第11章28話 終焉のマギノマキア -R.I.S.E.N.-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 アリスの右足が、足首から先を

 同時に伸びて来た槍が左肩を貫き、穂先が身体に食い込む。


 ケイオス・ロアの方も、予想外の攻撃を食らい吹き飛ばされ更に胴体へと深い傷を負った。




 ……二人にしては迂闊な行動でダメージを負ったとも言えるが、あるいはこの二人だからこそ負ったダメージであるとも言える。

 直前のアリスの魔法でフランシーヌとゼラはほぼ倒したと思えるくらいのダメージを与えた。これは間違いない。

 その状態で、アリスとケイオス・ロアが激突しようとしたのだ――二人の意識が互いに集中してしまうのは仕方のないことだろう。

 いくら『勝利』を最優先にして自分の想いを押し込めたとしても、二人は『人間』なのだ。そして、どちらも割と自分の感情には素直に従う方だ。

 意識していた相手との決着をつける最高のロケーションにおいて、互いを意識せずにいることはできなかった。


 その『隙』を突かれた形になる。


 迂闊、油断、慢心。

 それらが招いた現状は――『逆転』。または『仕切り直し』。




 最終決戦開始から数分。

 アリスが魔化してから十数秒。

 たったそれだけの僅かな時間で戦況は大きく変転していく。




 しかし、ここまでかかった時間よりも更に短い時間で、最後の戦いに決着はつくこととなる。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 フランシーヌとゼラ――この二人は、

 特にフランシーヌについては、《超速矮星マーキュリー》と《超穿巨星ネプチューン》によってほぼ瀕死のダメージを負っていたのだ。

 《ネプチューン》は更に抉り続ける動きをしていたため、継続してダメージを与えてくる。

 となれば、そう遠くないうちにフランシーヌの体力をゼロにまで削っていくことになるだろう。


 ――ゼラ……せめてあんただけでも……。


 自分が『敗北』することについては、フランシーヌはもう受け入れていた。

 アリスとケイオス・ロアとの『覚悟』の差――それを理解できた時にはもう手遅れだった。

 ならばせめて、ゼラだけでもまだ生き残ることができれば……そして退場する自分のことを気にすることもなく、ゼラ自身の意思で自由に戦ってもらえればそれでいい。そうフランシーヌは思っていた。




 ダメージと激痛で意識が半ば跳びかけていたフランシーヌは気付かなかった。

 と、それが齎す影響に――

 結局、気付くことなくフランシーヌは一足先に脱落することとなる。

 そして、マイルームへと強制的に戻された後に、何が起きたかの全貌を知ることとなるのだ。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ゼラがとった行動はシンプルだ。

 

 ただそれだけである。

 最初から何一つとして、ゼラはブレることはなかった。

 『ゲーム』の行方もリュウセイ使い魔の思惑も関係ない。

 フランシーヌが『勝ちたい』と願うならば全力で協力するだけのことだ。


 ゼラにとって大事なのはである。

 

 逆に言えば、フランシーヌが傷ついて自分が無事では、ゼラにとって意味がないのだ。


「……!」


 アリスの魔化からほんのわずかな間でゼラは深手を負い、それを守ろうとフランシーヌが戦い、そしてついにフランシーヌが致命傷を負ってしまった。


 ――自分のせいだ。


 ゼラはそう考えるよりも速く、倒れたフランシーヌの救助を優先しようとする。

 ……傷口を塞ぐ術はないし、体力の回復をすることもできない。

 駆け付けたところで無駄であることは明らかであっても、それでもゼラはフランシーヌを優先する。

 それ自体が、純粋な『殺意』を以て襲い掛かってくるアリスたちに比べてゼラが『劣る』点であり、上回ることのできない『壁』なのを本人は理解していない。




 結局のところ、ゼラとフランシーヌには最終決戦にくる『資格』はあったものの、そこで勝ち抜くための『資質』がなかった。

 だから、二人の最終決戦はここで終わる。




 ――はずだった。




「……!?」


 降り注ぐ《マーキュリー》に身体を削られながら、《ネプチューン》によって倒れたフランシーヌへとゼラは覆いかぶさった。

 それに何の意味があるのか、冷静に考えればわかるはずではあるがゼラは考えない。

 もう動かなくなり、消えるのを待つだけのフランシーヌを守る。

 意味の有無など関係ない。

 それだけを考えてゼラは動く。

 ……が、

 覆いかぶさった腹の下で何かが蠢いている。

 フランシーヌが動いた――のではない。


 ――……!?


