第11章3節 ラスト・スタンド

第11章21話 終焉のマギノマキア -1-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「マジか、あんなのありかよ!?」


 ラヴィニアのマイルームから対戦の様子は見ることが出来ている。

 ゼラの中からフランシーヌが現れ、そのまま対戦に参加するのを見て千夏は驚きの声を上げる。

 だが、そこに『卑怯な手を使いやがって』という非難はない。

 アリスやケイオス・ロアと同様、『そういう手があったか!』とむしろ驚きと共に感心しているようでもあった。


「……ゼラのギフトは知ってたけど、まさか対戦にまでフランシーヌさんを持ってくるなんて……」


 それなりの時間、ガイアの内部でゼラと行動を共にした雪彦はある程度の能力は把握していた。

 そして最終決戦に向けて互いの知りえる情報は全て共有してある――今回ばかりはありすも情報共有は渋らなかった……というよりもある程度は自分でもわかっていた――のだが、流石にユニットを連れてくるのは想定外だった。


「……そうか、今回の対戦は『対戦』じゃなくて『クエスト』だからっていうのもありそう」

「なるほどにゃー。BPとオルゴールがやったみたいに、『システムから見えない状態』ですり抜けてきたって感じかにゃ? ……微妙にバグくさい挙動だけど」


 BPの鎧内部に入り込んで姿を隠す、というやり方を既に楓たちは見ている。

 原理的にはそれと同じことなのだろう。

 ゼラの【格納者コンテナー】が何をどの程度格納できるかまでは把握していないが、少なくともユニットを格納することができるのは判明している。

 事前に別のクエストでフランシーヌを格納したまま終了させ、その状態で最終決戦のクエストに参加する――物にもよるが、『クエスト同士』であれば状態を引き継ぐこともありえることもわかっているのだ、『バグくさい』ことは間違いないがクラウザーやマサクルのようなインチキチートとも言い難い。


「うゅー……なっちゃん、がんばったらよかった?」


 少しだけ悲しそうに撫子がそう言うが、椛は笑顔を浮かべて優しく撫で返す。


「なっちゃんはそのままで良かったにゃー」

「うん。撫子――ガブリエラのリュニオンは、多分今回は使えなかったと思う」


 実際に試したわけではないが、おそらくアリスとガブリエラのリュニオンは今回はダメだっただろうと楓たちは推測する。

 まずリュニオン状態とBP・ゼラの内部にユニットを隠すという状態は明確に異なる。

 おそらくは『アリス資格ありガブリエラ資格なし』という判定をされ、クエストに参加できないかあるいは強制的に分離させられてしまっただろうと思われる。

 ……そもそも、リュニオン状態をクエスト間に跨って維持できるかは試したことがなく、どうなるかわからないという話もあるが。


「状況は1対1対2――明確に不利になったわけではありませんが、当然ありす様に有利になったわけでもありませんね……」

「そうっすね。これでもしホーリーがやられたら、1対2になる……それだけは避けたいところっすけど、むぅ……」


 ケイオス・ロアがやられ、フランシーヌ&ゼラに同時に襲われるということは避けたい。

 しかし、この中で最も戦闘力の低いゼラを真っ先に倒せたとして、三つ巴の状態は結局維持される。むしろ、ゼラがフランシーヌになったことでより戦力は均衡することになるだろう。

