第11章12話 自爆のメソッド

 緊急事態だ!


「どうすっかな……」

「……ジュリエッタが変身して、背中に乗せていく?」

否定しますネガティブ。戦闘力の大幅な低下とマスターの乗り心地を考慮すると、取るべき選択肢ではないと考えます」

「だよね……」


 アリス、ジュリエッタ、ルナホークの三人が色々と考えてくれてはいるものの……。


「? 皆さま何を迷っておられるのでしょうか?

 わたくしがいつも通りご主人様をお守りいたしますので問題ありませんわ」

「「「「……」」」」


 ヴィヴィアンが自信たっぷりの言動で、でも表情はいつも通りのすまし顔でそうは言うんだけど……。

 いや、やっぱりちょっと怖い!

 だって表情はまともなのに、べろんべろん舌なめずりしながら両手をわきわきさせてるんだもん!




*  *  *  *  *




 何が起きているかというと――

 ある日の放課後、私たちはクエストに挑むことにした。

 けれどもちょっと問題があった。


「雪彦君、大丈夫かな……」


 その日、雪彦君は風邪で学校を休んでいたのだ。

 もう三月も後半、大分暖かい日が多くはなっていたんだけどかといって毎日暖かいわけでもない。

 少し寒い日だってあるわけだ。

 で、その寒暖差にやられて体調を崩してしまったらしい。


「んー……スバルも明日には来れるって言ってたから、大丈夫だと思う」


 もちろん直接話したわけではなく遠隔通話でだけど。

 『ゲーム』に行く分には問題ないと本人は言い張ってたけど、流石にこれは見過ごせない。

 いつも通りの私の方針に従って雪彦君は本日は不参加だ。楓と椛も今日は雪彦君の看病となっちゃんのお世話で不在となった。

 ……ということで、私が『ラヴィニア』となってから初のクロエラ不参加のクエストになってしまった……というわけである。




 クエストに行くのはいいんだけど、『ラヴィニア』の身体となったことでかなり不便になってしまったところが一つある。

 私の身体が大きくなってしまったために、今までのように誰かの背中にしがみついて移動することが無理になったということだ。

 だからクロエラのサイドカーに乗せてもらって移動する――というのがベスト、と皆で結論付けたわけなんだけど……そうなるとクロエラがいない時は私が参加できない。で、高難度の回復が必要なクエストに挑むのが難しくなる……ということが起きえる。

 今日もクエストは止めるか、という話はあったんだけど……。


『まだわたしたちが「ゲーム」に勝てるか確定してない』


 とありすの一声によって、行ける時は行く、という方針になっていた。

 それは確かにそうなんだよね。

 ガイア戦は確かにクリアできている。ジェムも稼げているし、クリアを示す称号もアリスについていた。

 けど、それはだったらしい。


『美鈴ちゃんから聞いたけど、あーちゃんと同じ状態だって』


 楓たち伝いに聞いた話ではあるが、美鈴ケイオス・ロアにも称号が付与されているとのことだった。

 ということは、美鈴たちのチーム――ミトラたちもまたクリアに王手がかかっていると思って間違いないだろう。

 一体ここからどうすれば『勝ち』が確定するのか、私たちには全くわからない。

 だからとにかくクエストに挑み続け、勝利条件の一つである『ジェムの総量』を増やしていく……そういう方針なのである。

 流石にラスボス討伐の条件を満たした相手が他にいる状態で慢心はできないからね。ジェムだってかなり稼いでいる方だとは思うけど、同じくラスボスに挑めるくらいのチームなのだから相当量稼いでいるはずだ。

 何度も言うように、この『ゲーム』の勝者に与えられる副賞――『この世界の管理権』を他人に渡すわけにはいかない。私が勝利してプロメテウスに返却するでも良いし、とにかく他の使い魔に渡すわけにはいかないのだ。

