第10章72話 其ノ黒キモノニ触レルナ 12. THE DAWN OF THE WORLD

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――見誤っていた……!


 結局のところ、ゼノケイオスは『ありすを模している』とは言っても、ということだ。

 いかに性格や記憶を模していたとしても、本人と全く同じ考えができるわけではなかった。

 目的のためならば手段は選ばない。

 『ラビを助ける』という最優先の目的のためならば、自分の命さえも平気で捨てることができる――ゼノケイオスも『知識』としてはわかっていたはずなのに、この土壇場でアリスが選ぶとは理屈として考えられなかったのだ。


 ――このままじゃ、まずい……。


 全ての魔法の知識があるからこそ理解できる。

 このままではゼノケイオスはアリスと相打ちになって倒れることになってしまう。

 今のアリスはただのユニットではない。

 『魔法そのもの』と化している――だから、いくら攻撃を加えたとしても倒すことはできない。そもそも、何をしようともブラックホールに呑み込まれて潰されるだけに終わるだろう。

 そして、生き残ったケイオス・ロアが『マム』からラビを奪還する……その結末に至ってしまう。


 ――……!


 アリスのリザレクションボトル作戦は『ある理由』から防ぐことができる可能性はある。

 だが、ケイオス・ロアではダメなのだ。ゼノケイオスが倒れた状態で『マム』の元に追いつかれたら、絶対にラビを取り返されることになる。

 それを防ぐ理由もあって、のだから。

 だからと言って、今ケイオス・ロアを攻撃することもできない。

 まだ《ストップタイム》が効いている上に、攻撃のために少しでも抵抗を緩めればあっという間にすり潰されてしまうだろうからだ。


 ――…………わたしも『賭け』をするしかない……!


 ゼノケイオスはすぐさま決断する。

 自分に足りなかったのは、アリスの思考を完全トレースできなかったことだけではない。

 

 アリスにあってゼノケイオスに欠けていたもので最も大きな差は、それであろうと考える。


 ――『マム』からもらった力……全部捨てる。

 ――残るのはわたし自身の力だけ。

 ――……でも、そうしなければ


 どんな『力』も無視する圧倒的な暴力……その化身となった今のアリスに『勝てない』ことをゼノケイオスは認めた。

 《ザ・デス》の効果を予測できず、止めることができなかった時点でゼノケイオスの『勝ち』は無くなったのだ。

 それでも足掻くことをやめるわけにはいかない。

 でなければ、『マム』の指示を守ることもできないし彼女の望みが叶うこともなくなってしまうのだから。

 無くなった『勝ち』の目を取り戻すためには、ゼノケイオスも『賭け』をしなければならない。

 『賭け』に勝ったとしても、『勝利』できるかどうかは五分五分……否、ケイオス・ロアの存在を考えれば勝率はもっと低いだろう。


 ――やるしかない。


 アリスたちの覚悟を舐めていたが故に自分は追い詰められた。

 『本気になる』と何度も言っていたにも関わらず、結局自分は与えられた『万能の力』に傲ってしまっていたのだろう――と自分を戒める。

 ……彼女の行動原理に、『マムのため』というものに加え実はもう一つあった。

 それは……。


 ――もう一人のわたし……いや、――!!


 自分と同じ姿をしたアリスありすへの敵意と対抗心であった。




 《ザ・デス》の発動から数秒、戦いはほぼ決着がついたように傍目からには見えた。

 ブラックホールにゼノケイオスの身体は吸い込まれ、為す術もなく潰されて消えてゆく――そしてブラックホールと化したアリスもまた、全身を魔法へと変えたことによりやがて消滅する。

 ――それが戦いの終わりになるはずだった。




「……オープン!!」


 顔まで呑み込まれる前にゼノケイオスが使ったのはオープン。

 この魔法であれば空間そのものが開く魔法だ、たとえブラックホールであろうとも距離を離すことは可能だろう。

 ただし、あくまでも一旦は、である。

 身体の大部分をすり潰され、頭部と首、そしてギリギリでつながっている状態の右腕だけが逃れて離れたものの、またすぐにアリスへと引き寄せられてゆく。

 再生する余裕すら与えられず、今度こそ抵抗できずに『残骸』が吸い込まれ終わりを迎える……。


「…………」


 呑み込まれようとする一瞬、ゼノケイオスが再び何かを呟いたものの――結局そのままゼノケイオスはブラックホールの中へと消えていったのだった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「――!? アリス!」


 ゼノケイオスが消滅するのとほぼ入れ替わりに《ストップタイム》の効果が切れ、ケイオス・ロアがすぐさま状況を察する。


「くっ……!? これで戻ってよ!? オペレーション《リカバリーライト》!」


 時間停止が解けると同時に自分が吸い寄せられていく先にあるブラックホール――それがアリスの取った最終手段だということにはすぐに気付いた。

 そして、彼女の魔法の性質を知るが故に、このままではアリスが消滅してしまうことも。

 《リカバリーライト》で、それ以外に救う手段はない。

 自分の傷を治すことよりも、迷うことなくアリスを救うことをケイオス・ロアは優先させた。


 ――……ったく、本当に『予想外』のことしでかすわね、この娘は!


