第10章73話 光満ち満ちて、星は微笑む

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ゼノケイオスの消滅を見届けることもなく、アリスはすぐさまラビの元へと駆け付けようとする。

 残りほんの数歩で『星』へとラビは辿り着いてしまうだろうが、今のアリスであれば限界を超えた――全速力のクロエラ以上の速度で空を翔けることができる。


 ――これで今度こそ、何とかなったかな……?


 《クイックタイム》でほぼ魔力を使い切ったケイオス・ロアは自身のダメージを癒すことさえできず、そして今度こそ戦いが終わったことを悟りその場に倒れ動けなくなる。

 事前に計算した通りではあったが、手持ちのアイテムももうない。

 ミトラに回復してもらわなければ《リカバリーライト》を使うことさえできない状態だ。


「ぐぁ……痛ったぁ……」


 リスポーンするほどではないが、放っておいていいダメージでもない。

 それにゼノケイオスを倒し、クエストクリア目前ということもあって緊張の糸が切れて余計に痛みが増している気がする――もちろん、クリアしていないのだから気が抜けるわけではないのはわかっているが。




 すぐにミトラを呼ぼうとしたその時だった。


「! フラン……オルゴールたちも!」


 ゼノケイオスが完全に消えた瞬間、その場から光がはじけた。

 新たな敵が現れるのかと緊張するも、その光はすぐに止み、代わりに10個の光の玉が現れ――それが囚われていたフランシーヌたちの姿に変わる。

 ゼノケイオスが倒れたことにより、内部に囚われていたユニット全員が解放されたのだろう。

 しかし、フランシーヌたちはピクリとも動かない。

 意識を失っているだけなのか、それとも他に要因があるのかは倒れたままのケイオス・ロアにはわからない。

 いずれにせよ、彼女たちにも必要であれば《リカバリーライト》をかける必要があるだろう。


『ミトラ、こっちに来て回復お願い。オルゴールたちも解放されたみたいだし、皆の回復をしないと!』


 『黒炎竜』の姿になって復活したのとは異なり、ユニットが解放されたということは本当に、完全に終わったのだろうと判断できる。

 ……流石にここから新たな敵が現れるとはもう思えない。

 仮にいたとしても、ゼノケイオス以上の相手が出てくるとは考えにくい。

 明らかに『ゲーム』の用意した敵とは思えない存在ではあったが、その実力は『ゲーム』のあらゆるモンスターを超えた存在ではあった。

 『条件』はあったようだがユニットの魔法とギフトを自在に操りつつも、モンスター同等の強靭なステータスを誇り、更にはありすと同じ戦闘能力・思考を持つ相手だ。

 向こう側の『目的』もありある程度は手加減をしていたようだが、最初から全力で襲い掛かってこられたとしたら勝ち目はなかっただろうと素直に思う。


 ――……というよりも、アリスがいなかったら絶対に勝てなかったわね。


 決め手となったのは、やはりアリスの魔法だ。

 ゼノケイオスの予想を超える魔法を創ることができるアリスの魔法がなければ、たとえケイオス・ロアがを出したとしても倒すことはできなかっただろう。当然、先ほどの戦いでも手を抜いたつもりはないのだが。


『……ミトラ?』


 ともあれ様々な問題は解決に向かっていることを確信、安堵したケイオス・ロアだったが……ミトラからの返答がない。

 まさか下がらせたはずのゼラがまた前に出て巻き込まれてしまったか、あるいは下がっていたがそれでも巻き込まれたか――と不安になり更に呼びかけようとしたが、


「…………え?」


 顔を上げたケイオス・ロアは見てしまい、硬直した。




 『星』へと向かったアリスが、姿を――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




”は……はははっ、あははははははははははっ!!”


 ゼラの【格納者コンテナー】内から外の様子を見ていたミトラが突然笑い出す。


「み、……?」


 その様子を同じく【格納者】内のアルストロメリアがどこか怯えたように見ていた。

 ……怯えるのも無理はないだろう。

 明らかに『異常』な笑い方だ。

 面白いものを見て愉快で笑っている、というのではない。

 まるで怪しい薬物を使用しているかのような――狂った笑い方であった。


”そうか――そうだったのか、かぁっ!

 あっははははは! これで全部……

 なるほどねぇ、やっぱりってことだ! ははっ、でもまさかそのせいでイレギュラーが発生するとは思わなかったよ!”


 アルストロメリアの様子を気にすることもなく、ミトラはひたすら笑い続ける。

 ゼノケイオスとの戦いも全て彼は目にしている。

 その上で、『何か』を理解して笑っているようだが――


 ――……ダメだ、……!


