第11章7話 プロメテウスはかく語りき -1-

 ……色々と不慣れなこともあったけど、まぁ概ね問題のない日常を私たちは過ごしていた。

 『ラヴィニア』となったことで一番の変化は――当然と言えば当然、意外と言えば意外ではあるが、『学校』に通わなければならないということだ。

 今までだったら平日の昼間は私は完全にフリーとなって、時には他の使い魔との接触などで動けていたんだけど、流石に学校に行くとなるとそうもいかない。

 仮病を使って休むというのも言語道断だ。しかも私は転校したばかりという体なのだから。

 そんなこともあって、なかなか自由な時間を確保するというのが難しい事情があった。

 ……放課後もありすと大体一緒に過ごしていたし、桃香たちと遊んだり、マイルームに集まって『ゲーム』したりと色々と忙しい。

 なので、一番優先したい『プロメテウスとの会話』はなかなか進むことはなかった――彼は自分で言っていたように『いつでも構わない』とのことだったので、夜中や朝早くに、というのも考えはしたんだけど……『ラビ』の時だったらともかく『ラヴィニア』の身体だと深夜や早朝はかなりしんどい。

 どうも肉体的には見た目通りの子供らしく、本当に夜遅くまで起きていられないのだ。健康な証拠ではあるんだけど……。




 というわけで、私が『ラヴィニア』となって一週間ほどが経過した中で、プロメテウスと話せた時間はそこまで長くもない。

 それでも途切れ途切れにはなってしまったものの、聞きたいことは結構聞けたかなという感じではある。

 私とプロメテウスの会話――この世界の秘密について少し語ろう。




*  *  *  *  *




 私の携帯電話にいつの間にか登録されていた謎の番号――登録名は『P』となっているが、これがプロメテウスへの直通電話ホットラインなのだろう。

 ちなみに他には、ありす、美奈子さんお母さん弥雲さんお父さんの番号が登録されている。

 ……美奈子さんたちにお願いすれば、桃香たちの番号も登録できるんだろうけど……まぁ連絡が必要な子は遠隔通話ができるからそこまで急ぐものではないか。

 気になるのは、前からではあるがありすの親戚関係なんだよね……。

 美奈子さんの妹の志桜里さんとその娘の亜理紗ちゃんが親戚で、凛子も同じ『黒堂』の家系なので遠い親戚というのは知っているんだけど、その他の親戚がさっぱりわからないのだ。

 流石に深く突っ込んで聞くわけにもいかないので気になりつつも放置していたんだけど――

 後は弥雲さんの方の親戚も気になる。

 『プロメテウス島』の出身だとは知っているし、そっちの方に皆いるから疎遠なだけなのかもしれない。

 まがりなりにも『家族』なのだ、知らずに変なことを言ってしまわないためにも知っておきたいという気持ちはあるんだよね……単なる好奇心がないとは言えないけど。

 うーん、『子供』らしく『おじいちゃんおばあちゃんはいないの?』と聞いてみたら案外すんなり答えてくれそうな気もするが……。




 それはともかくとして――

 一緒に寝ると言い張るありすを何とか撃退し、私は自分の部屋に一人になれた。

 ちょっとどうしようか悩んだけど、電気を点けてたら美奈子さんたちにバレて怒られるかなと思ったので、消灯した後にベッドの中で布団にすっぽりと包まった状態で『P』に電話をかけてみることとした。

 これならよほど大声を出さない限りは外まで声が漏れることはない……とは思う。

 恋墨家の壁は別に薄くもないけど、ガチガチの防音を施しているわけでもない。

 プロメテウスとの会話内容は……前にピッピと話した時と同じ、内容をどうしても含んでしまうだろう。

 だから本当なら外に声の漏れない密室で話すのが一番いいんだけど……そんな都合のいい場所、すぐには思いつかない。

 あるいは弥雲さんと家に二人きりでいる時を狙うしかない。まぁ美奈子さんはともかく、ありすがいない時がないのでちょっとこれは難しいんだけど。


「……」


 ほんの少しだけ躊躇ったが、意を決し『P』の番号をコール。

 数コール後、ブツッと何かが切れるような音がし、


《待っていたぞ》


 弥雲さんの声でプロメテウスが応答してきた――




「えっと、色々と聞きたいことがあるんだけど……」

《応えよう》


 さて、聞きたいことがいっぱいあって何から話そうとは思ったんだけど、やはり一番に解決しなければならないことは――


「まず、ラヴィニアについて聞きたい」


 やはり『ラヴィニア』という存在についてだろう。

 『ゲーム』関連の話も色々とある――けどプロメテウスが果たして答えられるかわからない――が、真っ先に解決しておきたいことは『ラヴィニア』についてになる。

 話の内容如何によっては皆に説明はできないだろうが、それでも『ラヴィニア』がどういう存在なのか、この世界においてどういう立ち位置にいるのかがはっきりすれば気持ち的には大分楽になるし、今後の振る舞いも決められると思うのだ。


