第11章8話 プロメテウスはかく語りき -2-
プロメテウスへの質問は続く。
「私……ラヴィニアのこの世界における扱いを詳しく知りたい。
学校では転校生になってるみたいだし……」
気にする必要もない、とはちょっと言い切れない。
プロメテウスが私について、どんな
彼の作ったストーリーと私の認識がズレてしまっていたら、誰かとの会話でボロが出てしまうかもだからね。
《其方が聞いた通りだ》
プロメテウス曰く――
『恋墨ラヴィニア』は恋墨家の娘である。
しかし、大病を患い長いこと学校に通っていなかった――入院中も勉強はしていたことになっている。
病気が快復したので学校に通うことになった、が、今まで実際に通ったことのない学校に『復学』では現実改変が大きくなるので、全員が初対面となるように『転校生』とした。
……ということらしい。
この『現実改変が大きくなる』というのがキモだ。
もしも『昔からラヴィニアがクラスにいた』となると、大勢の人間の認識と記憶――『歴史』を変えなければならない。
そうなるとプロメテウスの負荷も高くなるし、綻びもしやすくなる。
……嘘を重ねれば重ねるほどボロが出やすくなる、ということだ。
それに『恋墨ラヴィニア』のこと以前に、弥雲さんの突然の帰宅に関わることでかなり大きな改変を行ったことも影響している。むしろ、そちらの方が主な原因らしい。
人が一人増えることよりも、既にいる人物に関わる改変の方が影響が大きくなってしまう……ということだ。そりゃまぁ関係している人数が違うからね……新しく増えた人物ならば、ラヴィニアの時のように『事情があって人目に触れなかった』でかなりの範囲は誤魔化せる――しかも『神』の力でより強固に――のだから。
「大体わかったよ」
《もし要望があるのであれば早めに言うが良い。大きな改変にならない範囲であれば、其方の要望は叶えよう》
「う、うん……今のところは大丈夫かな……?」
プロメテウスに頼るのは最後の手段だ。
便利ではあるけど、こういう『なんでも叶える力』に頼り切った末路が『破滅』だというのは昔話にもあるからね。
ちなみに、私がありすたちと同じクラスになったのは、
《『サービス』だ》
とのことだった。いや、別にありがたかったからいいんだけど……それならそもそも学校に通わないようにしてくれても良かったんだけどなぁ……。
* * * * *
「ねぇ、プロメテウス。弥雲さんは……その、君とどういう関係なの?」
次に聞きたかったことは、優先事項ではないけれどどうしても気になること――弥雲さんのことについてだ。
アバターとして弥雲さんが存在しているというのは間違いないのだが、最初からそうだったのか、それとも今回の件に対処するために緊急避難として弥雲さんを選んだのか……。
……ここを気にする理由は、実は弥雲さん本人もそうなんだけどどちらかというとありすに関わることなんじゃないか、と思ったからだ。
ありすが『ゲーム』におけるイレギュラー的存在だということは、もう半ば確信している。
ではなぜイレギュラーとなったのか、その原因が弥雲さん――プロメテウス関係なんじゃないかなと推測している。というより、他に思い当たる原因がない。
《其方、『C.C.』についてはどこまで知っている?》
私の質問に対してプロメテウスが質問を返してくる。
失礼とは言わない。おそらく、前提知識が必要な話なのだろう。
私がどこまで前提知識があるか――その確認をし、必要ならば捕捉をしながら説明するつもりだと理解した。
「前にピッピ――いや、アストラエアから聞いた話だけど……」
《アストラエア? ……ああ、彼の者か》
どうやら
ともあれ、私はかつて聞いた話を思い出しつつ、纏めた内容をプロメテウスに伝えた。
『C.C.』とは、簡単に言えば『宇宙そのものを造り出すゲーム』である。
もし似たようなゲームが現実に存在したとしたら……『シムコスモ』とかそんな感じかな? 規模が段違い過ぎて人間には扱いきれないゲームだと思うけど。
一体どんな原理でそんなことが出来るのかは想像もつかないが、とにかくプロメテウスは『宇宙創造シミュレーションゲーム』を作った。
そして、『C.C.』によって様々な宇宙――『異世界』が誕生していった。
この無数の『異世界』は、基本的には互いに干渉することはできず、また互いに観測することもできない。
ピッピは水槽で例えたけど、私的にはゲームのROMで例えた方がわかりやすいかな?
