第10章69話 其ノ黒キモノニ触レルナ 9. 破軍
* * * * *
……私は『ガイア』を名乗る謎の少女に抱きかかえられたまま、ひたすらに中心の『星』へと向かって進み続けていた。
名乗った後は彼女は私の問いかけに応えることはなく、さりとて背後のアリスたちの戦いを見るでもなく、黙々と光の階段を一歩ずつ進んで行くのみ……。
相変わらず脱出することはできないし、アリスたちに遠隔通話も通じない状態で私はされるがままだ。
”ああ、もうっ!”
苛立たしさから暴れてみるが、ガイアの腕はびくともしない。
噛みついてみるか? とも思ったけど私の顎が届く位置にガイアの腕が来てくれない……。
……ダメだ、ずっと色々ともがいているけどどうにもならない……!
私に出来ることは無駄な足掻きしかない……。
でも、身体は動かずとも頭はまだ動かすことが出来る。
ならばせめて考えることだけは止めるわけにはいかない――アリスたちに今は伝える術は封じられているけど、いつかきっとチャンスは巡ってくるはずだと信じるしかない。
私は今、『核心』に期せずして迫っているのだと思う。
この『ゲーム』に関することでもあるし、それ以上の――もっと根源的な『核心』が目の前に迫っている、そういう予感がある。
その理由は言うまでもなく、私を連れて行こうとする少女……『ガイア』だ。
彼女は一体何者なのだろうか?
『ガイア』と名乗っているからには、私たちが挑んだクエストの討伐対象である『星獣ガイア』と関係しているとは思う。
思い出すのは、
……あれらの正体は、アストラエアの世界でピッピから聞いたことから考えると、おそらくは彼の国の『王様』とかだったんじゃないかなと思う。今更ピッピに確認しようとも思わないけど……。
星獣ガイアと、この少女ガイアの関係はそれに近いように私には思えるのだ。
だが、そうすると一個疑問がある。
それは、
グラーズヘイムたちは『ゲーム』の意図しない存在だった。けれども、『ゲーム』に巻き込まれたが故に『モンスター』として扱われてしまったという経緯がある。
だからこそ、ヤツらとの戦いは『緊急クエスト』という特殊な形式だったのだと思うし。
……でもガイアに関しては違う。
こちらは最初から『ラスボス』として用意されていたわけだしね。
じゃあ、少女ガイアも用意されていた存在なのかと言えば――私は『ノー』だと言わざるを得ない。
根拠は幾つかある。
私の感覚になってしまうけど、彼女の存在はあまりにも『異質』なのだ。
『ガイア本体』という可能性は十分ありうるけど、『人型モンスターは出さない』となっているはずの『ゲーム』が果たして準備するのか? という疑問もある。グラーズヘイムたちは例外と考えていいだろうし。
彼女に付き従うゼノケイオスの異質さも際立っている。特に、ユニットの変身前の姿を模している上に、一人で複数ユニットの能力をコピーしているのも異常としか言いようがない。
……また、彼女たちの言葉が正しいとすれば、本来の『ラスボス』は赤黒いスライムの集合体なのだ。
じゃあ彼女たちは一体何なんだ? ということになる。
だから私は『ゲーム』側が意図して用意したものではない、と思うのだ。
…………そして結局、『一体何者?』という根本的な、そして解決できない疑問に戻ってきてしまうのだった。
仮説自体はあることはある。
私の知っている情報と、直感と、状況証拠からの仮説だけど……。
《……もうすぐ》
”うぇっ!?”
しばらくの間だんまりだったガイアがポツリと呟いた。
彼女の顔を見上げてみて……私は『異変』に気が付いた。
”ガイア……君、どうしたの!?”
《……》
見上げたガイアの顔に涙の跡が見えた――と思ったのは一瞬。
それは涙の跡なんかじゃない。
ガイアの顔がひび割れているのだ。
顔だけじゃなく、私の見えない場所にも同じようにヒビが入ってきているのだろう。
……そのヒビはどんどんとあちこちに広がっていき、私を抱く腕にまでやってきていた。
そしてヒビからは血のような――赤黒い瘴気とでも言うのだろうか、禍々しい気配の煙がわずかに噴き出している。
一歩、階段を上がるたびにヒビは少しずつ大きくなり、ガイアを苛んでいる。
……『煙』という違いはあるけど、この特徴的な色は見覚えがある。
あの赤黒いスライムと同じだ……。
あいつらも今までのステージでガイア側と敵対してたっぽいし……でも本来のラスボスはあいつらだったぽいし……。
……ダメだ、やっぱりわからない……!
《まだ・だいじょうぶ……
――『みか』……?
なんだ……どこかで聞いたことがあるような……頭の中で何かが引っかかっている感じはあるんだけど、思い出せない……!
