第11章1節 プロメテウスの子供たち

第11章2話 真・恋墨家にて

 …………結局、わけがわからないまま私とありすは車に乗って家に帰ることとなった。


 ――『あーちゃん、うーちゃん。一旦ここは帰った方がいいと思う』

 ――『情報共有は……後でやるにゃー』

 ――『だな。落ち着いたらでいいから、後で連絡くれ』


 私たちが帰るのはもう避けられない、と見た中学生ズはそう言っていた。

 ……だよねぇ。

 私が人間の姿になってしまった衝撃でバタバタしちゃってたけど、肝心のガイア戦のクエストがどうなったのかが全く分かっていないのだ。

 クリアできたのかどうかも不明だし、そもそも私はクエストに行っていた間の記憶すらない――それとこの身体に変わったことに関連があるのかもしれないし……とにかく情報共有はしておくべきだろう。

 ただまぁ、私自身の状況があまりにも異質なので少し手間取るかもしれない。


 ――『……ラビ様? のことがはっきりしてからの方がよろしいかと。こちらはこちらでわかる範囲で情報を纏めておきますので』

 ――『ドストラ――』

 ――『あ、うん。桜さんは大人しくしててね』

 ――『うーたん!』


 ……後半はともかくとして、本当に皆頼りになる。

 年長組が中心となって、ある程度の纏めはできるだろう――ただ、クエストについてはともかく私については……期待薄かなとは思っているけど。

 皆もあんまり長い時間別荘にいるわけにはいかない。明日には平日であやめとなっちゃん以外は学校がある日だ。夕ご飯もあるし、早めに解散にはするだろう。

 とにかく私とありすは、一旦クエストのことは忘れてこっちに集中するしかないかな……。




「んー……なんでお父さんがいるの?」


 車の中で、ストレートな疑問をぶつけるありす。

 ……その言い方はお父さん傷つくんじゃないかな……?


「うふふっ、驚いた? だから早く帰って来なさいって言ったじゃない。まぁお父さんが帰ってくるのはサプライズだったけどね」

「そうそう、サプラーイズ!」


 特に気にはしてないみたいだった。まぁ大体ありすのいつもの言動っちゃその通りだけどね……。

 しかし、ちょっと気になることがある。

 ……このタイミングで弥雲さんが帰ってくるってことは――もしかして……。


「仕事に一段落ついたからね。しばらくは家にいるよー」

「ん、そうなんだ」


 続く弥雲さんの言葉に関心なさそうにありすは応えているけど、ほんのちょっとだけ表情が変化しているのを私は見逃さなかった。

 ……口ではそっけないけど、ありすも別にお父さんのことは嫌いではないみたいだ。まぁもうそろそろ思春期だし、難しいお年頃ってことなのかな。


「外でご飯も良かったんだけど――」

「折角、久しぶりに帰ってこれたんだし、ミーナのご飯がいい!」

「……ってお父さんも言ってることだからね。ちょっと早めに迎えに来たってわけよ」

「ん、それはわかった……けど……」


 突然の父親の登場には驚かされたけど、まぁ家族だしそこは別に構わないだろう――ちょっと私的には思うことはあるんだけど、それはありすにはまだことだ。いつか話せる時がくればって感じかな。

 そっちよりも、ありすは私のことが気になっているみたいだ。

 美奈子さんも弥雲さんも、私の存在に疑問を抱いていない――どころか『いるのが当然』のような感じだ。

 ……私は一体どういう存在なんだろうか? それが見えなくて、私もありすも戸惑っている。私が『ラビ』であるかどうか以前の問題だ。いやまぁ間違いなく『ラビ』なんだけど……。


