第11章 喪失少女 -Paradise Lost-

第11章1話 プロローグ ~Hello, brand-new world

*  *  *  *  *




 姿……!?

 いつもの謎小動物ではなく、人間の女の子――それもありすに似た、でも髪の色は違う――になってしまっている。

 ……一応言っておくと、前世の『冠城りょう』の姿でもないし、『冠城りょう』の子供時代とも違う。


「え……ど、ど、どういうこと!?」


 思わずそう口走ってしまうけど……皆にだってわかるわけないよねぇ……。

 全員が顔を見合わせ、困惑しているのがはっきりとわかる。まぁ、なっちゃんだけはキラキラした瞳で私のことを見上げているけど。


「…………はっ! バン君、出て行って!」

「あ? ……あ、お、おう! ほれ、ユキも行くぞ!」

「え? わかった」


 真っ先に我に返ったのは楓と椛。

 なぜか後ろを向いていた千夏君たちも素直に従って部屋から出て行く。

 ……この状況で千夏君と一緒に行動できるのが嬉しいのか……雪彦君のブレなさはある意味凄いと思う。


「えーっと、うーちゃん? とりあえず……これ被ってるにゃ!」

「え? ……――ッ!!」


 椛がその辺の布団を私にがばっと被せてくる。

 ……んで、そこでようやく私は気付いた。

 何でか知らないけど、私は全裸だったのだ……!

 うおっ……服着ないというか着替える習慣がここのところなかったから、裸であることに違和感なかった……!


「ど、どうしましょうか……御召し物を用意しないと……!」


 最初に話しかけてきたのはあやめだけど、全く冷静ではないらしくオロオロとしている。

 でも確かに服がないのは拙い。

 この格好じゃまともに皆と会話することもできない――特に男子組とは……。


「んー……? トーカ?」


 と、ここに至るまでずっとダンマリで俯いていた桃香にありすが気付く。

 ……私のことは正直誰が何を考えても結論はすぐに出ないだろうし、確かに桃香の様子は気になるところだ。


「――……ど」

「ん?」

「は?」


 ありすの声かけで桃香の様子に気付いた全員がそちらへと視線を向け――ある意味『現実逃避』の意味合いもあったろうけど――ポツリと桃香が呟く。

 ……が、次の瞬間。


「ドストライクですわーーー!!!」


 天を見上げ咆哮する。


「…………あやめちゃん、お願いにゃー」

「はい。ほら、桃香。行きますよ」


 尚もよくわからないことを叫んでいる桃香を引きずってあやめも部屋の外へ……。

 ……桃香もある意味ブレないな。いや、もしかしたら状況に混乱しているのかもしれないが。


「うーたん!」

「うわっと、なっちゃん!?」


 今度はなっちゃんだ。

 私の被っている布団に潜り込んできて抱き着いてくる。

 ……遊んでるように見えたのかな?


「……撫子がうーちゃんだと思ってるってことは――」

「……やっぱりうーちゃん、でいいんかにゃー……?」


 なっちゃんの謎のオカルトパワーが『本物』だというのは私たちにももうわかってきているけど、流石に確証が持てないみたいだ。

 まぁね、あまりにも元の姿と違いすぎるしね……。

 私は自分自身が『ラビ』であることははっきりと認識できているけど、それを他人に証明する術がないし……。


「楓様、椛様……ちょっと」

「? 鷹月さん? どうかしましたか?」


 外へと荒ぶる桃香を連れて行ったあやめが、再び部屋へと戻って来た。

 桃香の姿はないけど……まぁ多分千夏君たちが抑えてくれているのでろう。


「その――廊下にが……」

「!? え、これって……」


 外に出た時に何か見つけたらしい。あやめは相変わらず困惑しっぱなしだ。

 で、あやめが持ってきたものを見た楓も驚きの声を上げ――受け取ったものを私の方へと持ってきた。


「その、うーちゃん。これ……」

「…………マジで……?」


 それは、だった。

 ……ご丁寧に下着までありやがる。

 まさかとは思うけど……とちょっと失敬してその場で着てみたが――


「ははは……ピッタリだ……」


 もう笑うしかない。

 なぜか置いてあった服は、私の今の身体のサイズにピッタリだったのだ。

 わけがわからない……。

 私が今の姿になったのも理由がわからないし、そもそも姿が変わるなんて誰も予想できなかったはずだ。

 だというのに、今の身体にピッタリサイズの服が突然現れてくるなんて……。


「んー、スマホもある……わたしのと同じやつ」

「あ、ほんとだ……」


 服の間に挟まっていたのであろうスマホを手に、ありすは自分のスマホと見比べて言った。

 ありすの機種と同じで色違いのスマホだ。

 状況的に――これも私のだよ、ねぇ?