くそっ、このクエストに来てからこんなことばかりだな……!
徐々に『星』が近づいてきた。
『星』――私の知る宇宙から見た『地球』にそっくりの球体は、まぶしくはないけど自ら輝いているように見えた。
生まれて初めて『地球』の写真を見た時、私は素直に『きれいだ』と思った覚えがある。
でも、今目の前にある『星』は似てはいるものの……正直、あそこに私が連れて行かれた時にどうなってしまうのかわからないという『恐れ』の方が強い。
ガイア曰く、私に『役目』を果たしてもらうつもりらしいが、一体何をさせようというのか。
私の『役目』とはそもそも何なのか。
そして、それこそが私がこの世界にやってきた意味だというけど――だとしたら、
『ゲーム』は関係なく、私がこの世界にやってきたのはガイアの仕業ということになるのだろうか。
……全ての答えは、あの『星』に到達したときに明らかになるのかもしれない。
けど、その時に私が無事なのかどうかの保証はない――私にやってもらいたいことがあるということは、死ぬようなことはないとは思いたいんだけど――『生贄』のような役割の可能性だってあるのだ。
……色のない『神々の古戦場』において唯一美しく輝く『星』だけど――私の眼には地獄への入口にしか見えないのだった。
そして、その地獄への入口まで――残り僅か3段というところまで私たちは辿り着いてしまった――その時、
《…………けっちゃく・が・ついた》
”え!?”
表情一つ変えずガイアが呟く。
彼女の言葉の意味は一瞬戸惑ったけど、すぐに理解できた。
アリスたちとゼノケイオスの戦いが終わったのだ……と。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ガイアを巡るクエスト、その最終戦はアリスとケイオス・ロアがゼノケイオスの戦いとなった。
そしてこの戦いはわずかな時間で終わることとなる。
理由は明確だ――最終形態となったゼノケイオスの猛攻を、アリスたちが長時間耐えることは不可能だからだ。
アリスに至ってはextが封じられたことでほぼ魔法が使えない状況になっており、『戦力』としては論外なレベルにまでなってしまっている。
ケイオス・ロアもまた、自ら使い魔から離れ――これには幾つかの理由があるが――たことで魔力の回復もほぼ出来ない。
『時間』『空間』を操る能力は強力ではあるが、その分魔力消費は激しい。手持ちのアイテムではやはり長時間戦い続けることはできないだろうし、他の属性では対抗することもできない。
もう一つの理由は、ラビが『星』へと到達するまでの時間がもうないということだ。
かなり離れているためアリスたちには詳細はわからないが、それでももう目前へと迫っていることだけはわかる。
……『ラビが消える』とゼノケイオスは告げた。その言葉を疑う余地はない。
要するに、アリスたちからしたら短期決戦を挑む以外に選択肢はないのだ。
――……大丈夫、勝ち目はある。
ケイオス・ロアはそう考える。
フランシーヌ、クロエラが欠けたことにより勝率は各段に下がっているが、『ゼロ』ではないと彼女は考えている。
その唯一の、そして限りなく狭い勝ちへの道筋を、言葉に交わさずともアリスも理解してくれていることを嬉しく思う。
――
共に『ゲーム』で戦った期間は、今の仲間たちと比べればはるかに短い。
けれども、ケイオス・ロアはアリスに絶対的な信頼をしていた。
彼女ならば、このどうしようもない状況であっても、唯一の勝ち筋を進むことができるはずだと。
ただし、やはり『賭け』にならざるをえない。
しかもかなり分の悪い『賭け』だ。
「もう小細工はしないし、通用しない。
わたしも全力で叩き潰す」
言うなりゼノケイオスの姿が消えた。
……いや、消えたように見えるほどの速度で動いたのだ。
度重なる身体強化に加え背中の翼によるジェット噴射による速度は、もはやクロエラの全速力でも追いつけないまでに達している。
「オペレーション《クリアウォール》!」
元より目で見て追える速度ではないことは承知の上だ。
ケイオス・ロアは相手を見ることもなく、自身とアリスを囲むように透明な空間の壁を作り出す。
その直後、壁へと激突した轟音が響くと共に、壁がひび割れていく。
「チッ……その翼、厄介だな……!」
「ん、いいでしょ。『マム』のお友達に教えてもらったんだって」
「……どんなママ友だ」
軽口をたたきつつも、追い詰められているのには変わりない。
アリスはextが使えずとも、まだ残された基本魔法だけを使って対抗しようとする。
「mk《
普段ならば一語で放てる《
壁の外側にいるゼノケイオスは魔法の発声が始まった時点で余裕を持って回避することができてしまう――そもそも《ソードレイン》程度であれば直撃したところでかすり傷一つ負わせることはできないであろうが。
