第11章19話 終焉への招待状

 修了式翌日の土曜日――春休み初日は、桃香が切望したお泊り会当日だ。

 とはいえ流石に朝から集まって遊ぶわけにもいかない。桜邸への集合は午後からということにしていた。

 時間に余裕はあるしクエストにも参加できる子は集まって行こうということになった。モンスター図鑑埋めは相変わらず続いているしね……。

 で、クエストに行くとなるとお泊り会メンバーの美々香が手持ち無沙汰になっちゃうかなーとも思ったが、彼女も今日はトンコツを連れてきていて一緒に行けるクエストには行こうということになった。

 まぁメインとしては、『ラヴィニア』とトンコツの直接対面なんだけどね。




 ……気になることが一点ある。

 それは、ことだ。

 昨日、葦原沼で目撃したドクター・フーらしき女性――見間違いならばいいのだが、のこともある。理屈はわからないが、本当にドクター・フーが現実世界にいる可能性がありえるのだ。

 そのことをプロメテウスにも共有しておいて警戒をしてもらおうと思ったのだけど……『P』に連絡しても繋がらない。

 これが普通の電話なら相手が忙しいのか、とか思うんだけど……相手はプロメテウスだからなぁ……。

 ドクター・フーらしき人物を見たことと関係があるのかどうか――どうしても嫌な想像をしてしまう。


 でも、ドクター・フーのことはともかくプロメテウスについては誰にも言うわけにはいかない――既に『ゲーム』から降りているピッピならば話せるかもしれないが、いかに友達フレンドとはいえトンコツにも話すことは出来ない。

 この心配は今は私の胸の中に秘めておくしかないだろう。近いうちにもう一度ピッピのところに行って会話したいところではあるが……果たしてそれで解決するかどうかは怪しい。

 ……嫌な感じだ。私の思い過ごしであればいいんだけど……。




*  *  *  *  *




”…………話には聞いていたが、なんというか……”


 で、午後に美々香が連れて来たトンコツと対面だ。

 直接顔を合わせるのは久しぶりかな? ヘパイストスの件が終わった時以来だったと思う。時々チャットはしてたんだけどね。

 事前に美々香から話は聞いていただろうし、飛び上がるほど驚いたわけではなかったけど、それでもやはり驚きがないわけではない。

 『ぽかんとしている』という表現がピッタリだろう。


「私が一番驚いているよ。まぁ流石にもう慣れたけどね」

”……それを『慣れた』の一言で済ませるのも大概だと思うが……”


 ごもっとも。

 とは言っても、今の身体の方が本来の身体に近いわけだし、慣れるというか感覚が戻るという方が正しいと思う。

 不便になったこともないわけじゃないけど、やっぱり私の意識自体は『人間』なわけだし、『人間』の体が一番しっくりくるかな。

 ……ありすや桃香にも抵抗しやすいしね……。


”一応言っておくが、俺にはさっぱりわからんぞ?”

「あ、うん。まぁそうだよね……」


 プロメテウスもピッピもわからないのだし、トンコツがわかったらそれはそれでびっくりだ。


”普通の人間……なんだよな?”

「うん、特に異常はないみたい――まぁこの辺はジュウベェだった子も同じだったから何とも言えない感じだけどね」

”そうだな”


 プロメテウスが保証はしてくれたけど、彼についてはトンコツには話せない。

 彼も知っているであろう情報で適当に濁しておくこととした。

 ちなみに、あやめにお願いして高雄先生に健康診断をしてもらいはした。そこまで精密な検査はしていないけど、やはり特におかしな点は見当たらなかったと言われている。

 まぁこのあたりは私自身の感覚でも変なところはないかなとは思っている。

 ご飯は普通に食べられるし、食べたらトイレ行きたくなるし、味覚とか聴覚とかも変に感じることはない――体力だけが異様に低い上に運動能力が壊滅的っていうのは大問題ではあるけど。

