第11章22話 終焉のマギノマキア -2-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 戦いは、アリスvsゼラ、ケイオス・ロアvsフランシーヌの形式へと変化した。

 2か所の戦闘、それぞれの結末如何によって今後の流れは大きく傾くことは想像に難くない。

 もしフランシーヌ勢のうちどちらか一方が勝利したとすれば、それはほぼフランシーヌたちの『勝利』を意味することとなるだろう。

 反対にどちらか一方が負けたとしたら、当初誰もが描いた通りの三つ巴の状態へと戻ることになるはずだ。

 ……いずれにしてもフランシーヌたちにとってはこの戦いの状況は有利に傾いているのが現状だ。仮にどちらか一方が負けたとしても、大きく不利になるというわけではない。




 この状況において一番不利な立場にあるのは、魔力回復に不安の残るアリスであることは既に述べた通りだ。

 そして残念ながらこの不安を払拭する方法は存在しない――使い魔であるラヴィニアは同じフィールド内にいるが、『対戦』と同じルールとなっているため頼ることはできない。

 人数が少なく、また隠れる場所もない電子空間のようなフィールドだ、かつてクリアドーラとの決戦で行ったように変身を一時的に解いて魔力をわずかずつでも回復させるという『裏技』も使いづらい。下手に使った瞬間に倒される危険性の方が高い。


 ――さて、威勢よく言ったはいいものの……どうしたもんかな。


 故にアリスは考える。

 襲い掛かって来たゼラを《竜殺大剣バルムンク》で迎え撃ち、攻撃を防ぎつつカウンターを入れようとする。

 ……が、神代の武器をその身に取り込んだゼラには刃が立たず弾き返されてしまう。


「流石に硬すぎだろ!?」


 下手をすれば《バルムンク》の方が欠けてしまいそうなほどの硬さに、流石にアリスも文句を言いたくなってくる。

 それで状況が変わるわけでもなし、仕方なしにアリスは攻撃を捌きつつ距離を取ろうとするしかない。

 そうすると今度はゼラが逃がすまいとひたすらに追いかけて来る。


 ――オレをロアたちから引き離すつもりか……!


 ゼラの狙いはおそらくそうだろうと当たりをつける。

 ケイオス・ロアとの協力を恐れている、というわけではないだろう。

 おそらくはアリスの強力な遠距離攻撃――その流れ弾がフランシーヌに向かう確率を減らすため、距離を開けさせようとしているのだとアリスは考える。

 流れ弾は予期せぬ方向から飛んでくるものだ。それならばいつかはフランシーヌに当たって足を止めさせることもできるだろうし、その隙をケイオス・ロアが逃すことはない。

 そうなった時、ゼラ一人では三つ巴になったところでそこまで善戦できるとは思えない。

 だから、ゼラはフランシーヌの生存を優先し、その状況を作りやすくするために動いているのだろう。

 もちろん、ゼラが単独でアリスを抑え込むことができる、という自信もあってのことだ。


 ――マジでどうする……!?


 神代の武器を取り込んだゼラにとって一番嫌うのは、実はケイオス・ロアと戦うことだ。

 ケイオス・ロアの《天装アカツキ》の属性『空間』――それを利用した『空間切断攻撃』は、いくら今のゼラでも防ぐことはできない。

 相性という意味では、ゼラにとってケイオス・ロアは『最悪』と言えるだろう。

 ケイオス・ロアからの助け舟……あるいは意図せずに放たれた空間切断の流れ弾を避ける上でも、ゼラはアリスを追いかけてケイオス・ロアから離すことが重要なのだ。




 戦いは始まったばかりだが、完全に『後手』に回ってしまっていることをアリスは自覚していた。

 ここからすぐにでも建て直す方法を考えなければ、フランシーヌたちの思惑通りに戦いは進んでしまうことになるとも。

 会話は当然できないがケイオス・ロアも同様だろう。

 逆にフランシーヌたちは現状を出来るだけ維持したいと考えているはずだ……と推測する。


 ――ロアと合流する方法を考えるか……? いや、しかし……。


 ゼラを潜り抜けてケイオス・ロアの元へと向かうという手段は、できないことはない。

 全ての強化系神装の力を合わせた《神翼鎧甲フレズヴェルグ》の速度はこれ以上上昇させることはできないが、ここから更に《瞬動クイックムーブ》などを加えていくことができるのだ。