「ラヴィニアが恋墨家の『家族』として扱われているのは、やっぱりプロメテウスが操作したから……?」

《その通りだ》

「それは、使ってこと?」

《その通りだ》


 ……やはりか。

 まぁそうだろうとは思ってたし、それ以外に説明をつけられることに思い当たらなかったからね……。


《確かに『恋墨ラヴィニア』という人物は


 私から何かを言う前にプロメテウスの方から続けてくる。


《しかし、

「……それってどういうこと?」

《ふむ――》


 『神様』らしくもなく、プロメテウスは少し躊躇うかのように考え込み――


《端的に言えば、ということだ》

「! それは――」


 まさかとは思うけど……。

 と、私がある可能性に思い至り口ごもった様子から察したのか、プロメテウスが続ける。


《安心せよ。だ》

「お、おう……」


 ちょっと色々と嫌な想像をしてしまったけど、どうやら単にありすの弟か妹ができなかっただけらしい。


《其方らの住む家が完成した後、弥雲の都合でな》

「……あー……そういうことか……」


 何もかもをはっきりとプロメテウスが語ってくれるわけではないから私の想像も混じってはいるが……おそらくこういうことなのだろう。

 元々、美奈子さんたちはもう一人子供を作るつもりだった。

 そして今の家に引っ越した時に、二人目の子供を見越して子供部屋を作っていた。

 ……が、ちょうどそのころから弥雲さんの仕事が忙しくなり、海外への出張も増えていった――だから二人目を断念した……そういうことなんじゃないかな。

 二人目の子供部屋――謎の空き部屋があったのはそういうことなのだろう。

 だから『可能性だけは存在していた』ということを言っているのか。


《尤も、子供が生まれていたとして――今の其方の姿であったかは定かではない》

「うん……それは、まぁね……」


 男か女かもわからないしね。

 それ以前に、今の私はありすと同じ年齢にしか見えない。

 となると双子以外にありえないわけだから……まぁ本来存在したかもしれない子供とは全く別の存在ではあるか……。


《もしも其方が気にするようならば、全てが終わった後に元通りにすることも厭わない》

「うん……わかった。ありがとう」


 ……S世界の住人ってピッピとかもそうだけど、割と人間的の感情の機微に疎いところがあると思ってたんだけど、プロメテウスは割と正確に私の思考をくみ取ってくれているように思える。

 喋り方とかは今までの知り合い以上に非人間的な感じなんだけどね。

 ともあれ、私が何を想い悩んでいるのかを彼は理解している。

 『可能性』としては確かに『ラヴィニア』はいるのかもしれない――けど、現実には『ラヴィニア』は存在していないのだ。

 だというのに、『神』の力で無理矢理現実を改変して恋墨家に、そして周囲の人間にまで『ラヴィニア』の存在をというのは……何というか、物凄く気持ちが悪い。

 例えば前世の家族で、突然新しい弟とか妹が現れ、しかもそのことを不自然に思わなかったとしたら……というのを想像してみるとわかりやすいかもしれない。

 自覚がなければ実害もないとは言えるかもしれないが……自分が紛れ込んだ『異物』なのだ、気にならないわけがない。

 私のそんな気持ちを理解しているプロメテウスは、だから『すべてが終わったら元通りにする』ことも検討する……と言っているのだ。

 ……私がその選択をしたとして、一体その後自分がどうなるのか――

 …………今考えても仕方がないことだ。いずれ直面する問題なのだろうけど、少なくとも『今の最優先』ではない。

 一旦このことは置いておこう。


「それで、私を『恋墨ラヴィニア』としたのは、、で合ってる?」

《合っている》


 これも予想通りか。

 ピッピから聞いた話だと、『C.C.』で創った各世界の存在には『魂の色』というものがあるらしい。きっと、人間が想像するような『魂』とは違うんだろうけど、他に適切な表現が思い当たらないみたいだったから、まぁとりあえず『魂』と呼称しよう。

