第11章15話 ラヴィニアのお料理教室 ~完結編

 な、……!?




 私は混乱していた。

 今いるのは自室。時刻は昼過ぎ――この後出かけるんだけど、思ったより早く自分の準備が終わったため少し時間の余裕が出来た。

 で、そこで冗談で『あること』をしてみたんだけど……。

 のだ。

 いや、仮に出来たとしても、自分の部屋で出来るとは思わなかったし、出来てしまったこと自体がおかしい。

 ……誰かに相談すべきか? いや、しかし――




「ラヴィニア」

「! ありす……部屋に入る時はノックしてって言ってるでしょ」


 私の部屋へと近寄ってくる足音が聞こえたため、慌てて私は――これも予想通りと言うべきか予想外と言うべきか迷うが、やはり

 ともあれ、部屋に入って来たのはありすだった。

 ……ノックしろって毎回言ってるのに、唐突に入ってくるのはなぁ……家族であっても個室にはノックすべきだと思うんだけど。


「……? ラヴィニア?」


 と、私のお説教などどこ吹く風のありすだったけど、何かを感じ取ったか首をかくんと傾げる。

 ……、と思うが私の内心の混乱を感じたのだろう。


「どうかしたの、ありす?」


 迷ったのは一瞬。

 私は惚けることにした。

 まだ――いや、皆に話すには早い。私自身も把握できていないことが多すぎて、どう話せばいいのか見当もつかないのだから。


「んー……?」


 ……この子、妙に鋭い時があるからなぁ……。

 私が何やら隠し事をしているのではないかと疑っているが――


「ありすも準備が出来たんなら行こう。桃香たちも待ってるよ」

「んー、わかった」


 私のやや強引な言葉に少し納得はいっていないようだがありすも頷く。

 あまり時間をかけているわけにもいかないのはわかっているのだろう。

 ……いつか話せる時が来ればいいんだけど、この件については正直何とも言えないし話したところで解決するとも思えない――むしろ、楓たち辺りに話したら不安を煽るだけになってしまうかもしれない。

 当分の間は黙っておこう。そして、私一人で検証を進めてわかったことがあれば共有……かな。プロメテウスやピッピと話せる機会があれば念のため話しておく方がいいかもしれないが……いや、ちょっと微妙かもしれない。

 とにかく偶然知ってしまった『私の秘密』については、私の胸の内に秘めておくことにするのだった。




*  *  *  *  *




 さて、本日は土曜――午後にいつものように集まろうという話になったのだが、私だけちょっと別件だ。


「よろしくお願いいたします、ラビ様」

「うん、まぁもういいけどね……」


 ありすたち女子小学生ズが部屋に集まって遊んでいる間、私はあやめと共に台所にやってきていた。

 …………そう、いつも通りの『お料理教室』だ……。

 流石にもうやだよと思ったものの、春休み中に予定しているお泊り会にてあやめがご飯を作りたい! と意気込んでいるのに押し切られてしまった形だ。

 まぁあやめもいつまでも料理できないままってのも将来的に困るだろうし――結婚するしないに関係なく料理はできるに越したことはないだろう――乗りかかった船でもある。

 それに、私の身体が『ラヴィニア』となったことで『ラビ』の時とは違い手を使うこともできるようになった。

 『お手本』も見せやすくなるし、文字通り手取り足取り教えることもできると思う。

 ……小学生に教わる高校生っていうのもどうなんだって思うけど……小動物に教わるよりは一応見た目はマシっちゃマシか。


「それで、本日はどのようなメニューを……?」


 あやめの目がキラキラと輝いているのは気のせいではないだろう。

 自信を持つのはいいことだとは思うけど、自信が持てるようなこと何もなかったと思うけどなぁ……。

 ともかく、今日作るものは『ご飯』だ。

 ちょっとしたお菓子とかならあやめも一人で作れるようになったけど、『ご飯』はまだだ。

 ……その辺応用でどうにかならんのかなぁと思わないでもないが。


「うん、事前に鮮美あざみさんにも相談して準備してもらってあるよ。

 今日は『牛丼』を作ろう」


 流石にオヤツではなく晩御飯に出すメニューだ。失敗したその時に皆してご飯抜き、なんて目には遭わせられない。

 あやめにお料理教室をお願いされた後、メニューの相談と買い物のために鮮美さんに先に相談してあった。

 鮮美さんが私に感謝を示しつつも自分の娘に呆れていた様子だったのは……これまた私の気のせいではないだろうな……。


「……牛丼ですかぁ?」


 と、当のあやめは拍子抜けというか何というか、予想だにしなかったであろうメニューに首をかしげている。


「そう、牛丼」


 私は大真面目だ。

 女子小学生のお泊り会に出すメニューとしては確かにどうなんだ、と思わないでもないけど……ありすも美々香も、もうそんな畏まって豪勢なメニューを出すような間柄でもないし、何よりも『あやめが作れるもの』『子供も大人も満足できるもの』と考えた結果である。

