第10章67話 其ノ黒キモノニ触レルナ 7. アリスの『弱点』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ゼノケイオスの『勝ち』はほぼ決まったも同然だった。
4人がかりでも最後には押し負けたほどなのだ、前衛を担当するフランシーヌが抜けてしまった今まともに戦うこと自体が難しいと言える。
ただ一点、幸いなのはフランシーヌが突き刺した『ゲイボルグ』が未だ残っているということだろう。
もし彼女をリスポーン待ちにまで追い込んでおけば、槍も消えただろうが――
――時間の節約。仕方ない。
『エボル』ごと完全にフランシーヌを倒すには流石に少し時間がかかる。
その間にアリスに攻撃される恐れがあったし、ケイオス・ロアたちが立ち直り追撃を仕掛けてきたとしたらダメージは避けられない。
なので、ゼノケイオスは『エボル』の撃破を諦めてフランシーヌを
結果的にアリスの攻撃を受けることもなく、フランシーヌの
左腕が動かないことなど、魔法攻撃をする上ではそこまで不利になるわけではないだろう、と割り切る。
傲りではなくそれは動かしようのない事実だった。
「……」
ゼノケイオスを睨むアリスからは戦意は消えていない。
しかし、アリスもどうしようもない状況であることは理解できているのだろう。
諦めてはおらず頭の中で必死に打開策を練っているが――何も見つからず焦っているのをゼノケイオスは見透かしていた。
『マム』は既に階段の半分以上を昇り終え、残り三分の一……否、四分の一程度を残すのみ。
あと数分もしないうちに中心へと辿り着くだろう。
そんな僅かな時間でゼノケイオスを打ち倒すことは、不可能に近い。
「……もう諦めたら?」
「何だと……!?」
揶揄うでもなく、至って真摯にゼノケイオスはアリスへと問いかける。
「《
神装だって、もう二度と食らわない。さっきは手を抜いていたから食らっちゃったけど、もうわたしに隙は出来ないから当てられない」
ゼノケイオスを唯一倒せるだけの火力を持っているのがアリスのみ。
そしてそのアリスの最大火力の魔法はいずれももはや通じることはない。
《
更にこの上でまだライズによる強化も残されている。
前衛が一人欠けた今、先ほどのように神装を直撃させられるような隙はどう足掻いても作ることはできない。そうゼノケイオスは言っているのだ。
その事実はアリスも考えた末に理解している。
「このまま大人しくするなら、これ以上は危害を加えない。
わたしの役割は『マム』の邪魔をさせないことだけだから」
「……ふざけたこと言うなよ。なら、使い魔殿を返せ!」
「それはできない」
「……チッ」
『マム』の目的はラビにある。
ゼノケイオスは『マム』の目的をアリスたちに邪魔させないことにある。
つまりは、どうあってもアリスがラビを助けるためには戦って勝たなければならないということなのだ。
……わかりきっていたことではあるが。
「『マム』とやらの目的が達せられたら、使い魔殿はどうなる……?」
がむしゃらに戦ってきたが、そのことについては今まで誰も触れなかった。
もしそれが『悪い』結果にならないのであれば――と一縷の望みをかけてアリスは訊ねてみる。
ゼノケイオスは首をかくんと傾げ、少しだけ考えてから答えた。
「…………
「なに……?」
「『マム』の目的を果たすために、ラビさんは消える」
『悪い』どころの話ではなかった。
考えうる限り『最悪』の結果しかこの先には待っていないのだと、アリスはようやく理解できた。
『マム』が何をしたいのかは相変わらずわからないが、このまま放置しておけばラビの身の安全は保証できない――どころか確実に『死』に近いことになるのだ。
ならば、どれだけ勝ち目が見えない戦いだろうとも、アリスが諦める道理はない。
「――ならば、どうあっても貴様を倒すしかないようだな」
「……やっぱり諦めないんだ」
「当たり前だろう」
……こうなることはわかりきっていた、と心の内でゼノケイオスはため息を吐く。
アリスに限らず、ユニットであればそういう判断になるだろうことは想像に難くない。
『時間稼ぎ』のつもりで会話してみたものの、結果として闘争心に火をつけるだけの結果になってしまったが――いかにやる気があろうとも力の差は覆ることはない。
数十秒稼ぎ、その分だけ『マム』の歩が進んだことだけで良しとする。