 そうそう、ちなみに体力というかスタミナだけど、『ゲーム』内に入った途端なぜか今まで通り『無限のスタミナ』になることがわかっている。

 ……ただし運動能力だけは現実世界と同じで壊滅的なままだったりする。だから無限に走り続けることはできるんだけど、めちゃくちゃノロノロとした走りしかできないという何とも言えない状態である……。

 いや、まぁ私が自分の足で走って逃げなきゃいけない状況なんて、もう全滅が目の前に見えているような最悪の状況なんだからあんまり意味ないかなとも思うけど。


「そうだ。今更だけど、なぜか現実世界で使い魔の機能が使えなくなっちゃったんだ。

 だからチャットとか反応が遅れちゃうかもしれない」

”ああ、わかった。とはいえ、もうそろそろ『ゲーム』も終わりだし、ヘパイストスの時みたいな連絡を取り合わなきゃならんこともないとは思うがな……”

「だといいんだけどねぇ……」


 トンコツも口には出さないがわかっているだろう。

 ゼウスがどう動くか――すべてはそこ次第だということに。

 流石にヘパイストスみたいなとんでもない手段で広範囲に影響を及ぼすようなことはしない、とは思いたいけど……保証なんて全くないしね。

 それに仮にゼウスが動き出したとしたら、使い魔の立場からだと手も足も出せないかもしれない。

 ……プロメテウスと連絡がつかなくなったことと言い、不安の種は尽きないな……。




 トンコツとの直接対面はそんな感じで終わった。

 そこからは参加できるメンバーは集まってクエストに行ったり、休憩でおしゃべりしたり……と普通に過ごしていた。


「トンコツは今日どうするの?」

「え、師匠もお泊りでしょ?」

”……俺もか? いや、確かに一人じゃ帰れんが……いいのか?”

「ん? 別に構わない」

「ですわね、トンコツ様もどうぞですわ♡」

”む、むぅ……おまえらがいいのなら……”


 思わぬ歓迎ムードにトンコツも戸惑っているみたいだ。

 まぁ既に一度皆のお泊り会にも参加しているしね。今更だろう。

 ……ただ、一応『男』だしお風呂だけは別だけどね……S世界の住人には『性別』自体がないみたいだけど、流石に気分の問題的に、ね……。


”? お、運営からの通知が来たようだ”

「え、ほんと? ……むぅ、通知も見えないかー……」


 この点はちょっと不便だな……。

 見逃しちゃ拙い通知を見逃しかねないのがちょっと怖いかも。


「マイルーム行って確認してみる。ちょっと待ってて」

”そうか、今のお前だと見えないんだな。わかった、俺もマイルームに移動する。内容次第では話し合いが必要かもしれんしな”

「ありがとう、お願い」

「んー、じゃあわたしたちも移動する?」

「それではわたくしは残って皆さまの身体をお守り――」

「私が見ていますので、桃香も行ってきなさい」

「……むぅ」


 危ない、桃香一人残していったら何をされるかわかったもんじゃない……!