 彼の様子を見てアルストロメリアもまた確信した。

 ミトラの指示に従っていてはいけない。

 彼の指示に従うことで彼女の『望み』は叶うはずだが――それが彼女の思う通りのものであるとは限らない。

 そして、同時にやはりミトラの指示に従っていては『望み』が叶うこともない。それを感じ取ってしまったのだ。


「…………ゼラちゃん! お願い、!」


 だからもう指示を待っていられない。行動する以外に『望み』が叶う道はない。

 そう判断したアルストロメリアは、ゼラへと『お願い』をする。

 ほんの少しだけどうしようか、とゼラが躊躇ったのが共感魔法エンパシーで伝わってきたが、結局アルストロメリアの言うことを聞いてくれるようだ。

 【格納者】内からの視点でもわかるように、ゼラが地面を這ってアリスの元へと向かおうと進み始める。

 ――ここから動いたところで、『星』にたどり着こうとしているアリスに追いつけるわけはない。

 それはわかっているが、それでも動かないでいることはアルストロメリアにはできなかったのだ。


”おっと。アルストロメリア――例の『計画』の実行はボクの指示を待つはずだろう? 君には悪いけど、。今はまだ――”

「う、うるさい! 『ゲーム』クリアできるユニットがいればいいんでしょう!? じゃあアリスちゃんなら問題ないはずでしょ!?」


 ヒステリックにミトラへと叫び反抗するアルストロメリア。

 ……ある意味では、先ほどのミトラと同様に彼女もまた正常な状態ではないと言えるだろう。

 それほどまでに彼女は焦っているのだ――『望み』を一刻も早く叶えたい、それがアルストロメリアの唯一の目的なのだから。

 明らかに正常ではないアルストロメリアの様子を見て、ミトラは冷静になったのか軽く笑いながら言う。


”仕方ないなぁ……――

「え……っ!?」

《……!?》

”あ、後ケイが呼んでるし、ちょっと行ってくるね。強制命令――ゼラ、ボクを外に出して”


 ……何が起こっているのか、アルストロメリアもゼラも理解できなかった。

 ミトラの使った強制命令フォースコマンドは、彼の使った通り

 だが、そんなことが起きるはずがないのだ。

 アルストロメリアはともかく、。強制命令などできるはずもないし、口にしたところで効力が発揮されるわけがないのだ。

 なのにどちらも強制命令に従って行動を停止してしまう……。


”ふふっ、とりあえずは――このクエストはもう終わりにしようか。しね”


 ガイアを巡る戦いはもう終わる。それが確実であることをミトラは知っていた。

 クエストクリアの条件を満たすのが自分になるのかラビになるのか、それとも使い魔不在のフランシーヌになるのか……そこまではわかっていないが、誰になったとしてもミトラにとっては『どうでもいい』ことなのだ。

 肝心なのは、最終クエストが終わってから『ゲーム』の期間終了までの間である。そうミトラは考えている。


”ケイもなんだか面白いことになっているし……ふふっ、色々と予想外のことはあったけど、ボクにとってそう悪いハプニングじゃなかったね。

 後は、『彼女』と最後の計画の詰めをするだけ――”


 ゼラの外へと出たミトラもまた、ケイオス・ロア同様にアリスの様子を見た。

 そして、自分の理解が正しかったことを再確認し、嗤った。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 数秒ほど時は遡り――


「使い魔殿!!」


 ゼノケイオスを倒した勢いそのまま、アリスはラビを追いかけ『星』へと向かう。

 『マム』が残り3段目に足を掛け、振り返ることもせずに次の段へと進むのが見えた。

 ――そこにたどり着くまで、全速力で飛んでも2~3秒ほど。

 『マム』がペースを速めなければ最後の1段から踏み出す前に追いつけるはずだ。


「ext《竜殺大剣バルムンク》!!」


 躊躇いは一切ない。

 アリスからしてみれば『マム』が何者なのかは全く分からないし、姿であることは気になるがだからと言って攻撃を躊躇っていてはならないとわかっている。

 ラビを助けるためであれば、自分とよく似た姿の人物であろうとも倒す――ゼノケイオスですら倒したのだ、『マム』にだけ手を抜く理由はない。

 しかし、だからといって巨星・矮星魔法を放つのはダメだ。

 ラビにダメージは入らないとは言っても、『マム』ごと吹き飛ばしてしまう可能性は高い。

 『星』のある位置から地上へと落下してしまっては、使い魔の体力であっても耐えられないだろう――ラビが自力である程度浮くことは可能であっても試す気にはなれない。

 だからアリスは《バルムンク》を選択した。

 勢いそのまま『マム』を一刀のもとに切り伏せ、ラビを回収してすぐにその場を離れる。

 それで全ては解決する――そう信じて。


”アリス!!”


