第10章75話 The Girl that Snatched Future at the Heart of the World.

*  *  *  *  *




 白い――何もかもが真っ白に染まった世界だ。

 他には何も見えない。

 ただただ、視界いっぱいに白い光が広がるだけの……眩しいけども『何もない』空虚な世界に私には見えた。




 ここは一体どこなんだ……?

 ガイアと名乗る少女と一緒に『星』へと入ったことははっきりと覚えている。

 そこから不自然に記憶が途切れ、ふと気が付いたら『ここ』にいたという感じだ。

 ……なんか、本当に今回のクエストはこんなのばっかりだな……。

 いや、戸惑ってる場合じゃないか。


 ――……あれ?


 皆と遠隔通話しようとしたところで私は異変に気付いた。

 遠隔通話ができない……。

 よくある『通じない』とかでもないし、マップが切り替わったことで通じなくなったというのともちょっと違う。

 ……感覚としてはそんな感じだ。

 それだけじゃない。

 他の『ゲーム』に関係する機能全てが使えなくなってしまっているのだ。

 皆のステータスもわからなくなっている……無事なのかどうかすら確かめることができない。


 ――……身体が動かない……!?


 というより、そもそも!?

 自分自身の身体を確認することすらできないからはっきりとわからないけど、いつもの謎生物の身体ではなさそうだ。

 それどころか、身体の感覚が一切ない。

 ……肉体を持たず、精神だけの存在となっている――ってことなのか……? いや、まぁ精神だけの存在って実際どういうものなのか、わからないけど……。

 そうか、今私は『白い世界』を見ている気になっているけど、これはそもそも何も見えていないのかもしれない。

 目に映っているのは外の空間ではなく、何か別の……『何』かはわからないけど、実際にある景色ではないのだろう。

 ……となると、今こうして『考えている私』もまた、本来の『私』とは全く別の何かなのかもしれない……いや、まぁ記憶とかそういうのは今まで通りだから『別人』とは思いたくはないけどさ。


 ――……どうなってるんだ、一体……?


 結局、色々なことがわからないのには変わりない。

 ここは何なのか。

 私の今の状態はなんなのか。

 ……。

 彼女が何を考えているのかがさっぱりわからない。

 この真っ白な世界に私を連れてくることが目的だったのは確かなんだけど、じゃあそれで何をさせようとしているのかがわからない……。

 とにかく私の『目』に移るのはただただひたすらに、眩しいくらいの『白一色』の世界なのだ。

 音すらも聞こえず、本当に何も見えないし何をすればいいのかもわからないくらいだ。


 ――ガイア! 君もここにいるのか!? 私をどうするつもりなの!?


 ……『ラビがこの世界へとやって来た意味』がきっとここにある。

 そしてそれこそが、彼女が私をこの世界へと呼んだ理由なのだとは思うけど……正直、こんな真っ白い世界に連れて来られて放置されても全然わからない。

 ここで何かすればいいのか? あるいは、ピッピの時みたいに『他の誰にも聞かれない場所』で話があるのか……。

 時間の感覚も曖昧だ。

 そんなに時間が経っていないのかもしれないし、ものすごい長い時間が過ぎていたのかもしれない。

 待ちくたびれた、と言えるくらいの時間が過ぎたのかどうかもわからない感じだ。


 ――……はぁ……。


 誰とも連絡が取れないままだし、話し相手もおらず何もない世界に一人漂うしかない……。

 ガイアからの接触もないし、当然と言えば当然だけどミトラとかからも接触もない。

 泣きたくなるくらいの孤独感がじわじわと湧き上がってきた。

 …………まさかとは思うけど、このまま永遠に私はここに閉じ込められることになるんじゃないだろうな……? 私を閉じ込めることが目的……?




 ……そんな孤独と恐怖に苛まれる時間は、きっとそう長くはなかったはずだ。


 ――……あれ?


