第10章68話 其ノ黒キモノニ触レルナ 8. 怒りの代償
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ゼラによる不意打ちは、ゼノケイオスにとっては予想外ではあったが余り気にもしていないものだった。
なぜならば、ゼノケイオスは全てのユニットの能力を知っている――そのため、ゼラには大した攻撃能力がないことも知っていたためだ。
たとえ不意打ちされたとしても、灼熱の肉体を得た今のゼノケイオスにはダメージを与えることはできない。むしろ、触れるだけでゼラの泥状の身体は焼き尽くされてしまうだけだろう。
それがわかっていたからゼラを『敵』として認識していなかったのだ。
「……っ!?」
しかし、ゼノケイオスは自分自身が知らず『慢心』していたことを思い知ることとなる。
《
――……しまった。
ゼラが燃え尽きずゼノケイオスを掴んだ理由、それはコンクリーションによるものだ。
今までの戦いの間姿を隠していたのは、対ステッチ要員のアルストロメリアを守るためだけではない。
密かに地中を移動し、『神々の古戦場』に散乱している『巨人の武器』をコンクリーションで少しずつ取り込んでいたのだ。
現代文明とは全く異なる神代の武器がいかなる材質で造られているのかは誰にもわからないが、一瞬で肉体を焼き尽くされない程度の強度は得ることが出来た。
ゼノケイオスの動きが止まる。
それは、想定外のゼラの乱入により地面に引きずりおろされたことによるショックではない。
――拙い……うぅっ……!?
ゼノケイオスの表情がわずかに苦痛に歪む。
ダメージを受けたわけではない。
ゼラから無理矢理押し付けられる『感情』によって精神に影響を受けてしまったためだ。
――
ゼラから伝わった来るのは、激しい『怒り』一色だった。
その感情は相手の共感能力次第で強烈な『洗脳』能力と化すが、感情次第で相手へと『精神ダメージ』を与えることもできる。
今のゼラの感情は『怒り』。
その『怒り』の矛先は他ならぬゼノケイオス自身である。
張本人なのだから『怒り』の矛先を自分自身へと向けることなどできはしないが、そのせいで行き場のない感情が純粋な『衝撃』となってゼノケイオスへと襲い掛かってきているのだ。
他者への共感能力に依存した魔法であり、ゼノケイオスが『ありす』を模しているが故のこの効果である。
……これはゼラが狙ってやったことではない。
そして『言葉を話せないゼラとの意思疎通のための魔法』という認識しかなかったために起きた、『不意打ち』なのであった。
「オペレーション《クリアボルト》!!」
ゼラの不意打ち、そしてゼノケイオスが動きを止めたこの状況は誰も予想していない事態だった。
しかし、折角のチャンスをふいにするようなユニットたちではない。
即座に状況を把握したケイオス・ロアが無防備になったゼノケイオスへと魔法を放ち牽制。続くアリスの攻撃を当てるチャンスを作ろうとする。
――……ダメか、アリスは間に合わない!
このチャンスに最大火力の神装を叩き込みたいところだしアリスもそれはわかっているだろうが、《
放った《クリアボルト》――目に見えない『何か』の塊を飛ばす魔法だ――はゼノケイオスへと命中はしたが、大したダメージにはなっていない。
そのことよりも気にかけなければならないのは……。
「ゼラ! もういいから下がって!!」
ゼラの身の安全、ひいては【
「……邪魔」
《……》
すぐにバランスを取り直したゼノケイオスが足を掴むゼラへと視線を向ける。
すると、ゼラの全身に炎が燃え移り炎上する。
流石に神代の素材であっても、
既に『ステッチ封じ』の有無は勝敗に関わらないレベルだとは言える。
しかし、ステッチを使われて口を封じられた瞬間に敗北が『確定』してしまうのだ。それに、この後ゼノケイオスをもう一度追い詰めることができた時、ステッチによって逆転されることもありえる。
だからアルストロメリアの生存はゼノケイオス打倒のためにも必須条件なのだ。
――……ゼラの方を守るしかない……!
初対面だしそもそも会話すらしていないためゼラがどのようなユニットなのかはわからない――能力だけはフランシーヌから聞いてはいたが。
仲間がやられた、にしてもゼラの行動は理解しがたいものがある。
ゼラも自分の『役割』は理解しているはずだ。自分がやられれば同時にアルストロメリアもやられ、ゼノケイオスに勝利することは不可能となってしまう……だから、ゼラは自身の生存を最優先にすべき、と事前の作戦会議で決めておりフランシーヌもしっかりと言い含めていた。
――二人の関係はわからないけど、やるしかないか……!
戦い全てをご破算にしてしまいかねない行動をしてしまうほど、ゼラは怒っているのだけはわかる。
言っても止まらないだろうし、仮に止められたとしてもその前に焼き尽くされて終わりだろう。
アリスが追撃を出来るようになるまでの数秒間、ケイオス・ロアが一人でゼラのカバーを行わなければ全滅が確定してしまう。
「オペレーション《リバースタイム》!」
「クローズ」
――しまった……!?