 それで、いわゆる『異世界』から来た存在というのは、世界の管理者には一目瞭然でわかるらしいのだ。姿が似ていても『魂』が全く異なるためだと思う。

 そうした『異物』を排除しなければどうなるかは……アストラエアの世界を侵略してきたヘパイストスを見れば容易に想像できる。

 問題なのは、『私』がこの世界にとってどういう存在なのか、という点だ。

 『私』はよく似てはいるが『異世界』の人間だった。

 そういう『異物』を『異物』として放置するのではなく、『この世界の存在』として取り込む――プロメテウスがそうしたことをやろうとしていた、結果『恋墨ラヴィニア』という存在が現れた……私はそう考えていた。


「……ちょっと話が逸れるけど、ジュウベェだった少女を受け入れたのも同じ理由だったり?」


 この言い方で通じるかな、とちょっと不安に思ったものの大丈夫だったようだ。

 電話越しにプロメテウスが頷く気配が感じられた。


《ただ、其方と彼の者には大きな違いがある。受け入れられた理由はほぼ同じではあるが》

「……?」

《其方の場合、魂は異世界のものだが肉体はこの世界のものだ。

 しかし、彼の者は肉体は異世界のものだが魂はこの世界のもの――その違いだ》

「!?」


 何となくで疑問を口にしただけだったけど、思わぬ回答が返って来た。

 ……いや、言ってることはわかる。


「私の身体――ってこと?」

《そうだ。其方の肉体は正真正銘、だ。

 検査を受けたいのであれば受ければ良い》


 ……だ……?

 ありすの話から考えると、ガイアが私の身体を造ったことは間違いないだろう。

 でも、造ったのはいわゆる『人造人間』とかではなく『本物の人間』……? いや、まぁ人造人間なんて現実に見たことないから本物の人間と何が違うのかとか知らないけど。

 正真正銘の人間の肉体がどこかから湧いてきて、それに『私』という異世界人の『魂』が宿っている……そんな状況ってことか。

 ……プロメテウスが断言しているってことは、そういうことなんだろう。でもまぁ健康診断も兼ねて高雄先生に診てもらうつもりではあるが。

 で、ジュウベェだった子は私の反対とのことだ。

 あの少女の身体が『異世界』のもので、魂の方がこの世界のものになっている……考えようによっては、私よりもよほどの異常事態なんだよな、あの子。


《彼の者の場合、其方とは真逆で

 ……人間が調べてもわからない程度に良く出来た、と言ってもよいだろう》

「なのに、この世界の『魂』が宿った……?」

《正確には宿ったのではなく、だ。おそらくはあの肉体を造ったヘパイストスの仕業であろう》


 ……まさかまたヘパイストスの名前を聞くことになるとは……!


《彼奴の手口の一つだ。世界を管理するシステムに『誤認』させ、その世界に合った『魂』を発生させることで自らの尖兵を送り込むといった、な》

「! それじゃ、あの子は……」


 ヘパイストスのアストラエアの世界に対する侵略は完全に阻止できたとは言っても、やつ自身をどうにか出来たかは私にはわからない。

 だからジュウベェだった子の肉体を足掛かりにまた何かを仕掛けるつもりなのか、と心配してしまう。


《問題ない。私の方で対処済みだ。

 そして、ヘパイストスももう二度と他の世界を侵略することはない》


 私の心配をプロメテウスはきっぱりと否定してくれた。

 ……プロメテウスがヘパイストスの仲間でもない限り、彼の言葉を信頼するしかない……かな。

 まぁ何にしても、あの子の対処は既に終わっている――現実改変を用いて高雄先生のところで預かってもらっているのだし、新たな使い魔の肉体になることもない。ヘパイストスに利用されることもなさそうだし……気にする必要はないと思っていいのだろう。


《そして、其方は逆――》

「身体はこの世界のものだから……危険はない?」

《仮に危険があったとして、私の方で即対処可能ということだ》


 うへぇ……『神様』だから当然っちゃ当然だけど、生殺与奪の権利を完全に握られちゃってるってわけか……。

 最終的に『すべてが片付いたら』どうにか出来るというのも誇張じゃないんだろうな……。

 ともあれ、私=恋墨ラヴィニアをこの世界の人間として認め、そのように現実を改変したのはプロメテウスの仕業であり――多分『親切心』なのだろうということはわかった。

 もちろんだからと言って大手を振って恋墨家の娘として振る舞っていいかは悩ましいところではあるけど、少なくとも自分自身に対する不信感はある程度は払拭されたと言えるだろう。

 ――この身体を造ったガイアの目的がサッパリわからないままなのは、不安要素ではあるけどね……。

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