 どうにかしなきゃと思って足掻こうとしていたけど、私には『考えること』と『見ること』しかできない。

 白一色の実質何も見えていないも同然の世界を見ていても仕方ない、とあれこれ考えていたけども何もわからないのは同じ。

 そこでふと景色を眺めて頭を切り換えようとしていた時に私は気付いた。

 何の変化もない……と思っていたけど、ほんのわずか白い世界が『揺らいで』いるように見えたのだ。

 それに気付いた瞬間、私は無意識にを伸ばそうとしていた――身体がないのは頭ではわかっていたけど……。

 もちろん何かに触れることもできない。

 けど、私の気付いた『揺らぎ』が大きくなった。

 静かな水面に石を投げ込んだ時のように、私が伸ばしたの先から『揺らぎ』の波紋が広がってゆく。

 最初小さかった波紋は減衰することなく世界全体へと広がり、やがて大きなうねりとなる。


 ――これは……!?


 世界全体が大きくうねり始める。

 ……あくまでイメージではあるけど、白一色の空間が私のによって確実に揺らぎ始めているのがわかる。

 一つのうねりが次のうねりとなり、次々と連鎖してやがて世界全体が止まることなく動き続けてゆく。

 そうして揺らぎが大きくなるにつれ、私にこの『白い世界』の本当の姿が見えてきた。


 ――…………か?


 様々な景色が揺らぐことによって見えてきた。

 現代の街並み。

 戦争。

 穏やかな海。

 氷の大陸。

 恐竜の闊歩する大地。

 全てが燃え盛る灼熱の星。

 ありとあらゆる、歴史――いや、過去の映像が無限とも思える数、同時に存在していた。

 全ての刹那が同時に存在している空間……。


 ――……そういうことか……!


 全ての色が混じり合うと『黒』になる。その化身こそがあのゼノケイオス。

 反対に全ての光が混じり合うと『白』になる。

 目に映る景色とは『光』の反射によるものだ。

 だから、全ての景色――『光』が集まっているこの世界は、白一色にしか見えなくなってしまっている。そういうことなんじゃないだろうか。

 でも私がを伸ばして揺らがせたことにより、少しだけ『ズレ』が起きたのだろう。

 重なり合った光が少しずつズレてゆくことで、この世界の本当の姿が見えてきたのだ。




 目に映る様々な歴史は留まることなく情報の渦となって、私の目に飛び込み続けてくる。

 そのほとんどは私にとって何の意味もないものだったが、徐々に――まるで私の思考を読み取っているかのように、あるいは私に関連したものを選び出しているかのように、歴史が絞られてきた。


 ――……! アリスたち……!?


 『ゲーム』の中のアリスたちの姿が映し出されてゆく。

 そこにはもちろん背中にしがみつく私の姿もあった。

 アリスだけではない、ヴィヴィアンたちも、ホーリー・ベル……ケイオス・ロアたち、フランシーヌたちも。

 ジェーンたち顔見知りの『歴史』もあったし、私が見たことのないユニットたちの姿もあった。

 ……なるほど、ゼノケイオスの能力のカラクリはこういうことだったのか!

 過去の『歴史』全てを――本当に全てのユニットの能力がここには示されている。

 だから、ゼノケイオスは全ての能力を知っていたのだろう。

 ……『ここ』がガイアに関連していて、またゼノケイオスはガイアの関係者なのは明白だ。きっと、この『全ての歴史』を元にゼノケイオスの能力は発揮されていたのだと私は推測する。

 となると、ゼノケイオスは大分『手加減』していたのだとしか思えない。

 私の推測が正しければ、ヤツは本来であればありとあらゆるユニットの能力を扱えたはずなのだ。

 まぁ、今となってはだからどうしたって話ではあるけどね……ヤツの目的は、私を捕えてガイアに渡して、その後取り返されないようにするということだったみたいだし。


 映し出されるのはアリスたちユニットだけではない。

 様々な――中にはトラウマ級の嫌な思い出になっているのも――モンスターの姿も現れていた。

 私が見たことのあるものがほとんどではある。『三界の覇王』たちに33体の悪魔メギストン嵐の支配者グラーズヘイム炎獄の竜帝ムスペルヘイム冥界への復讐者ジ・アヴェンジャー……他にもアトラクナクア、テスカトリポカ、テュランスネイルたち。

 超大型から小型まで、ありとあらゆるモンスターの『歴史』もまた存在していた。




 ……を私に見せることが目的だった……?