 ケイオス・ロアは『アリスこそが勝利を決めるカギ』だとはわかっており、互いにそのように動くことだけは決めていたが、実際にアリスがどのような魔法を使うかは一切知らなかった。

 当然であろう。ケイオス・ロアが知る程度の魔法であればゼノケイオスには通用しないし、遠隔通話ができる仲ではないのだ。口頭で説明するわけにもいかない。

 それでも勝負をアリスに委ねた……これはお互いが『やるべきことをやりきる』ことを信頼していたが故だろう。


「! 良し、アリスの身体も戻っていくわね……!」


 《リカバリーライト》での巻き戻しでブラックホールが徐々に消え、元のアリスの姿へと戻ってゆく。

 流石にリスポーン待ちになってしまっては戻すことができないし、魔法の性質によっては時間の巻き戻しさえも無効にする可能性もある――その意味では『ブラックホール』はかなり際どい選択ではあった――が、問題なくアリスは戻ることができるようだ、とむねを撫でおろす。


 ――……もう一個の切り札は温存できたか……ま、いいわ。今はとにかくラビっちを助けに――


 ゼノケイオスの姿はどこにもない。

 そして、ラビの元へと続く階段への道を封じていた『見えない壁』も既に消滅していることを《天装アカツキ》を使っていることで感じ取れている。

 わざと魔法を解除する理由は全くないし、ゼノケイオスはアリスが倒したと思っていいだろう。

 もちろん、《リカバリーライト》でアリスと一緒にゼノケイオスまで巻き戻してしまっては何の意味もない。対象はアリスのみに絞っているのは言うまでもない。


「とにかく、これで――」


 アリスを復活させてラビを救出さえすれば、後はクエストのクリア条件を満たすだけだ。

 ……どうすればここからクエストクリアになるのかはわからないが、それは今考えることではないだろう。

 ラビと合流し、ゼノケイオスを倒したのだから吸収されたフランシーヌたちも戻ってくるはずだ。

 そこで決着をつけるもよし、相談――というか談合というか――で決めるもよし。

 このクエストののこともどうせこの場で話し合うだろう。

 ともあれ、長かった戦いも終わる――そうケイオス・ロアは考えていた。


《マダ、ダ……!!》

「は!?」


 変声器を通したような、歪な『声』――それに聞き覚えがあった。

 声のした方へと視線を向けるよりも速く、


「うがっ!?」


 ケイオス・ロアは横から猛烈な勢いで殴り飛ばされ地面に倒れる。


「う、嘘……でしょ……!?」


 アリスがどのような魔法を使ったかはわからないが、それでも命を削る魔法だったのはわかる。

 完全にゼノケイオスが消滅するほどの威力の魔法で、確かに消滅していたはずだった。

 なのにそこにいたのは――


《マダ、オワッテイナイ!!》


 全身が黒い炎に覆われた小柄な人影――

 『灼熱の大地』で戦った『黒炎竜』が人型になったかのような姿がそこにはあった。


「ぐぅ……拙い、アリス!!」


 理屈はわからないが、ともかくゼノケイオスは『黒炎竜』へと半ば戻ったような姿になってはいるがまだ生きている。

 そして、自分が攻撃を食らったことで《リカバリーライト》は中断され、アリスの回復は不完全な状態で終わってしまった。


「……貴様……!?」


 幸い、ブラックホール化の解除までは終わっており、アリスも意識を失ってはいなかった。

 すぐにゼノケイオス、そして倒れたケイオス・ロアへと視線を向け意識を切り替える。


「ふん、しぶといヤツだ。

 ――が、どうやら『力』の大半を失ったようだな」

《……ベツニ、カマワナイ》


 アリスは封印されたextが戻ってきていることを感覚で察していた。

 ということは、ゼノケイオスは【消去者イレイザー】を使えない状態になっているのだろうと予想できる。

 更に行く手を遮っていた《エンフィールド:クリアディメンジョン》も消えているのだ。

 ユニットの魔法を扱う能力を失った、と考えられる。




 ……アリスたちが知るところではないが、ゼノケイオスは『自らの全ての力を失うこと』と引き換えにブラックホールから脱出したのであった。

 正確には、『ゼノケイオス』という存在だけを何とか切り離してブラックホールの圏外までオープンで弾き飛ばし、能力を備えた肉体のみを失うことで生きながらえたのである。