「うーちゃん? スマホの中に何かヒント入ってないかにゃー?」

「あ、確かに。ちょっと見てみようか」


 スマホなんて個人情報の塊だ。

 ……『個人情報』と言えるだけのものが入っているかはかなり怪しい気もしたけど、手がかりは全くない。

 とりあえず布団を被らないでも済むようになったし――今度はなっちゃんがきゃっきゃしながら布団に包まってるが、まぁいいや――千夏君たちも部屋に戻ってもらって色々と知恵を絞らなければ。

 それに、私自身のこともそうだけど、記憶のないガイアのクエストについても皆と話さなければならない。

 ……っていうか、今の私は『使い魔』なのだろうか? それとも人間……? あるいは――


「うわっ、着信!?」


 調べようとスマホのロックを外したのと同時に、着信音がなる。

 (暫定)私のスマホに誰かが電話かけてきている? え、これ出ちゃっていいのかな……?

 と悩んだけど、着信相手の名前を見て首を傾げる。


「……『お母さん』……? え、誰の……?」

「……ラビさんの……?」


 状況的にはそれ以外に考えられないけどさ……。

 いや、私の母親は別世界にいるはずだし……。

 ……の母親、か?

 ふと思い当たったのが、ジュウベェだった少女のことだ。

 あれは結局肉体そのものもクラウザーがどうやってかは知らないけど持ち込んだものだったみたいだけど。

 今の私の身体はジュウベェとは違い、この世界にいた『誰か』のものなんじゃないか――で、その子の母親から電話がかかってきているのではないか、そんなことを考えたのだ。


「うーちゃん、どうするの?」

「…………出てみる」


 少しだけ悩んだけど、この謎だらけの状況の数少ない手がかりだ。

 電話越しだし危険はないだろう。なんてったって『お母さん』らしいし。

 意を決して私は通話ボタンを押し、ついでにスピーカーモードにして皆にも会話を聞いてもらう。


「も、もしもし……?」


 ――半年ぶり以上に人間の身体を使っているせいか、微妙にぎこちなさはあるけど、最初に立ち上がれなかった時ほどの違和感はもうなかった。

 緊張しながら着信に出た私だったが……。


『あ、もしもし、?』

「へ……? ……?」


 意外な相手だった。

 電話越しではあるけど聞き間違えるはずがない。かけてきたのは美奈子さんだった。


「あーちゃま!」

『あらー? 撫子ちゃんもそこにいるの?』

「え、えっと……はい……」

『? ラビちゃん? さっきから何か変よ? それに「美奈子さん」って……』


 いや、美奈子さんは美奈子さんだし……。


『まぁいいわ。ありすもそこにいる? 全く、何度電話かけても出ないんだもの……』


 特にそれ以上追及することもなく、美奈子さんはため息交じりにそうぼやく。

 ありすの方に視線を向けると、こくりと頷いて自分のスマホを見て――


「ん……お母さんから着信あった……」


 どうやら(私は記憶にないけど)クエストに挑戦中に着信があったみたいだ。

 ……ありすが出ないから、で私にかけてきたってこと……? いや、でもそもそもこのスマホ、私は知らないし……。


?』

「え、えっと……?」


 またまたありすの方を見るが、ぶんぶんと首を横に振っている。

 だよね。

 今日だって家を出る時に何も言ってなかったし――あれ? そもそも美奈子さんは今日仕事じゃなかったっけ?

 ……ダメだ、なんか記憶もあやふやだし、次から次へと妙なことが起こっててわけがわからなくなってる……!


『それじゃ、、帰る準備しておいてねー♪』

「えっ!? あの――」


 怒涛のように美奈子さんは言いたいことを言い終ると電話を切ってしまう……。

 ……えっと、何だ……一体全体何が起こっているんだ……?

 そう困惑しているのは私だけではない。皆揃って同じだろう。まぁなっちゃんだけは別だろうけど……。


「んー……お母さんに早く帰ってきてなんて、言われてない……はず」

「う、うん。私も言われた覚えないかな……」


 むしろ、友達と遊ぶからゆっくり目になる――帰りは(不本意だが)あやめに送ってもらうかもと言っていたはずだ。

 なのにその記憶はなく、むしろ早く帰ってこいと美奈子さんは言っている。


「――あっ、うーちゃん、あーちゃん! 準備しないと!」

「そうだにゃー。ママさん、迎えにくるんじゃないかにゃ?」

「! ん、確かに……でも――」


 そう言って今度はありすから私に視線を送ってくる。

 ……私をどうするか、という相談については全く進展がない状況だ。しかも、ありすたちからすると私=ラビであるかはまだ未確定のままである。

 そういえば、謎小動物の身体もどこにもない……。

 私の扱いを決めかねた状態で、不可抗力ではあるがありすはここを去らなければならない――それが気になっているのだろう。


「……うーちゃん、さっきの電話でちょっと気になったんだけど」

「う、うん。何?」


 ありすが何を躊躇っているのかはわかるのだろう。

 少し考えた後に楓が新たな疑問をぶつけてくる。


「あーちゃんのお母さんとうーちゃん、さっき普通に電話してたよね?」

「うん――あっ、確かに!」


 うなずいてから気付いた。どうやらまだ私の頭は半分寝ぼけているようだ。

 謎のスマホに美奈子さんの番号が登録されていて、かつ

 そうでなければ第一声に『ラビちゃん』とはならないだろう。


「な、なんなんだ本当に……わけがわからない……!」


 気付いたはいいが、だからと言って何も謎が解決しない。

 むしろますますわけのわからないことになってしまっている。

 ともかく、美奈子さんがありすを迎えに来るってことは時間の猶予はあまりない。

 ありす抜きで色々と相談するのか……っていうか、私はどうすればいいんだろう……?




