第10章70話 其ノ黒キモノニ触レルナ 10. 最後の戦い
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アリスたちの『勝ち筋』は確かに存在している。彼女たちの思い込みではない。
ただし、それは本人たちも自覚している通りにかなり細い道筋であり、しかも『賭け』にならざるをえないものではあった。
――ふん、『賭け』なんざいつものことだ。
頼りの魔法が封印されていたり、本来の自分の仲間たちが誰一人としていないというのはいつも以上にハードな状況ではある。
それでも、限りなく細い勝利の道に賭けて突き進むのはいつも通りである、とアリスは笑い飛ばす。
むしろ進むべき道がはっきりとしたことで、ゼノケイオスに対して抱いていた『戸惑い』のようなものが完全に消えた。
今のアリスは『いつも通り』の――強敵相手に獰猛に笑うアリスなのだ。
――待ってろよ、使い魔殿。すぐにこいつを倒して助けるぞ!
ラビだけではない。
ゼノケイオスに囚われた仲間たちも、フランシーヌたちも――
――オレたちが必ず勝つ! そして、全員を取り戻す!
戦いの終わりに向け、アリスは『最後の準備』を整える。
……この戦いの趨勢を決める『賭け』――その『賭け』に勝つも負けるも、全て
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ケイオス・ロアの『切り札』となる属性は二つ。
『時間』を操る《
どちらも普通の魔法では干渉することのできな領域を操作するという、強力無比――規格外の能力だと言えよう。
その効果の大きさの代償として、一つずつの魔法の消費は他の属性の数倍にも及ぶというものがある。
しかも、どちらも直接相手にダメージを与えるのは不得手である。
……
『七死星剣』の攻撃特化形態 《破軍》同様、《アカツキ》による攻撃魔法はケイオス・ロアの『切り札』であり『秘密の能力』でもある。
そう、この能力は自分の仲間にさえも隠し続けていたものなのだ。
仲間を信頼していないわけではない。
ある意味では『傲慢』ではあるが、この能力を使えば大概の相手は文字通りの瞬殺が可能になってしまう。そうなってしまったら仲間のやる気を削いでしまうかもしれないし、ケイオス・ロアに頼り切りになってしまうかもしれない。
『ゲーム』に限らず『ドラゴンハンター』のような一般ゲームをやりこんでいる
オルゴールにも、BPにも、アルストロメリアにも……そして別の使い魔のユニットに対してでも、ケイオス・ロアは『ゲームを心底楽しんでほしい』と思っている。
だからこそ、バランスブレイカーになりえる自分の能力は自重していたのだ。
もちろん仲間の危機に出し惜しみするつもりはない――幸いにもそのような場面は今まで訪れなかったが。
その能力を使うべき時は『今』なのだ。
目に見えない『空間の断裂』が斬撃となりゼノケイオスへと襲い掛かる。
アリスの巨星を受け止める選択をしたのは誤りであったと言えよう。
ケイオス・ロアの行動に対処するためではあったが、使われた魔法は予想を超えるものであった。
空間そのものが裂け、巻き込んだものを強度に関係なく引き裂く《ラプチャースクリーム》は
防げるのは、同じ空間操作能力での防御か、あるいは《イージスの楯》のような『あらゆる攻撃を防ぐという概念』を実現する物理法則を超えた防御魔法だけであろう。
もしくは空間の断裂を避けるか、である。
巨星を受け止めてしまったが故に足を止めた状態のゼノケイオスには『回避』という選択肢はなく、またインストールを使っている状態では《イージスの楯》を召喚することもできない。
この一撃が決まれば、ゼノケイオスは空間の断裂に呑み込まれ跡形もなく消え去ることとなる――
「……っ、オープン!」
「!? 拙い!」
しかし、ゼノケイオスの能力はケイオス・ロアの予想を上回った。
完全に防ぐことは無理と即判断、オープンを使って自らの目の前の空間を開く。
同質の魔法がぶつかり合った際にどうなるか、というのはケースバイケースではある。
今回の場合だと『後勝ち』……ゼノケイオスのオープンの効果の方が優先されてしまった。
開かれた空間は魔法が作り出した『別空間』という判定になるようだ。
オープンの空間に沿うようにして、《ラプチャースクリーム》の軌道が上へと逸れる。