 戦略的にどう動くのが正解か――答えを出すのは難しい状態であると言える。


「……堀之内さんと協力してまずはこの状況を崩し、1対1までもっていくというのが最善かとは思われますが――」

「で、でも、この場で協力するっていうのは難しいよね……?」

「だにゃー。ほりりんも裏切りなんてしないとは思うけど――」

「逆に、美鈴ちゃんがフランシーヌと協力してあーちゃんを先に狙う、という可能性もある」

「あーたん……」


 三つ巴まで持っていけた後、1対1に持ち込むために誰かを集中砲火する――というのが最も起こりえるパターンだろう。

 その時にアリスが狙われないとも限らない。

 ……むしろ、『無限の可能性』を持っていることがわかっているのだ。真っ先に倒すべき、とケイオス・ロアたちが考えてもおかしくはない。

 フランシーヌとゼラが揃っている状態のまま、アリスかケイオス・ロアが欠ければ大きく戦況が傾く。三つ巴になった後も油断はならない。

 ベストはゼラの前にフランシーヌを倒し、その後ゼラを倒して1対1に持っていくことではあるが、それが難しいことは戦っている本人たちが一番良くわかっているだろう。


「……ラビさんには秘密にしてって恋墨さんに言われてたけど、『切り札』も用意してある。大丈夫って信じるしかないよね……」

「ええ。スバルさんの仰る通りですわ。

 大丈夫、このくらいのこといつも通り――だから、ありすさんが必ず勝ちますわ♡」


 言葉とは裏腹に、最後の戦いの場に立てないことを悔しく思っているだろうことは、固く握りしめた拳が物語っている。

 それでももうどうすることもできない――戦いは始まってしまっているのだ。

 事前にやれることは全てやった。様々な状況を想定した作戦を立て、魔法を開発し、対戦で練習し、そして『切り札』も用意してある――ラヴィニアに知られたくないものだったため、一度しか練習できていないが。

 残された桃香たちにできることは、アリスの勝利を信じて見守ること。それだけしかないのだった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 戦場は、外で見守るものたちの予想とは全く異なる様相を見せ始めていた。

 ラヴィニアのユニットたちが予想していることとほぼ同様のことをミトラのユニットたちも予想していた。

 数の上で優位を取ったフランシーヌ・ゼラに対してどう対応すべきか。これが今回の戦いの初動となるだろう――その結果如何によって後の展開が自ずと決まってくるからだ。

 考えられるパターンは幾つかあるが、アリスとケイオス・ロアにとっての最善は『フランシーヌを真っ先に倒す』であることは間違いない。

 見下すわけではないが、『戦闘力』という面からすればゼラはこの最終決戦に来るまでには至っていないと言わざるを得ない。

 だからフランシーヌ→ゼラの順で倒すことが出来れば、1対1にはスムーズに移行できる……が、問題としてはフランシーヌを倒すこと自体が容易ではないことだ。


 そもそも、この最終決戦は今までの対戦と事情が異なるところが多い。

 それは単にバトルロイヤル対戦だからという形式だけの話ではない。

 『最後の対戦』ということもありジェムを温存する意味はない――故に、各自が所持するアイテムは最高級品となっていることは確かだろう。

 回復アイテムの最高級品は、体力・魔力を完全回復する『ミラクルキャンディ』だ。

 体力も完全回復できるということは、最大10回までは即死しない限りは復活可能ということになる――実際には魔力回復のためにも使うことが多くなるため、10回復活するとはならないだろうが。