 ユニットの力を揮うための『器』として巨神ティターンがあり、それを動かすための『精神』は『マム』が作り出した。

 その作り出された精神の参考例として、ユニットの元の人格をコピーしていただけである。

 つまり、今のゼノケイオスは『何者でもない』、本来の意味でのゼノケイオス自身に戻ったと言えよう。

 ありすの姿を模した巨神ティターンの肉体を全て失い、精神だけの存在となったゼノケイオスの寿命は長くはない。

 精神エネルギーは黒炎となって燃え盛っているが、いずれ尽き果てる。

 戦わずにそのまま逃げてしまえば、それなりの時間生き延びることはできるだろうが――


《オマエニハ、マケナイ……!》


 『マム』の指示を守れずに生き延びることに何の意味もない。

 ゼノケイオスにとって、『マム』は絶対の存在であり自身の存在理由なのである。

 そして同時に、アリスに対する敵意と対抗心は未だ激しく燃えている。

 ――逃げて生き延びることに意味などない。

 戦って、自らを燃やし尽くしてでもアリスを倒す――それだけがゼノケイオスの今の『望み』なのだ。


「ああ、同感だ。

 貴様には絶対に負けねぇ。今度こそ――オレが勝つ!!」


 アリスにとってもまた、ゼノケイオスが燃え尽きるのを待つという選択はありえない。

 ゼノケイオスが何を想い行動しているのかはアリスの知ったことではない。

 正面から相手を受け止めるという、いつもの狂戦士めいた考えからでもない。

 ただ単純に、ゼノケイオスを倒さない限りラビを助けることは出来ない――そう直感で理解しているのである。




 ――ラビと『マム』が階段を上り切るまで、残り僅か10段を切った。




「cl《赤色巨星アンタレス》!!」

《ガァァァァァッ!!!》


 もはやゼノケイオスには魔法の力はない。

 ただひたすらに自らの肉体――『黒炎』で敵を焼き尽くすことしかできない。

 しかし、それでも十分すぎるほどなのだ。

 元々の『黄金竜』『黒炎竜』の姿の時でさえ、ユニットを圧倒する強靭な身体能力を誇っていたのだから。

 アリスの放った巨星魔法へと咆哮を上げながら真正面から突っ込み打ち破る。


 ――ふん、本当の意味でシンプルになりやがったな。

 ――こっちの方が厄介だが……ま、いつものことさ。


 《アンタレス》を放った後、アリスも即座に行動している。

 放つと同時に少し後方へと下がりながら次のゼノケイオスの動きにいかようにも対応できるように全体を『視』ていた。




 ――残り9段




 ゼノケイオスはもう考えることは止めた。

 どのみち様々な能力を操ることはできなくなり、自分の身一つで戦う以外の選択肢がないのだ。

 ならば、もはや思考自体無用の長物だ。

 下手に考えるから『策』に嵌る。動きが鈍る。力に頼ってしまう。

 生きながらえるために与えられた能力を捨て去ったのだ。

 ここからの僅かな時間は、巨神ティターンではなく怪物ティターンとして戦い――目の前の敵を倒す。

 ただひたすらにそれだけを考える。




 ――残り8段




 《アンタレス》を突き破ったゼノケイオスが、わずかに後方に下がったアリスの姿を認めそちらへと詰め寄る。

 全ての能力を失った、とは言えども背の翼だけは彼女が元々持っていたものである。

 これだけが……『マム』のから教えてもらったという超加速の能力だけが、ゼノケイオスが生まれた時から持っていた能力なのだ。

 アリスへの距離は十歩もない。

 《神翼鎧甲フレズヴェルグ》《黄金巨星ライジングサン》――いずれの強化魔法であろうとも、全速力で加速したゼノケイオスを捉えることはできない。

 《ライジングサン》で耐えることは可能かもしれない。

 攻撃を受けた後、再び《ザ・デス》を使ってブラックホールと化すかもしれない。


 ――それがどうした。


 『マム』がラビを連れて中心の『星』にたどり着く前にゼノケイオスが倒されることはない。

 相打ちでも構わない。

 アリスが結果倒れることになれば、そして『マム』の目的が達成されるのであればそれでいい。

 ダメージを受けたケイオス・ロアのことも考えない。

 瀕死の重傷で自分の回復を優先しなければ援護もままならないだろうという予測もあるが、仮に何をしようともゼノケイオスを止めることはできない――時間稼ぎが精々だろうし、今時間を稼ぐことに何の意味もないからだ。