 一区切りはついたものの、エンディングにはまだ遠い――そんな感じだ。




 ……とまぁ、途中からちょっと現実逃避というか現状確認をしてはいたものの。

 要するに今日のクエストにはクロエラがいないので私をどうするかが問題なのである。

 ……面子的にヴィヴィアンの召喚獣に乗せてもらうというしか選択肢はないんだけどね……。

 アリス、ルナホークにおんぶしてもらうのは論外だ。『ラビ』の時ならまだしも、『ラヴィニア』の姿じゃお荷物になってしまいまともな戦闘はできなくなる。

 ジュリエッタが《災獣形態ビースト》にメタモルして私を乗せるというのは選択肢としてはありっちゃありなんだけど――ルナホークの言う通り、今の面子的にジュリエッタが実質戦闘不能になるのはちょっと厳しい。ガブリエラがいてくれれば前衛を任せることはできるんだけど、アリスとルナホークを前衛に回すのは避けたい。特にルナホークは相手によっては換装魔法コンバートの隙を突かれる可能性もあるからね。

 後は、私を乗せることはできるとは言ってもあくまでも『可能』ってだけの話なのだ。元々他人を乗せて運ぶことを前提とした能力ではない、全速力でぶっ飛ばすと乗っかっている私が振り落とされてしまいかねないのだ。

 ……クロエラの場合だと背中にしがみつく時はともかくとして、サイドカーなら横転でもしない限りは安全に乗っていられる。その辺がクロエラが新たな私の運び役になった理由でもあるんだけど。

 以上の理由により、今回はヴィヴィアンに任さざるを得ない。召喚獣もジュリエッタと同じ条件ではあるけど、積極的に前に出ずいざという時にだけ加速して逃げるのであれば召喚獣は安全な方と言えるだろう。

 むしろ、自動で迎撃もできるし召喚獣こそが一番安全な場所……と言えなくもない。


 ……んだけどなぁ……。


「…………申し訳ありません。悪ふざけがすぎました」


 ヴィヴィアンが舌なめずり等々をやめ、きりっと表情を変える。


「ご主人様の安全を守ることが最優先であり、その役目を忘れることはありません。

 もちろん、ご主人様が不快になられるようなことは一切いたしません。

 ですので、どうか――ご主人様を守る大役をわたくしにお任せいただけないでしょうか」


 そう真摯に言い、深く頭を下げる。


「……ほら、使い魔殿」


 アリスに軽く肘で小突かれ促される。

 ジュリエッタもルナホークも、ヴィヴィアンの真摯な姿勢に心を打たれたのか無言で私に促す視線を送ってくる。

 ……わ、私の方が悪者っぽくなってない!?

 ここでごねても仕方ないし、何よりもヴィヴィアンを傷つけることになってしまうだろう。


「――わかった。ごめんね、ヴィヴィアン。よろしく頼むよ」

「かしこまりました、ご主人様。わたくしに全てお任せください!」


 うん、頼もしい。

 そうだよね、いくらヴィヴィアンでもやっていいことと悪いことの区別くらいつくし、『そういうキャラ』としてちょっと悪ふざけしただけだよね。


「よし、使い魔殿の件も解決したし、そろそろ行くぞ貴様ら!」


 『ゲーム』の見通しの立たなさは別として、やはりいつも通りにクエストに行くこと自体は楽しみなのだろう。

 私の件は片付いたとばかりにアリスがさっさと切り替え、ジュリエッタたちに号令をかける。


「うん。『肉』補充したい……」

「跡形もなく吹き飛ばさないよう注意します」


 ジュリエッタたちも否はなく、それぞれがモンスターを探しに行く準備を整える。


「…………」

「!?」


 ――で、三人の視線がヴィヴィアンから逸れた瞬間だった。

 ……本当に一瞬、ヴィヴィアンがにたぁっとまるで悪役のような笑みを浮かべた……ような気がした。


「いかがなされましたか、ご主人様?」

「い、いや……」


 見間違い……?

 …………ほ、本当に大丈夫なんだよね、私……?