ゼノケイオスの判断の速さをまだ侮っていた、とケイオス・ロアは悔やむものの今更どうにもならない。
《リバースタイム》でゼラを巻き戻して逃そうとした瞬間を狙いすまし、ゼノケイオスがクローズでゼラを押さえつけ固めようとして来た。
戻った瞬間に、固められ引き寄せられ――泥状の肉体がマイナスに作用してしまい、少し大きめの黒い泥団子にまで圧縮されてしまっている。
このままでは先ほどよりも速く……ほんの一瞬でゼラは焼き尽くされてしまいかねない。
そうなったら、《リカバリーライト》であっても治しきれない――それか治した瞬間に再度焼かれるだけに終わってしまう。
次に打つべき手をわずかな時間で考えても、それすらもやはり間に合わないかもしれない。
……気持ちはわかるが、ゼラの行動はあまりに浅慮であったと言わざるをえないだろう。
――ダメだ……間に合わない!?
小さくまとめられたゼラへと、ゼノケイオスの灼熱の腕が伸びようとしていた――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ゼラ!!」
「ん……!?」
その僅かな時間、動けるのはたった一人しかいなかった。
ゼラへと手を伸ばそうとしたゼノケイオスが、背後から殴り飛ばされる。
彼女を殴り飛ばしたのは、
しかし、その黒い塊の中から聞こえてきたのは紛れもなくクロエラの声であった。
「……」
殴られたゼノケイオスの表情がわずかに怪訝そうに変わる。
――……? これは……
不意打ち気味だったとはいえ、ダメージ自体はさほどでもない……元より《フェニックス》の再生能力があるのだからよほどのことでもない限り気にする必要はないだろう。
だがゼノケイオスは明らかに『動揺』している――とケイオス・ロアには見えた。
確かに『誰も見たことのない』ものではあるが、中身がクロエラなのはわかっている。何もおかしなことはないはずだが……。
そのことについて、ケイオス・ロアはゼノケイオスにつけいる『隙』へと繋がるかもしれない『ある仮説』を思いついたが――
「……クロエラの魔法……ん、
ともあれ、ゼノケイオスが動揺したのはほんの一瞬。
自分を殴り飛ばしたのがクロエラの『新魔法』であることを把握したようだ。
クロエラの今の姿は、『黒い鉄巨人』と言った感じである。
足を傷つけられたクロエラが咄嗟に考えた方法――それは、
大きさとしては、元から高身長だったクロエラを一回りほど大きくした程度でしかないが、それでも並大抵のユニットを大幅に上回る体格だ。
イメージとしては『パワードスーツ』を纏ったものと言えるだろう。
主にバイクのパーツは両手両足を覆い移動と攻撃を補助、胴体部分には身体を固定する程度の薄いパーツしかつけられていない。
「ゼラは――ボクが守る!」
そう叫びながらクロエラが再度ゼノケイオスへと突進、拳を振るう。
「エキゾースト《コールドヘイズ》! ケイオス・ロアさん、今のうちに!」
「……むー……」
拳と同時に
「! わ、わかったわ!」
ケイオス・ロアもすぐに我に返り、ゼラを再び《リバースタイム》で巻き戻して安全圏まで避難させた。
アリスが動けるようになるまでまだ幾らかの時間が必要だ。
その時間もクロエラが動けることで稼げるかもしれない――それで3人がかりになったとて、勝てる保証はないが。
……クロエラがここまで必死にゼラを守ろうとしているのは、やはりエンパシーの効果が残っているためである。
ゼラを生き残らせることはこの戦いにおいて必須ではあるものの、だからといって自分自身が犠牲になりかねない無謀な突撃をしても良いというわけではない。
平時のクロエラならばこの選択は取らなかったかもしれない。
だが、ゼラの『怒り』に呼応し、またゼラを助けなければと思ってしまったクロエラは止まることはない。
冷静さを欠いたクロエラの猛攻は、本来ならば相手を叩き潰すに足るものであったろう。
――相手がゼノケイオスでなければ……。
「クローズ」
「うわっ!?」
攻撃のために拳を振り上げた瞬間を見計らいクローズで引き寄せ、クロエラのバランスを崩す。
……それで決着はついた。
「――うぐっ……」
ゼノケイオスの手刀が、的確に霊装の隙間を縫ってクロエラの胴体を貫いた。
『把握した』――先ほど言っていた通り、クロエラの新魔法の詳細までをもゼノケイオスは把握していたのだろう。
いかに灼熱の肉体を持っているとはいっても霊装を破壊するには少し手間がかかる。
だから、魔法の詳細を把握し『弱点』を正確に貫いたのだ。
「く、そっ……」
「これで、また一人減った」
胴体を貫かれ、更に体内から灼熱の炎に焼かれクロエラは一撃で倒れてしまった。
そしてリスポーンする前にフランシーヌの時同様にクロエラを呑み込み――ゼノケイオスはケイオス・ロアとアリスへと視線を向ける。
「んー……まぁいっか」
そしてもう一つ、ケイオス・ロアの元へと避難したゼラを見てそう呟く。
ゼラを倒せば勝ちは確定だが、やはりわざわざ優先して狙う必要はない。狙っている時に隙を晒してアリスたちに攻撃される方が厄介だ。
そう判断したのだろう、ゼノケイオスは再び完全にゼラを意識の外へと追いやる。
「……畜生が……!」
一方でアリスは自分が間に合わず、クロエラを犠牲にしてしまったことを悔やむ。
相殺しなければ終わりだったとはいえもっと他にやりようがあったのではないか――そんな後悔が拭いきれない。
「ゼラ、悪いけどミトラもお願いね」
”! ケイ……!?”
