第11章9話 プロメテウスはかく語りき -3-

 結局、『ゲーム』に対してはプロメテウスも干渉できないことがわかった。

 この世界に『ゲーム』起因で何かしら起きた場合、プロメテウスの管理者権限で修復することは可能ではあるが、そもそも『ゲーム』起因の事象を防ぐことはできないそうだ。

 なぜならば、『ゲーム』側は完全にプロメテウスの管理者権限の外――ゼウスら『開発側』の領域になってしまうからだ。

 ……どうしても後手に回らざるをえない、ということである。

 後手に回った結果、致命的なことにならなければいいが……最悪、プロメテウスならば『死者蘇生』であろうと『多少の時間逆行』でも可能らしいが……『なかったこと』にできるとはいえ、あんまり辛い目に皆には遭ってほしくはないな……。

 私にできることはそう多くはない。

 ゼウスが何かをする前に『ゲームの勝者』となること、そしてそのまま『ゲーム』終了まで逃げきって勝利を確定させること……くらいか。

 ……むぅ、そのどちらも難しいと言わざるを得ない。なぜならば、『ゲーム』に関することはプロメテウスには手が出せず、ゼウスの独壇場と言えるからだ。


《アストラエアにも相談してみるが良い》

「あ、そっか。一応『開発者』だって言ってたしね……」


 まぁピッピもゼウスの件については認識してくれてはいるから、改めて話すことはないかもしれないが……どっちにしても私が『ラヴィニア』になったこととか新しく共有したい話もある。

 平日に自由に動くのが難しくなったし、週末に時間が取れたらエル・アストラエアに行ってみようかなぁ……急に行っても多分大丈夫だとは思うけど、用事で外している可能性があるからなぁ。まぁブランとノワールがいれば、呼んでくれるとは思うけど。


「とにかく、致命的なことにならないように……そこはプロメテウスにお願いするよ」

《請け負った。元々こちら側の話だ――私もこの世界がゼウスに好きにされるのは望むところではない》


 …………私個人としては、いかに『管理者』とは言えプロメテウスにもあんまり好き勝手して欲しくはないんだけどね……基本的に不干渉らしいけど。

 いや、もうこのことは今話しても仕方ないことだ。

 とにもかくにも、『ゲーム』を何とかしない限り話は進まないだろう。




*  *  *  *  *




「……プロメテウス、君も気付いていると思うけど――?」


 どう切り出したものか迷った上に漠然とした質問になってしまったのは自覚している。

 ただ――この疑問の解消は必要なのではないか、と私は今思っている。

 私がこの世界に来た意味、それと『ラヴィニア』の姿になったことはきっと関係している。

 ……『ラヴィニア』の姿に変えたのは、間違いなく『ガイア』だろう。

 『ゲーム』のモンスターがやったこととはちょっと思えない、正しく『異常事態』だ。でも『ガイア』自体はモンスターのはずだし……。

 わからないことだらけだけど、意味がないなんてことはないはずだ。

 絶対に何かの意図と意味がある。



 ……が、ばっさりとプロメテウスは言った。

 うぇぇ……一番知ってそうなのがプロメテウスだったのに……。

 私自身が一体『何』なのか? については、今までも気にはなっていたんだけど全くわからないことだった。

 以前ピッピと話した時にも幾つか推測はあったんだけど、これといった結論は出なかった。

 ここで『私』について纏めよう。




 まず、私は現代日本――『地球』という星の、ありすたちからすれば『異世界』で生きていた人間だった。

 けどそこで事故に遭い死亡……その後、どういうわけか『ラビ』の身体となってこの世界へとやってきており、否応なしに『ゲーム』に巻き込まれることとなった。

 そこから半年ちょっと……ありすたちと共に『ゲーム』に挑み続け、『ラヴィニア』になった……。


 問題なのは幾つかある。

 ピッピとの会話で『あなたの妄想なのでは?』と言われてしまったけど、『私が異世界からやってきた』ということ事態がまず本来ならばありえないことだという。

 先ほどのROMの例でいえば、別のROMのデータが唐突に紛れ込んで来たという状態だ。

 仮にこれをやろうとすると、ヘパイストスみたいにROMをクラッキングしてデータを混入する……とかしなければならない。

 だとすると、? という疑問がある。

 異世界から紛れ込んで来た『異物』にはすぐ気付ける、そうピッピも言っていたし。


 もう一つ、そもそも『異世界転生』自体が難しいというのもあるが、ということだ。

 ROMを跨ることがクラッキング以外では手段がない――これが『プロメテウスの境界』と呼ばれるものらしい――が、同じ管理者の別世界ならば、管理者が行うことで一応可能らしい。