 不定形のゼラにとって、『視界』はある意味で肉体全てであると言える。

 全方位を常に見ることは出来るが頭が追いつかないため、基本的には人間同様の視界を維持しているだけであって、やろうと思えばあらゆる方向を見ることができる。

 ゼラは咄嗟に腹下、つまり覆いかぶさったフランシーヌへと視界を移す。

 そこに、異様ながあった。

 動かなくなったフランシーヌの身体の中から、悍ましい怪物が湧き出てきている。

 赤黒い血の色をしたナメクジのような――しかし存在しないはずの鋭い牙を備えた『口』の開いた、気持ち悪い怪物が何匹も……フランシーヌの中から、身体を食い破って溢れ出してきているのだ。


 ――それは『進化生物エボル』。

 《狂黒血の徴エボル・スティグマータ》の代償によって生み出された、フランシーヌの体内に流れる血に進化生物である。

 進化生物の力を借りることで爆発的に身体能力を上げる魔法が《エボル・スティグマータ》であるが、この魔法は諸刃の剣でもある。

 フランシーヌがエボルの力に耐え切れなくなった場合、彼女の身体を依り代にエボルが顕現することになる。

 エボルはユニットでもモンスターでもない存在だ。敵も味方も関係なく、動くもの全てを標的として襲い掛かってしまう。

 今、フランシーヌは二重に掛けた《エボル・スティグマータ》の負荷を受けたダメージによって制御することができず、暴走したエボルによってのだ。


「…………!!!」


 エボル――血のナメクジはフランシーヌの身体を食い破り外へと出るとともに、を覆うゼラへと牙を向ける。

 古代の金属を取り込んだゼラであろうとも関係ない。

 牙で噛みつき、やすりのようにゴリゴリと削り、ゼラをも食らおうとしているエボルに対してゼラが抱いた感情は――


 ――おまえたちに、フランシーヌは渡さない……!!


 新たに現れた『敵』への戦意だった。

 食らおうとしてくるエボルたちを、逆に喰らい尽くそうとゼラが全力で抵抗する。

 意味など考えない。

 エボルが何者かなども考えない。

 ただ、エボルがフランシーヌを傷つける『敵』だとだけ考え、ゼラはアリスたちを放ってエボルへと集中する。




 ……それが、フランシーヌにも、そして当のゼラにすら想像もしなかった『異常事態』を招くこととなった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 アリスとケイオス・ロアが激突しようとしているのと時を同じくして、ゼラとエボルの戦いは終わった。

 

 エボルはユニットでもモンスターでもない。

 ただし、だ。

 それが『物』であるならば、ゼラの凝結魔法コンクリーションは分解・吸収することが出来る――存在しえない神話の金属をも吸収したように。


 ――……のやるべきことが、やっとわかったよ。フランシーヌ。


 結果、何が起こったのか?


 ――……ぼくは、このたたかいに、かつ。


 血で形作られる進化生物をその身に取り込み尽くし、同時に消滅してゆくフランシーヌを目にしながらも、ゼラはになった。


 ――……そうすれば、フランシーヌはよろこんでくれる。

 ――……をほめてくれる。

 ――……をあいしてくれる。


 何が起こったのか、想像することはできるだろうが、実際のところは誰にも――当事者たるゼラとエボルにすらもわからない。

 ただ一つ確実なのは、そして重要なことは、。そしてということである。

 その影響か、ゼラの意識は未だかつてないほど明瞭クリアになっている。

 フランシーヌはもういない。

 事実を受け入れ、ゼラはついに自らの意思で最後の戦いに赴くことを決めた。

 明確な目的ができた。

 目的の達成のために必要なことは『本能』で理解できた。


 ――アリス……ケイオス・ロア……おまえたちを、がころす!!!