「あ、買い物したいからスーパー寄ってって」

「おけーい!」


 …………こう言っちゃなんだけど、まるで『家族』みたいだ。

 ありすと美奈子さんたちが『家族』なのは言うまでもないけど、そこに私が紛れ込んでしまっているような……そんな錯覚を覚える。


「……」

「ありす……?」


 状況がつかめないのはありすも同じだろう。

 ありすの手が隣に座る私の手をきゅっと握りしめてくる。

 ……そこにどんな感情が込められているのか、私には想像することしかできなかった……。




*  *  *  *  *




「ははは、マジかよ……」

「ん……マジっぽい……」


 途中でスーパーに寄り道して買い物をしてから恋墨家に帰って来た私たちなんだけど――


「ここ、空き部屋だったよね……?」

「ん。謎の部屋だった」


 去年のクリスマス、ありすたちに送るプレゼントを作るために使わせてもらっていた空き部屋の前で私たちは今日何度目になるだろう困惑に襲われている。

 空き部屋だったはずなのに、そこに部屋が出来ていた。

 がらんとしていた部屋の中に、机やベッド、タンス、本棚などなど……家具が一式揃ってる。


「……はは、服とかもあるし……」


 ちょっと気が引けたけどタンスを開けてみると、中には子供服がいっぱい入っていた。

 一着手に取って合わせてみたが、今の私のサイズにちょうどいい感じだった。


「……?」

「だよねぇ……」


 私の部屋、そうとしか思えない。

 どちらにしてもありすと同じくらいの『子供の部屋』なのは間違いないだろう。


「どういうこと?」

「私が聞きたいよ……」


 今回ばかりは本当の本当にお手上げだ。

 わけのわからない謎現象ばかりが立て続けに起こっていて、しかもどれも考えて結論が出るようなものではないくせに解決しなければならないようなことばかり……。

 自覚はしているけど、私もかなりいっぱいいっぱいだ。

 とはいえ、ありすたちだって同じなのはわかってる。

 ……早いところ私の状況を落ち着けて、皆と相談したいところだな……。


「ありす、。こっちおいでー♪ パパとお話しようよー」

「……ラヴィ」

「……ニア?」


 弥雲さんが階下から呼びかけてくる。

 が、気になるのは『ラヴィニア』と呼んでいることだ。

 ……いや、状況的には私のことを指しているのはわかるんだけど……。


「ラヴィニア?」

「ラヴィニア……って名前らしいね……」


 う、うーん……? 元の『ラビ』に近い名前だとは思うけど。

 あ、そうか。美奈子さんが『ラビちゃん』ってさっきも呼んでたけど、それは『ラヴィニア』の愛称ってことか。


「おーい、天使ちゃんたちー?」

「…………」


 ありすが渋い顔をしてらっしゃる。

 弥雲さん、見た目の渋かっこよさとは裏腹にかなりダダ甘な父親っぽいな……微妙にありすが塩対応なのもわからないでもない。

 問題はその対象がありすだけではなく、どうもラヴィニアも含まれているっぽいことなんだけど……。


「行こう、ありす」

「んー……ラビさん? ラヴィニア? だけじゃダメ……?」

「ダメだよ。ほら!」

「むー……」


 塩対応しつつもお父さんのことはそんなに嫌いじゃないはずなのに、天邪鬼め。

 ……ていうか、ここで私一人弥雲さんのところに放り込まれるのは……何というか、困る。絶対に逃がさんぞ……!




*  *  *  *  *




 ……とまぁ、そんなこんなでささやかながらも微笑ましい弥雲さんの帰国パーティーが恋墨家で行われたのであった。

 ちょっと早めだったけどごはんも食べ終わり、そろそろお風呂はいって寝る準備をという時間になった。


「パパと一緒に入ろうぜ~♡」

「ん、いや」


 まぁそう来るだろうなとは思ってたけど。

 弥雲さんは一発で撃沈されてしまった。


「ラヴィニアと入る」

「え、私? ありす一人で入りなよ……」

「きゃっか」


 却下されてしまった。


「……私と入らなかったら、ラヴィニアがお父さんとお風呂になる」

「ラヴィニア! おお、愛しのラヴィーニア!」

「…………わかったよ」


 さ、流石に子供の身体だとは言え、男の人とお風呂は流石にね……。


「そうそう。纏めて入っちゃいなさい」

「はーい」

「はい……」


 美奈子さんもそう言ってるし、選択の余地はないようだ。




 で、謎小動物の姿以外で初めてありすと一緒にお風呂に入ってるわけなんだけど。


「……どういうことだと思う?」


 いつもの癖で断っちゃったものの、ありすと二人きりになれる空間が他になかったのも確か。

 そういう意味では、お風呂は絶好の機会だと言えるだろう。

 ……何しろ、家に帰ってきてから弥雲さんか美奈子さんのどちらかに捕まっちゃってたからね……。


「んー……ぜんぜんわかんない……」


 私の問いかけにありすはそう答える。まぁそうだろうとは思ったけどさ……。

 ただ、何もわからないままというわけでもない。

 いくつか現状は把握できた、とは思う。


「まずさ、私は『ラヴィニア』という女の子になっている」

「ん。ラヴィニア。でも、中身はラビさん?」

「うん。私自身は『ラビ』だっていうのは確信してるよ。まぁありすたちに証明する術がないんだけどさ……」


 ここは結構厳しいなーと私は思ってたけど、かくんと首を傾げてありすは事も無げに言った。


「ん? ラビさんなら、遠隔通話とかできるんじゃないの?」

「…………あ、そうか!?」


 いかに状況が混沌としてたからって、こんな簡単なこと忘れるとは……私はアホか!

 言われてみれば確かにそうだ。

 人間の身体になっちゃってるけど、使い魔としての機能がそのまま生きてるかどうかをまず確認すべきだった……。


「えっと……」

『ありす、どう?』


 ちょっと戸惑ったけど、今まで通り『ありすと遠隔通話する』と念じ、呼び掛けてみた。


『ん、聞こえる』

『おお、通じた! あれ? じゃあひょっとして皆とも会話できる?』

『出来るんじゃないの? わたし、隙を見て皆にラヴィニアのこと教えてた』

『……おおう、そっか……ありがとう』


 向こう側から連絡がないから……と言い訳はさせてもらいたいところだけど。

 ともかく、遠隔通話が今まで通り使えるってことは――やはり私は『使い魔』のままってことなのかな?


