第10章74話 新たな混沌の萌芽

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「……あれ……? クエスト終了!?」


 自室のベッドで美鈴は目を覚まし、跳ね起きる。

 ガイア戦のクエストはどうやら終わり、美鈴はマイルームを飛ばして現実世界にまで戻って来たようだと気付く。

 ……マイルームを経由せず、というのがいつものクエストとは異なるのは気になるが――


「ラビっち……!」


 急にクエストが終わったため、最後どうなったのかがはっきりとはわかっていない。このような終わり方は初めてのことだ。

 それでも記憶が曖昧になったりはしていない。

 ラビを助けに向かったアリスがなぜか動きを止めているのを目にし、ミトラと合流しようとしたところで目を開けられないほどの光に包まれ……そこでクエストが終わったことも覚えている。

 一体何が起こったのか。

 クエストの結末も当然気になるが、それ以上にラビがどうなったのかの方が気にかかる。


「! そうだ、電話――は向こうの状況がわからないから無理かー……」


 ありすたちの番号はわかっているので掛けることは可能だが、果たして電話に出れる状態かどうかはわからない。

 少し迷ったが、千夏・楓・椛に『状況が落ち着いたら連絡して!』とだけメッセージを送っておくに留めておく。


『マキナパイセン、大丈夫っすか!?』


 一番の心配ごとであったラビの件については、これ以上能動的にできることはない。

 次に気になっている仲間たちにも連絡してみる――仲間の優先度が低いというわけではない。安否不明なのがラビだったためそちらの確認を先にしたかったのだ。

 自分と同じようにマイルームではなく現実世界にいるという確信はなかったが、思わず本名の方で呼びかけてしまったが……。


『あ、堀之内さん……うん、私は大丈夫……。

 あ、あれ……? どうなったの……?』


 やはり現実世界に戻ってきていたようだ。

 ただ、マキナの記憶はあまりはっきりとしていないらしい。

 マキナオルゴール茉莉BPは最後の戦いの前にゼノケイオスに吸収されてしまっており、解放された後も目が覚めた様子はなかった。無理もないことだろう。


『……茉莉も覚えていないのです……』


 続けて茉莉とも連絡を取り合ったが、二人はやはり最後どうなったかは理解できていない。


 ――……まぁ無理もないか。

 ――アル……は変身前とは連絡取れないし、ミトラに聞いてみるか。……無事よね、あいつ?


 ここまでの間、ミトラの方から何も言って来ないことに微かに不安を覚える。

 連絡をあまりしてこないのはいつものことだが、クエストの終了が曖昧なこの状況で何も言って来ないのは少し不自然に思えた。


『パイセン、茉莉ちゃん。詳しい話は後で。とりあえず――ミトラ! 返事して!』


 美鈴にしてもクエストの結末がどうなったのかわからず、今の段階で説明できることは少ない。

 とにかくミトラから話を聞いてからだ。


『”…………おっと、ごめんよ”』

『ミトラ! 良かった、あんた無事だったのね』


 しばらくの間応答がなかったものの、ミトラから返事が返ってきたことで美鈴は安堵する。

 かつての経験から『ゲーム』の記憶が残っている以上ミトラは無事だろうことはわかってはいたが、それでも何も言って来ないというのは不安を煽るものだ。


『無事なら無事って早く言ってよね!』

『”ああ、ごめん。確かに君たちに一言いっておくべきだったね”』

『はぁ、全く……』


 一言文句を言っただけでそれ以上は追及しない。

 ……どうせミトラのことだ、自分の中でユニット全員が無事なことがわかっていれば『問題なし』として勝手に終わらせたとかそういうことなのだろう、と美鈴は自分を納得させる。

 マキナたちも状況がわからないながらも同じようなことを思ったのだろう。遠隔通話越しではあるが、少し呆れたような気配があった。


『――まぁいいわ。それで、どうなったの? あ、というよりマイルーム行って皆で話す?』

『”いや、それには及ばないよ”』

『……?』


 遠隔通話でも不便はないが、直接会って会話した方が効率がいいはずだがミトラはそれを止める。


『”まだ確認しなければならないことはあるけど、概ね状況はわかったしね。今口頭でボクが伝えるよ。

 まずは――”』


 美鈴たちの返答を待たずに、ミトラは彼が把握していることについて一方的に伝え始める。




『”クエストだけど、ボクたちは無事にクリアできているみたいだ。報酬もちゃんともらってる。

 皆に多分「称号」が付与されているとは思うけど……まぁこれは後日確認しよう”』


 クエストだが、とのことだ。

 クリア報酬も得ているし、あまり実感はないが『ガイア撃退』は成功しているようだ。


 ――……あたしたちがクリアしたことになってる? ありすたちはクリアしてない? それとも、皆してクリアなのかな……?