 また、この『体力全回復可能回数』が有利に働くのが、フランシーヌとゼラなのだ。

 どちらも魔力をそこまで多く消費するわけではなく、単独で長期戦が可能な性能となっている。

 故にフランシーヌたちだけは10回の復活が実質可能ということになると言える。


 一方でアリスとケイオス・ロアはどうしても魔力の回復だけを考えて行動せざるを得ない時がやってくる。特に消費魔力の多いアリスの方は顕著だろう。

 長期戦になればなるほど、フランシーヌたちにとって有利になっていくのだ。

 また、『一撃必殺』を狙うことについては互いに難しい面がある。


 血液の鎧で致命傷を防ぐことや傷を塞ぐことが可能なフランシーヌ。

 不定形の身体を持ち大半の攻撃を無効化し、また回避することができるゼラ。

 即死でさえなければ時間巻き戻しリカバリーライトで復活可能なケイオス・ロア。

 魔力を消費するものの自分の肉体を『太陽』と化してあらゆる攻撃に耐えることができるアリス。


 四者いずれも『一撃必殺』で倒される可能性はかなり低い――タイミング次第ではケイオス・ロアが少し危ういか、くらいだがそれを防ぐための手段もまた豊富に持っている。

 よって、戦いは必然的に長期戦になりえるだろう。

 ……意外なことに、この対戦で最も『得』をするのはフランシーヌたちの方なのだ。




 ――と、ここまでは戦っているアリスたちも、外で見守る観戦者たちも理解している。

 だから長期戦を望むフランシーヌたちに対して、短期決戦を挑む……そのような流れになると予想していた。

 しかし、戦いの流れはそうはならなかった。




「ブラッディアーツ《ブルー・ブラッド・ブリード:モデル・エリザベート》!!」

「ちょ、こっち!?」

「……!」

「ふん、1対1か? 望むところだ!」


 強化魔法を使ったフランシーヌがケイオス・ロアへ、ゼラが地上を這ってアリスへと向かう。

 この流れ自体はアリスたちにとってむしろ都合がいいことではある。

 そのことがゼラはともかくのだが――

 解せぬところはあるが、好都合だとアリスは考える。


 ――ゼラをまずは倒すしかないか。


 フランシーヌを先に倒したいというのはあくまで理想だ。

 いずれにしてもまずは頭数を減らさなければどんどん不利になっていくという状況に変わりはない。

 すぐさま思考を切り換え、フランシーヌとケイオス・ロアの動きには注意しつつ目の前に迫るゼラへと対応しようとする。


 ――チッ、想定以上に厳しくなったな……!


 顔には出さないが、アリスはであることをよく理解していた。

 戦闘力という点では申し分ないが、アリスにとって一番避けたいのは『魔力回復ができない状態』『魔力が尽きる』ことだ。そして、持っている魔法の性質上、魔法を温存しながら戦うというのは難しく魔力の消費は避けられない。

 アイテム数に制限のある対戦は実は苦手としているのだ――その弱点はどうあっても克服はできないが、戦い方次第で緩和することは可能だ。事前に仲間との対戦で魔力を温存しつつ戦う方法を模索してはいた。

 対ケイオス・ロアをメインに想定した戦術を幾つか考えており、それは対フランシーヌ・対ゼラにも使えるものではある。

 それでも『厳しい』戦いになるという認識は変わらない。

 魔力の消費を抑えることは可能だが、どうしてもいずれ消費しなければならなくなる。それは避けることはできない。

 戦う人数が増えれば増えるほど、やはり消費は増えてしまうことになるだろう。

 望む望まないに関わらず、誰にどの程度魔力を割くのかを考える必要がある。

 ……相手を見くびっているようで気が引ける、と内心では思っているのだが……この局面での『敗北』だけは絶対に避けなければならない。


「ab《フレイム》!!」


 とにもかくにも、まずは目の前のゼラだ。

 《バルムンク》へと《フレイム》を付与、攻撃力を上げると同時に不定形のゼラへと有効であろう『焼き尽くす』ようにする。

 ただの斬撃は通用しないし、『不死』の存在ではないため《バルムンク》の特効も作用しない。

 『炎』付与であれば斬った場所を焼いてゼラの体積を減らすことが出来る――ダメージを与えられているかいまいちわかりにくい相手ではあるが、体積を減らしていけばいずれ倒せるはずだ。

 ……いずれ、では困るが、『炎』が有効とわかれば隙を突いて巨星魔法で一気に倒すことも出来るかもしれない。


「はぁっ!!」


 気合と共にゼラへと恐れることなく立ち向かい剣を振るう。

 タイミングは合っている。

 横薙ぎに振るった《バルムンク》がゼラの身体へと食い込み――そこで再び刃が止まった。


「!? なにっ!?」

「……」


 先ほどはフランシーヌが霊装で受け止めたから斬れなかった、それは間違いない。

 しかしもうフランシーヌは外へと出て今はケイオス・ロアへと向かっている最中だ。《バルムンク》を止めることはできるはずがない。


 ――こいつの能力は……拙い!?


