第11章3話 プロメテウスはかく語りき -0-

 アストラエアの世界でピッピはこう語った。


 ――「

 ―ー「超常の力を持つ『上位の世界の存在』――それが私でありアストラエア」


 彼女との会話の中で私はこう考え、問うた。


 ――”……D世界とかよりも上の、がある……?”


 『D世界』は便宜上アストラエアの世界を指す名前だ。半竜半人の世界なので、『D』はドラゴンの頭文字だ。まぁそれは別に深い意味はない。

 私の問いにピッピは肯定と共に更に語った。


 ――「まず、さっきラビは『神々の世界』と言ったけれど、別に私たちは『神』を自称しているわけではないわ」

 ――「もちろん、D世界においては私は『神』であるし、ヘパイストスも自分の持っている世界であれば同じよ」


 彼女はアストラエアの世界から見れば正しく『神』ではあるものの、だからと言ってアストラエアやヘパイストスが『神』という存在ではないと語っていた。

 なぜ、『自分の持っている世界』であれば神なのか、その答えを私は既にこの時聞いていた。


 ――「プロメテウス先生が私たちに齎した『あるゲーム』があるの」

 ――「そのゲームは、――』」

 ――「そう。D世界は私が『C.C.』でゼロから創った世界よ。だから私はD世界における創造神なの」

 ――「この世界は……」


 ……と。

 あまりに荒唐無稽で信じがたい話ではあったが、ピッピアストラエアが自分の創ったD世界において文字通り『なんでもできる』というのは実際に何度か目にしてきた。

 言語の入れ替え、空間操作、時間操作……実際に目にはしなかったけど死者蘇生も可能だと言う。

 世界の法則すらも容易に捻じ曲げることができてしまう。


 それはともかく。

 私は思うのだ。

 世界の管理者であれば、過去の歴史――、と。

 だからこそあの世界の戦いでヘパイストスマサクルの本当の狙いがアストラエアピッピだったのだろう。

 たとえある程度侵略が成功したとしても、アストラエアが生きてさえいればありとあらゆる手段で『なかったこと』にできてしまうのだから。

 結局、ピッピは失われた命を戻すことはせず、侵略されたという事実を捻じ曲げずに世界の歴史を進めることを決断したんだけど――そもそも選択肢として『歴史改変』があがる時点でおかしいのだ。やろうと思えばやれる、という認識には間違いはないはずだ。




 そして――私は核心を突いた。


 ――”…………、なんだね?”


 彼女はそれもまた肯定した。




 色々とおかしな点はあったし、私も『そう』としか思えない事象があったのは確かだ。

 それがはっきりと見えてきたのは、ジュウベェだった子の件からだ。

 彼女がクラウザーがどこかから持ってきた『別世界の存在』であることは間違いない。

 そして、この世界へとやってきてからクラウザーの肉体として活動し、犯罪を犯していたことも事実としてあった。

 クラウザーを撃破した後に肉体の方を確保し、高雄先生のところで預かってもらうことになったのもはっきりと記憶している。

 

 少女が保護された時期も変わっていたし、血縁でもない高雄先生がほぼ引き取るような形になっていたのだ。

 そのことに気付いているのは、私とあやめだけ――他の皆には色々と情報を伏せていたから気付かなくて当然だけど――高雄先生や桃香の両親、あやめの両親も疑問を抱いていない。

 自分たちの頭がおかしくなったのでなければ、他に理由のつけようもないこの事象に対してあやめとも考えたんだけど……。


 ――「もしかして……、とかでしょうか?」


 なんてあやめも冗談を言うくらいしか思いつかなかったようだった。

 ……その時はお互い笑い飛ばしたんだけど、ピッピの話を聞いてから私は半ば確信を持っていた。

 他にもアストラエアの世界の戦いの後だけど、全国ニュースで騒がれるほどだった『眠り病』が思った以上にパニックにならなかったこと、それに解決した後に患者たちが何事もなく即退院して日常生活に戻っていったこと、そして誰も疑問を抱いていないこと……。