結果、ゼノケイオスの受け止めた巨星が削られるだけで終わり、ゼノケイオス自体は無傷のまま切り抜けてしまっていた。
「……その魔法は
言いながら、ゼノケイオスがケイオス・ロアへと向けてとどめのジェット噴射からの攻撃を加えようとする。
――が、この事態は
「オペレーション《
「!?」
動き出したゼノケイオスに合わせてケイオス・ロアが魔法を放つ。
その対象はゼノケイオス――ではなく、先ほど外れた《ラプチャースクリーム》の方であった。
あらぬ方向に逸れたはずの空間の断裂が、放たれた軌道そのままにケイオス・ロア側へと
ということは、今度は前へと進もうとしているゼノケイオスの背後から襲い掛かることとなるのだ。
この魔法は
「くっ……」
それでも完全に回避することは出来ず、ゼノケイオスの両足首が消し飛んでしまっていた。
この程度の傷ではすぐにメタモルでの回復は出来てしまう――それどころか全身を一撃で消し飛ばさない限りはゼノケイオスを倒すことはできないだろう――が、衝撃で僅かに空中でバランスを崩す。
――やっぱり、
重要なのはゼノケイオスに僅かなダメージを与えたことではない。
今の攻撃、否、《リバースレコード》を
そして、この事実が指し示すものこそがゼノケイオスの最も大きな致命的な『弱点』であり、アリスたちが勝利するための唯一の『勝ち筋』なのである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ゼノケイオスは全ての『スキル』を扱える。
これは動かしようのない事実だ。
しかし、全ての
きっかけは、ゼラの危機に際して駆け付けたクロエラの魔法だった。
『全身に分解した霊装を鎧のように纏う』という新魔法に対して、ゼノケイオスは明確に『戸惑い』を見せていた。
そしてその後『把握』し――クロエラを撃破している。
この時の一瞬の『戸惑い』をアリスたちははっきりと認識し、その意味を考えた。
確かにゼノケイオスは全ての『スキル』は使えるし、その内容も把握しているのだろう。
だがそれはあらゆる魔法の知識があることにはつながらない。
あくまでも把握しているのは『スキル』の
また、かつて使われた魔法についての知識も持ち合わせている。
本来ならばそれだけで『無敵』とも言えるだけの能力であるし、ここまでの戦いはそうであった。
しかし、そうではないことをクロエラが期せずしてアリスたちに気付かせてくれた。
彼女が最後に使った魔法は、スペックからは考えられない魔法であった。
最後の魔法は確かにディスマントルで造った武器ではあるが、スペックからは想像できない魔法である。
霊装を完全に分解し再構築して『パワードスーツ』を造り出す――確かに魔法の効果としてはスペックを逸脱はしていない。
逸脱はしていないが、かといってこれが本来の魔法の使い方であるかと問われれば、『そうではない』と答えられるだろう。
一番近いのは、ミオの【
スペックからは読み取れない、ある意味では『都合の良い曲解』をして造り出した魔法をゼノケイオスは予想することができない。
つまり、
今のケイオス・ロアの行動はそれを確かめるためでもあった――もちろん仕留められれば最上であったろうが。
《リバースレコード》――放った魔法の時間を巻き戻すというこの魔法は、
『時間を操る』ことができる《
魔法によって魔法を操作する、という発想自体がなかったこともあるが、何よりも
クロエラの行動を見て、ケイオス・ロアはその『できるとは思えない』魔法を思い出し、その場で造り上げた。
《リバースレコード》の効果から考えても、スペックからは逸脱はしていない――ならば、実現はできると確信して。そして、『ありえない未知の魔法』こそがゼノケイオスに通じる唯一の攻撃手段だと信じて。
単に『未知の魔法』ではない。
本来の魔法の使い手が使っていない魔法であっても、それだけならばゼノケイオスには通用しない。
例えば今まさに使っている《
なぜならば、《ハイペリオン》の効果自体はメタモルの
クロエラの魔法、ケイオス・ロアの《リバースレコード》はスペックを超えた『想定外』なのである。
だからゼノケイオスにはわからなかった。
咄嗟の対応で何とかするしかなかったのだ。
――くそっ、外れちゃった……けど、やっぱり
直前までやろうとも思わなかった『