 ということは、私の前世の世界もまたプロメテウスの管理する別世界……という可能性が高い。というより、それしかありえない。


《世界間の境界は、其方らのレイヤーでは超えることは不可能だ。外部からの干渉以外にありえぬ》


 だがやはりプロメテウスは否定する。

 私のいるレイヤー……各世界の住人の意思で異世界へ行くことは不可能、これはまぁ納得だ。ROMの中のデータが自ら別のROMへ移動するようなものだ、ROM同士を連結することができているのならば話は別だがそうでないのにROM内部データが勝手に移動するのは不可能というのはわかる。


《そして、其方の『前世』の世界もわからぬ》

「プロメテウスの管理する別世界ってわけでもない?」

《そうだ。この世界と同等の発展をする世界は――稀ではあるが存在しないわけではない。

 だが、この世界と其方の言う世界は。確率からしてありえぬし、私の管理する世界にないことは確認済みだ》


 ……ネックとなるのが、前世とこのA世界が似過ぎているという点だ。

 仮に『地球』と全く同じ条件の星があったとして、同じ生き物が発生し、同じ歴史を辿る――なんてことはまずありえないというのは直感的にわかるだろう。大なり小なり差異は必ず生まれるはずだ、そして差異はどんどんと大きくなって最終的にはかなり大きなズレが生じることになるはずだろう。

 並行世界パラレルワールド、ならばまた話は別だが今回の件には関係ない。

 ポイントは、私の世界とA世界には結構な差があるものの、大筋としては似ているというところだろう。

 並行世界と言うには差が大きく、完全に別の世界だとしたら差が小さすぎる……プロメテウスの言う通り、確率的にはまずありえないレベルの近さだと私も思う。ゼロではないけど、検討するだけ無駄な感じと言えちゃうかな。


「でも、私は私の記憶が『妄想』とは思っていない」


 実は『私』が誕生したのが『ラビ』としてこの世界に来たその瞬間だとして、前世の記憶全てが偽物――とは思わない。

 プロメテウスたち『神』の力を使って私の記憶を捏造したという可能性はもちろんありうるけども、

 それに思い出せる限りの過去の記憶が多すぎる。思い出せる範囲ではあるけど、結構細かい記憶だってあるし『偽の記憶』をそこまで作り込むか? というのが素直な思いだ。


《其方の妄想で片を付けたいところだが》


 ……ピッピと同じこと言いよる……!


《其方の『魂』が明らかに異なることを考えれば、ある程度の真実であると言わざるをえない》


 『私』が異世界の存在ということ自体は間違いないらしい。前にも言ってたけど、身体ラヴィニアはこの世界のもので魂だけが別って話だしね。


《其方の存在を把握できたのも、その肉体に宿ってからだ》

「……そうか、前の身体は『ゲーム』関係のものだったから、プロメテウスでもわからなかったのか……」

《おそらくは》


 プロメテウスが私に気付けなかった理由は、そういうことなんじゃないかな。検証しようもないし、今となってはもうどうしようもない話だけどね。

 『ゲーム』の管理対象だったため、プロメテウスの関われる領域外の存在だった。だから気付けなかったということかな。

 ……そりゃそうか。もしそうじゃなかったとしたら、私のことだけじゃなくてトンコツたち他の使い魔の存在に速攻で気付けたはずだしね。


《異世界の存在であることは間違いない。しかし、我々と同じ世界でもなく、『C.C.』管理下の存在でもないことも間違いない》


 S世界の住人でもないし、プロメテウスが管理する他の世界とも異なる――元々このA世界と同じような世界をプロメテウスは管理していないのだから当然だが。


「……今更なんだけど、君たちの世界っていったい何なの?」


 根本的なところが実はよくわかっていない。

 ピッピから軽く聞いてはいるんだけど、私の中では『何か別次元の科学力を持った宇宙人たち』というくらいの理解だ。

 ここを知ることで私のことがわかるかは微妙なところだけど……。


《――? 可能性としてはありえるかもしれん》

「え?」


 と、プロメテウスが私の問いに答えようとした時に『何か』に思い至ったらしい。


《我々の世界について語るには、『C.C.』の誕生についても語らねばならない。少し長くなるぞ》

「あ、うん……まだ大丈夫。お願い」


 と、途中で寝落ちしないように気を付けないと……まぁプロメテウスなら翌日にもう一度怒らずに話してくれそうな気はするけど。

 それはともかく、プロメテウスが私の疑問に答えを返す。


《其方、アストラエアから『C.C.』と我々の世界の関係は聞いているか?》


 ……前にやはり前提知識の確認をされてしまう。まぁいいけど。


「うん。少しだけね。確か――」


 ピッピはかつてこう語っていた。


 ――「さっきプロメテウス様が『C.C.』というゲームをS世界に齎したと言ったけど、ひょっとしたら順序が逆なのかもしれないわね」

 ――「『C.C.』が世界を創ったがために、S世界は私たちという存在を生み出した……なのかもしれない。もはや今となっては確認のしようもない遠い昔の話だけれど……プロメテウス様がいかにして『C.C.』を創った、あるいは見出したのかはもうわからないわ」


