第10章71話 其ノ黒キモノニ触レルナ 11. 巨いなる星の死
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ケイオス・ロアの
具体的には、攻撃前に《ゴッドブレス》での強化を行うべきであったことである。
「――
ゼノケイオスの小さな呟きが耳に届いた時には、ほぼ決着がついていた。
ケイオス・ロアの突き出した剣は、ゼノケイオスの右目付近へと突き刺さり《ディスインテグレーション》の効果により『分解』していた。
奇しくもフランシーヌがゼノケイオスにやられたのと左右反対に、深く抉り取っていた――が、これだけではゼノケイオスにとっては致命傷にもならない。
対して、自分が攻撃を食らうのを承知の上で前へと突き進むことを選択したゼノケイオスの右拳はクロスカウンターの要領でケイオス・ロアの顔を捉えようとしていた。
「ぐっ、うぁっ……!?」
その一撃を回避できたのは『偶然』としか言いようがなかった。
ゼノケイオスの左腕が動かず右腕一本で攻撃するしかない状態と、ケイオス・ロアもまた右腕で剣を突き入れたのが功を奏したのだろう。
『突き』の動作に慣れていないが故に、突き出すと同時に身体をひねり気味になっていたため内側から潜り込んで来たゼノケイオスの拳は顔を掠めるだけに留まった。
しかし、交差した右腕同士がぶつかり合い――ケイオス・ロアの右腕はゼノケイオスの腕に刈られるように切断されてしまう。
触れるだけで肉体が燃え上がる、どころか融解するほどの熱量だ。
目を覆う包帯が千切れ飛び、右耳も抉れ、更に右腕を失った状態のケイオス・ロアへと即座に振り返ったゼノケイオスが追撃を仕掛けようとするが、
「オペレーション《ストップタイム》!」
ケイオス・ロアはすぐさま《ストップタイム》で動きを止める。
――ただし、ゼノケイオスの方ではなく
『時間停止』魔法を使っている間は動くことが出来なくなるが、同時に外側からの一切の干渉を受け付けなくなる――たとえ《ラプチャースクリーム》に巻き込まれようとも無傷で切り抜けることも可能だ。
しかし、だからといって『無敵』なわけではなく、防御用として使ってしまった場合に『時間停止』している間の認識がなくなってしまうのだ、解除と同時に目の前に迫られたら為す術もなくなってしまう。
「……っ! そういうこと……」
戸惑うのは一瞬。
ゼノケイオスはケイオス・ロアの『狙い』を悟る。
そして視線を少し離れた位置で待機していたアリスの方へと向ける。
「ふん、気付いたか」
ケイオス・ロアの今までの行動は時間稼ぎ。
アリスがext抜きで魔法を造り出すための時間を稼ぐことだったのだ。
「ab《
ここまでケイオス・ロアに任せたまま、後ろでずっと魔法を重ね掛けしてきたのだろう。
その結果は――ゼノケイオスにとっては
膨張した巨星を複製。その数は7つ。
mpを使ったため全てが同じ属性ではあるが、これは《
extを封じられているのに、《
オープンで弾き飛ばすまでもない。強化した肉体であれば小石に当たったほどにも感じないだろう。
ケイオス・ロアの時間停止が解けるまでほんの数秒――その間待っている意味もないし、『アリスも倒す』と先ほど決意したのだ。
時間停止はむしろ好都合だ。extで身を守ることすらできなくなったアリスを始末する絶好のチャンスと言える。
躊躇わず巨星を薙ぎ払いつつ、ケイオス・ロアが復帰するよりも前に今度こそアリスへととどめを刺そうと翔ける。
――…………違う!?
が、ゼノケイオスは僅かな『違和感』を覚えた。
フランシーヌたちが犠牲になって作り出した、ラビを救出する最後のチャンスだというのに『この程度』なのか?
――そんなわけがない……
ゼノケイオスは『ありす』の見た目・能力だけでなく口調も性格も模している。
だから、こういう時にアリスがどう動くかも考えることが出来る。
ケイオス・ロアが時間を稼ぎ、《グランシャリオ》を切札として放つ――苦肉の策であるかもしれないが、その程度でこの状況を切り抜けると考えるほどアリスは甘くはないはずだ。
ここから逆転するための策を練っているはずだ、そうゼノケイオスは思い至る。
――…………まさか……!?