 あやめが留守番を引き受けてくれたので一安心だ。

 不満げな桃香も連れ、私たちはマイルームへと揃って移動した。




「! これは……」


 マイルーム内であればやっぱり使い魔の機能は使えるようになっている。

 運営の通知も同じだ。内容も確認できたのだが、その内容がかなりの問題だった。


『”おい、ラビ”』

「うん、私も確認した」


 これは話し合いが必要な内容かもしれない。

 ……話し合ったところでどうなるかって話でもあるんだけど……。


『”どうやら、大詰めらしいな”』


 トンコツが少し嬉しそうな声音だったのは勘違いではないだろう。

 ……まぁ彼は深いところの事情を知らないわけだし仕方ないところはあるが。


「うん……いよいよって感じだ」


 私としても浮足立つ内容と言わざるを得ない。

 運営からの通知のタイトルは――




 勝者決定戦開催のお知らせ




 だった。

 ……なるほど、こういう方向性で来たかって感じだ。

 細かい内容は要約すると以下の通りだ。




・勝利条件を満たしたチームが複数あるため、『対戦』によって勝敗を決定する

・参加可能なのは、称号『全てを超えしもの』を持っているユニット、及びその使い魔のみ

・対戦は特別なフィールドで行う

・BET額はなし、使い魔へのダイレクトアタックは不可。その他は通常対戦と同じ制約となる

・開催日時は『ゲーム』終了当日の12時ちょうど

・参加しない場合は自動的に敗北として扱う




 むーん……。


『”お前らは参加できるんだよな、当然?”』

「うん、まぁね」


 参加資格は持っている。

 辞退したら自動的に敗北扱いになるってことは、参加しないわけにはいかないよね……それはまぁいい。むしろ、ミトラたちが辞退してくれたら嬉しいくらいだ。


「時間が面倒くさいな……」


 渋っているのは、勝者決定戦の開始時刻が昼の12時というところだろう。

 『ゲーム』終了当日は3/31――今年は土曜日だ。どちらにしても春休み中だし学校を気にする必要はない。

 けど、ちょうどお昼ご飯の時間帯ってのがなー……ちょっと早めに食べて準備しないとダメかな。で、その後は昼寝するという体で部屋に籠るしかなさそう。

 まぁ最悪、今回関わっているのは私とありすだけだし、何とか誤魔化すことはできそうだけど。


「……お泊り会、来週にすればよかったですわね……」

『まー、仕方ないんじゃない? 予想できなかったし』

「だねぇ」


 仮にお泊り会が出来たとしても、やっぱり昼12時はちょっと難しかったかもしれないね。桃香の家でお昼ご飯……とはなかなかいかないだろうし。


『”おめでとう……でいいのか?”』

「いいんじゃないかな、多分……」


 曖昧だった勝利条件がこれではっきりするわけだし。


『”っていうか、俺にも連絡が来たが……参加資格の有無に限らず全員に送りつけてんのかね?”』

「どうなんだろう? ヨーム辺りに聞いてみたら?」

『”確かにそうだな。ちょっと後で聞いてみるわ。

 まぁこの通知見て参加資格もないのに喜ぶやつはいねーとは思うけどな”』


 そそっかしい人ならありえない話ではないけどね……。文章読み飛ばしてるのに読んだ気になる人って、きっとS世界にもいるんだろうなぁ……。


「ん、シンプルになった」


 ありすはというと、小さく笑みを浮かべている。

 ……彼女からしてみれば、お流れになりそうだったケイオス・ロア美鈴との決着がつけられるようになったわけだし、その対戦で勝てば『ゲームの勝者』となれるとはっきりしているしでいいことづくめと思っているのだろう。

 結果的にシンプルにはなったから私としてもありがたいと言えばそうなんだけど……。


「……悩んでも仕方ないか。最後の戦いに皆で参加できないってのは残念だけど――」

「仕方ありませんわ。わたくしたちも参加できたとしたら、数で勝ってしまいますもの」

『そーだねー。そしたらラビちゃんたちが勝ち確定かもだけど、不平等だもんね』


 数の暴力でどうにかできちゃいかねないからね。

 ……ただなぁ。記憶にないからありすたちから聞いただけだけど、ミトラチームの戦闘班3人はいずれもとんでもない強さみたいなんだよね。フランシーヌだって単独でどんな相手とも戦える強さだったみたいだし。