 止められた瞬間にアリスはある可能性に思い至り、再びその場から後ろへと跳んで逃げようとする。

 アリスを追いかけるように、ゼラの身体から無数の『武器』が射出される。


「くっ!? やはりか……!?」


 瓦礫、木石、土塊、鉄塊……様々な物質が『武器』となりゼラの体内からアリスへと向かって、狙いをつけずに出鱈目に射出される。

 ゼラのギフト【格納者コンテナー】の応用だ。

 フランシーヌを格納したままこのクエストにやってきたのと同様に、別のクエストで格納しておいた物質を持ち込んで『武器』としているのだ。

 だがそれだけではない。

 生身の人間であれば『硬い』物質であっても、《バルムンク》であれば容易に斬り裂くことができるはずだ。

 なのに先ほど弾かれたということは、ということを示している。


「! は――そういうことかよ!?」


 ゼラの体内から射出された『武器』の中の一つ……人間が扱うには難しい大きさの古ぼけた剣に、アリスは見覚えがあった。

 ガイア最深部『神々の古戦場』に突き刺さっていた『巨神の剣』のうちの一本だ。

 ゼラの目的はアリスへの攻撃ではない、『牽制』と『時間稼ぎ』だ。

 アリスが距離を取ったと見て取るや、体内から出した『巨神の剣』を再び自分の中へと引き込む。

 【格納者】で収めたのではない。

 凝結魔法コンクリーションを使って分解、自分の泥状の肉体へと取り込んだのだ。


「……チッ、貴様らの作戦勝ちだ、ゼラ」

「……」


 小さく舌打ちするアリスではあったが、忌々し気な表情ではなく――その顔にはやはり笑みが浮かんでいた。

 ゼラとフランシーヌがこの最終決戦をあらかじめ知っていたとは思わないが、いつどこで強敵と戦うかわからないと思っていたのだろう、『準備』だけはしていたのだ。

 ゼラは自分の戦闘力がデフォルトでは大して高くないことは理解している。

 だから、コンクリーションで自身を強化するための『材料』集めを常々心掛けていた。

 『神々の古戦場』にあった、神代の武器は最上級の『材料』だと言えるだろう。

 ゼノケイオス戦の時に隙を見て確保しておいたものを今使ったのである。


「《バルムンク》を弾くとはな……ふん、見くびっていたつもりはないが、オレも慢心していたのは否定できないな」


 神代の武器の硬さは、神装の刃すらも通さないものだった。

 流石に不壊というわけではないだろうが――ゼラのコンクリーションが効くのだから――それでも腕力だけで押し切るのは難しい硬さであることは確かだ。

 巨星魔法でも易々と潰せるものではないだろう。

 ……最も与しやすいと思われたゼラだったが、ここに至って鉄壁のガードを持つ難敵へと変化してしまった。


「なるほどな、どっちも本命ってわけか」


 フランシーヌとゼラ、片方が相手を抑えている間に倒すというつもりなのではない。

 1対1を2組作りそのまま勝利する――それがフランシーヌたちの考えだったことにアリスはようやく気付いた。

 それが自信過剰とは思わない。

 単純に『硬い』だけであっても、アリスの大半の攻撃を凌げるだけの防御力を持っているゼラは『難敵』であることに変わりはない。

 仮にゼラがアリスに勝てなかったとしても、大幅な魔力の消費を強いることも可能だろう。

 ……ゼラも『勝つ』つもりであろうことは疑いようもないが。

 ここまでフランシーヌたちのペースで戦いは進んでしまっていた。

 そしておそらくはここからも彼女らのペースで進むであろう。


「ふん、上等だ。貴様もフランシーヌも、そしてロアもまとめて全部倒してやるさ」

「……」


 そう言うアリスへと向かって、ゼラが襲い掛かっていく――

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