第10章65話 其ノ黒キモノニ触レルナ 5. ハイペリオンの栄光
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《
黒い龍の姿をした破壊の力――それが九匹、別々の方向から次々と襲い掛かるこの魔法は、ある意味で《
消費魔力の割には《エスカトン・ガラクシアース》に比べて攻撃範囲に劣るものの、対単体の魔法としてはこれ以上ないほどの威力と命中率を持っている。
しかも普段ならば魔力切れによって長時間使えない神装も、今ならば使い放題だ。
――つまり、《ヨルムンガンド》は相殺しない限り『死』が確定する最凶魔法ということである。
そんな最凶魔法をゼノケイオスは回避することはできず、まともに全弾浴びてしまっていた。
吹き荒れる黒い破壊の力が、ゼノケイオスの全身を蹂躙――やがて黒い龍たちが一か所に纏まりまるで『繭』のような球体状へとなる。
この黒い球体が徐々に小さくなり内部の存在を圧縮して消滅させる……《トール・ハンマー》と似たような終わり方こそが、《ヨルムンガンド》の真の終わりである。
「……そのまま、潰せ……っ!!」
確実に《ヨルムンガンド》は決まった。
徐々に球体も小さくなっている。
回避も防御もできていないのは自分の眼でも確認したし、何よりも動体視力に優れたクロエラがはっきりと見ている。
一度囚われたならば逃れることは出来ず、潰されるだけで終わる……はずだ。
「うぐっ……」
「フラン!?」
一方で《ヨルムンガンド》が発動している間は誰も手出しできない。
合流したフランシーヌだったが、特に攻撃を受けたわけではないのに苦しそうに呻き膝をついてしまった。
それを見たケイオス・ロアが慌てて彼女を支え、一言二言会話をかわしているのをアリスは横目で見つつも意識はゼノケイオスから逸らすことはなかった。
この状態から抜け出すことは不可能――のはずだが、一つだけ『抜け道』がある。
それを使われたら、相手からの反撃が来るのだ。こちらもすぐさま対応しなければならない。
――くそっ、ダメか!?
アリスが気付いている以上、ゼノケイオスが気付いていないわけがない。
唐突に黒い球体がその場から消え去った。
「チィッ、やはりか! 来るぞ!!」
《ヨルムンガンド》に囚われてしまってから抜け出す唯一の方法、それは【
もっとも、普通のユニットであれば囚われてしまえばほぼ即死である。ウリエラ以外に【消去者】を使えるものがいたとしても同じような方法はできないであろうが。
《ヨルムンガンド》から脱出したゼノケイオスだが、無傷では流石に済まなかったようだ。
全身がボロボロになっているだけでなく、顔にはまるで涙の跡のように『ヒビ』が入っている。
……その様を見るに、やはりゼノケイオスも以前戦ったティターン同様に『土』から作られている可能性が高い、とアリスは思った。
だからと言ってケイオス・ロアの『土』属性の魔法だけで片が付く相手とも到底思えないのだが。
ともあれ、仕留めきることは――半ば予想はしていたが――できなかった。
しかしダメージは着実に与えられている。
ならば、このまま攻撃の手を緩めず、そして相手の攻撃を封じつつ戦っていけば勝てる。
そう誰もが確信していた。
「強化時間も残りわずか――クロエラ、行くわよ!」
「う、うん!」
膝をついたフランシーヌだったが、すぐに立ち直ったようですぐに立ち上がりゼノケイオスへと視線を向ける。
彼女の霊装は《ヨルムンガンド》に巻き込まれたはずだが未だに突き刺さったままだ――そういう効果である以上、よほどのことがない限りは槍が抜けることはないのだろう。
ケイオス・ロアに掛けてもらった《ゴッドブレス》の効果時間は残りわずかだがまだ残っている。
この強化が続いているうちに、ダメ押しで攻撃を加えて隙を作り、ケイオス・ロアとアリスがとどめとなる大魔法を放つ。
それが基本的な作戦だ。
……というより、そうするより他に手段がない。
誰か一人でも欠けてしまえば、攻撃でも防御でも一気に不利になってしまうのだ。
そうなる前に攻め切るためにはフランシーヌとクロエラが前衛で攻め、アリスが相殺、ケイオス・ロアが防御をしながらいける時に攻撃に加わる――この編成しか手段がないのだ。
「…………」
空中に浮かんだままのゼノケイオスはダメージが大きいのか、その場で顔を覆って俯いている。
不死身ではない、そう思える程度にはダメージを与えられたのは朗報ではあるがとどめを刺すには程遠い。
すぐに立ち直り反撃に移ってくるのは目に見えている。
フランシーヌとクロエラはすぐさまゼノケイオスへと接近、追撃を仕掛けようとする。
――このまま攻めきれればいいんだが……。
ゼノケイオスの身体に入ったヒビは留まることなく広がり続け、パラパラと『残骸』が零れ落ちていっているのがわかる。
フランシーヌたちの攻撃に対しての反撃をアリスかケイオス・ロアが上手く防ぎ、もう一度 《ヨルムンガンド》や他の神装を当てる機会を作れれば勝てる――その確信はあったのだが、拭いきれない『不快感』が常にアリスを苛んでおり、嫌な予感がしていた。