 見たところでどうなるというのか……相変わらずガイアの意図が掴めない。


 ――《


 ここに来る直前にガイアは確かにそう言った。

 彼女を助ける――そのために、私がここに来ることが必要なのだろうとは思うけど、具体的に私に何をしてほしいのかがさっぱりわからない。


 ――…………え……?


 目まぐるしく変わる景色に翻弄され続けるが、何しろ実体がない。

 目を閉じて見ないということもできず、暴力的に叩きつけられる『歴史』の渦に私が翻弄され続けていた時だった。

 徐々に、再び世界が白く染まっていこうとしていることに気付いた。

 無数の歴史が再び一か所に重なってゆく。

 しかし、最初にこの世界にやって来た時とは明確に違う点があった。

 ……いや、実際のところは最初からだったのだろう。ただ私が気付かなかっただけで。


 ――きょ、……。


 全てが白く染まっていて輪郭なんてわからないはずなのに、ふと私の頭の中にそのイメージが浮かんできた。

 歴史が集まり、『ドラゴン』の姿を形作っているのだと――

 そしてその『ドラゴン』はある一方向に向かってゆっくりと進み続けている。

 ……おそらく、それこそが私が最初に気付いた『揺らぎ』の正体なんだろう。

 あまりにも大きすぎて全貌が掴めない……というイメージだから、動いているのか止まっているのかもわからないくらいだったのだ。


 ――へ進んで行く……。


 『ドラゴン』がどこへ向かっているのか……。

 向かって行く先もまた、白い世界が広がっていて何も見えない。

 でも、何となく――私は理解した、と思う。


 ――へ進んで行ってるのか。


 この『ドラゴン』は、『現在』なのだ。

 無限にも及ぶ刹那の積み重ねで出来上がった『現在』は、一歩ずつ『未来』へと向かって進み続ける。

 そうして辿り着いた『未来』は『過去』となり『ドラゴン』の一部となってゆく……。




 最先にして最後未来最後にして最先過去……それらが常に重ね合わさって出来上がっている『現在』――こいつこそ、世界そのものを擬獣化したなのだ。

 そしては『世界そのもの』がある場所にして『世界そのもの』でもある場所……世界の中心ハート・オブ・ワールドなのだろう。




 ……ガイアが見せたかったのは、これなのか?

 『真のガイア』――ハート・オブ・ワールドを見せることが目的だったのだろうか?

 でも、それに一体何の意味が……?

 結局……ガイアは私に語り掛けることもなく、私は見たものから推測することしかできない。


 ――……?


 そんな時、私はふと視線を感じた。

 相変わらず真っ白で何も見えないけど、直感でそれがハート・オブ・ワールドの視線だということに気付いた。

 私の方も、彼? 彼女? の方へと視線を向けようし――




 ――目が合った、と思った瞬間に私の意識が薄れ始めていった……。




*  *  *  *  *




 …………あれ?

 何がどうなったんだっけ?

 目を開くと見知らぬ天井が見える。

 ……そうだ、確か私たちは『星獣ガイア』のクエストに挑むに当たって、演習場の別荘に来てたんだっけ。だからこれは別荘の部屋の天井だ。


「……あれ?」


 マジでどうなったんだっけ?

 クエストに挑むために、皆で集まってマイルームに集合したことまでは覚えている。

 でも、そこから先――……!?

 何か異常事態が起きている。

 そう思った私は皆の無事を確認しようと起き上がろうとしたけど……。


「うわっ!?」


 あ、あれ? なんかうまく身体が動かない……?

 仰向けから起き上がろうとしてバランスを崩し、また倒れてしまう。

 ……んで、そこで私はありすと目が合った。


「ありす……一体何がどうなって……?」

「……!?」


 が、ありすの様子がおかしい。

 私と目が合った後、驚きに目を見開きばっと立ち上がる。

 え、ちょっと……何、この反応……?

 しかも、珍しく慌ててるようで隣に寝ている皆を順番にたたき起こしていっている……。


「ちょ、ありす……?」


 うーん、私の身体に異常が起きているとか?