一方でアリスの焦りは増すばかりだった。
やるべきことは定まったとはいえ、焦りと『迷い』『戸惑い』もまた増している。
今までにも危険に晒されたことはあったが、今回の危険は過去最大だろう。
ラビが本当に消えていなくなってしまうかもしれない――その『恐怖』に、初めてアリスは震えた。
ラビを助けさせることを優先にし、自身のクエストクリアを諦めてまで託してくれたフランシーヌの想いにも応えなければならないという義務感のようなものも焦りを助長する。
ゼノケイオスに囚われているであろう仲間たちも救わなければならない。
……諸々の問題を一挙に解決するためにはゼノケイオスの撃破が必須なのに、勝ち目が全く見えない。
勝ち目の見えない絶望的な戦いなどいつものことだ、と笑い飛ばしたいのに笑うことができない。
その理由は本人もわかっていた。
今までにも
アリスの魔法を防ぎ、正面から打ち砕く彼女たちに勝利できた理由もわかっている。
だがゼノケイオスには、その『勝てた理由』が通用しないのだ。
何しろ相手は自分と全く同じ魔法を使えてしまうのだ。先ほどのように強引に隙を作り出して命中させない限り、どんな魔法も相殺されてしまって終わりになってしまう。
加えてアリスの持っていない他のユニットの能力が使える――たとえばアリスの魔法を【
どう足掻いても上回ることが出来ない――それをアリスはここまでの戦いで嫌になるほど痛感した。
そして、この問題は解決不能だということも。
意識したことはなかったが、これはアリスの『弱点』と言えるだろう。本来ならば存在すらしない『弱点』ではあるが……。
――どうする……!? どうやればこいつに勝てる……!?
勝ち目のない絶望的な戦いを乗り越えてきたアリス自身の能力を、相手も同等に持っている――しかも、おそらくは考え方までもアリスと同一。
そうなってしまったら、後は基本スペックと能力の差で勝敗は決まってしまうだろう。
唯一の差は仲間の有無だが、フランシーヌがやられたことで一気に不利になってしまった。その上、ゼノケイオス側はパワーアップしているのだから。
「……もう一人のわたしは一応残しておいて、とは言われているけど――別にやりすぎても構わないとは思う。
一応、最後にもう一回だけ言っておく。
このまま大人しくしていれば、これ以上危害は加えない。
そうすれば――もう一人のわたしにも
「…………どういうことだ……?」
ゼノケイオスの言っている意味がさっぱりわからない。
このまま放置すればラビは『消える』――だが、アリスには『チャンスが巡ってくる』というのだ。
それが一体何の『チャンス』なのか……それ次第で、とは全く思わない――ラビが『消える』のでは意味がないと思っているからだ――が、未だに目的が不明瞭なゼノケイオスと『マム』のやろうとしていることに関連していることは明らかだ。
目的を知ったところでどうなるわけでもないが、勝ち目が見えない以上つけ入る『隙』を探るためにも知るべきではないかと考えた。
アリスがわからないのも無理はないだろう、とゼノケイオスは表情を変えないまま続ける。
「『チャンスは公平にするべき』って『マム』は言ってた。
ラビさんが消えた後、わたしともう一人のわたし――
その時に邪魔されたくないから、他の人は全員いなくなってもらう……でも、わたしはわざわざ決める必要もないと思ってるから、もう手加減しないで全部片づけるつもりでいる。『マム』も多分怒らないと思うし」
「……訳が分からん……!」
聞いたところでますます混乱するだけであったが、一つだけはっきりとしたことがある。
そしてその『出番』は、アリスとゼノケイオスのどちらか一方が必要であり、どちらを『使う』かを『マム』は決めようとしており『公平』に機会を与えるためにアリスを倒さないようにしろとゼノケイオスに命じている……。
命令しているとはいえ、絶対に守らなければならないというわけではないのだろう。ゼノケイオスも『多分怒らないだろうから』ともはや守るつもりはなさそうだ。
……ゼノケイオスの言う通り、大人しくしていれば自分だけは助かり『機会』が巡ってくるかもしれないが……。
「――だが、こちらも最後にもう一回だけ言っておこう。
「だよね。良かった――なら、本気で叩き潰して終わらせることができる。
アリスの再度の、そして最後の答えに対して――ゼノケイオスは初めて笑みを見せた。