 皆大好きお肉を使うし満足感は十分。育ち盛りの小学生ズの栄養にも申し分なし。

 そしてあやめでも失敗せずに作れる……はずの、ベストな選択だと私は思う。

 でもあやめは不満そうだ。


「牛丼は――おしゃれじゃないですね」

「…………」


 苦笑いしつつ、やんわりと『それは嫌だなー』と訴えてくるあやめ。

 気持ちはわかるよ?

 あれでしょ? きっと『女子力』高めの何かこう……キラキラしたえるメニューを作りたいってことでしょ?


「!? ら、ラビ様……!?」


 意識したわけではないけど、地声よりもかなり低めの――『圧』の籠った私の声にあやめもビクっとなる。

 ……いや、私自身もびっくりだ。牛丼を否定されたことにちょっとピキってきているとは……。


「牛丼はなんだ!」

「あ、あの……」

「肉、米、タレ! まずこれだけでカロリーは十分!

 そこにサラダを加えて野菜分も摂る!

 味噌汁も加えよう! 具はお好みでいいけど、私は豆腐とワカメを推すね! シジミでも可!」

「ラビ様……?」

「これで必要な栄養素は全て揃う! 付け合わせはお好みでどうぞ! デザートもお好みだけど、私的にはフルーツの自然な甘味がおすすめかな!? あんまり量は取らないようにね!」

「…………」


 私の説得にあやめも納得したようで、反論することなく神妙な表情で聞いてくれている。

 うん、わかってくれて何よりだ。


「というわけで、牛丼を作ろう。

 あ、もし豪華さが足りないっていうなら、いっそのこと『すき焼き』にしちゃってもいいかもね。野菜分もこれなら取れるし――まぁサラダにした方がさっぱりするかなと私は思うけど。

 育ち盛りの子たちにとってもよし、お仕事している桃太郎さんたちにもよし。桃也君は――まぁよしでしょ」


 女性もダイエットとか意識するならちょっと考えなければならないけどね。

 けど、お店じゃなくて家庭で作る牛丼であればお肉とツユの量を調整すればいいだけの話だ。

 ふむ。そうなるとサラダのバリエーションを増やすか。彩りを考えてトマト以外を考えるか? 健康を考えるとオニオンをメインにしてみるのがいいかなと思うけど、牛丼にもオニオンは入れるしなぁ……うーん、その辺りはもうちょっと詰める必要あるか。


「…………その、ラビ様」

「うん? どうしたの、あやめ?」


 おっと、ついつい熱くなってしまった。

 遠慮がちなあやめの言葉に我に返る。

 ……前世で残業続きでご飯を食べる気力もなかった時、先輩から「しっかり食べろよ、りょうちゃん。身体がもたないぞ!」と言われて教えられたのが牛丼+サラダセット完全栄養食なんだよね。

 実際、その時コンビニの総菜パンとかお弁当ばかりで栄養も偏ってたし、随分とエネルギーを補給できたと思う。

 だからこそ! 牛丼という完全栄養食を皆に勧めたいのだ! 牛丼オンリーじゃなくてサラダとかサイドメニューもないと逆に栄養偏っちゃうけどね。

 それはともかく、あやめはと言うと……いつもの飄々とした雰囲気もなく戸惑っているようだ。

 私の勢いに圧されちゃったかな。申し訳ない……。

 そう思っていた私だったけど、続くあやめの言葉に――


「えっと、もうちょっとこう……フルコースとまでは言いませんが、おしゃれな料理を頑張ってみる、というのはいかがでしょうか? その、ありす様も美々香様もお客様なわけですし――」


 私はブチ切れた。

 ブチ殺すぞ、小娘が……!!