*  *  *  *  *




 ヴィヴィアンがサモンで呼び出したのは《ペガサス》。

 先に乗り込んだヴィヴィアンに手を引っ張ってもらって私も乗り込む。

 ……おお、なんか『ラビ』の時に比べると当然だけど視点も高いし、本当の馬に乗った時もこんな感じになるのかな、なんて軽く感動を覚えてしまう。


「お体に触りますよ……」


 そう前置きをしてから、ヴィヴィアンが後ろから私の身体に手を添えてくる。

 ヴィヴィアンの前に私が座っている形だ。

 そして、私の両脇からヴィヴィアンが手を伸ばしお腹付近で抱きしめる形となった。


「きつくはありませんか?」

「あ、うん。大丈夫」

「それは良かったです。ですが、緊急時には少々きつく抱きしめることになってしまうかもしれません」

「まぁしょうがないよね……」


 下心はないと思いたい……。

 移動を考えるなら、《グレートロック》を使えばいいんだろうけど、あれは輸送専門の召喚獣であり正直戦闘中に使うには心もとない。速度がそこまででないので、相手によっては逃げ切ることができずに追いつかれてしまうからだ。

 まぁそんなことを気にするほどの相手なんて、『三界の覇王』とかそのくらいのレベルだろうとは思うけど――油断は禁物だ。

 《ペガサス》は高機動な上に小回りも利く召喚獣だけど、逆にこちらは人を乗せて飛ぶことを想定していない。使い手のヴィヴィアンは別として、その他同乗者はしっかり掴まっていないと振り落とされてしまいかねない。

 だからヴィヴィアンにしっかりと抱きしめてもらわないと、私の身が危ないことには変わりないのだ。


「ご主人様、念のため防衛網を敷こうと思いますので回復をお願いいたします」

「オッケー」


 更にヴィヴィアンは続けて《グリフォン》《ハルピュイア》《ワイヴァーン》の飛行型召喚獣を呼び出す。

 それだけに収まらず、ヘリコプターのような姿の新しい召喚獣 《アンズー》に、《ペガサス》くらいに大きくなった《グリフォン》のような姿をした《ヒポグリフ》を追加で呼び出す。

 ……飛行型召喚獣勢ぞろいって感じだ。《フェニックス》だけはいざという時の憑依召喚インストールに備えて待機させているけど。

 《ペガサス》を中心に各召喚獣が展開。《グリフォン》と《ハルピュイア》が飛び回って全方位を隈なく索敵しつつ、大物たちはどの方向から敵が来ても迎撃できるように散っている。

 ぶっちゃけ、過剰なくらいだとは思う。


「……これでもまだ安心はできませんわね……」

「いや、十分じゃないの?」


 この陣を突破できるようなモンスターは早々いないだろう。突破できるくらいの飛行能力をもっていたとしても、こちらに近づく前にアリスとルナホークに捕まるだろうし。

 私の言葉にヴィヴィアンは首を横に振りつつ、ほんの少しだけ私を抱きしめる力を強める。


「以前にもまして、ご主人様の愛らしさが増した代わりに危険度も増しております。

 なのでございます。常に今まで以上を心掛けなければ――万一にもご主人様に危害が及ぶことがあれば、わたくしは……」

「ヴィヴィアン……」


 ……彼女は本音を話しているだろう。微かに私を抱きしめる腕が震えているのがそれを示している。

 なんだかんだで『ラビ』の時でも一番長く傍にいたのは、ヴィヴィアンだった。

 危険な時は何度もあった――そんな時、身を挺して守ってくれていた。

 ……うん。今までのヴィヴィアンを私は見ているし、信頼している。

 …………そんな彼女が変なこと、するわけないよね。


「ごめんね、ヴィヴィアン。ちょっと悪ノリに過敏に反応しちゃってたね。

 世話かけちゃってごめんだけど、よろしくね!」

「はい、ご主人様!」


 一点の曇りのない澄み切った笑顔を浮かべ、ヴィヴィアンは私に答えた――




*  *  *  *  *




「ね、ねぇヴィヴィアン。ちょっと揺れない……?」

「まぁ! 身体が大きくなったからでしょうか。しっかりと抱きしめて固定いたしますわね」




「……ね、ねぇ……鼻息荒くない……?」

「ご主人様に万が一のことが起きないように緊張しているせいですわね。すぅぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」




「! モンスターがこっちに来た! ――って、んにゃあぁぁぁぁぁぁっ!? どこ触ってんの!?」

「激しく動いたせいですわ! もちろんご主人様が落ちないようにしっかりと、えぇしっかりと支えますわ!」




 ………………信じた私がバカだったよ……。




*  *  *  *  *




「目的は遂げましたわ! さぁ、煮るなり焼くなり好きにすればいいですわ!」


 マイルームの床の上に大の字になって寝転んだ桃香が叫ぶ。

 ……クエスト終了後、こちらの先手を取っての行動だ。

 ――覚悟の上の行動だったらしい。


「ん、気持ちはわかる」


 ありすが同意を示すけど――それって、私の気持ち? それとも桃香の気持ち?