 直近だと、桃香の別荘の位置が突然変わっていたこと。

 どれもこれも人力でどうにかできることではない。

 『神の力』で現実を改変した――としか私には思えなかったのだ。

 ピッピ曰く、この世界――ありすたちの住むA世界の管理者権限の一部は『ゲーム』に移譲されているとのことだ。

 だから『ゲーム』側がこれらのことをやった……という可能性はゼロではないけど、やる意味がなさそうだと思う。ジュウベェの件であやめと話した時、彼女も同意見だった。

 けど……あくまで『一部』だ。

 が存在しているはずなのだ。


 それが『プロメテウス』――『C.C.』の製作者その人でもある。

 行方不明だとはピッピから聞いていたけど、だからと言ってA世界のすべてが『ゲーム』のものになっているとは限らない。

 言い換えれば、どこかにまだプロメテウスはいて、彼の知らない間に勝手に『ゲーム』にA世界の権限を乗っ取られてしまっていてどうにか抵抗しようとしている可能性だってある――まぁ抵抗する気もないのかもしれないが、『ゲーム』の仕業とは思えない現実改変が起きていることを考えれば、ともかくプロメテウスは状況を把握している、と私は考えている。




 ……そして、今日ほぼ確信した。

 私が謎小動物ラビから謎少女ラヴィニアに変わったことに関わっているのかは何とも言えないが……。

 そこ以外については絶対に関与しているだろう。

 どこからともなく私の服が降ってわいたこと、突然美奈子さんたちが迎えに来たこと、恋墨家に突如私の部屋が現れたこと……。

 極めつけは、やはり弥雲さんの突然の帰国だろう。

 家族の事情だしってことで今まであんまり踏み込んで聞いたことはなかったけど、弥雲さんはずっと外国で仕事をしていたはずだ。それが突然帰ってくるとは思えない。

 美奈子さんたちの言う通り『サプライズ』の可能性はあるけど、だとすると『今日は早く帰ってこい』と言われた覚えがないのはおかしい。いくらなんでも私とありすが揃って聞き逃したとも思えないし、美奈子さんがこんな大事なことを言い逃すとも思えない。

 

 

 全ての情報を知っている私の視点では、そう判断せざるをえない。

 どこかでプロメテウスが見ている。あるいはこちらの状況を細かく把握している。




 ……そんな時に突然現れた『新しい人物』――弥雲さんは非常に怪しいと言わざるをえない。

 私の考えが間違っているかもしれない。

 どこかにいるプロメテウスに現実改変された結果、弥雲さんが来ただけなのかもしれない――が、ここで弥雲さんを私たちの元に連れてくる理由が他に思い当たらないのだ。

 考えても向こうから答えを教えてくれるわけでもないし、接触してくるかもわからない。

 だから私は動いた。

 ――ありすにも、他の誰にも聞かれないタイミングを密かに見計らって。




*  *  *  *  *




「――」


 私の言葉を聞いた弥雲さんが


「うっ……?」


 見た目は今までと何の変わりもない。

 けど、何というか……空気が変わった。

 彼の纏う雰囲気自体が変わった感じだ。

 かっこよくて優しくて娘にダダ甘のパパから、――底知れない、人智を超えた何かに、確かに弥雲さんが変わったのを私は感じた。


《…………気付いていたか》

「!」


 弥雲さんの表情がなくなる。

 半分眠っているかのような虚ろな顔となり、ぼんやりと私のことを見ている。

 そして、聞こえて来た声は……弥雲さんの声ではあるんだけど、彼の口は全く動いていなかった。


「や、やっぱり……!」


 一発で正解を引き当てるとは思わなかったけど、どうやら私の考えは正しかったみたいだ。




 プロメテウス――このA世界を創った『管理者』が。そういうことなんだろう。

 これもピッピと会話した時に聞いていた話だ。

 彼らS世界の住人が『C.C.』世界に干渉するためには、その世界に実在する化身アバターが必要になるとのことだった。

 ピッピは『巫女アストラエア』というアバターをわざわざ創ってそれに乗り移っていたが、アバターのタイプには他にもある。

 それが『憑依型』……専用のアバターを用意するのではなく、世界に既にある生物の身体に乗り移るというものだ。

 プロメテウスは弥雲さんの身体へと憑依している――のだろう。弥雲さん自身がプロメテウスの専用アバターである可能性は否めないけど、ピッピ曰く『プロメテウスは自分の世界に干渉しない』と言ってたし……多分違うとは思う。