 『ガイア撃退』もやり切ったという実感は全くない。

 確かにゼノケイオスと戦い、勝利したものの、それだけで『ガイア撃退』したことになるのかと問われれば――美鈴は首を傾げざるを得ない。


『”皆、本当にありがとう。これで「ゲーム」クリアに王手がかかったと言ってもいいだろう。

 ……まぁ、まだ「ゲーム」の期間はしばらくあるし、今後のことはまた相談しよう”』

『それはわかったけど――ねぇミトラ。ラビっちがどうなったかわからない?』


 とりあえず自分たちに関することはわかった。

 であれば、一番気にかかるラビの件について知りたいと美鈴は思う。


『”ラビ君は――フレンドじゃないから即連絡は取れないけど、ね”』

『! ということは――』

『”うん、今の状況はわからないけど、少なくともゲームオーバーにはなってないのは確実だろう”』


 最終クエストでラビと対面していたおかげで、ミトラのリストにラビの名が出てくるようになっていたのが幸いした。

 クエスト報酬が支払われているということはクエスト自体は完了している――途中撤退であれば話は別だが、『クリアした』のであれば全員が揃ってクエストから脱出しているはずだ。

 ならば、今もミトラのリストに『ラビ』の名が載っているということは……彼の言葉通り『ゲームオーバーにはなっていない』のは間違いないだろう。


『そっか、良かった……』


 ミトラが嘘をつく理由もないだろう、と今度こそ本当に美鈴は安心する。


『”クエストをクリアした扱いになっているのがボクたちだけなのか、それともラビ君たちもなのかは……ボクからはわからないかな”』

『あー、まぁそうよね……そっちはあたしが聞けたら聞いてみるわ』

『”うん、よろしく”』


 結局、『クエストはクリアした』ということだけははっきりとしているものの、状況はよくわからないままであった。

 すぐに何もかもがわかるわけではないだろう、徐々にはっきりしてくることもあるだろうし、とここでこれ以上突っ込むことは誰もしなかった。


『”さて、今日のところは皆も疲れているだろうし解散にしよう。

 いつも通りに過ごしてもらって構わないよ――あ、もしまたガイア戦のクエストがあったとしても、個人では挑まないように”』


 最後の言葉は、個人で挑んで失敗した場合にリトライができなくなってしまうことを危惧してのものだ。

 ……もっとも、あのガイア戦を個人でどうにかできるとは誰も思っておらず、挑戦することはないだろうが。


『それじゃ、パイセンと茉莉ちゃん。もし大丈夫そうならあたしのわかっている範囲で説明するけど――』

『美鈴ちゃん、ぜひお願いなのです!』

『う、うん……なんかちょっと話についていけてないし、お願いしたいかな』

『オッケー。じゃ、あたしたちはマイルームに集合しましょうか。

 ……ミトラ、そういえばアルは?』

『”もちろん無事だよ。ただ、色々あって疲れてるみたいだし……彼女は欠席だね”』

『そっか……』


 具体的に活躍したわけではないが、アルストロメリアがいなければゼノケイオスはステッチを使って完封を狙ってきたはずだ。

 彼女の果たした役割はかなり大きいと言える。


『”それじゃ、ここからは自由時間だ。

 ……流石にボクも疲れたよ。ちょっと休ませてもらうから、返事遅れちゃうかもしれない”』

『ああ、うん。わかってる。お疲れ、ミトラ』


 『ゲーム』のラスボスのクエストをクリアできたということは、彼の言う通り『ゲームクリア』へと大きく近づいたと言えるだろう。

 流石にクリア確定とまではまだ思えないが、それでもここまでチームとしてやってきたのだ。喜びは分かち合いたい。

 ……が、ミトラの言う通り美鈴もかなりの疲労感がある。特に最後の戦いは全滅一歩手前まで追い詰められ、限界まで力を振り絞ったものだったのだ。精神的にはかなり疲れていることを自覚している。