《ホロビロ……!!》


 いずれにしろ、時間的にもこれが最後の交錯となろう。

 ゼノケイオスの全てを込めた超加速――何物をも貫き砕く弾丸と化し、アリスへと最後の攻撃を仕掛ける。




 ――残り7段




 ゼノケイオスの突進をアリスは

 真正面からアリスへと当たり、勢い止まらずそのまま加速に任せて『神々の古戦場』の空を飛ぶ。


「がっ……!?」


 この一撃でアリスが死ななかったのは、事前の強化魔法によるダメージ軽減と《ライジングサン》の再生のおかげでしかない。

 しかし、一撃凌いだだけだ。


《オワリダ……!!》


 空中で反転、アリスの頭を掴んで今度は地面へと向けて加速して叩きつけようとする。

 いかに再生能力を持っていようとも、頭部を砕かれてはどうしようもない――そのことは『知識』として知っている。

 そしてアリスのパワーではゼノケイオスを振り払うことができないことも……。




 ――6段目……へと足を掛けようとした時、




「【装飾者デコレーター】《》!!」

《……ッ!?》


 アリスが叫ぶと共に、その力が大幅に増す。

 1分間限定の超強化魔法――神の祝福ゴッドブレスを受けたアリスの腕が、無理矢理ゼノケイオスの腕を引きはがし逆にアリスが地面へとゼノケイオスを叩きつけようとする形になる。

 既にジェット噴射はされている。

 二人へと地面が迫り――




 ――6段




《ばかナ……》


 地面にたたきつけられたのはゼノケイオスの方であった。

 《ゴッドブレス》の強化がなければ、叩きつけられたのはアリスの方であったはずだ。

 ……これが、事前にケイオス・ロアが行った最後の『準備』の正体だったのだ。

 アリスが戦いを決めるだろうことはわかっていたし、仮にそうならなかったとしてもゼノケイオスを追い詰めるにはアリスの魔法が絶対に必要だ。

 実際に使うかどうかは別として、アリスの必要な援護を使と、魔力を消費することを承知で【装飾者】で《ゴッドブレス》を込めたアクセサリーを密かに渡していたのだった。

 ――この事態をアリスが予測していた、とまでは流石に思えないが……《ゴッドブレス》を温存していたのは結果的に正解だったろう。


「cl《力帯パワーベルト》、ab《加速アクセラレーション》!!」




 ――5段




 もはやこれ以上は望めないだろう。

 地面へと叩きつけたゼノケイオスの顔面に向けて、アリスが拳を振り下ろす。


《ガァァァァァァッ!!!》


 ゼノケイオスもまた、アリスへと最後の反撃を繰り出す――


「オペレーション《クイックタイム》!」

《……ッ!?》


 が、そこでケイオス・ロアの援護がアリスへとかけられる。

 完全に予想外の行動だった――ここでもゼノケイオスは読み違いをしていたことに気付かされる。

 ミトラを傍から離したケイオス・ロアは魔力の回復ができない状態だ。

 そして、消費の激しい『時間』『空間』魔法を使い続けていたため、魔力は尽きかけていたはずだ。

 ここでアリスの援護をしてしまったら《リカバリーライト》で自分の傷の回復もできなくなってしまうはずだった。

 なのに、ケイオス・ロアは残る魔力をアリスの援護に使った。

 ――ゼノケイオスの読み違いは、アリスだけではなくケイオス・ロアもまた、自分の命を犠牲にしてでも勝利を――ゼノケイオスを倒しラビを救うことを優先するのだということだ。




 ――4段




 時間そのものを加速させたアリスの拳が、ついにゼノケイオスの顔に叩き込まれ――


《オ、ノレ……》

「ふん、悪いな。に負けるわけにはいかねーんだ! cl《赤爆巨星ベテルギウス》!!」


 至近距離からの爆発がゼノケイオスを吹き飛ばし、逆にアリスはその爆風の勢いを利用しつつ一直線にラビの元へと向かおうとする。




《ニセモノ……ダト……?》


 そして、


《――……ナノニ――》


 誰にも最後の呟きは聞こえることもなく、ゼノケイオスの身体が崩れ去ってゆく。




 ――3段目へと『マム』が足を掛け、


「使い魔殿!!」

”アリス!!”


 ついにアリスがラビの元へと辿り着こうとしていた……。

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