第11章13話 お兄ちゃんといっしょ!

「アニキについてはまぁ置いておいて……この先どうしましょうかね?」


 あんまり置いておかれたくない問題なんだけど……。

 ちなみに、私についての問題の大部分を担っている桃香と、ついでに寝ている間にいたずらしていた疑惑のあるありすは共に正座で反省中だ。


「そうだねぇ……うーん、このままクエストに挑み続けるしかないといえばそうなんだけど……」

「ホーリーたちもほぼ同じ条件だとすると、もう少し決め手が欲しいところっすね……」


 その『決め手』が何なのかが私たちにはわからないんだよね……。


「もう一回ラスボスとか『三界の覇王』を倒してみるという手もあるけど――」

「クエスト自体出てこないっすね。

 まぁ仮に出てきたとしても……ありんこの話聞く限り、ラスボスは無理っすね。三界なら――アニキの安全を考えたらあんま戦いたくねーかなぁ……オオカミとアンリマユなら、まぁ何とかって感じっすかねぇ」


 千夏君の言う通り、そもそもラスボスたちのクエストが出てこないから戦いようがないんだよね。

 仮にクエストが出てきたとしても、これまた彼の言う通り正直挑みたくない相手かなぁ……オオカミは通路に避難していれば安全かもしれないし、アンリマユも同じ手が通じるならクリアだけなら可能だろう――皆にかかる負担を考えると、やっぱりあんまり戦いたくないけど。


「そうなると、やっぱりジェムを稼ぎつつ『称号』を獲得していくって方針でいくしかないかな?」

「っすね。後はモンスター図鑑埋めもやれますね」

「うん。……時間が作れたらピッピとも相談したいけど、期待薄かなぁ……」


 最も重要な勝利条件は満たしている――が、これはミトラたちも同条件だ。

 差がない以上、他の勝利条件を満たすしかないだろう。

 ジェムについてはモンスターを倒してコツコツと稼いでいくしかなさそうだ。

 で、あんまり重要視していなかった『モンスター討伐に関係する称号』の収集を進めて行こうという感じになっている。

 ジェム稼ぎと図鑑埋めも兼ねられるし、現状この方針でいくしかないかなと思っている。

 ……ピッピにも相談はするつもりだけど、この状況に対して有効な回答を得られるとはちょっと思えないので、まぁ本当に『相談』以上の意味はないだろう。


「最終手段としては、ホーリーたちに対戦挑んで使い魔を倒すっていうのもありますけど……」

「う……流石にそれはねぇ……」

「っすよねぇ」


 『ゲームの勝利』に王手をかけているであろうミトラを倒す――というのは確かに有効な手ではある。

 けど、それをやっちゃったら、私たちもクラウザーと同レベルに落ちてしまうだろう。

 手段を選んでいる場合ではないとも思うんだけど、だからと言って『何をしても構わない』とまでは私は割り切れないでいた。

 ま、そもそもミトラへと対戦依頼を投げられないし、美鈴に調整してもらう以外に接触手段がないからハードルそのものも高いんだけどね。




 結局、このままクエストに挑み続ける――それ以外にやれることはない、という結論に至った。


「……あやめ、どうしたの?」

「あ、いえ……」


 私と千夏君の議論の横で口を挟まずにいたあやめだったが、何か考え込んでいる様子だったのが気になった。

 心ここにあらずというか、別のことに気を取られている感じだ。


「んー……なつ兄、

「はぁ?」


 と思ったらありすがバサッとそう言った。

 『変』――変なとこあったかな? いつも通りの千夏君だと思ったけど。

 言われた千夏君も唐突なありすの言葉に対し、怒るというよりも戸惑っている。


「――ああ、違和感の正体がわかりました」

「あやめさんまでなんすか?」


 どうやらあやめの考え事――違和感はありすの一言で正体がわかったようだ。

 ……二人が同じことを考えているかどうかはわからないけど。


「ありす様が仰っているのは、蛮堂さんの言葉遣い、ですね?」

「ん。なつ兄、いわかんバリバリ」

「……そうか? そうっすかね?」

「いや……いつも通りだと思――ああ、そうか」


 ありすたちが言いたいことが理解できた。


「千夏君、ほら……私の見た目が――」

「……? あ、そういうことか」


 彼も理解したようだ。

 そう、私の姿が『ラヴィニア』に変わったものの、千夏君の言葉遣いは今まで通り変わっていない。

 そこは別に不自然ではない――お互い慣れているし、変わらず接してくれていると思えばむしろ嬉しいことだと思う。

 けど、見た目が大きく変わっているというのは、それはそれで問題ではある。

 中学生男子と小学生女子の組み合わせで、男子の方が敬語――とはちょっと言い難いけど――で話しているというのは傍から見れば不自然だろう。


「いやー、でも今更言葉遣いは変えられないっすねー」

「だよねー。あ、私の方はむしろ変えた方がいいのかな? 千夏君もそうだけど、あやめもいるし」

「いえ、ラビ様。私についてはお気になさらず……」


 そうは言ってもねぇ……。

 今ならまだいいけど、中学生・高校生と年齢を重ねていったらそういうわけにもいかないだろう。

 ――私がその時までこの世界にいるかどうかは置いておいて。


「別にアニキの方は変えなくてもいいんじゃないっすか?