 フルメンバーで戦えたからと言って余裕で勝てるとは全く思わない。ましてや、今回はアリス一人で戦うことが確定しているわけだしね。


「では、ここから一週間はありすさんの強化のためのジェム集め……でしょうか?」

「ん。でも、モンスター図鑑埋めは続けた方がいいと思う」

「そうだね。流石にこの通知まで出しておいて、当日になっていきなり『勝ち確定のチームが現れました』はやらないと思うけど……」


 一週間で様々なポイントを考慮して、単独で勝者となれるチームが現れないとは限らない。

 僅差であれば対戦で雌雄を決するつもりだったけど、圧倒的差ができたのでやめまーす、とか言ってもおかしくないからね……。

 二人の言う通り、ここからはアリスの強化をやれるだけやってしまうのと、モンスター図鑑埋めの継続……かな。


『”俺らじゃあんま助けになれねーかもだが、対戦で新技の練習とかに付き合ってやれるな”』

『うぐ、恋墨ちゃんの練習台かー……ちょっと怖いけど、あたしたちもやれることは協力するよ!』

『”都合がつけば、バトーのとこの二人組とかも対戦相手としては申し分なさそうだしな。ラビさえ良ければ知り合いに声をかけてみるが”』

「どう、ありす?」

「ん。皆と全力でバトる最後のチャンス……わたし、皆と戦いたい!」


 キラキラと目を輝かせるありす。

 この最終局面に至っても、ありすは『ゲーム』をゲームとして楽しむというスタンスを崩してはいない。

 残り一週間――それを過ぎたらもう二度と皆と一緒に『ゲーム』に参加することはできなくなってしまうかもしれない。猶予期間もあるとはいうけど、どのくらいあるのかもわからないしそもそも本当にあるかもわからない。

 最後の勝者を決める対戦へと向けての準備で、今まで戦うことのできなかった『友』たちとも戦ってみたい。最後に皆で大暴れしたい……そんなことを考えているのだろう。


「全く……トンコツ、悪いけど」

『”ああ。他のやつらとの調整は任せろ。

 ……ったく、まさかおまえらとこんなに長く付き合うことになるとはなぁ”』


 全くだね。

 最初の印象は『うさんくさい』だったけど、なんだかんだで一番長い付き合いの友達がトンコツだと言えるだろう。

 ……色々と感慨深いものがあるね。

 とはいえまだ全部が終わったわけではない。

 最後の戦いに勝利するため、私も全力でありすの手助けをしなければ――そう決意を改める。


「プラムとの戦いもできればやりたいかもね。あやめ伝いで声をかけてみようかな。あ、そうすればライドウたちもいけるかも?」

『”プラムとやらがこっちに来さえすれば、使い魔の方は俺から連絡できるぜ。ライドウの旦那は――まぁ問題ないだろう”』


 ライドウチームは、まぁ……積極的に戦闘したがるかは微妙だけどね。


「あとは、わたしたちのチームの皆とも戦いたい」

「わかったわかった。チーム内対戦もやろうか」


 これは流石にウリエラサリエラは単独ではやらないだろうけど。

 わかっている範囲では三つ巴戦は確定している。状況次第では多対一にもなりかねない。

 そう考えると、チーム内でもアリスvs複数とかもやってみてもいいかもしれないね。

 そしてこれで最後なのだ、アリスのステータスを上げられるだけ上げてしまおう。もしものことを考えてアイテム補充だけは怠らないようにしなきゃだけど、ジェムを残しておいてもそんなに意味はないだろうし使い切るまで育ててしまっていいと思う。


「皆にも遠隔通話で伝えて――そうだ、お疲れ様会もこの日がいいかもね」

「ん。わたしたちが大勝利して、みんなで打ち上げ!」

「うふふっ♡ でしたらあやめお姉ちゃんにお願いしておきますわね♡」

『うーん、あたしも行きたいけど……いや、その会は流石に遠慮しておくかな。でも、後で皆のお祝いはするよー!』

『”……気が早ぇな、おまえら”』


 呆れたように、でもトンコツもどこか嬉しそうにそう言っていた。

 うん。でもみんなの気持ちはわかる。

 これで本当に終わるのだ――私たちの『ゲーム』が。

 終わったその後どうなるのかは誰にもわからない。

 ……もしかしたらお別れの言葉を交わす暇もなく、皆の記憶が消え、使い魔たちもいなくなってしまうのかもしれない。

 だから――次に集まるのが本当の最後になるかもしれないのだ。




 先のことを口に出したら暗くなってしまうし、何より戦い自体はまだ終わっていない。

 プロメテウスとゼウス、そしてドクター・フーと不安なことはあるけれども……。

 今だけは、皆と楽しいことだけを考えて過ごしたい。

 そして願わくば、そんな楽しい日常が『ゲーム』が終わった後も続きますように――そこに私はいないかもしれないけど、そう願わずにはいられなかった。

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