一秒にも満たない時間で考えを巡らせ、『ありえない』しかし『最も可能性の高い』策があることに気付く。
――
この土壇場で普通ではありえない選択ではあるが、『ゲーム』に限った話で言えば絶対にありえない話ではない。
『ゲーム』内の死は『死』ではない。
とはいえ、このクエスト内ではリスポーン地点は倒された場になってしまうし、何よりも復帰するまで数分かかる――復帰してからラビに追いつくことは絶対に不可能である。
しかし、一つだけゼノケイオスにもわからない不確定要素がある。
――
対ナイア戦での切札となった即時復活可能アイテム『リザレクションボトル』――この効果は、『リスポーン地点が倒された場所になる』というこのクエストにおいてどういう結果を齎すかは想像するしかない。
アイテムの効果は『リスポーン時間の短縮』とかではない、『即時復活』だ。
文言の違いをただの言い回しの違い、と切り捨てるわけにはいかない。
もしもリザレクションボトルを使った際にラビのすぐ傍で復活したとしたら――そうなるかどうかはアリスにもわからない『賭け』でしかないが、まともに戦っても勝ち目がない以上『賭け』に挑むとは予想できる。
……果たしてラビがリザレクションボトルを持っているかもゼノケイオスにはわからない。けれどもアリスは当然知っている。
「……っ」
アリスがラビの傍で即時復活したとしたら、
そこからまた取り返すことはもちろん可能だが、『マム』の指示――『ラビを引き渡す』を守れないことになってしまう。
ゼノケイオスの考えを裏付けるかのように、アリスは自ら向かってきている。
「……チッ」
結局、ゼノケイオスは自らの考えに従った。
向かってくるアリスを避けるように、自らの拳を引きつつジェット噴射でその場から距離を取る。
ケイオス・ロアの時間停止が解け二人がかりにまたなってしまうかもしれないが――ラビを取り返されるよりはマシだ。そう決断した。
――まぁいい。これで……。
時間を稼げるのであれば、ゼノケイオスにとってはそう悪いことではない。
仕留められなかった後悔よりも、『マム』の指示を守り切る方が重要なのだ。そう自分に言い聞かせ仕切り直そうとする。
「ふん、退いたな、貴様」
「え……」
アリスが笑い、ゼノケイオスが呆けた顔をした。
『策』を見破られた顔でもないし、『策』を見破った顔でもない。
『策』が成った顔と、『策』に嵌められた顔だった。
「ab《
アリスが最後の仕上げをする。
付与した属性は《ザ・デス》――文字通り『死』を与える属性である。
が、それは触れた相手を即死させるような都合のいいものではないし、効果だけを考えれば
ただし、『ある条件』を満たした時だけに、この《ザ・デス》は特殊な効果を発揮することができるのだ。
「……っ、くぅっ……!?」
初めて使った《ザ・デス》だが、その効果はわかる。
だが、『無意味な魔法』としかゼノケイオスにはわからず、アリスが何をしてくるかが全く読めない。
《グランシャリオ》を見せかけだけで使い、本命はこの《ザ・デス》であろうことは間違いない。
何をしてくるかはともかく、距離を取れば回避も対応もできるはず――と再び退こうとするも、
「ab《
「……《
先に放った《グランシャリオ》の星々が消える前に細かく分裂させ、更にそれに《リフレクション》を付与。
無数の反射板が周囲を覆う――《アスガルド》の簡易版が展開。ゼノケイオスとアリスを取り囲む。
強引な脱出を封じる『檻』に、二人は閉じ込められた。
ジェット噴射で無理矢理脱出しようとすれば、逆に地面に叩きつけられてしまいかねない。
……その僅かな逡巡が致命的な『隙』となった。
《ザ・デス》を掛けたのは、
《
――まさか……!?
