間で回避されるかもしれないが、爆発での目晦ましにはなるだろう。

 そういう考えで《ジュピター》を構成する星を《ベテルギウス》へと変更、それらを――戦場全体をそのまま覆うように叩き落そうとする。

 重力解除、続けて爆撃――そこからケイオス・ロアたちへと向けての追撃を考えていたアリスであったが……。




「オペレーション《アイン・ソフ・オウル》!!!」




 当然、同じようなことをケイオス・ロアも考えていた。

 降り注ぐ巨星だけでなく、アリスたちをも呑み込む白い光が戦場を包む――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ケイオス・ロアの最終奥義――ホーリー・ベルの《ヘヴンズクライ》と同じ、霊装を破壊することと引き換えの魔法が《アイン・ソフ・オウル》だ。

 効果自体は《ヘヴンズクライ》同様、全方位へと放出される魔力が全てを薙ぎ払う防御無視の必殺魔法である。


 ――くっ……二発目はもう無理……!!


 ケイオス・ロアの判断はアリス以上に早く、そして的確だった。

 魔力が尽きる寸前に使うのがもっとも無駄のない撃ち方ではあるが、それを待っている間に戦いはおそらく終わる。

 即座にそう判断し、最大魔法の『抱え落ち』という最悪の事態を避けることを優先したのだ。

 ロードで霊装を最適の形態にする余裕はない――故に最大の威力は発揮できないが、即発動させることができることが利点ではある。




 アリスが追撃を放つために《ジュピター》を解除するであろうことは予想できていた。

 そのタイミングに合わせて即 《アイン・ソフ・オウル》を発動。

 この一撃で決着がつくとまでは期待しないが、アリスとゼラに大きなダメージを与えることができるうえに、アリスの追撃を潰すことはできる。

 『今』こそが《アイン・ソフ・オウル》を撃ちどころ……いや、『今』以外に撃つタイミングは来ない。




 狙い通り、アリスの《ベテルギウス》を《アイン・ソフ・オウル》で相殺……どころか無効化しつつ、アリスも光に呑み込まれていった。

 が、これで終わるとは当然思っていない。

 すぐさま立ち上がり《ゾディアック・フォーム》を構える。

 霊装での補助はなくなった分威力は減衰してしまうものの、それを補うことが《ゾディアック・フォーム》なら可能だ。


「オペレーション《ヴァーミリオンサンズ》!!」


 立ち直る隙は与えない。

 防がれる可能性を承知の上で、回避そのものは不可能な炎の巨星を放ち戦場全体を焼き払おうとする。

 ここから更に《クロスオーバー》をかけるか、それとも別の大魔法を放つか――




 ――その選択を採るよりも速く。




「がっ……!?」


 ケイオス・ロアの胴体を、ゼラの作り出した槍が貫いた。


 ――ゼラ……!?


 《アイン・ソフ・オウル》をどうやってやりすごしたのか……潜んでいたゼラがケイオス・ロアの死角から貫いたのだ。


「オペレーション……《ワープゲート》……!!」


 攻撃の続行よりも早く、ケイオス・ロアは空間魔法を使い自身をテレポートさせ、ゼラから離れる。

 のだ。


 ――拙い……これは……!


 もし貫かれたままであれば、体内から引き裂かれて終わってしまっていた。

 だから離れざるをえない――たとえ攻撃が途切れ、アリスたちに時間を与えることになったとしても、だ。

 その上でケイオス・ロアは自分が今追い詰められたのを実感していた。

 《リカバリーライト》が使えない現状、腹部を貫かれた傷は治すことはできず『致命傷』となりうる。

 体力だけはまだ回復アイテムでカバーできる範囲ではあるが、体力勝負になった際に回復アイテムの数は命運を分けうるだろう。




「グゥゥオォォォォォォォォォッ!!!」


 ゼラが

 と同時に、ゼラの身体が

 人型を捨て、四足獣のような姿に。

 これこそが、ゼラの姿と、本能で理解して。




「くっ……でも、まだ……!!」


 最大魔法を使い切り、腹部に致命傷を負ったケイオス・ロアであったが、当然諦めるという選択肢はない。

 むしろ、ゼラの姿が変わったことは、ゼラもまた追い詰められ最後の手段を取ったのだと判断できる。

 ……アリスは言うに及ばず。




「ext《超滅虚星プルートー》!!」


 最後に少し離れた位置へと吹き飛ばされはしたものの、咄嗟に防御魔法で身を守ったのだろう。ダメージを受けつつも立ち上がったアリスもまた、魔法を解き放つ。

 手にした『ザ・ロッド』が《竜殺大剣バルムンク》のように『剣』の形状へと変化する。

 しかし、その刃は尋常のものではない――何もかもをも呑み込む漆黒の闇そのものであった。




 奇しくも三者の位置は等間隔に三角形を描くような形となっていた。

 事ここに至り、全員の受けているダメージはほぼ同等。残り魔力もほぼ同等。

 最後の最後、正面からの激突で全てを決めることとなる。

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