クロエラが見せてくれたことから予想したアリスたちがとおり、『ありえない未知』の魔法ならば通じる。その確認をしたのである。
しかし『無敵』とも思えるゼノケイオスに唯一つけ入ることができる『弱点』なのは間違いない。
……ただし、通じるのは一度限り。
『把握した』――その言葉の通りだろう、一度見たのであれば『ありえない未知』ではなく『既知』の魔法となってしまう。
だから二度目には通用しない。
ゼノケイオスを倒すためには、『ありえない未知』で『一撃で』決める以外に方法はないのだ。
「……びっくりした。
けど、
「……でしょうねぇっ!?」
《リバースレコード》による不意打ちも二度と通じない。他の魔法と組み合わせて使う前提の魔法ではあるが、『巻き戻ってくる』という知識を得た以上通じなくなっているのには変わりない。
不意打ちを切り抜けたゼノケイオスがケイオス・ロアへと迫り、とどめを刺そうとする。
ケイオス・ロアさえいなくなれば、extを封じたアリスを倒すのは容易い――倒さずとも目的を達する『時間稼ぎ』は十分できるが――のだ。優先するのはケイオス・ロアであることは間違いない。
「オペレーション《ストップタイム》!」
「……」
迫るゼノケイオスへと再び新魔法――対象の時間を停止する魔法だ――を放ち動きを完全に停止させる。
それを避けられなかった……のではない。
なぜならばこの魔法は予測済みだからである。
『時間停止』とは文字通り、対象の時間の流れそのものを停めることだ。
であれば、動きも思考も止められてはしまうが逆に他者からの影響も受けない――それがわかっていたからこそ、対抗しようとしなかったのである。
――……『持つ者』の弱点って感じね。吠え面かかせてやるわよ!
止められたとしても相手の攻撃も効かない。
わずかな延命にしかならないとわかっていたが故に、敢えて防がなかった。
……それは『余裕』でもあり『傲慢』でもある。
ケイオス・ロアは悔しさよりも、勝利へと一歩近づいたことを喜ぶ。
「オペレーション《オーバーラップ:
同時に、ゼノケイオスの『傲慢』をへし折ってやろうという反発心も。
再び
《クロノア》も《
――強化魔法に顕著であるが、効果次第で肉体への負荷が増していく傾向がある。
オーバーラップも分類としては強化魔法にあたり、複数の属性を重ねていくごとにデメリットが発生する――本来ならば肉体への負荷が増すというものなのだが、ケイオス・ロアはここに一つの『仕掛け』を施していた。
――複数の属性は使えないわけじゃない!
単純に複数属性を使えるようにすれば肉体の負荷が増してしまう。
負荷と引き換えに利便性を取るというのも考えたが、かつてのホーリー・ベルの時の反省から『全属性を扱う』というのはメリットとデメリットの天秤がどうしてもデメリット側に傾くということを理解していた。
そのため、ケイオス・ロアは《オーバーラップ》を作る際の魔法の制約として、複数属性を扱う場合には『大幅に威力を減衰する代わりに負荷がない』というものにしたのである。
具体的には2種まではノーリスク、3種以上を同時に扱おうとする場合に魔法の威力が半減……どころか4分の1にまで減衰してしまう。
そうなれば最上級の攻撃魔法を使っても
「!」
それでもデメリットを呑んで3つ目の属性を《オーバーラップ》したのには、もちろん意味がある。
ほんのわずかの時間停止が解除されたゼノケイオスもその意味をすぐに理解したのだろう、一瞬だけ行動に迷いが現れた。
ケイオス・ロアへと攻撃を続けるか、それともその場を離れるか――
「遅い! オペレーション《ディスインテグレーション》!!」
《ディスインテグレーション》、つまり対象を分解する効果の魔法だ。『分解する』という効果自体に威力は関係ない。
《オーバーラップ》した属性は《ミツルギ》……『土』『金属』といったいわゆる『土属性』である。
ゼノケイオスたち『
ならば、《ディスインテグレーション》による分解はゼノケイオスにとっては致命的な一撃となりえる、そう判断したのだ。
間近まで迫り、進むか退くかの判断に躊躇したゼノケイオスの顔面へと向け、ケイオス・ロアは《破軍》を突き入れようとする――
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