第11章14話 信じて送り出したラヴィニアが以下略

「うぇ~い、あーちゃん見ってるぅ~?」

「う、うぇい? ……え、フーちゃんのノリがわからないにゃ……」

「これからうーちゃんと楽しいことしちゃいま~す」

「えっと、し、しちゃうにゃー」

「ちゃーう!!」

「…………なんで僕の部屋でやるの!?」




 ある日の放課後。

 雪彦君の家へとやって来た私とありす。

 二人はクラスの図書委員であり、春休みに向けてのあれやこれが図書委員の仕事としてある。その相談のためという名目で集まったのだった――私は別にいる必要ないんだけど……まぁそれはいい。

 で、目的となる相談をしていてしばらくしてから、いつかの時のようにおかんムーブをする椛と、私たちが来ていると知ったなっちゃんが乱入。どさくさ紛れに楓までやってきたのだった。

 私は別に図書委員でもないし暇だったので、じゃあなっちゃんとイチャイチャしてようかなと思ってたんだけど……。

 ありすたちの相談が一段落ついたのを見計らって、雪彦君のベッドの上に楓に連れられていってさっきの寸劇――というわけだった。


「……はいはい、楓も椛も雪彦君たちの邪魔しちゃダメでしょ」

「!? あ、あたし巻き込まれただけにゃ!?」

「ふーたんもはなたんも、めっなんだよ! ねー、うーたん?」

「そうだよねー、なっちゃん?」


 かわゆい。

 ああもう、本当に可愛いなぁ……。

 いや可愛いのはわかってたんだけど、自分の身体がなっちゃんより大きくなったおかげでより可愛さがはっきりわかるようになった。

 ……前の身体だと、どちらかというと私の方がなっちゃんに可愛がられる側だったからね……。

 膝の上に乗せてイチャイチャしてるけど、本当に可愛い♡ 前世での甥っ子姪っ子の小さかった時を思い出すなぁ……。


「まぁとにかく、ありすたちの邪魔しちゃ悪いし別の部屋行こうか」

「ん、だいじょーぶ。もう終わったからスバルは用済み」

「ひどいよ!?」


 ほんとにね……。


「そう? じゃあ、撫子。お着替えしようか?」

「するー!」

「? なっちゃんがお着替え?」

「そうにゃー。実は――」


 ふふふっ、と嬉しさを隠しきれないといった感じで含み笑いをしつつ、ちょっと溜めてから椛が言う。


「なっちゃんの幼稚園の制服が来てるんにゃー!」

「おお! もう出来たんだ! ……でもいいの?」

「うん。うーちゃんたちにも見せたいって撫子が言ってたからちょうどいいかなって」

「ん。ナデシコの制服、見たい」


 恋墨家近くの幼稚園に、来月からなっちゃんも通うというのは前から聞いていた。

 そこの制服が出来て、私たちにもお披露目してくれるということらしい。

 もちろん、親御さんたちは一足先に見ているだろうし……まぁ楓たちがオーケー出しているのなら問題ないだろう。

 ……来月に私がいるかどうかわからないのだ、なっちゃんの制服姿を見れるのも今だけかもしれないしお言葉に甘えさせてもらうこととしよう。


「ハナちゃん」

「ほいよーフーちゃん。制服持ってきてるにゃー」

「だからなんで僕の部屋で――いや、もういいよ……」


 雪彦君も諦めたらしい。

 椛が持ち込んでいた紙袋の中から畳まれた制服を取り出し、そのままお着替え開始だ。

 雪彦君はとぼとぼと部屋の外へ、私とありすも『お着替え完了まではダメ』と言われたので後ろを向いて待つことに。

 ……私らも外に出ても良かったんだけどね。なっちゃんが『まっててー!』って言うから……。

 おニューの制服が嬉しいのかきゃっきゃしているなっちゃんに対し、同じくきゃっきゃしているお姉ちゃんズがお着替えさせてる音だけが聞こえてくる。


「……平和だねぇ」

「ん、平和」


 今更だけど、私たちってテンションの上下差がかなり激しい生活を送ってるよね。

 こういう日常は皆と同じ、本当に平凡な時間なんだけど……ひとたび『ゲーム』内に行けば非日常が津波のように襲い掛かってくる。

 『冥界』やアストラエアの世界での戦いなんて、非日常どころか完全にファンタジーだったしね……しかも後者に至っては世界の存亡をかけた戦争にまで発展していた。

 ……そんな非日常も、残すところあとわずか。

 『ゲーム』が終わった後のありすたちが平和な、至って平凡な日常を送れるようにする――それが私の役目だ、そう自分に言い聞かせる。




 少ししてからなっちゃんのお着替えも完了。

 雪彦君も部屋に入ってきてお披露目だ。


「おー……!」

「うん、かわいいよ撫子」

「うんうん。似合ってるよ、なっちゃん」


 見慣れた近所の幼稚園の制服を着たなっちゃんは、本当に可愛らしい。

 ……もしかしてこの世で一番かわいいんじゃないかって、親でもないのに親バカなことを思ってしまうくらいに可愛い。

 いつもの動物の着ぐるみシリーズも可愛いんだけど、きっちりとした制服を着た途端に……何て言えばいいんだろう、赤ちゃんっぽい可愛らしさから『女の子』の可愛らしさにランクアップしたというか……とにかく、別種の可愛らしさになったと思う。