『C.C.』で創った世界――『セーブデータ』があるとして、プロメテウスとピッピでは違うROMの完全に異なるセーブデータのため、互いに参照しあうことはできない――そんな感じだ。
もし他人のセーブデータを見たいのであれば、ROMそのものを借りて自分のゲーム機で見るしかない……そういうものだと私は理解している。
……ただ、現実のゲーム機と違って『C.C.』は物理的なROMや電気的なセーブデータが存在するわけではない。実際にどういうものかはやはり想像もつかない。
それでもどこかに『セーブデータ』がある以上、クラックすることはできてしまう。
実際にクラックした例を私は見ている――そう、ヘパイストスのやったことだ。まぁクラック自体がとても難しいらしいし、実際にやったことがバレると『死刑よりも重い罪』として問われるらしいから、ヘパイストスは例外中の例外だとは思うけど。
さて、原理は置いておいて『C.C.』で世界そのものを創ることができる、というのを大前提として――
世界の創造者でもある『管理者』は、自分の創った世界であれば『不可能はない』というレベルで何でも行うことができる。
でも『管理者』の視点からすると、世界の一部分はあまりに小さく、あまり細かい操作はできないらしい。
イメージだけど、地球儀サイズになった精巧な星のジオラマを想像してみるといいだろう。
サイズこそ地球儀だけど、細かい点まで――建物どころか小さなゴミに至るまでが再現されているジオラマだ。
それを外側から弄ろうとしても、まぁ普通は無理だろう。よほど手先が器用だとしても、認識できないくらい小さければどうしようもない。顕微鏡とかがあっても、見ることはできても操作することは難しいのに変わりはないだろう。
だから操作しようとしても、広範囲に大雑把な操作しかできないという問題があった。
この問題を解決するための方法として編み出されたのが『アバターを作って自分が世界に入り込む』というものらしい。
アバターの種類はピッピ曰く2種類。
その世界の存在として、自分専用のアバターを送り込む方法。
もう一つが、既に存在する生物に乗り移る――憑依する方法。
私は、プロメテウスが使っているのが後者の方法なのではないかと思っていたけど、もしかしたら前者の可能性もありうる……と思っている。
だとすれば弥雲さんは普通の人間ではなく、何かしら特殊な人間であり、その娘であるありすにも何らかの特殊能力が備わっているのではないか……それが質問の意図だ。
《概ね理解はできているようだ》
私の纏めた内容は間違ってはいないようだ。
《弥雲は私の専用アバター
「……そうなの?」
《其方の言う『憑依』形式のアバターではある。そして、私と相性が良いのが弥雲だった――それだけの話だ》
ってことは、弥雲さんは普通の人間……ってことか。いや、それはそれでほっとする話なんだけど……。
《ただ、今回の件で弥雲を使わせてもらったのには理由がある》
「……それは、
《そうだ》
やっぱりそうなるよね……。
私=ラヴィニアがありすのすぐ傍にいることになってしまったので、ありすの関係者で『憑依』するのに相性のいい弥雲さんを選んだ、ということなのだろう。
……自分で意識してやったことではないけど、本当にあちこちに迷惑をかけてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ……。
――この迷惑を償うためにも、『ゲーム』の副賞である『この世界の管理権』をどうあっても手に入れ、皆の安全を確保しなければ……私はそう一層決意を固める。
* * * * *
さて、身の回りで気にかかることについてはここまでにしておこう。新しく疑問が出てきたら都度聞いてみたいとは思うけど。
プロメテウスと語り合わなければならない本題――『ゲーム』についてだ。
彼も『語り合う必要がある』と言っていたし、おそらくは知らないことが多々あるのだろう。
私とは違う視点で話し合えば、もしかしたら彼の方から思いもよらない打開策が出てくるかもしれない、そんな期待があった。
「プロメテウスは、『ゲーム』――『M.M.』についてはどこまで知ってるの?」
まずはプロメテウスがどれだけ『ゲーム』に関する知識があるかだ。
ピッピが言うには開発には全く関わっていないらしいけど、自分の世界が『ゲーム』の舞台となっているのだから何も知らないままなわけがない……とは思う。そこまで無関心ならば、私のことにしろジュウベェだった子のことにしろ放置していたに違いないのだから。
《ゼウスの造ったゲームか……》
少し苦々し気な雰囲気だったのは私の勘違いではないだろう。
プロメテウスは重い口調で語り出す。
《私が『M.M.』について知ったのは、この世界の時間にしておよそ半年ほど前――10月の最初のころだ》
「……結構前なんだね?」
別に責めるつもりはないけど……『ゲーム』開始から一月以上が経過した頃というのは引っかかる。
というか、逆に何でその時になって気付いたんだ? という疑問もあるかな。
《桃園台でその時『事故』が起こっただろう? その事故の原因が『M.M.』にあると気付き、わずかながらの改変を行ったのがきっかけだ》
……10月頭の事故……?