 ……んなこと言ったら、ありんことお嬢も変えなきゃですし」


 まぁ確かに……。

 『変えろ』とまでは言わない辺り、千夏君的には別に気にしてはいないみたいだけどね。


「うーん、じゃあせめて呼び名だけでも変えてみるとか?」


 流石に年上の男の子に、君付けはおかしいかなとも思う。

 ……いや、まぁもっと年齢上の歳の差カップルとかだと普通に君付けだったりするだろうけどさ。それどころか呼び捨ての場合だって普通にあるだろう。ま、私たちについては関係ない話か。


「そうですわ! 千夏さんはラビ様のことを『アニキ』と呼ぶのを辞めるべきですわ!!」

「あん? アニキは……アニキだろ」


 唐突な桃香からの攻撃に対して返すものの、若干歯切れは悪い。

 まー、そりゃそうだよね。あだ名だとしても女の子につけるもんじゃないし、『ラヴィニア』のどこにもかかってないし。

 ……それ言ったら、なっちゃんが私のことを『うーちゃん』と呼ぶのもそうなんだけど……あの子の場合は言っても仕方ないか。

 ふむ。私個人としては、もう慣れてるし『アニキ』呼びでも構わないんだけど、面白そうだし雑談がてら乗っかってみるかな。


「でもさ、傍から見たらやっぱり変じゃない? 私も人のこと言えないけどさ」

「むぅ、アニキまで……」

「確かに、女性に『アニキ』呼びはいかがなものかと」


 あやめも乗っかって来たみたいだ。

 いつも通りのすまし顔だけど、ほんのちょっとだけ口元が緩んでいるのを私は見逃さなかった。こやつめ。


「んー、じゃあ『アニキ』の反対で『アネキ』?」

「『アネゴ』というのもありですね」

「お、『お姉さま』がいいと思いますわ――いえ、話すのは千夏さんでしたわね……」


 やだよ、千夏君に『お姉さま』なんて呼ばれるの……。


「ふーん……よし、じゃあ『アネゴ』!」

「――えーっと……ふふん、なんだい千夏?」

「……ぶははっ! 似合わないっすね」

「……だね」


 何となく『アネゴ』っぽい感じで返してみたけど爆笑されてしまった。恥ずかしかったのに……。


「まー、外で『ゲーム』関係ない人間いるところではがんばるっすよ」

「そうだね、私もそうするよ。あやめたちに対してもね」


 その辺が落としどころだろう。

 他人の目がない場所……私たちのマイルームとか『ゲーム』関係の人しかいない場所なら今まで通りでいいだろう。

 うっかりということはあるかもだけど、まぁあんまり『ゲーム』外では絡む機会もないから大丈夫かな。


「それじゃ私はどうしようかなー? ありすと一緒ってのはちょっとね……」

「ん、なんで……?」


 微妙に不満そうなありすの意見は無視して――

 千夏さん、蛮堂さん、バンちゃんバン君、ちっかちゃん……うーん、どれもしっくりこないな……。

 雪彦君みたいに『兄ちゃん』ってのはありだけど、元気系の女の子な印象だよね。『ラヴィニア』は体力なしの虚弱体質だしねぇ……。

 ……と、いい感じの呼び方が普通にあることを思い出し、ちょっとしたいたずら心が湧いてきた。


「ふふん♪」

「? アニキ、どうしたんすか?」


 にこっと笑顔を浮かべて下からのぞき込む私に怪訝そうな顔をする千夏君。

 ……おい、その反応はちょっと傷つくぞ?

 めげずに私は続ける。


「千夏お兄ちゃん♡」


 色々と考え込むのが間違っていたのだ。

 もうストレートに『お兄ちゃん』――これが最適解だろう。


「…………」


 どんな反応が返ってくるかな、とニヤニヤ――いや、ニコニコと笑顔を浮かべて見上げてみるものの……。

 千夏君は無反応。

 が、右見て、左見て、うつきながら顔を覆って――


「…………それは反則っすよ……封印しましょう」


 と言うのだった……。

 解せぬ。

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