 いやー……この子、本当に将来どうなるか楽しみだわ。幼稚園でもモテモテになりそう。

 私たちに褒められてなっちゃんはご満悦だ。

 くるくるとバレリーナみたいに回転して踊ってる。


「……うぅ、うぐぅ……」

「はなたん?」


 と、感極まった椛が泣き出してしまった。

 しかも結構なガチ泣きだ。


「ほんと、おっきくなったにゃー……あんなちっちゃかったのに……」

「はなたん、よしよし」


 姉バカが過ぎる。まぁ気持ちはわからないでもないけどさ。

 今からこんなんだと、将来なっちゃんが結婚した時とか大変なことになりそう――まぁそのころには椛もいい歳だし落ち着いているとは思いたいところだけど。


「あーちゃんもあの幼稚園通ってた?」

「ん。わたしも同じ幼稚園だった」


 いつものことだろう、椛をスルーして楓が話題を振ってくる。

 近所だし当然と言えばそうなんだろうが、ありすもやはり同じ幼稚園に通っていたのだ。

 あそこ、美鈴や千夏君も通ってたし意外と顔見知りが通ってたんだよね。もちろん、幼稚園じゃなくて保育園に通っていたという子も多いだろうけど。


「あーたんとおそろい?」

「ん、ナデシコもおそろい」

「ほんとー? やったー!」


 ……当のなっちゃんまでもが椛をスルーして嬉しそうにありすへと抱き着いてくる。

 この子、誰にでも愛想はいいけど、ありすには特に懐いている気がするな。きっと私の勘違いではないと思う。

 思い返せば初対面の時からそうだった気がする……桃香や千夏君にも最初から懐いてはいたけど、ありすには特にってのが私の印象だ。

 ……ま、それ以上にラビに懐いていたというのも否定できないけどね。私についてはまぁ子供が好きそうな小動物の姿だったからっていう理由が大きいだろうけど。


「ゆっきー、だっこしてもいーよ?」

「ふふ、ありがとう撫子」


 ありすの次は雪彦君。

 雪彦君もデレデレだ。流石に姉バカほどではないけど、雪彦君もなっちゃんのことを『妹』として可愛がっているみたいだ。


「そういえば、雪彦君もあの幼稚園だったの?」

「あ、ううん。そのころ僕は元の家に住んでたから別だったよ」


 ……あ、結構踏み込んだことを聞いちゃったな、迂闊だった。

 でも雪彦君は気にした風でもなくさらっと返してくる。


「小学生になってからだったよね、姉ちゃんたちと一緒に暮らすようになったの?」

「そうだにゃー。

 ……うぅっ、あんなに小さかったユッキーがこんなに大きくなって……」


 やべぇ、椛の涙腺がぶっ壊れてしまった……。なんか雪彦君が中学生になった時とかも号泣しそう……。


「そんなに離れた場所じゃなかったから、しょっちゅう会ってたけどね」

「うん、だから姉ちゃんたちと暮らすって時にも違和感はなかったかなぁ」

「そっか……」


 もう椛のこれは慣れっこなのだろう。皆してスルーしている……。

 何気に雪彦君が星見座家で暮らしている経緯とか気になることはあるんだよね……そこまで踏み込むのは幾らなんでも気が引けるから聞けないけど……。


「ラビさん、僕の両親はね『学校の先生』なんだ」

「へぇ!? 先生なんだ」

「うん。ちょっと特殊な先生みたいで、全国の学校を回ってるんだ。

 それで今は遠くの学校に行っちゃってるから、姉ちゃんたち――星見座のおじさまたちの家に住んでるんだよ」


 そういう事情だったのか。

 『ちょっと特殊な先生』っていうのがよくわからないけど――雪彦君の親御さんだし芸術関係とかかな?――全国の学校に色々と転任しているってことなんだろう。

 雪彦君も連れて行けば、とは思うけど……学校がちょくちょく変わっちゃうのも負担が大きいし、頼れる親戚がいるのであれば……という感じなのかな。このあたりはどうしても家庭の事情もあるし、迂闊に聞けないところではある――『偽物』とは言え、ラヴィニアに関してもそうだしね……。