ゼノケイオスは、アリスの『本当の策』にようやく思い至った。
それは可能性としてはありえないわけではなかったが、アリスが到底取るとは思えない――ユニットの常識からしたらまず『ありえない』ものであったため、選択肢から無意識のうちに外していたものだ。
髪も肌も服も――すべてが『黒』に染まったアリスが反射板を蹴りゼノケイオスへと迫る。
「やめ――」
今ゼノケイオスへと浮かんだ感情は、『恐怖』。
万能の力を持つはずの自分でも対抗することのできない、圧倒的な『暴力』に対する恐怖だった。
何もかもを呑み込み破壊する、触れてはならぬ漆黒の魔王がついにゼノケイオスを捉えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ゼノケイオスとの戦いにおいて、アリスこそが趨勢を決めると言った理由はただ一つ。
アリスの魔法のみが、
『ゲーム』に参加している長い期間を経て、巨星魔法や神装等の定型は確かにできている。
だが、だからと言ってアリスの魔法の『可能性』が狭まったということにはならない。
全知であるゼノケイオスにすら予測することのできない全く新しい魔法を造るには、無限の可能性を秘めたアリスの魔法以外にできないことなのだ。
「消えろッ!!」
「――ッ!!」
《ザ・デス》の効果によって漆黒に染まったアリス。
……『死』を与える《ザ・デス》を身に纏ったとはいえ、だからと言ってアリスが触れたものに『死』を与えるような都合のいい魔法ではない。
ある意味では、もっと恐ろしい現象がゼノケイオスを襲っている。
反射板があろうともとにかく逃げようとしたゼノケイオスが、迫りくるアリスへと自ら向かって行った。
……もちろん、逃げようとしていたのだ。彼女の意思でそうしたわけではない。
「ぐ、うぐっ!?」
そうしてアリスへと触れた箇所が『黒』へと呑まれ、消滅していっている。
――否、消滅しているのではない。
抉れ、すり潰され、そのまま『黒』へと沈んでいっているのだ。
《ザ・デス》が効果を発揮するための『ある条件』とはシンプルだ。
それは、
物理を越えた魔法の中でも、アリスの魔法は更に異質な魔法であることは度々触れられている。
《ライジングサン》を使った状態のアリスは、『太陽』と比喩されるであろう。
そして、その『太陽』へと『死』を与える――それが今のアリスの状態であり、ゼノケイオスを倒すための策の正体だ。
宇宙に輝く無数の星々。
その星が『死』んだ時にどうなるか――簡単に言えば、星は自身の重力を支えることができずに中心へと向かって潰れてゆく。
潰れゆく星の重力はますます強まり、ついには『光』でさえも呑み込んでしまうようになる。
いわゆる、
――脱出できない……!?
ようやくゼノケイオスはアリスの今の魔法の内容を『把握した』……が、時既に遅しであった。
これは《
自らを『星の死』に見立てたアリス自身がありとあらゆるものを呑み込み滅するブラックホールと化し、自ら動いて相手を追いかけることができるのである。
その上、《トール・ハンマー》とは異なりこの魔法は『ブラックホール』という現象を魔法で完全再現したものだ。
『ブラックホール』の現象同様、本当に『光』さえも脱出させないほどの重力で周囲全てを巻き込むことが出来る。
――……読み違えた……!!
ケイオス・ロアが自らの時間を停止させた本当の理由は、
ゼノケイオスの攻撃から身を守るためではなく、
もう一つ、大きな読み違いをしていた。
――まさか……
そう、ゼノケイオスにとって一番の誤算はこれだ。
アリスは自分の身と引き換えにゼノケイオスを倒し、後のことをケイオス・ロアに任せたのである。
ユニットであれば、いかに緊急事態であっても自分の使い魔の運命を他のユニットに完全に委ねる、という選択はまず取らないだろう――ガイア内部のクエストのような不可抗力であれば話は別だろうが。
その『ありえない』選択をアリスは選んだ。
――拙い……! このままじゃ……!
《ライジングサン》と《ザ・デス》の組み合わせを把握し、どのような効果か理解したが故に、ゼノケイオスは自らの『詰み』を認めざるを得ない。
脱出不可能、そしてやれることはただ一つ。
アリスの全身が消費され尽くされるまで耐えることだけしかないと理解している。
……が、破壊力は圧倒的にアリスの方が上回っている。
このままでは先にゼノケイオスが力尽き、その後にアリスが消滅する――その流れが彼女には見えている。
――け、消さなきゃ……!
逃れる手段が一つだけあった。
【
――…………あっ!?
だがそれが
なぜならば、
アリスの魔法の特性により、《ライジングサン》でも《ザ・デス》でもなくなってしまっためどちらか片方を消すということもできない。
extを封じたことにより確かにアリスの戦闘力は各段に落ちたのだが、同時にいざという時にゼノケイオスには消せない魔法だけを使うことになってしまっていたのだ。
「うぅ……うぅぅぅぅぅぅっ!!!!!」
悔しそうに唸り、脱出しようと足掻くゼノケイオスだったが……。
「逃がすかよ。貴様はここで終わりだ」
自分の命を掛け金にした最後の『賭け』にまで持ち込めたアリスが逃がすまいと、ゼノケイオスへと無我夢中で抱き着く形となり――
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