第11章17話 ラヴィニアの子供恋愛相談室 ~出張版?

「………………」

「? ボス、どうかした?」

「ううん、何でもないよ」


 クエスト内、クロエラの霊装のサイドカーに乗った状態で私は『あること』を試してみた。

 ……が結果は失敗。どうしても『できる』という確信が湧いてこないのだ。

 ふむ、となると――ますますわからなくなってくるんだけど……。

 『この件』に関してはプロメテウスにも既に話してはいる。

 が、彼にも『わからぬ』と言われてしまっているんだよね……プロメテウスにわからないのであれば、もう誰に聞いてもダメだろうと思う。

 知っているかもしれないのはゼウスとガイアくらいか。どちらにも聞くことはできないから、私にとっては『お手上げ』としか言いようがない。

 ……楓たちに相談するか。ありすたちに余計な心配はかけたくないし、楓、椛、後は千夏君とあやめの年長者たちにだけ話してみるかなー……。


「! ボス、ちょっと飛ばすよ!」

「うん! しっかり掴まってる!」


 少し離れた位置で戦況を見守っていた私たちだったけど、こちらへと向けて小型モンスターの群れが突進しようとしているのが見えた。

 クロエラがバイクで飛ばせば十分逃げ切れる――反撃は私がいるとちょっと難しいかもしれない。

 となると――


『ヴィヴィアン、私たちの方に召喚獣を! ルナホーク、アリスたちの援護は!?』

『かしこまりました、ご主人様!』

『サブマスター、パートナー・ジュリエッタは優勢です。召喚獣の援護で時間を稼ぎ次第、当機もマスターの護衛につきます』


 アリス、ジュリエッタが前方で大型モンスターと格闘している状態だ。

 それをヴィヴィアンがサポートしているけど、彼女なら追加の召喚獣を呼び出してこちらの救援もできる。

 小型モンスターの群れを全て倒す必要はない。

 クロエラが振り切り、安全圏に逃げ切れるまでの時間稼ぎだけでも十分だ。

 その稼いだ時間でルナホークがこちらへと合流――小型の群れを薙ぎ払い、またアリスたちの援護に戻る。この作戦でいけるだろう。


「うーん……私がいると反撃しづらいのが難点だね……」


 完全に皆の足を引っ張ってしまっている。その自覚はあるけど――


「そんなことないよ、ボス。

 ……どっちにしても、ボク一人じゃボスを戦いながら守るのは難しいし……」


 慰められつつ落ち込まれてしまった……。

 うーん、アストラエアの世界での戦い、それにガイア戦でも最終盤までほぼ一人で戦い抜いたことでクロエラにも自信がついたとは思うんだけど、すぐに自己肯定感が増すわけではないか……。

 私が何を考えているのか、顔を見て察したのかフルフェイスメットの下でクロエラが軽く微笑む気配があった。


「でも大丈夫。『誰にも触れられない速さ』がボクにはあるんだ――ボスには絶対に近づかせないよ!」

「うん。クロエラ、ありがとう。頼りにしてる」

「へへ……」


 クロエラの最大の強みは『速さ』だ。

 彼女自身が言う通り『誰にも触れられない』ほどの速さがあれば、事実上の『無敵』であるとも言える。

 そしてこの速さは、他のユニットでは真似することのできない彼女だけの特殊能力である。

 直接敵を倒せる能力だけが優れた能力ではない。どんな攻撃も防ぐ防御力だけが優れた能力ではない。

 むしろ、他の魔法やギフトで代替することのできない、替えの効かない能力だろう。

 ……まぁ脳筋気味のうちの子たちだと若干軽視しがちな能力ではあるんだけどね。私とか楓たちみたいに『裏方』のことを考える性質からすると、むしろ最重要視すべき能力だと思う。

 彼女のことを頼りにしているというのはお世辞なんかじゃない。私は本気で言っている。

 ま、それを言ったらクロエラだけじゃなくて、ユニット全員を心の底から頼りにしているんだけどね。




 さて、今回のクエストだが、今までに戦ったことのない新種のモンスターが相手だった。

 モンスター図鑑埋めという観点から逃す理由はない。

 今日はアリス、ヴィヴィアン、ジュリエッタ、クロエラ、ルナホークの5人が参加――前回の反省から私はクロエラのサイドカーに乗り込むことが確定だ。……ヴィヴィアンは相変わらず不満そうだったけど……。