 魔法を重ね合わせていくことのできる柔軟性はアリスの魔法の長所ではあるが、逆に今回では短所ともなりえる。

 ともかく魔力消費だ。

 それが一番のネックとなってしまっている――強力な魔法を撃ち続けるだけで勝利できてしまうような大味なバランスではない点は、この『ゲーム』の良いところだとは彼女も思っているが……。


 ――……ちょっとな。


 格好つけている場合ではないのはわかっているものの、ここでケイオス・ロアとの合流を選ぶというのは『頼る』こととほぼ同義だとアリスは思ってしまうのだ。

 最後の戦いで決着をつけようとする相手に『頼る』というのは、アリス的には『気に入らない』のだろう。

 想定外の横槍は入ったものの、それらも全て独力で攻略して全員を打ち倒す――それこそが、もはや誰にも文句のつけられない完璧な勝利であると考えている。

 もちろんそれで負けたのでは意味がないこともわかっているが、長く続いたこの『ゲーム』の終わりが見えているのだ。

 また、アリスも裏で暗躍する『運営』には気付いている。

 『運営』側の存在が、ケイオス・ロアとフランシーヌのどちらかの使い魔――あるいは両方――だということも何となく理解している。

 だからこその、この勝者決定戦なのだろうとわかっている。

 ……今まで倒してきた相手のことを思えば、自分たちがほぼ勝ち確定だろうと思っていたのに勝者決定戦が開かれたということは、つまりそういうことなのだろうと。


 ――……それ以外オレには使い魔殿にあげられるものがねぇんだ……!


 アリスありすから使い魔ラヴィニアへと渡せるもの、それはこの『ゲーム』の完全な勝利しかない。そうアリスは考えている。

 彼女にとって『ゲーム』についても、またラヴィニアラビについても色々と積み重なった想いがあるのだが、それを言葉に表すことができない。

 ただ、自分たちの目標であった『ゲームの勝利』だけは、確実に達成しラヴィニアへと今までの『恩』を返したい。

 一番長く一緒に過ごし、『ゲーム』を戦い抜いてきたのは間違いなくラヴィニアなのだ。

 『運営』からの物言いも許さない完全勝利で締めくくり、ラヴィニアには『安心』してもらいたい――そして、『ゲーム』の終わった後の世界を共に生きていきたい。

 それが今のアリスの願いだ。




「――cl《赤色巨星アンタレス》」


 覚悟は決まった。

 戦いの方針も定まった。

 躊躇うことなくアリスは向かってくるゼラへと《アンタレス》を放ち、ゼラよりも更に巨大な星で圧し潰そうとする。


「……!」


 これ一撃でゼラの今の身体を砕けるとは思っていない。

 が、圧倒的質量は如何に硬い身体になったとはいえ、凄まじい衝撃をゼラに与える。

 回避を選ばず巨星へと向かって行ったゼラの動きが止まる。


「ab《分裂スプレッド》――」


 《バルムンク》ですら刃が通らない相手だ、巨星魔法といえど一撃でどうにかなるとはアリスも思っていない。

 ぶつけた巨星を《スプレッド》で細かく分裂させ、ゼラの周囲へと星の欠片をばら撒く。

 ここからどのような魔法が炸裂するのか、ガイア内部でアリスの戦いを見ていたゼラにも容易に想像がつく。

 ――連星魔法だ。

 まともに食らえばゼラの身体であっても耐え切ることは難しい、あるいは耐えたところで致命傷を負う可能性があるアリスの魔法は連星魔法しかない。

 ゼラはすぐさま身体を泥状に崩して星の欠片の包囲から逃れようとするが……。




「awk《星天崩壊エスカトン天魔ノ銀牙ガラクシアース》!!」




 分裂した《アンタレス》の欠片を一斉に再度巨星へと変化させ、戦場全体へと向けて無差別に降り注がせる。

 標的はゼラだけではない。

 この一撃で、ケイオス・ロアとフランシーヌにまでも矛先を向けたのだ。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 アリスのとった行動は彼女を知る者からすれば意外なものであったが、アリスと共に戦って来た仲間たちからすれば意外でも何でもない、むしろ『手堅いのを選んだな』という感想を抱くものであった。