何かあったっけ、と記憶を掘り返してみて――思い出した。
「! テュランスネイルの時か……!」
私たちと美鈴たちが神道沿いの
後日、テュランスネイルが原因かは私にはわからなかったけど、何もないところで車が事故ったという話を聞いたのを思い出したのだ。
そうか……その時に初めてプロメテウスが気付けたくらいの影響が出たってことなのか。
《そこからログを遡って調査し、この世界がゼウスによって
更に一か月ほど遡ると、桃園台南小でアラクニドによる『体調不良』の発生があったことにも気付けただろう、
ただ、あの件については大きな影響が出る前にありすが気付いて片付けたので、プロメテウスが気付くことができなかった……ということか。
……ありすの判断は間違っていないのは確かだけど、もしかしたらもうちょっと早めにプロメテウスが動けたのかもしれない。まぁ動けたところでその後の流れはどうしようもなかったかもしれないけどね……。
「他人の世界の乗っ取りって、重罪なんじゃないの? そうアストラエアから聞いたけど……」
《確かにそうなのだが、ゼウスのやり口が巧妙で未だに揉めている。
詳しい説明は省かせてもらうが、『M.M.』の試用期間終了までに決着がつくことはないと認識してもらおう》
「むぅ……」
このあたりは完全にS世界の話になってしまい私には想像することしかできない。
現実世界で例えるなら……おそらくは裁判しているって感じなのかな。で、本来の所有者であるプロメテウスがゼウスのA世界の使用を停止しろと求めているけど、決着がつくまでは裁判所も強制的にゼウスを追い出すことができない――巧みに法の穴を突いてゼウスが居座っているって感じか。
裁判はものにもよるだろうけど時間がかかるものだ。それはS世界でも変わらないのだろう。
『ゲーム』の終了まで残り半月ほど――その後の猶予期間はあるにしても、そこまで長い時間ではない。
ゼウスが何を考えているのかはわからないが、少なくとも『ゲーム』自体を止めることは不可能……そう言わざるをえないという状況みたいだ。
《今、この世界の『管理者』は私とゼウス――二人いると思っておけばよいだろう。
私にできることはゼウスもできる……彼奴は大規模な改変はあまり行っておらぬようだが――》
「……いざとなれば、とんでもない改変をしてくる可能性もある?」
《その通りだ》
どうやらプロメテウス自身も、『ゼウスが何かをしてくる』という認識はあるみたいだ。
自分がゼウスに嫌われており、嫌がらせのためにこの世界を舞台にしているということもだろう。
……彼らの間の問題にこの世界を巻き込むな、と言いたいところだけど、言ったところで現実は変わらない、か。
もうこのあたりは割り切るしかないだろう。
《ただ、前回のヘパイストスの件の後始末を彼奴がしたことを考えると、そこまで大規模な改変は望んでいないやもしれぬ》
「それって、『眠り病』のこと? あれはプロメテウスがやったんじゃないんだ?」
全国ニュースにまでなった『眠り病』が、あまり大きく騒がれず、そしてあっさりと収束し話題にも上らなくなった件だ。
私はプロメテウスの方が改変したのかと思ったけど、どうやらゼウス側での改変だったらしい。
……これが善意だったらいいんだけど、おそらくは違う。
『眠り病』の脅威がないことは『ゲーム』関係者ならばわかるけど、そうでない人にはわかるわけがない。
だから延々と再発を恐れてしまったとしたら……『ゲーム』の進行に支障が出てしまうだろう。
長時間でなくても、たとえば部屋で『ゲーム』をしているのを見て『眠り病』と勘違いしてしまう親とかも出てくるかもしれないしね。
そうならないために、『眠り病』に関してはゼウスが改変して騒がれないようにした――私はそう思う。
《だろうな》
私の考えを伝えてみると、プロメテウスも同意した。
……ゼウスが何を目的としているのかは未だに不明瞭だ。
単に自分の創った『ゲーム』の舞台に、プロメテウスの世界を利用しているだけ……ならマシかもしれないけど……。
「とにかく、プロメテウスが『ゲーム』を無理矢理中断させたりはできない、ってことはわかった。
……もし、ゼウスが何かとんでもないことをしでかして皆の身に危険が及びそうなら――」
《わかっている。改変は望まないが、ゼウスに関することだけは話は別だ。私の方で改変を行い、影響が残らないように努めよう》
仮にゼウスが強硬手段に出てありすたちに直接危害を加えてくるようならば、プロメテウスがそれを改変して元通りにする――
あくまで『保険』ではあるが、皆の身を守ってくれるというのであれば心強い。
……そんな事態にならないことを願うばかりだが。
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