満面の、本当に嬉しそうな笑みに込められているのは、紛れもなく『殺意』。
アリスだけを生き残らせる必要もなく、自分の持っている全ての力を使って全力で戦って良い、ということに対する喜びが――アリスを含めた全てのユニットに対する『殺意』として発露している。
「だから、ケイオス・ロアもクロエラも
わたしは気付いているし、どうせ何もできないから」
「……チッ、やはり気付かれてたか……」
わざとらしくアリスは舌打ちするが、全ての魔法を使えるのだ。おそらくジュリエッタの
「……仕方ないわね」
ケイオス・ロアも気付かれているのでは仕方ない、と素直に立ち上がる。
ミトラも目を覚ましているようでしっかりと腕に巻き付いている。
後方の離れたところにいるクロエラも立ち上がろうとしているが――こちらは先ほどの攻撃で左足の太ももを深く抉られてしまい、膝をついた状態だ。
『クロエラ、動けるか?』
『ちょっと難しいかも――ディスマントルで補えないか考えてみる!』
『頼む。流石にこいつ相手に貴様抜きは厳しすぎる』
アストラエアの世界での最終決戦のように足首から先が失われたとかであれば、霊装をローラーブレードへと変化させて痛みさえ我慢すればいつも以上のスピードで動けるのだが、腿は根本的に足が動かせなくなるため致命的だ。
それでも躊躇っている暇はない。どうにかスピードをカバーする方法を考え、戦いに合流しようとする。
クロエラ抜きでゼノケイオスとは戦えない――それは本音である。
ただでさえフランシーヌがいなくなってしまい、一気に不利になってしまったのだ。
これ以上一人でも戦力が欠けてしまえば本当に勝ち目がなくなってしまう。
「んー……残り三人。泥と人魚は……まぁいいや」
一方でゼノケイオスはこれから倒すべき相手を改めて確認していたようだ。
アリス、ケイオス・ロア、クロエラの三人だけ――彼女にとってゼラとアルストロメリアは『敵』ではないのだろう。実際、深いダメージを負っている上に殴りかかる以外の攻撃方法のないゼラと、
だから相手は三人だけ……ゼノケイオスはそう思っている。
「そっちの『時間稼ぎ』ももういいよね? 『マム』が目的を達成する前に、終わらせる」
アリスの会話が『時間稼ぎ』、そしてケイオス・ロアたちが攻撃する隙を作るためだということもバレていたようだ。
互いに目的の時間稼ぎはもう終わり――後は、宣言通り『マム』とラビが星の中心へと辿り着く前に決着をつけるのみ。
残り数分――その僅かな時間で、ガイアを巡る長い戦いはどうあれ決着がつく。
それは確実だった。
「アウェイクニング!」
「くそっ、やっぱり
身体強化を重ねたとは言え、だからと言って射撃系魔法を使わない理由はない。
アリスにしろケイオス・ロアにしろどちらか一方の動きを制限することが出来る。
前まではそこからは攻撃と防御の撃ち合いになってしまったが、今やそうはならない――動きを制限しつつ、《エスカトン・ガラクシアース》発動中に自ら動いて叩くことができるのだから。
「awk!」
どうやらアリスの魔法での相殺を選んだようだった。
であれば、先に狙うのはケイオス・ロア――攻撃面では特に見るべき点はないが、それを補って余りある補助系魔法の使い手だ。
何よりも――
――……使い魔を優先的に始末する。
放置していても害はないが、かといって倒さない理由はない。
むしろ、
ユニットさえいなければいつでも倒せるが、ケイオス・ロアのついでに倒しておいた方が手間が省けるだろうとの考えだ。
「「《エスカトン・ガラクシアース》!!」」
同時に、巨星の雨が互いに向けて降り注ぎ――互いにぶつかり合い相殺されてゆく。
「……まずはケイオス・ロアから」
そして事前に考えた通り、発動と同時に迷うことなくケイオス・ロアへとジェット噴射で向かおうとする。
『時間』だろうが『空間』だろうが、一度動き始めたゼノケイオスを止めることなど不可能――特別に魔法を使わずとも、『血』を纏わせた灼熱の拳を揮うだけでケイオス・ロアは倒せるはずだった。
「え、エキスパンション《
その声は、飛び出そうとしたゼノケイオスのすぐ足元から発せられていた。
「!?」
《……!!!》
突然の浮遊感にバランスを崩したゼノケイオスへと向けて、地中からゼラが飛び出してきた――
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