「お嬢……まさかここまでとは……」


 千夏君なんか言葉もないって感じだ。


「桃香、女性同士でもセクハラは成立するんですから控えなさいとあれほど言ったのに……」


 どうやらあやめは事前にこの事態を危惧して桃香に注意してくれていたらしい。

 ……全然効果なかったけどね……。

 四者四様の反応にも関わらず、開き直った桃香は『どこからでもかかってきやがれ』って感じで寝転んだままだ。

 怒るべき場面なのはわかってるけど、そんなの覚悟の上の行動だし……。


「ふんだ! 皆さまにはわたくしの気持ちなんてわかりませんわ!

 ラビ様がラヴィニア様のお姿になられたのは嬉しいですけれども、もう前のようにお泊りもできなくなって触れ合う機会がなくなったわたくしの気持ちなんて!」


 駄々っ子か。

 ……いや、でも何となく桃香の言いたいことはわかった気がする。

 『前のようにお泊り』とあるが、お正月のことを機に実は結構私一人で桃香のところに泊まっていたのだ。2~3週間に1回くらいの頻度だったけど。

 で、『ラヴィニア』になったことで当然だけど、私一人で気楽にお泊りしに行くことは難しくなってしまった。親の許可も必要だしね……『ラビ』だった時も美奈子さんには微妙にゴネられてたけどさ。

 桃香は顔には出さないけど、日ごろから寂しい思い抱えているだろうことはわかっていた。

 私がどれだけ彼女の寂しさを埋めることができていたかはわからないけど、確実なのは『ラヴィニア』になったことで一緒にいられる時間が短くなるのは確実だ。

 そこは可哀想に思うけど……。


「ラビ様分をいっぱい吸わなきゃやってられないですわ!」


 ……思うんだけど、私は薬かなんかか。

 桃香の寂しさを紛らわせるためとはいえ、そして同性とはいえ身体をあちこち触られるのはちょっと……。


「ん、気持ちはわかる」


 ……どうやらありすが理解を示していたのは桃香の方だったみたいだ。こいつめ。


「ラヴィニアになってから触ってると目を覚ますから、わたしも吸いにくくなった」


 …………おい、今まで私がスリープしてた間に何か色々やらかしてたんじゃないだろうな……?

 そういえば、妙に朝早起きしたらしいありすが部屋に潜り込んできて目を覚ます日もあるけど……。


「はぁ……もう、わかったよ」


 ありすと桃香は意気投合しちゃってるし、こういう時は流石に千夏君は頼れない。

 また、本来ならば一番頼れるあやめだって桃香絡みだと途端に頼りなくなるからなぁ……。

 収拾のつかなさそうな事態を収めるには、私が犠牲になるしかないのか……。


「もうすぐ春休みだし、都合が合えばお泊り会でもしようか」


 私の提案にがばっと桃香が起き上がる。


「本当ですか!?」

「う、うん。まぁ長期休みの一泊くらいなら許可も下りやすいでしょ」

「お、お風呂も一緒ですわね!?」

「…………まぁ、いいけど」


 嫌だなぁ……でも、桜邸のお風呂場広いからなぁ……断りづらい。


「ん、じゃあミドーも呼ぶ」

「そうですわね! 今回は妹同盟のお泊り会ということで!」

「わかりました。日程の調整はお任せください」

「……チビ助共との集まりは、まぁ別にすりゃいいだろ」


 とまぁ何だか私を置き去りにして話が進んでいってしまった。

 桃香の都合のいいように話が進んだ気がしないでもないけど、どちらにしても『お疲れ様会』みたいなのは『ゲーム』終了前にやっておかないととは思ってたし、いいか……。




 ……何と言っても、『ゲーム』の期間が終了した後に私がどうなるのか、それは私自身にもわかっていないのだから――

 …………まぁだからと言って桃香に身体を好き勝手に触らせて良し、とは思わないけどね。

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