 最大の攻撃範囲と破壊力を誇る《エスカトン・ガラクシアース》は相応に魔力を消費する。一発放つだけで数個のキャンディを消費することになってしまう。

 魔力回復に不安を抱えているアリスが使うにしても、『最後の切り札』としてだろうというのが普通の考えだろう。

 なのにほぼ初手でそれを使った――しかもこの一撃で決着がつけられるとは限らないのに、である。


「オペレーション《ワームホール》!」


 特にケイオス・ロアにはアリスの魔法はほぼ当てることが出来ない。

 空間操作の《天装アカツキ》であれば、空間を捻じ曲げて向かってくる巨星全てを回避することができるのだ。彼女に攻撃を当てるのは、至難の業と言っていいだろう。

 唯一当てられるケースがあるとすれば、ケイオス・ロアの魔力不足を誘って《ワームホール》を使いたくても使えない状況にまで追い込んだ時くらい……それがケイオス・ロアの魔法を知る者にとっての考えだった。

 が、この序盤でのアリスの大技は考えなしに放たれたものではない。


「甘いわね、ロア!」

「!?」


 《エスカトン・ガラクシアース》が通用しないのは、フランシーヌも同じだ――もっとも彼女の場合は『気合』で回避しているだけという、ある意味では魔法以上にとてつもないことを力業でやっているだけなのだが。

 しかも今回は《アンタレス》を分裂して発動させたため巨星の数は本来よりもずっと少ない。

 本気で放った《エスカトン・ガラクシアース》をかつて完全回避したフランシーヌにとっては回避は容易だ。ましてや、ケイオス・ロアの近くであれば《ワームホール》が勝手に防いでくれるというおまけまでついている。

 フランシーヌ自身の攻撃は当てられないかもしれないが、それでも自力で《エスカトン・ガラクシアース》を回避するよりは楽に状況を切り抜け、更に上手く隙を突ければケイオス・ロアへとダメージを与えるチャンスでもある。


 ――拙い……! まさか、アリスがを使ってくるなんて思わなかった!


 ケイオス・ロアは自分の考えの読み違いに舌打ちする。

 フランシーヌの登場で戦況が大きく変わり、それを更にとしていると彼女は意図を読んだ――が、アリスがやるとは思えない方法を採ったからだ。

 すなわち、、あるいは体力魔力を大幅に削らせて弱体化させるという方法である。

 アリスの性格上、ケイオス・ロアと戦うのであれば互いに万全であることを望むだろうと予測していた。ケイオス・ロア自身もそうだ。

 それをというのは予想外であった。


 ――何が何でも勝ちに来てるってことね……! 上等!


 自分の拘りよりも、『ゲーム』の勝利を獲りに来ている――そのことに不満はない。

 むしろ想定外の4人での戦いになって瞬時に判断を切り換えたことを称賛する思いさえもある。

 これにより、アリスと協力して今の状況を崩して三つ巴に。そしてそこから望み通りの一騎打ちに持っていくという道は完全に閉ざされた。

 ケイオス・ロアの熱くなった頭が冷える。

 ここから先はどう状況が動くかはまだ見えないが、『一時的な協力』という打算もなしに全員が勝ちを獲りにいく本当の意味でのサバイバルになる――ケイオス・ロアはそう判断し思考をそちら側へと切り替える。




 ――しかし、だ。

 アリスがどこまでケイオス・ロアたちの思考を読み取っていたのかはわからない――案外何も考えていないのかもしれない――が、再びアリスはここで全員のを打つ。







ab閃光巨星フォーマルハウト》!!」






 降り注ぐ巨星の幾つかが激しい閃光と爆音を放ち破裂する。

 閃光手榴弾スタングレネードと言っても差し支えのない威力・効果の非殺傷の無力化魔法だ。

 『ゲーム』である以上、問答無用で相手を行動不能スタンにすることはできず、相手の魔法防御力等に依存はするが――それでも爆音による聴覚麻痺はともかく、閃光による視覚への攻撃は誰であっても同様の効果を発揮することができるだろう。


 ――やっばい!?