それでも、『万が一』を避けるためにもアリスの攻撃は徹底的に回避した方が良い、そうゼノケイオスは判断した。
「……やはりextもclも使えないのは厳しいな」
アリスの方はというと、本来ならば当てることのできるタイミングであっても一から魔法を構築しなければならない状況に手間取っている。
神装が使えないはともかくとして、主戦力である巨星・矮星系魔法は手動で構築していては実戦ではとても使えないものだろうとはわかっていた。
自分で思う以上にextは『核』となる能力であると、今更ながらに気付かされた。
ゼノケイオスは絶対にextに対する【
ext抜きでどうあってもゼノケイオスを倒す必要があるのだが……それは不可能なことに思える。
だが、アリスとケイオス・ロアは諦めていない。
諦めてはならない理由もあるが、確かな『勝ち筋』が見えているからだ。
「んー……時間稼ぎ? わたしは別に構わないけど」
ゼノケイオスからしてみると、二人の動きは不可解だ。
何かしらの『チャンス』を狙っているのはわかるのだが、『決め手』に欠けるのは確かなのだからいかに攻撃を防げると言っても『時間稼ぎ』にしかならないとしか思えない。
アリスの魔法が封じられている今、ケイオス・ロアが攻撃する以外方法はないが、そうすると防御が疎かになり瞬殺されることになる――手詰まりのはずなのだ。
「時間稼ぎ? んなわけないでしょ! オペレーション《クリアウォール》!」
「……まぁいいけど」
反論するものの、ゼノケイオスの攻撃を防ぐのでやはり手一杯のようにしか見えない。
裏でアリスが何やら魔法を使おうとしているのは見えているが、こちらも散発的な《ソードレイン》のような魔法での牽制にしかなっていない。
やはり『時間稼ぎ』以上にはなりえない。そして、時間稼ぎで得をするのはゼノケイオスのみ……。
諦めてはいないと言いつつも、打つ手なしなので足掻いているだけなのかと考えざるを得ない。
――もちろん、そんなわけはないのだが。
「アリス、
数十秒程度の攻防――いや、一方的に攻め立てられるだけだったろうが、ケイオス・ロアがアリスに向かって叫ぶ。
やれるか? ではない。
問いかけではなく、
「ああ、当然だ!」
アリスも迷わず応えた。
……その様子を見て、おそらくは最後となる攻撃を仕掛けてくるだろうことは読めた。
後は、それを正面から潰し、アリスたちを倒すだけ――ゼノケイオスもまたここが最後の勝負になると予感していた。
ゼノケイオスの攻撃を見えない壁で防ぎ、弾いた時に二人が動いた。
「rl《
「ん……!?」
最初に動いたのはアリス。
彼女が魔法を使うと同時に、ゼノケイオスの頭上に突如として巨大な星が現れ――《ジェット》の効果により急加速して降り注ぐ。
今までの攻防で《ソードレイン》等を放ちつつ、アリスは密に『星』を作り出していたのだ。
最初に《インビジブル》で透明化した小さな星をゼノケイオスの頭上へと打ち上げ他の魔法を隠れ蓑にしつつ巨星にまで育て、最後の勝負において透明化を解除して不意打ちを仕掛けたのである。
extさえ封じていれば巨星魔法は
「びっくりした」
「! マジかよ……!?」
回避するでもなく、ゼノケイオスは落ちてきた巨星を右腕一本で受け止めたのである。
ジェット噴射で避けることは可能だったが、敢えてゼノケイオスは受け止めることを選択した。
絶望感の演出……という側面もあるが、本命はもちろん別にある。
「ロード《七死星剣:破軍》!!
――えぇい、やるしかない!!」
巨星が落ちるのと同時に、ケイオス・ロアも動くのがわかっていたからだ。
ケイオス・ロアの武器型霊装の形態が変わる。
元々の七支刀と似ているが、一つずつの刃がより鋭く攻撃的になった『剣』――『七死星剣』の第8の形態である。
《ベネトナシュ》に相当する楯型変形の《揺光》……その別名こそが《破軍》。
楯と真逆の攻撃特化型の効果を持つ形態である。
「オペレーション《ラプチャースクリーム》!!」
ケイオス・ロアには大した攻撃能力はない、そう思わせるために今までずっと――フランシーヌたちの危機を目にしても――隠し続けてきた、本当の『切り札』が《破軍》だ。
同時に使う魔法は《
その効果は、目には見えない『空間の裂け目』を作り出し、巻き込んだものを空間的に断裂させるという【
「……っ!」
ゼノケイオスはケイオス・ロアの動きに即対応するために巨星を回避せずに受け止めたのだったが、ケイオス・ロアの『切り札』の攻撃は予想を超えていた。
防御能力に関係なく、空間そのものを引き裂く見えない斬撃が巨星を受け止めたままの姿勢のゼノケイオスへと迫っていった……。
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