 でも、だったらありすだったら皆を起こすよりも先に私に飛びついてきそうだけど――なんて、自意識過剰かな?

 それはともかく、私ももう一度起き上がろうとして――違和感に気付く。


「あ、れ……?」


 さっき立ち上がろうとして転がったのもそうだけど、

 いかん、なんかみたいに頭がどこかぼーっとしている……。

 違和感の正体を探る気力もわかず、とにかく私は立ち上がろうとし……でも何かぺたんと座るに留まってしまう。

 …………あれ? いや、何かが絶対におかしいぞ……!?

 顔を上げて周りを見渡してみると、いつもの皆がいる。




 ありすは驚いた表情のままフリーズしている。……こんなありす見るの、初めてかもしれない。

 桃香は――私と目が合ったと思ったら、掌で顔を抑えて俯いてしまった。微かに身体がぷるぷると震えているのは、笑いを堪えているのか? まさかとは思うけど寝ている私の顔に落書きしてたとか……? そんな余裕のある状況ではなかったと思うけど。

 千夏君はというと、一瞬呆然としていたものの、はっと我に返ったように慌てて後ろへと身体を向ける。え、なにさその反応……?

 雪彦君も同じだ。千夏君ほど慌ててはいなかったけど……。

 楓と椛もぽかんとした表情で私の方を見ていて――やがてあわあわと何やら慌て始めていた。

 なっちゃんは『ほわー』と言いながら私のことをいる。

 で、最後のあやめはというと――


「…………、でしょうか?」


 訳の分からないことを聞いてきたのだった。


「へ……? 何言ってるのさ、あやめ……? うぐっ、ごほっ!?」


 見りゃわかるでしょうよ、と続けようとして私はせき込んでしまった。

 あれ……? 何か、上手くしゃべれない……?

 何だ、これは……クエストの記憶がないってことと関係して、とんでもない大けがを負ったとかなのか……?

 ……と思った時、私は違和感の正体にうっすらと気が付き始めていた。

 せき込んだことで少しだけ頭の靄が晴れたおかげだろう。


「げほっ……私…………? あ、あれ……?」


 使い魔特有の、頭の中に直接響く声ではなく、きちんと口を開いて喋っている……?

 そこで更に私は気付く。

 ……いや、今更かよって感じではあるんだけどさ。

 私は床にぺたんと

 それに、……?


「うーちゃん、なの……?」

「! そ、そうだ。これ見るにゃ!」


 はっとなった椛が自分のスマホを取り出し、私に突きつけてくる。

 自撮りモードにしたのだろう、スマホの画面には――


「…………え?」


 私の目に、が映し出されていた。

 どことなくありすに似ているような――あるいはアリスが縮んだかのような、小さな女の子が映っている。

 眠そうな顔をして、ぽかんと口を開けているその女の子は、


「あれ……?」


 私がしゃべると同じように口をパクパクとさせていた。




 ――違和感の正体。

 それは、私の身体が今までのものとは全く変わっていることだった。

 そんな大きな変化になぜすぐに気付かない、とは思うけど――それも無理はないだろうと自己弁護してみる。

 なぜならば、こっちの方こそが私の――前世の肉体に近いのだから。今までの身体の方がむしろ違和感の塊だったのだ……まぁ半年以上生活していて慣れたけど……。


「……夢、じゃない……?」


 恐る恐る自分の身体を動かし、右手でほっぺたを軽くつねってみる。

 触られた感触はあるけど……使い魔の身体は痛みに鈍感だった。

 だから思いっきり力を込めてみるけど、


「痛い……」


 上手く力が入らないけど、それでもしっかりと痛みを感じる程度にはつねることはできた。

 もちろん、今が『夢』で目が覚めることなんてなかった……。

 夢じゃない。これは現実だ。

 つまり私は――




「…………え…………どういうこと…………?」


 今までの謎の小動物の姿から、ありすに似た金髪の女の子の姿に変わっていたのだった……!




第10章『混沌少女』編 完


第11章『喪失少女』編へ続く






----------あとがき-----------


ここまでお読みいただきありがとうございます!


次回、第11章は1週間あけて、2024/7/24から毎日1話ずつ更新の予定です。

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