 とはいえ、マキナたちと情報を共有するなら早い方がいい。

 現実世界での状況もある、一度解散し10分後くらいを目途にマイルームへと集合することとした。




 ――美鈴は今日は家に一人だったため、特に家族に気を遣う必要もない。

 二人が来るよりも大分早く、一人マイルームへと向かった。


「……本当にミトラもアルもいないわね。まぁいっか」


 もしかしたら、と思ってはいたが、宣言通り休んでいるのだろう。マイルームには誰もいなかった。

 色々と胡散臭い使い魔ではあるが、それでも自分を『ゲーム』に復帰させてくれた恩人であり仲間なのには違いない。

 『ゲームクリア』も目前に迫って来たのだ。今更ではあるがもう少し腹を割って話すべきだろうとも思う。

 それに、ラビが無事であれば、今度こそ『アリスとの決着』をつけたいところだ。そのお願いもしたい。

 『ゲーム』については色々とあったし思うことはまだあるが、このままならば全てが丸く収まるのではないか――『終わり』が見えてきたことでケイオス・ロア美鈴の心は少し浮足立っていた。


「流石に二人が来るまでクエストにソロで行くのは――やめとくか。時間ないし」


 簡単目のクエストならば問題ないだろうが、いざ二人が来た時にケイオス・ロアがいなかったら心配させてしまうだろう。

 先ほどまでの疲労感もいつの間にか吹き飛び、いつも通りの――ゲーム好きの女子中学生にすっかりと戻っているのであった。


「――あれ?」


 どうせミトラもアルも来ないのだから、と変身を解こうとしたケイオス・ロアであったが、そこで違和感に気付く。

 クエスト内で負った傷も完全に治っている、ダメージを引き継いではいない。

 今までずっとそうだったが、おかしな点があった。


「…………!?」


 両腕の包帯の下……そこにはまだはっきりと赤黒い痣が残っていたのだ。


「な、なんで……!?」


 『灼熱の大地』でのリスポーン後に痣が残っていたのも不可解ではあるが、まだわからないでもない。

 しかし、クエストが完全に終了しユニットの肉体全てがリセットているはずなのに、未だに痣がある――クエスト間を跨るような状態異常は彼女は聞いたことがない。

 痛みはない。

 自分で確認した限り、ステータスに変化もないし状態異常の表示もない。

 のだ。

 だが明らかに異常なことが起きているのには間違いない。


「これは、一体……!?」


 ――ミトラに確認すべきことがもう一つ増えてしまった。

 この時のケイオス・ロアはそう考えていた。

 ……この痣にどのような意味があるのか、今の彼女には想像することもできない――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




”――お待たせ、


 彼らのマイルームに似た、湖と草原のフィールド――どこかのクエストのフィールドだ――に、ミトラとアルストロメリアはいた。


「んふふー、働き者だねー。ケイちゃんたちには休むように言っておいて、自分はまだまだ働くつもりなんだねー、えらいえらい♪」

”ふふふ、まぁこれも未来へ向けての労働だよ。今の働きは未来が応えてくれる……ってね”


 湖に半身を浸し、揶揄うように笑うアルストロメリアにミトラも気安い口調で返す。

 ――どちらも、ガイアのクエスト内にいた時とは別人のような態度であった。

 ミトラはまあともかく、特にアルストロメリアについては――


”今後の『計画』について、そろそろ詰めようか。

 ガイアのクエストでは色々と収穫はあったしね。これでより盤石になる”

「ふーん? ま、その辺りは後で聞くとして……。

 まずはあたしの方から報告ね。いやー、やっと完成したわー。やっぱりじゃちょっとやりにくかったから時間かかっちゃったけど、何とかなったよん♪」


 そう朗らかに笑うと、右手を岸辺――ミトラの横へと向けて突き出す。



 その魔法を使うと共に『空間の裂け目』が現れ、その中から赤黒い塊が溢れ出す。

 ――ガイア内部で度々出現した『赤黒いスライム』……それと全く同じものが空間の裂け目から現れたのだ。

 それだけにとどまらず、地面へと落ちた赤黒い塊が蠢き、一つの形を作る。


”――ふ、ふふふっ! 完璧じゃあないか!”

「――ああ、予定より時間は食ってしまったがな」


 ミトラの声に応えたのはアルストロメリア……ではなく、赤黒い塊から造られた新たな姿からだった。

 ぼさぼさの黒髪に白衣を纏った長身の女性――


「フランシーヌの行動は予想外ではあったが、まぁいいさ。結末は変わらん」

”だね。時間はかかっちゃったし、そのためにけど……ま、結果オーライだね。――いや、その姿だとドクター・フーの方だっけ?”

「どちらでも構わないよ、親愛なる使殿


 軽く肩を竦め、エキドナはそう答えたのであった……。

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