《接触は控えようとも思ったが――こうして対面してみることでわかることもある。

 知っているようだが一応名乗っておこう》

「……」

《私はプロメテウス――君の言う通り、この世界の創造者であり、本来の管理者だ》

「……あ、はい……えっと、私は――なんて名乗ればいいんだろう……?」


 自己紹介してもらったのだからこちらもするのが礼儀だろうとは思うんだけど、どう名乗ればいいのかわからなくてちょっと戸惑う。

 今の身体だと『ラヴィニア』なんだけど、『ラヴィニアという存在』そのものがまず謎過ぎる。多分だけど、プロメテウスがどうにかしたんじゃないかなとは思うんだけど、ぶっちゃけ『私=ラヴィニア』という意識が今のところかなり希薄だ。

 じゃあ『ラビ』かっていうと……一番しっくりくる名乗りなんだけど、これも本名かって言われると悩ましいところだ。

 『冠城りょう』は――ちょっと躊躇われる。

 プロメテウスが私についてどこまで把握しているのかまだわからない。全然知らない場合に『冠城りょう』を名乗っても……って感じだ。

 私の逡巡を見てとり、プロメテウスが手を挙げて制止する。


《よい。己が何者かも定まっていないのだろう》


 ……全くもってその通りだ。


――そして今起きていることについて、君と語り合うことが重要だと判断した》

「……語り合う?」


 一方的に教えるのではなく、私と語り合うことが重要なのだと言う。

 ……ってことは、プロメテウスも実はあんまり情報を握っていないのではないか? って気がする。

 まぁだからと言って話をしないという選択肢はない。

 少なくとも、プロメテウスの方が私よりも色々と知っていることには違いないだろうから。

 それにしても…………何というか……。

 とんとん拍子に話が進んで行く割には未だに何もわかっていないんだよな……プロメテウスが現れた、というのは大きな進展ではあるんだけど。

 ――気を取り直して。

 さて何から話すべきか……私は頭の中の疑問点を纏めて口火を切ろうとしたが、


《語り合うには時が足りぬ》

「へ?」


 プロメテウスがそう言うと共に、弥雲さんの纏う異様な雰囲気が霧散していくのを私は感じ取った。


「ちょ、プロメテウス!?」

《君には時間がないのだろう? 君の情報端末――スマホに私との直通回線ホットラインを登録しておいた。

 時間の余裕がある時にでも掛けてくるがよい。私はいつでも応じよう》

「えぇ……?」


 思わず不満を漏らしてしまうけど――ああ、これは私の都合に合わせてくれたのか。

 何しろ、今マイルームに皆が集合して私を待っているのだ。あんまり時間をかけたら、ありすに見られてしまうかもしれない――それを避けるべき、というのはプロメテウスも同じのようだ。

 ……それ以上の別れの挨拶もなく、プロメテウスは消え去り――


「ラヴィーニア! おお、ラヴィーニア!」

「うわっ!? え、えっと……水飲みにきただけだから!」


 元通りになった弥雲さんに再び捕まりそうになったので慌てて退散することにした。




 ……なんだかなぁ。

 あっさりとプロメテウス――平たく言えば『この世界の神様』と接触できちゃったのには拍子抜け、という感じはある。いやまぁ、プロメテウスに接触できなかったらいつまで経ってもこのわけのわからない状況が続くだけだったんだけど。

 なんというか、プロメテウスが万能すぎるせいかな。

 万能の管理者だから好き勝手することができる。だから、私の目からすれば『ご都合主義』と言えちゃうくらいに都合よく話が進んで行くのかな……。


 ……まぁいいさ。

 利用できるものは利用する。罠とかも今は考えている余裕はない。

 『ゲーム』の終了までもう残り僅かな期間しかないのだ。

 『ゲーム』の勝者に与えられる副賞――を他の誰にも渡さないように動かなければならない。

 そうしなければ、ありすたちの生きるこの世界を守れない……そう私は信じて。




 プロメテウスから情報を引き出すのはまた今度にするしかない。

 私は自室へと戻り、皆が待っているであろうマイルームへと向かうことにする。

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