 ケイオス・ロアは自分の考えが間違っていたことに否応なく気付かされる。

 この《フォーマルハウト》は知っていた……が、それをこのタイミングで使ってくることは想定外だった。

 その想定外こそが、アリスの『思うつぼ』なのであることに、この期に及んで気付く。

 《ワームホール》による空間操作によって《エスカトン・ガラクシアース》の巨星自体は防げる。

 しかし、破裂炸裂するだけは防ぐことが出来ない。

 《ワームホール》はミオの【遮断者シャッター】のような空間そのものに壁を作って隔離するような防御ではない。あくまでも、『入口』『出口』を作ってその間の空間を素通しさせるという効果なのだ。

 

 ただ単に自分に当たらないようにしているだけで、攻撃そのものを消しているわけではない。

 だから、弾け飛んだ巨星が放つ閃光は防げないのだ。


「ぐぅっ……!?」


 今炸裂した《フォーマルハウト》は一発ではない。だ。

 それは対戦フィールド全体を覆う程の閃光であった。

 全くの予想外のアリスの行動、かつ《ワームホール》を使ってしまっていたがためにケイオス・ロアの対処が遅れ、まともに閃光に目を灼かれる。

 流石に一発で気を失うようなことはないが、それでも視界は確実に塞がれてしまっている。

 これをすぐさま癒すために《リカバリーライト》を使うか、あるいは――とケイオス・ロアも続く行動へと思考を巡らせるが、それよりも相手の方が早かった。


「ブラッディアーツ《クリムゾングロウ》!」


 同じく視界を塞がれたはずのフランシーヌは止まらず、すぐさま魔法を放つ。

 ケイオス・ロアの目には見えていないが、フランシーヌから放たれた血の塊が大きく破裂……《ワームホール》に守られていることなど関係ない、とでもいうように血で出来た顎を広げケイオス・ロアを呑み込もうとする。




 フランシーヌもケイオス・ロア同様に《フォーマルハウト》の影響を受けてはいる。

 が、彼女は躊躇わない。

 むしろこれをチャンスと捉え、ケイオス・ロアがいたであろう位置へと向けて攻撃魔法を放っていた。


 ――当たれば上々、当たらなくても問題ない!

 ――『血』をばら撒いておけばに続けることが出来る……!


 フランシーヌは《ワームホール》の『性質』を既に見抜いていた。

 確かに空間に『穴』を開けてあらゆる攻撃を防ぐことは出来るが、その反面『穴』の位置を自由自在に変えることはできない――つまりケイオス・ロアは《ワームホール》を使ったらその場から動くことができないというわけだ。

 だから動けないうちに『血』をばら撒いておけば、解除と同時に『次』の攻撃をすぐに行える上に互いに『見えない』状態でばら撒かれた『血』の位置をケイオス・ロアは把握できていない。

 それならば不意打ちでケイオス・ロアに回復の時間を与えることなく倒せるかもしれない、という期待もある。そこまでいかずとも、続く戦いの準備をすることは無駄にならないだろう。







「――ext《世界を喰らう無窮の顎ヨルムンガンド》!!!」







 更に、アリスはケイオス・ロアたちの想像を超えた。

 使用したのは神装の中でも恐らくは最大の威力と射程を持つ、対ユニットとしては凶悪すぎる魔法だ。




 ……ここに至り、アリスの真意をケイオス・ロアたちはようやく完全に理解する。

 魔力回復に不安を持ち、この戦いで最も不利な立場であるアリスは状況を引っ繰り返すために大胆な手を打ってくるだろうとは予想していた。

 しかし、その『大胆な手』が想定外過ぎた。


 ――ちくしょうっ! あたしがアリスのことを見誤るなんて……!!


 『2組の1対1を征して三つ巴に戻す』

 『フランシーヌにケイオス・ロアを倒させる』

 そんなはアリスにはない。




「全員、ぶっ倒す!!!」




 アリスが叫ぶ。

 それはヤケクソになったからではない。

 彼女は言葉通り、つもりなのだ。




 魔力の温存など考えない。考えれば考えるほど、アリスは自分が不利になっていくことを理解していた。

 だから最初から全速力だ。

 個別に撃破しようとするから魔力が足りなくなってしまうのだから、ならば全員纏めて倒してしまえば良い。そうシンプルな考えだ。

 狙うは短期決戦――この状況を覆しアリスが勝利するためにはそれしかない。




 ……フランシーヌの登場、ゼラの思いがけない強化によって大きく動いた戦況は、アリスの起死回生の一手によって再度『混沌』とした状況へと戻った。

 アリスの狙う短期決戦――彼女の考え通り、『ゲーム』の勝者を決めるこの最終決戦は、こととなる。

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