ケイオス・ロアはというと、ミトラの返答を待たずにゼラへと押し付ける。
ミトラは抗議しようとはしたが、それでも結局は強制命令を使うこともなく大人しくゼラへと格納されてゆく。
……そしてこの状況を作ってしまったゼラは、小さくなりプルプルと震えている。
――ゼラとフランシーヌの間にどのような『絆』があるのかはアリスたちの知るところではない。
怒りに我を忘れるほどの何かがあったのだけは間違いないが、だからといって状況を悪化させても良いというわけではない。
自分自身が焼き尽くされかけ、そして自分を守るためにクロエラが犠牲になったことをゼラはしっかりと理解し――状況が最悪にまた一歩近づいたことをも理解し、どうしようもなくなり震えているのだ。
「……おい、ゼラ」
《……!》
アリスの一言にゼラは震えあがる。
「フランシーヌの仇は必ず取ってやる。
だから貴様は自分の役目を果たせ。いいな?」
『怒られる』――そう思っていたゼラだったが、アリスの言葉には怒りはなく、またゼラを責める様子はなかった。
起きてしまったことは仕方ない、という割り切りでもない。
「アリス、
「ああ。クロエラの見せてくれたこの『隙』――絶対に無駄にはしない」
クロエラがいなくなったことは確かに痛手であり、アリスたちにとっては不利にしかならない。
だが、決して彼女の犠牲は『無駄』ではない。
そのことを二人は確信していた。
「…………」
二人が何に気付いたのか、ゼノケイオスも気付いているのかどうかはわからない。
それでも、圧倒的に不利になった状況にも関わらず二人の戦意が衰えるどころかますます滾らせている様子を見て、改めてこちらも気を引き締め直す。
アリスのことは自分のことのようによくわかる。
この状況からですら、何かしら勝つための手段を見出すであろうということを。
「――ドライブ《パワーローダー》」
だから、本当に一切の油断はしない。
元々勝って当たり前の戦いではあるが、より確実な勝利を取るためにも、ここまで『温存』していたある意味での『禁じ手』を使う。
『何かしら勝つための手段』を確実に封じることのできる、最悪の『禁じ手』を。
「【
「っ!? 貴様……!!」
ゼノケイオスがやろうとしていることは単純だ。
自分が使えなくなることを承知で
アリスの魔法は、基本的にはextに依存していると言える。
神装の発動、cl、pl、awkも全て裏側ではextを使っているのだ。
基本魔法であるmk、md、abを封じるのも手ではあるが、extまたはclで省略して呼び出すことが可能なのだ。
ならば封じるべきはext――そうすれば、
今までやらなかったのは、心のどこかで『チャンスは公平であるべき』という『マム』の言葉が引っかかっていたのだろう。
そのチャンスをアリスは蹴ったのだ、もはやゼノケイオスも手心を加える必要はなくなった。
「これで、『詰み』」
アリスが事実上の行動不能になった以上、倒すべきはケイオス・ロアのみ――自身もイグジストを使えなくなったが、もはや大きな問題ではないだろう。
「……ふん、舐めるなよ」
「悪いけど、この程度であたしたちが諦めると思わないでよね」
「……」
それでも、アリスとケイオス・ロアは絶望的な状況に諦めていないことをゼノケイオスは怪訝に思う。
――とはいえ思うものの実際に何ができるわけでもない。
「……もうすぐ『マム』もゴールに着く。
わたしたちの戦いも終わらせる」
何を考えているのかわからないが、何もできるはずがない――いかに今まで逆転をしてきたアリスとはいえども、そもそも魔法を封じられていては何もできないはずだ。
発動済みの魔法だけは解除できないため、《
後少しで全てが終わる。
『マム』とゼノケイオスのそれぞれの待ち望んだ未来を掴むための最後の戦い――後はアリスとケイオス・ロアの二人を倒せば終わる。
そう彼女は思っていた。
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