 混乱しながらもありすの帰り支度を終えた丁度その時、別荘に来客があった。


「ん、お母さんもう来た!?」


 早いなー……そろそろ着くって言ってたけど、電話してきたってことは徒歩だったろうしもう少し時間あると思ってたのに……!

 かといって無視するわけにはいかない。

 外で待っていたあやめたちにも事情を軽く説明をしつつ、私たちは揃って別荘の玄関へ……美奈子さんのところへと向かって行った。

 ……全員で行動する必要はなかったかもしれないけど、まぁ全員混乱しているしね……。


「皆、ごめんなさいね。折角遊んでいたのに……。

 もうありす、ちゃんと説明しないとダメじゃないの!」

「ん、んんー……」


 軽く叱られるありすだけど、不満だろうね……だって本人に全く覚えがないんだから。

 でもここで変に反抗すれば話がこじれるだけだということはありすにはわかっている。


「ごめんなさい……」


 素直に謝っておくことにしたみたいだ。


「……あら?」


 美奈子さんもそれほど怒っているわけではないのだろう。特にそれ以上ありすを叱ることはしなかった。

 が……なぜかあちこち見回し、やがて後ろに隠れている私を見つけ出す。


「……何でそんな後ろに隠れてるの、?」

「……うぇっ!?」

「? なーに、さっきの電話から変よ?」


 そう言いながら、後ろに隠れた私の方へとやってくる。

 ……?



「さぁ、

「ん!?」

「えっ!?」

「……何よその反応。二人して変ないたずらでも仕掛けようとしてるの?」


 ちょ、ちょっと待って……本当にわけがわからない!?

 え、帰る!? 二人とも!? 私も!? ……いや、謎小動物の姿だったらまだわかるんだけど……。

 美奈子さんにとって、今の私の姿は不自然ではないという認識みたいだ。

 なんで突然そんなことになっているのか――私には一つだけ思い当たる節があった、けどこの場で確認する術がない……!

 どうしよう……このまま帰るしかない……? でも、この意味不明の状況について何もわかってない。皆と相談してもわかるとは限らないけど……。


「あ、あの……おばさま、そのぅ……もう少し、ありすさんたちとお話をすることはできませんか……?」

「あーたん! うーたんも!」


 と、全員が混乱している中、正気に戻った桃香が一歩前へと出る。

 『友達ともうちょっと遊びたいなー』とおねだりする方針か。

 意外に効果的かも、とちょっと期待してみると……美奈子さんはちょっと困ったような顔をしている。


「うーん……ごめんね。ちょっと今日だけは……」


 ――ダメかぁ……。

 でも、そんなにもありすを連れ帰ろうとするってことは、何か用事があるのだろうか?

 以前の『眠り病』の時みたいな緊急事態ってほど急いでいるわけではなさそうだが、それでもこれ以上は遊ばせてられないってことか……。


「……あら?」


 そこであやめが何かに気付く。

 彼女の視線の先には――

 それ自体はおかしくない。『眠り病』の件が解決した後、いつの間にか別荘が車で乗りつけられる位置に移動していたという謎現象があった。それに、停まっている車も見覚えのある恋墨家の車である。

 ……あれ? じゃあ美奈子さん、さっき運転しながら電話してたってこと? いや、そんな危ないことする人じゃないし……でも家で電話してから車で向かったとしては時間が大分早いような気がするし……。

 そんなことを私も考えた時、


 ――……って、まさか!?




 一瞬で――その場の空気を掻っ攫ったというか、皆の注目をその人物は集めていた。

 サングラスをかけた、長身の男性……だけど『細い』とは感じられないし、かといって威圧感を与えるような大柄でもない。『スマート』……というのが一番的確な印象だろうか。

 やや長めに伸びた髪は金色。口元のヒゲと合わせてみるとちょっと乱雑にも思えるけど、粗野ではなく『ワイルド』といい意味で受けとられるだろう。

 車から降りたその人物がサングラスを取ると――深い紫色の瞳が、私たちの方へと向けられる。

 そして、芝居がかった感じでばばっと両手を大きく広げ、ぽかーんとしているありすと私を纏めて抱きしめてきた!


「会いたかったよ! 僕の可愛い天使エンジェルちゃん!」

「お、!?」


 ――恋墨弥雲やくも……海外に出張しているはずの、ありすの父親だった……。

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