「――あやめ」

「は、はい!?」


 私の発する怒気にあやめが圧されているのがわかる。

 ……でも、まぁ……私の『怒り』が理不尽なものではないことは、きっとあやめもわかってくれるはずだ。

 …………最悪でも、あやめがわからずとも鮮美さんを始めとした桜家の大人たちはわかってくれるだろう。


「……自分の料理の腕をもうちょっと自覚しなさい!!」

「お、お言葉ですがラビ様! 私も様々な経験を積みましたし、もう少し映える料理もいけるんじゃないかなーって思うのですが……」


 こやつめ、本音を漏らしよったわ。


「ふーん。じゃああやめはお米はちゃんと炊けるんだよね? 牛丼用のお肉の調理も完璧にこなせるんだよね? お味噌汁もインスタントじゃなくて出汁から取ってちゃんと作れるんだよねぇ!?」

「う、あ、あぁ……」


 できないのは知ってるけど。


「おおさじとこさじの区別はつく? 弱火と中火と強火の使い分けはできる? 今回は電子レンジもオーブンも使わないで全部あやめの目で見て判断しなきゃダメなメニューだよ? っていうか、ほとんどの料理は皆そうだよ?」

「こ、コンロ……怖い……」

「おしゃれな料理ぃ? 100年早いわ!!」

「ひぃ……!? お、お許しください、ラビ様……!」


 あやめも悔い改めてくれたようだ。

 ……まぁちょっと大げさに言いはしたけど、あやめの不器用さと知識のなさを考えると――正直彼女の思う『おしゃれな料理』を作るなんて夢のまた夢だろう。

 お菓子作りは覚えたけど、『ご飯』を作るための基礎が全くできていないのだ。まぁ100%まともなものは作れないだろう。

 一応揚げ物とかも鮮美さんとも相談したんだけど、ガチで火事が起きかねないということで危険の少なそうな……そして失敗も滅多にしないだろう煮物系にしたのだ。私だって、私情で牛丼を選んだわけではない。

 肉を焼くだけなら……とも考えたんだけどね。焼き過ぎて墨の塊を量産するのが目に見えていたので、多少煮過ぎても食べられるであろう牛丼にしたのである。

 ま、私が隣で見てればそうそう大きな失敗はしなとは思うけど……。


「――というわけで、今回は牛丼で決まりね。これは鮮美さんとの決定事項だし覆らないからね!」

「……はい。よろしくお願いいたします……」

「良し。じゃあビシビシ行くよ! まずは――うん、やっぱりご飯をちゃんと炊くところからいこうか」


 お菓子は食べられなくても死にゃしないけど、食べられないご飯を出されたら大変なことになる。

 今まで以上に厳しく鍛えてあげないとありすたちの身も危ないし、あやめのためにもならない。

 ……見た目的には女子小学生にしごかれる女子高生という奇妙なことになっちゃうけど、今回ばかりは構っていられない。


「はい、じゃあやるよ。ちなみに、失敗したやつでも今日のあやめの晩御飯にするからね!」

「ひぃ……!?」


 流石に食べられないくらい失敗したものは捨てるしかないけどね……。

 次のお泊り会までの間に『お料理教室』を開ける日数は少ない。というか、ほぼ今日しかないくらいだ。

 スパルタになってでも今日中にやり切らなければ……と私の方も必死だ。

 ……あやめの料理の腕次第では、お泊り会に参加する私にも被害が及ぶわけだしね……。


「まずはお米を炊くところから!」

「は、はい!」


 あやめも必死になって行動する。

 ……まぁ彼女は器用だし、その気になってちゃんと覚えれば私の指導なんてなくても幾らでも応用が効くようになるだろう。

 頑張ろう、私も、あやめも……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「……お料理、怖い」

「怖いですわ……わたくし、お料理はきっとやれませんわ……」

「あ、あたしも……むぅ、でもカナ姉ちゃんも料理微妙なんだよなー……」


 ラヴィニアとあやめの料理教室がどのようなものなのか、興味の湧いた女子小学生たちが覗き見をしており、鬼気迫るラヴィニアと半泣きのあやめの姿を見てそのような感想を抱いたことを――当の本人たちは知る由もなかった。




 ――その後、覗き見をしていた彼女たちも巻き込んで、あやめとの料理教室の恒例となった七魅一味との激しい料理バトルが繰り広げられることになるのだが――それはまた別の話である。

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