 で、相手だけど巨大なボスモンスターが1体、中型の取り巻きが5体、更に無数の小型モンスターが延々と湧いてくるというなかなかに大物である。

 全身が鎧のような鱗で覆われた『ブラキオサウルス』のような姿をしたボスモンスターに、槍のような鋭い角を生やした『トリケラトプス』型の取り巻き。加えて無限とも思えるくらいどこからともなく『ヴェロキラプトル』のような小型が駆け付けてくる……という『恐竜』たちとの戦いだった。


 まぁ強いといえば強い相手ではあるんだけど、ドラゴンと違って炎とか吐いてくるわけではない。

 ただやたらとタフだしパワフルな相手……って感じだ。

 そのくらいの相手なら、もはやフルメンバーでなくても割と余裕で戦えるようになっている。

 もちろん油断は禁物だし、そもそも他のチームよりも人数多いんだけどね……。




「何とかなりそうだね」

「うん。流石にこのくらいの相手なら危なげもないかな」


 湧いてきた小型に追い回されるという時はあったものの、それ以外では本当に危なげもなく順調に戦いは推移していった。

 取り巻きのトリケラトプスは既に全滅。

 大ボスのブラキオサウルスも、ジュリエッタのスピードとパワーに翻弄され、アリスとヴィヴィアンに死角から攻撃を受け続け倒れるのも間もなく、と言ったところか。


「あ、あのさ、ボス……」

「? どうしたの、クロエラ? 敵――は来てないみたいだけど」


 おずおずと遠慮がちなクロエラの声に何かが起こったとは思わないけど、反射的にレーダーを確認してみる。

 小型も無限湧きではなかったようで今は近くにはいない――こちらに恐れをなしたか、生き残った少数が遠巻きにいるだけだ。


「えっと、明日の学校なんだけど」

「うん?」

「その……どこかの休み時間、ボクと二人きりで話せないかな……?」

「…………わかった、いいよ」


 あらやだ。これってひょっとして……?

 ――ってのは冗談で、直接顔を合わせて相談したいことがあるってことかな? 内容はちょっと想像つかないけど……。

 相談のお願いも遠隔通話でしないのは――まぁ何となくわかる。私にだけ話しかけているつもりで、他の人に間違えて伝えちゃう可能性はゼロじゃないからね。

 それに、私が一人きりになれる時間って何気に少ないんだよね……『ラヴィニア』になってからは特に。夜遅くは私にしろクロエラ雪彦君にしろ起きてられないし。

 だからクロエラが私の護衛をしながら直接話すことができ、他の皆がモンスターに集中しているこの時を狙ったのだろう。




 私とクロエラがそんなこそこそ話をしている間に、決着がついたみたいだ。

 アリスは大暴れできて満足、ジュリエッタも大量の『肉』を得られて大満足。

 初遭遇のモンスターだったので図鑑埋めが進んで皆満足。

 ……ラヴィニア分を吸えなかったヴィヴィアンだけがちょっと不満げだったけど――いや、これはどうでもいいか。

 ともあれ、今日のクエストは無事に終わったのであった。




 ……それにしてもクロエラ雪彦君の話かぁ……何だろうな、一体?

 …………微妙に私の中の恋愛センサーが反応しているんだけど、私相手ってことはないだろうし……勘違いかな?




*  *  *  *  *




「ラビさんにこんなこと言うのもちょっと変かもしれないんだけど――」


 翌日。

 事前に話していた通り、休み時間に私と雪彦君は人気のない廊下の端っこへと移動していた。

 ……ひっついてくるありすと桃香と美々香を振り切って。

 あの子たちもねー……悪い気はしないんだけどねー……。

 ……ラヴィニアがいる日常に慣れてきたらもう少し変わってくるのかな。ちょっと心配だよ、私は――主に私の身体とプライバシーの心配だけど。

 雪彦君もクラスの女の子を振り切ってこちらに来たらしい。

 モテる……というのかな、あれは。どうも女子からは同性の友達扱いされてることが多いような気がするんだよね、雪彦君は。かといって男子の友達がいないわけではないみたいなので、そこは安心しているけど。