 ラビもアリスがこちらへと向かっていることを察し、思わずその名を叫ぶ。

 ……そのせいで『マム』に気付かれるかも、とはどちらも思わない。

 気付かれてしまったとしても構わない。

 ガイア内部に入ってからずっと分断させられていた二人は、もう我慢の限界だった。


 ――すぐ助けるぞ!


 『マム』が最後の段に立ったのとほぼ同時に、アリスが背後から『マム』の首へと《バルムンク》を振るった――







《『』》






”…………え?”

「…………」


 《バルムンク》の刃が『マム』の細い首に届くことはなかった。

 触れる寸前で、アリスの動きがピタリと不自然な形で止まってしまったのだ。


”な、これは……!?”

「……」


 空中でまるで時間が止まったかのようにアリスの動きが止まっている。


 ――ど、どういうことだ……!?


 停止してはいるが意識自体は残っている。

 アリスは自分自身の身に一体何が起こっているのかわからず混乱している。


《よかった・・ありす・が・のこって》


 アリスの方へと視線を向けることもなく『マム』はポツリと誰にともなく呟くのみ。


 ――『計画通り』だと……!?

 ――それに、この状況……まるで――


 自分の意思とは裏腹に身体が動かなくなる。

 この状況にアリスは一つだけ思い当たることがあった。


”まるで――【支配者ルーラー】……”


 同じことにラビも思い当たったのだろう。

 そう――これは正に【支配者】による絶対命令と同じこと……そうとしか二人には思えなかった。


《そこ・で・まって・て

 あなた・の・でばん・は・・だから》

「……」

”……っ!? まさか――、なのか……!?”




 なぜ、ラビとアリスを分断し、更に時間を歪めてアリスの到着を遅らせたのか。

 なぜ、ゼノケイオスはアリスだけは残そうと最初は考えていたのか。

 なぜ、アリスの魔法だけが他のユニットと異なる法則なのか。

 なぜ、ありすだけが現実世界に影響を及ぼすモンスターの姿を見ることができるのか。

 そして――


 全てのユニットの生みの親とも言えるヘパイストスの能力がアリスにだけは通用しない……この理由については、誰にもわからなかったまま放置されていた。

 ……そのおかげでナイアに勝利できたのだから、決して不利に働いたわけではない。だから自然と受け入れ何となく流されていた疑問だった。

 ラビの頭の中で様々な事実が線で結ばれてゆき、一つの突拍子もない仮説を形作る。

 突拍子もない、だがそうであれば様々な謎に説明がつく――最も『合理的』な仮説。それは――




 

 

 そして更に先ほどのガイアの発言により、『ラビ』自身もまたガイアの意思でこの世界に呼び出され『ゲーム』に送り込まれた存在である。

 ラビがこの世界に来たからこそありすはアリスとなり『ゲーム』に参加することになった。

 ラビとありす、どちらともガイアが意図的に紛れ込ませたイレギュラーだったのだ。




 ……つまり、全ての『元凶』とも言える存在は『ゲーム』なのではない。

 ガイア――ありすアリスによく似た少女こそなのである。




 ガイアは振り返らず、しかしラビの方へと顔を向け――初めて表情を変えた。

 どこかほっとしたような、儚い微笑みを浮かべ……。


《らび・あなた・に・かかってる》

”何を――!?”


 最期にそう言うと、ラビと共に『星』の中へと消えていった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「使い魔殿! クソがっ、待て――」


 ラビと『マム』が『星』の中へと入ると同時に、アリスの身体が自由に動くようになる。

 すぐさま躊躇わず『星』へとアリスも突っ込もうとした時だった。


「うぐぁっ!? な、なんだ……!?」


 突如『星』が眩く輝きだしアリスの目を灼く。

 その輝きは広がり、すぐに『神々の古戦場』全体を包み込むほどになった。


「!? おい、待て……待ってくれ!」


 徐々に、アリスは自分の身体が消えていくのを感じていた。

 この感じには覚えがある。


「まだ使い魔殿が――!!」


 

 自分の意思でもなく、何かをしたわけでもない。

 勝手にクエストが終了しようとしているのをアリスは理解した。

 このまま現実世界に戻った時、ラビが元通りいてくれる……とはどうしても思えなかった。


 ――ラビさんはいなくなる。


 ゼノケイオスはそう語った。

 『マム』の目的を果たすためにラビは消える、そうも言った。

 だからこのままクエストから離脱してしまったら、二度とラビには会えない――そんな予感がしているのだ。


「返せ……! を返せよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 光に抵抗し、前へと――ラビたちの消えた方に必死に手を伸ばし叫ぶものの――




 アリスの叫びを掻き消すように光は更に強まり、『ガイアの世界』は音もなく消滅してゆく。

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