 怒りや憎しみのない、目的達成のためだけにある『純粋な殺意』にゼラも目覚めた。

 フランシーヌは確かに消えた。

 けれど、怒りはない。

 フランシーヌの『血』はゼラが取り込んだ。

 つまりフランシーヌはゼラの中で生きている……と言える、とゼラ自身は思っている。

 故に、ゼノケイオス戦の時のような怒りによる暴走は起きていない。




 冷静、かつ揺るがぬ殺意に基づき、ゼラは本能のまま行動する。

 考えて行動するよりも、己の本能に従った方が『強い』――ゼラはそう思っていた。


 地上から上空のケイオス・ロアへと集中しているアリスには、地を這う血泥のナメクジを放ち、バランスを崩させたところを槍状に伸ばした血で貫く。

 上空から地上のアリスへと集中しているケイオス・ロアには、自分自身の肉体で攻撃を仕掛ける。


 思い立つと同時にゼラは行動。

 かくて、ゼラの思惑通りに二人は大ダメージを受け、戦況は――『仕切り直し』、または『逆転』した。

 だがまだだ。

 アリスもケイオス・ロアも、致命傷を受けた程度では到底『勝った』とは言えない相手であることをゼラはよく知っている。

 確実にに息の根を止め、消滅させない限りは絶対に油断できない。


「……ォォ……ォォォォオオオオオオオオオオオオォォォォォォォンッ!!!」


 本能のままに、ゼラは叫んだ。

 存在しなかったはずの『口』がいつの間にか身体に現れている。

 今までは出来なかった、本体から離れた泥の一部を自在に操ることもできる。


 ――このちからで、ぼくがかつ!!


 自分に何が起きたのかまでは完全に理解していないが、血――フランシーヌから受け継いだ能力がある、そう理解した。

 自在に肉体を変化させ、かつ相手の魔法の大半を打ち破ることのできる神代の金属を柔軟に扱える能力。

 これらを使い、最終決戦に勝つ。

 それこそがフランシーヌにとって何よりもの『贈り物』であるとゼラは信じ、ひたすらに『前』へと進み続ける――『敵』を殺すために。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「ぐっ……くそっ……!?」


 右足首を食いちぎられ、槍で左肩を貫かれたアリスだったが、体力的にはまだ余裕はある。

 が、決して安心できる状態ではない。


 ――ゼラがフランシーヌの能力を使っている、そう思っていた方がいいだろうな……!


 血の混じった赤黒い泥へとゼラの姿が変わっている。

 そして、今までのゼラにはない、『生物的』な要素までもが見えている。

 魔法の詳細を知らないアリスたちにも当然何が起こっているのかはわからないが、ゼラがフランシーヌの能力を得ている……そう考えていた方が良いだろうと、すぐさま判断。

 アリスもケイオス・ロアもダメージの回復よりも、ゼラから距離を取ることを優先。結果、追撃は回避することは出来た。


「……ハッ、じゃねぇか、ゼラ……!!」


 立ち上がったゼラの姿は、今までと異なっていた。

 今までも『人型』になることはあったが、不格好な巨人のような姿であった。

 それが変わり、すらっとした成人男性ほどの高さの『人型』へと変わっている。

 ただそれは全体的なフォルムが人型なだけであって、目や鼻、口、身体の起伏など『人間らしさ』は全く見えていない。

 ……と思われた時、


「……ォォ……ォォォォオオオオオオオオオオオオォォォォォォォンッ!!!」


 ゼラが

 叫びと時を同じくして、ゼラの身体のあちこちに口が現れた。

 血泥ナメクジ同様の、鋭い牙の生えた口が――顔だけでなく胸や腹、肩、手足……およそ人間とは思えない箇所に幾つも現れ、叫び声を上げている。


「…………前言撤回。全く人間っぽくねぇな、こいつ……」


 中身がゼラであろうことは予想がつくが、その姿はもはや『モンスター』と言っても差し支えのない異形。

 ただし油断は絶対にできない。

 フランシーヌ同様に『血』を――いや、融合した結果、血の色をした泥を操る能力を持ち、かつ元のゼラ同様に神代の金属をその身に取り込んでいる。

 アリスたちのように強力な遠距離攻撃魔法を持たない代わりに、フィジカル面に全振りした性能であろうことは予想がついた。




 ゼラがエボルと化したフランシーヌの『血』を取り込むことで、本人たちにも思いもよらない変化が起きた。

 喰い尽くそうとしてくるエボルを逆に取り込んだことにより、ゼラは新たなエボルへと進化しようとしていた――そのままであれば、エボルに喰い尽くされてゼラも終わっていたであろうが、そうはならずに逆にゼラがエボルを取り込むこととなった。

 結果、ゼラはエボルの能力を持ちつつ、進化生物の侵食を克服した形となったのだ。




 エボルゼラ・リズン――狂黒血の進化の克服体リズン

 当人たちも予想だにしない奇跡が起こり誕生した、最終決戦の最後の参加者である。

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