「うーたん、だっこしてもいーよ?」

「おや、なっちゃん。私でいいのー?」


 なっちゃんは今度は私に抱っこしてもらいたいみたいだ。

 ちょこっとだけ意地悪っぽく訊ねてみたけど、


「うんー! うーたんだっこー!」


 にっこにこの可愛らしい笑顔で抱っこをおねだりしてくる。何だろう、『抱っこしてもいいよ?』ってのが最近のマイブームなのかな。微笑ましい。

 それはともかく――もうね、本当に可愛らしくて愛らしい。

 仮になっちゃんが嫌だって言っても抱っこしたくなっちゃうくらいだ。


「ほら、おいでなっちゃん」

「あい!」


 雪彦君から手を広げた私へと向かってとててっと走ってきてダイブ。

 ……こんな飛び込み抱っこも、もう少しなっちゃんが大きくなったらできないんだろうなぁとか感慨にふけりつつも、今だけの特権を存分に味わわせてもらおう。


「あーね、うーたん。ひみつのおはなしあるの」

「うん? いいよ、なになに」

「あーね……」


 秘密のお話かー。ほんと子供って可愛いよねぇ。

 前世でも甥っ子姪っ子もよくやってたなぁ。

 幼稚園の誰それちゃんが好きとか、どこかから拾い集めて来たまん丸の石とかの『宝物』を隠した場所とか、大人からしてみれば他愛のないものだったけど。

 ……自分が子供の頃にもそういうのあったし、もちろん否定する気なんてない。むしろ微笑ましいと思うくらいだ。

 なっちゃんが話しやすいように顔を寄せてあげる。

 内緒のひそひそ話をするように――ていうかそのものなんだけど――私の耳になっちゃんが手を当ててくるのがちょっとくすぐったい。

 なっちゃんの『秘密のお話』は気になるんだろうけど、空気を読んでるのかありすたちは聞き耳を立てることなく幼稚園時代の話をしているようだ。ありすや楓たちの小さい頃の話も気になるけど――ま、いつでも聞けるしね。


「うーたん、あーね」

「うんうん」


 っと、今はなっちゃんの方に集中せねば。

 一体どんな可愛らしい『秘密のお話』なのか、ほっこりしながらなっちゃんの言葉に耳を傾ける。










*  *  *  *  *




 その日は少し時間にも余裕があったため、千夏君を除いたメンバーでアストラエアの世界へと行きピッピとも会って来た。

 ……あっちの世界とこっちの世界の時間の流れはピッピが自由自在に変えられるし、多少のんびりしていても問題ない。もちろん、だからと言ってあんまりにも長時間行くのはちょっと気が引けるけどね。

 ピッピにも私の現状――皆がいない間にプロメテウスと会話したこととかも含め伝えはしたが、やはり彼女にも全然わからないそうだ。

 そりゃそうだよね……『ゲーム』開発には携わっていても、結局のところコアな部分は全部ゼウスが握っているわけだし。

 これと言って得られるものはなく、単に顔を見せてきた程度でしかなかったがまぁそれはいい。

 お互いに元気にやっている姿を見られたこと自体は喜ばしいことだ――ピッピになっちゃんの制服姿を見せられないのは残念だけどね。ピッピも悔しがっていたけど、こればかりはどうしようもないからねぇ……。

 結局、『ゲーム』の残り期間の確認と今後の方針をどうするかという相談に収まった。

 今後の方針も、この間千夏君と話した通りで出来るだけモンスターを倒して『称号』を獲得することとモンスター図鑑を埋めることくらいしかやれることはない、ということでピッピも賛意を示してくれたくらいだけど。




 ……ピッピと話している間も私の頭の隅に引っ掛かっていたのは、なっちゃん――いや、――の言葉だ。

 『ミカ様』――それが誰のことなのか、私にはわからない。

 けれども『ミカ様』とやらの言葉の意味はわかっている。


 ――


 それが単に『ゲーム』の期間が続いている、というだけの意味ではないこともわかっている。

 ……一体何者なんだ……? 心当たりが全くないけれども、どこかで聞き覚えがあるような……喉元まででかかっているような気はするのだけど出てこない、そんなもどかしさを私は感じている。




 わかっているよ。そう、私は声に出さずに届くことはないだろうが『ミカ様』へと返答する。

 『ゲーム』はまだ続いている。

 そして、勝利の確定とかそういう次元ではないところで、まだ私たちの戦いは続いている。

 ……いや、私たちが戦うべきことが残っている、と言うべきか。

 とにかくまだ『何か』があるのだ。

 私が『ラヴィニア』となったことも含め――全てを決する本当の意味での『最後の決戦』が……。

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