「うーん……マイルームに行くのはちょっと躊躇われるかな。前みたいに身体ごと移動するかわからないし」

「確かに。寝る前に試そう」


 ありすがちょっとウキウキしているように見えるのは気のせいではあるまい。

 流石に今日はこれからクエストに行くとかはするつもりはないけど。


「他にわかったことと言えば――どうやらラヴィニア、らしいね……」


 流石に美奈子さんたちに直接『私はこの家の子?』とは聞けなかったので、会話の流れとかからの推測だけど……これも間違いないだろうと思う。


「ラヴィニアの部屋もある……」

「そうなんだよね……」


 それだけでなく、私用のお箸やら食器やらまでいつの間にか用意されていた。

 玄関の靴箱もチェックしたんだけど、ありすのものではない子供用の靴――まず間違いなく『ラヴィニア』用のだろう――もあった。細かいところまで全部の確認はできていないけど、『ラヴィニアのものがある』ことがごく自然であるかのようだったのだ。

 ……凄まじく

 一つの家庭に、それと気づかせないように『異物ラヴィニア』が入り込んでいる……ホラー映画とかでありそうな展開に私には思えて仕方ない。

 その当事者が自分だというのが、本当に気分が悪くなる……。


「んー、でもわたしは嬉しい」

「へ?」


 素直な私の感情を零したところ、ありすは全く逆の感想を伝えてきた。


ラビさんラヴィニアと『家族』なのは嬉しい」

「ありす……」


 ――この子のことだ、本音で語ってくれているだろう。

 その気持ちは嬉しいんだけど……私はやはり状況を素直に喜ぶことができない。

 それに……『ゲーム』が完全に終わった時、私がどうなるのか――誰にもわからないのだから……。

 ラビ、ラヴィニア……どちらも消えてなくなってしまうのかもしれない。

 その時にありすたちの記憶がどうなるのか、別れの辛さを――元々異世界の、しかも死んでる人間について味わってほしくない。そんな風に考えてしまうのだ。




*  *  *  *  *




 お風呂でちょっと長く話し込んでしまった。

 私たち二人そろってゆでだこになりそうな感じではあったが、まぁのぼせてはいない。

 パジャマに着替えて寝る準備――というところで、一旦皆に連絡して『ゲーム』関連の諸々を確認しようということになった。


『ごめん、皆少しだけ遅れる。ありす、先に行ってクエストの状況とか確認しておいてくれる?』

『……? わかった』


 私自身ありすからお風呂で少し話しただけだけど、どうやらガイア戦のクエストはかなり大変だったようで、最後の記憶が残っているのはおそらくありすだけだということだった。

 その時に私が何も覚えていないということも伝えてある。

 ありすの覚えていることをまずは皆に伝えてもらって、楓たちの考察の助けになれば……って感じだ。


『わかった。トイレだ。ラヴィニア、大丈夫? トイレの使い方わかる? わたしも着いていってあげようか?』

『だー! んなもんわかるってーの!』


 こちとら本当ならありすよりも人間歴長いんだから!

 ……ありすのことだから、割と本気で着いてきそうなのを振り払う。




「……よし」


 そしてこっそりとありすの部屋を覗いてみると、ベッドの上で静かに横たわっている。

 どうやらちゃんとマイルームに移動してくれたみたいだ。

 それを確認し、私は一階のリビングへと向かう。

 ……ありすをわざと遠ざけ、一人で向かうのには理由はある。


「おや、ラヴィニア? ……そうか、パパとお話したくなったんだね! パパもだよ!」


 リビングにいるのはお風呂上りの弥雲さんのみ。

 美奈子さんが入れ替わりにお風呂に入っている。

 そのことはあらかじめ確認しておいたけど――よし、狙い通り弥雲さん一人のタイミングだった。


「え、えっと……あの……」

「? どうしたんだい、もじもじして?

 ――あ、我慢しないでトイレ行っておいで?」


 ……そういうところは親子なんだよなぁ……。

 どこまで本気で言ってるのかわからないけど、まぁ別にトイレに行きたいわけじゃない。

 一度大きく深呼吸し、頭の中でどう言葉を紡ぐべきか――何度もシミュレーションはしていたけど実際にやるとなると結構な覚悟がいるな――改めて整理。

 ……うん、良し。ここで躊躇っていても先に進まない。

 もしも私の考えが間違っていたとしても、私が恥をかくだけなんだ。


「えっと、もしかしたらものすごく変なことを私は言うかもしれないんだけど――お、怒らないでくださいね?」

「? 怒る? パパは何があろうともラヴィニアの味方だよ! 怒るなんてしないよ」


 それはそれで親としてどうなんだって気はするけど――いや、今そんなこと気にしている場合ではない。

 意を決し、私は弥雲さんに向けて言葉を投げかける。










――?」

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