 ……!? そうか、プロメテウスが何に思い至ったのか段々とわかってきた。


「……プロメテウスたちの世界が『C.C.』を創ったんじゃなく、『C.C.』があったから世界が創られた……?」


 ピッピの言葉を正確に解釈するなら、そういうことになるはずだ。

 プロメテウスが頷く気配があった。


《正確には『C.C.』が世界を創るたびに、我らの世界が形作られていった……ということだ。しかし、其方の理解は概ね正しい。

 そして、肝心なのはここからだ》


 私の理解がちゃんと追いついていることを確認しながら、プロメテウスが言葉を紡ぐ。


《我々は元々は実体を持たぬ、触れることも認識することも適わぬ概念システムの集合体でしかない。

 この世界にも、そしておそらくは其方の世界にもあるであろう、様々な目に見えぬシステムだけで創られた形のない世界だった》

「……」


 途端に話が抽象的で難しくなった……。

 プロメテウス曰く、目に見えないシステムだけで創られた世界――正直想像すらできない。

 ただ、『システム』と言っているものが、コンピュータとかで実現しているシステム――誤解を恐れず言えば『IT』とは関係のない、もっと抽象的なものだということだけは何となくわかった。

 例えば『社会』『経済』などの目には見えないし具体的に『物』があるわけではないが、確かに存在し動き続けているいわば『ルール』のようなもの。

 具体のない、抽象だけがひたすらに回り続ける……無でも有でもない世界。

 そういうものが、本来のプロメテウスたちの世界だということらしい。

 ……私の理解が合っているか自信ないけど。


《……我らの世界の真の姿についてはそこまで気にかけずとも、前提として『そういうもの』だと思っておけば良い》


 まぁ、そこのところを理解したところで、という感じではあるか。

 目には見えないけど、確かにこの世に存在している様々なシステム――『流れ』とでもいうのだろうか、そういうものしかない世界が本来のS世界だったのだろう。今はそう思っておく。


《ある時、

 その世界は物質で形作られた、我らとは全く異なる――言葉を選ばなければ『次元の違う』世界であった……と思う》

「……」

《物質という『概念』を認識した瞬間より、我らの世界は目に見えない『流れ』から目に見える『よどみ』を生み出し始めた。

 その時に最初に『意思』のようなものが芽生えたのが、私だ》

「……」

《そして私は物質で形作られた世界を模倣し、再現する方法を見出した。それこそが『C.C.』》


 …………唐突に世界が現れた、か……。


物質よどみがあることによりシステム流れが生まれるのではない。

 システム流れの結果、零れ落ちたものが物質よどみとなる――『C.C.』はただの『力の流れ』でしかない我らの世界に指向性を与え、物質を作り出すための技術と言えよう。

 そうして生まれた物質世界は、我々とは切り離された独自のシステム流れを生み出し、それに沿って進み始めた》


 ほんの少しの小さな『種』がポツンと生み出された後、自己増殖してやがて大きな世界となるっていう感じか。

 ……宇宙誕生のきっかけがビッグバンだっていうのは私も知っているけど、じゃあ何でビッグバンが起きたんだ? という疑問は解消されていなかった記憶がある。

 もしかしたら、『C.C.』による最初の『種』こそがビッグバンの正体なのかもしれない。そんなことを思う。


《やがて我々の世界もまた『C.C.』世界からのフィードバックを受け、物質の世界へと近づいていった。

 私だけではなく、他の者もまた『意思』を持ち、『記憶』を持ち、『存在』となった。これが我らの世界の成り立ちだ》


 私には想像することすら難しい抽象的な……概念の世界だ。

 けど、彼らS世界の住人が文字通り『次元の違う』存在だということだけはわかった。

 そして『C.C.』で創った自分の世界を好きに操れる理由も何となくわかった気がする。

 『種』を生み出すその時に、おそらくは『C.C.』の使い手の遺伝子というか何というか、『要素』をついでに入れているのだろう。

 根本が概念的存在である彼らにとって『肉体』がそもそもないから、『自分の身体であっても自由自在ではない』という概念自体が存在しない――だから、自分の一部である世界であっても制約なく操作することができてしまう……そういうことなんじゃないかな。

 まぁこのあたりはもう私が何を言っても仕方ないし、理解したところで現状をどうにかできるわけではない。気にするだけ無駄だろう。

 ……むしろ、今のプロメテウスの話で私は確信した。

 プロメテウスの気付きが自分の予想通りであろうことを。


「プロメテウス、その――は一体どうなったの?」


 おそらく、その世界こそが――


《今となってはもはやだ。

 果たして本当に存在していたのか、それすらもわからぬ――誰も存在を知らない『幻の世界』となっている。

 そして、『幻の世界』があったことを覚えているのも、私一人だ》

「……仮定だけど、という可能性はありえる?」


 ――私の前世の世界なのではないか、私もプロメテウスもその可能性に気付いたのだ……。

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