 それはともかく――


「くそぅ、ほんと可愛いなこいつ……」

「え? なに?」

「ううん、何でもないよ」


 もじもじとしている雪彦君を見て思わず本音が出てきてしまった。

 美形なのはわかっているし今までも色々な表情を見て来たけど――いや、マジで可愛いんだよね、雪彦君。

 表情とか仕草とかが女性的なのもあるだろう。その辺は姉妹に囲まれて過ごしているうちに身に付いちゃったものなんだろうけど、それを抜きにしても所作自体が綺麗だと私は思う。

 ……それに、恥ずかしがってもじもじしている様子なんて、まるで告白直前の乙女みたいだ。

 …………張り合う必要なんて全くないはずなのに、ちょっとだけ女として悔しく思えてしまうくらいの可憐さだ。


「それで、どうしたの雪彦君?」

「あ、うん。えっと……えっとね」


 もじもじもじもじ……くそっ、女としての格の差を見せつけやがって……! いや、雪彦君は男だけど。


「その、今更なんだけど、ホワイトデーのお返しをしたいなって思って……」

「……あー、なるほど? 確かにそんな時期だったね……」


 ガイア戦、ラヴィニアの登場と転校とか色々あって結構バタバタしていたんだよね、最近。

 それですっかりと忘れてたんだけど、確かにホワイトデーがついこの前だった。

 バレンタインデーともども、色々とあったからなぁ……リアルのイベントが疎かになってしまっていたか。

 まぁバレンタインに比べればホワイトデーはそこまで……って感じもある。それに、今回のバレンタインも雪彦君個人にというより、性別関係なく仲間内みんなでって感じだったからね。


「ほら、今度皆で集まって『お疲れ様会』やろうっていう話だよね? その時に渡せればいいかなって……」


 桃香 (の欲望ダダ漏れ)の『お泊り会』とは別に、なっちゃんたちも集まってそういうのやろうかって話はちょこっと出ているんだよね。

 場所とかの確保は相変わらずあやめ頼りではあるんだけど、まぁ特に反対する理由はない。

 ……真の意味で『ゲーム』の終わりを迎える前にやるのはどうかなという個人的な想いはあるけど、それは皆に話せないことを多分に含んでいる。

 どちらにしてもある程度のケリはついたとは言えるのだ。やること自体はいいと思う。

 雪彦君はその時にホワイトデーのお返しってことで皆に何かをしてあげたいらしい。


「そうだねぇ……ちょうどいい機会っちゃそうだね。

 雪彦君としては何か考えてることはあるの?」


 ホワイトデーのお返しって何気に難しいよね。ある意味ではバレンタインよりも難易度高いと思う。

 ……極端な話、バレンタインなんて『チョコレート』を配ればそれで済んじゃうからねぇ……ホワイトデーのお返しの方が色々と考えることが多いんじゃないかな。

 ま、大人ならともかく小学生だ。雪彦君の出来る範囲なんてたかが知れているし、主にお礼を受け取るであろうお姉ちゃんズは何をもらったとしても喜んでくれるだろう――むしろ雪彦君が背伸びして無理した方が心配になるくらいだと思う。


「えっと……ホワイトデーってお菓子とかでいいんだよね?」

「そうだね」

「……先週とかだったら、お店でホワイトデーフェアとかやってたかなぁ……」

「確かに」


 私もうっかりしていたし、何よりも混乱の元凶だから何も言えない……。

 スーパーとかコンビニとかで、ホワイトデーのコーナーとかあったよね、きっと。過ぎちゃった今は厳しいかなー……1~2日くらいなら『売れ残り処分』ってことでまだ残ってたりするんだけど。


「僕のお小遣いだと、お菓子以外は難しい……」

「そりゃあね」


 定番だとアクセサリーとかもありなんだけど、それを小学生に求める女はアウトだろうし楓たちだってまだ早い年齢だろう。

 雪彦君に無理のない範囲でのお返しとなるとお菓子しかないかな、やっぱり。

 かといって今普通に売ってるお菓子の詰め合わせじゃ味気ないかなーって気もするし……うーん……。


「だ、だからね、ラビさん」

「……うん」


 嫌な予感がするなぁ……。


「鷹月コーチみたいに手作りしようかなって思ったんだけど――僕じゃ無理かなぁ?」


 ……やっぱりそう来たか。

 うーん……男子小学生がホワイトデーのお返しに手作りって、ハードルが高いとは思うんだけど……作るの自体もそうだけど材料や道具揃えるのもなー……。


「…………わかった。流石に私一人では無理があるから、あやめにも協力してもらうことになるけど構わないかな?」


 雪彦君の気持ちには応えてあげたい。

 幸いにも先月のバレンタインの時にあやめの手元に道具が揃っているのは確認しているし、日持ちする材料ならまだ残っている――この前のお料理教室でそれも確認している。

 ……あやめのお料理教室に付き合ってるんだ、このくらいは彼女に手伝ってもらっても罰は当たらないだろう。


「う、うん! 鷹月コーチにも秘密にするのはちょっと難しいよね、そりゃ……」


 本来なら家族である楓たちに助力をお願いするのが先だと思うんだけど――

 ちょっとほっとしたような雪彦君の顔を見る限り、私の予想は間違っていないだろうと確信する。

 要するに、雪彦君の本当の目的はお姉ちゃんたち楓と椛なのだ。

 二人にホワイトデーのお返しをしたいので、こっそりとやろうとしていたのだろう。だから、姉たちではなく私に相談したのだと思う。

 もちろんあやめにもお返しをしたいとは思っているだろうけど、『本命』はあくまでも姉たちなのだ。

 ……ま、気持ちはわかる。普段から一緒に過ごしていて自分のことを助けてくれて、それでいて美人の姉が二人もいるのだ――姉と言いつつ実態は『従姉』である。そりゃ『男の子』としては、ね。

 とはいえ、雪彦君が一人でどうにかするのは難しい。私が協力するにしたって、今の私も小学生だ。やれることなんてたかがしれている。

 なのであやめの協力は不可欠である。ここだけは譲れない。


「……ありすや桃香たちにもバレちゃうかなー……口止めはさせておかないとね」

「そうだね。仕方ないよね……」


 事前に言っておけば、わざと楓たちにバラすようなことはしないと思うけど。

 問題は、楓たちが勘付くかもしれないってところなんだよねー……あの二人、頭脳派でありながらも勘も鋭い閃き派でもあるからなー。

 ま、これだけは心配しても仕方ないか。それにあの二人なら、雪彦君が危険なことをしているわけではないとわかれば、気付かないフリして黙っててくれそうではある――私に対してチクリと言ってきそうな気はするけどねー。


「うん、良し。じゃあそうと決まれば善は急げだ。

 雪彦君、今日から早速いける?」

「大丈夫! 一度家に帰ってから遊びに行くって言えば、姉ちゃんたちも特に言ってこないと思うし」

「時間がちょっと厳しいけど、まぁ何とかなるでしょ」


 学校がある間は放課後だけ。

 で週末には『お泊り会』があるからちょっと難しいけど、春休みに入って『お疲れ様会』までに日数はある。

 まぁ何とかなるでしょ。お試しで練習して、本番は『お疲れ様会』直前だ。


「あやめには私から連絡して予定空けさせておくよ」

「え、僕のせいだし……僕から言おうと思ってたけど」

「いや、大丈夫だよ。その方が話も早いしね」


 雪彦君からお願いするのが筋ってもんだけど、そもそもホワイトデーのお返しが遅れたのは私絡みでバタバタしてたせいだし。

 だからある意味では雪彦君のせいではなく私のせいなんだよね、今回の件は。

 あやめに話し通すのも私からの方が効果があるだろう。

 ……仮に嫌だって断られても押し通す自信があるぞー。ま、あやめも嫌とは言うまいが。


「おっと、休み時間もそろそろ終わっちゃうかな?

 教室に戻ろうか」

「そ、そうだね。

 ……その、ありがとう、ラビさん!」


 雪彦君が微笑み、ぎゅっと手を握ってくる。

 ……くそう、本当に可愛いな。一瞬ドキッとしちゃったぞ。


「お礼を言うのはまだ早いよ。言っておくけど、私、ビシビシいくからね!」

「う、うん! 僕、がんばるよ!」


 色々と忙しいけど――『ゲーム』のことを抜きにして、こういう感じで忙しく過ごすというのも悪くないよね、私はそう思うのだった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「す、昴流君と転校生が……!?」


 一方で、雪彦とラヴィニアが『逢引』をしている様子を目撃していた少女が一人……。

 少し距離が離れていたため話している内容は聞こえなかったが。


「!? 手、手を握って……ああ、そんな……」


 声は聞こえずとも、親し気な二人の雰囲気とロケーションを考えると――少女には答えは一つしかなかった。




 ……こうして、一人の少女の淡い恋心に深い傷が残ったのだが――それに関与した雪彦とラヴィニアは知ることはなかったのだった。

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