ガイア内部に突入してからというもの、ずっとアリスは『不快感』を感じていた。
それが正しい表現かは彼女にはわからない。他に適切か言葉が思い浮かばないため、アリスは自分の感情を『不快感』だと思っているだけである。
魔力が急速に回復する現象自体はありがたいものの、理由がわからず不気味ではある。
『異世界』が舞台の時に感じていた『違和感』よりも更に強烈なものを感じているのも、今までのクエストとは全く異なる気色悪さがある。
だが何よりも『不快』なのは――ガイア内部に来た瞬間に感じた得も言われぬ感情のためだ。
これが
――『郷愁』
おそらく、それが一番近い言葉だ。
たとえば小さかった頃に住んでいた昔の家、そこでの暮らしの朧気な記憶を辿るかのような――後悔とは異なる種類の昔を思う感情だろう。
なぜそんな思いを抱くのか、アリスにはもちろん自覚はないし、そもそも『郷愁』という感情自体を理解できるほど『昔』と言えるような思い出はない。
だから感情の正体がわからず『不快』だと思っているのだが……。
ゼノケイオスに対しての『不快感』ではない。
ガイア内部そのものに対する『不快感』である。
そして、ゼノケイオス自体がガイアと無関係というわけではないのだから、この『不快感』とも無関係ではないだろう。
……『不快感』の理由も正体もわからず、だが不快であるが故に焦燥感もある。
勝てる見込みは出てきたが、この『不快感』がアリスの内心で燻ぶっている。
そして、アリスのその予感は当たってしまうこととなる。
《ヨルムンガンド》が消去され、フランシーヌとクロエラがゼノケイオスへと襲い掛かるまで数秒も経っていない。
数秒――だが、それは魔法を使うには十分すぎる時間だ。
「――メタモル《
その呟きの次の瞬間から、戦況は大きく覆ることとなった。
ゼノケイオスのメタモル二語魔法が発動すると共に、全身が変わる。
服に隠れて見えない部分も含めて、全身が黒い甲殻に覆われてゆく。
イメージとしては、アリスの《
――拙いっ!?
向かって行っている最中のクロエラは、一瞬にして姿を変えたゼノケイオスを視認。
そして彼女の凶暴な光を放つ眼が、はっきりとクロエラの方に向けられたことにも気付き、悪寒に震える。
「皆、気を付け――ぐぁっ!?」
攻撃ではなく回避を選択、回避しつつ警告を飛ばそうとするクロエラだったが、警告の途中で瞬間移動の如き速さで突進してきたゼノケイオスに弾き飛ばされる。
続いて襲われたのは、クロエラと共に向かっていたフランシーヌだった。
彼女は如何に身体強化を重ねているとは言っても、クロエラほど素の動体視力に優れているわけではない――そして魔法でも強化することはできていない。
フランシーヌにわかったことは、クロエラが何かを叫ぼうとしている最中に大きく横に弾き飛ばされたこと。
そしてそれを認識した次の瞬間には、
「邪魔」
「!?」
目の前にゼノケイオスが現れ、姿を認識した瞬間に腹部に激しい衝撃を受けて真っ逆さまに地面に落下していった……。
強化をしたゼノケイオスがクロエラとフランシーヌを撃破し地上へと降り、更に地を蹴ってケイオス・ロアへと迫るまでわずか1秒ほど。
どれだけ戦闘慣れしていたとしても、捉えきれない速度で迫るゼノケイオスにケイオス・ロアもアリスも咄嗟に対応できなかった。
「……っ!?」
「こいつ……がぁっ!?」
気付いた時にはもう遅い。
勢いそのままに突進してきたゼノケイオスがケイオス・ロアへと右腕を振って薙ぎ払い、続いてアリスへと蹴りを放つ。
この一撃で倒されなかったの『幸運』にすぎない。
メタモルの強化だけで済ませ、後はゼノケイオス自身の身体能力だけを使っての戦いを選んだのは『速さ』を重視したためだ。
とにかく速攻を仕掛け、相手に何もさせないまま倒す……あるいは動きを封じる程度にダメージを与えて『時間』を作ることが目的であるため、一撃で致命傷を与えられるほどの強化はしなかったのである。
数秒、動けないだけのダメージを与えて時間を作ることができれば、それで十分だ。
「アウェイクニング 《エスカトン・ガラクシアース》」
僅かな時間――魔法を発動する時間だけあれば十分なのだ。
四度、降り注ぐ巨星の雨が『神々の古戦場』を蹂躙する――
アリスとケイオス・ロア、《エスカトン・ガラクシアース》へと対抗できる二人の動きだけ止めることができれば勝利は確定する。そのことをゼノケイオスはよく理解していた。
止められずとも魔法の発動をワンテンポ遅らせることさえできればそれでいい。
ダメージを与えて対抗策を実行するタイミングを遅らせることさえできれば、《エスカトン・ガラクシアース》によって完膚なきまでに全員揃って叩き潰すことができるからだ。
――かくして、ゼノケイオスの狙い通り……対抗策の魔法を使うよりも前に、アリスたちに巨星が直撃。
防御もできないまま巨星が降り注ぎ続け――後には静けさだけが残るのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ほんの一手。
ゼノケイオスの対応が一手だけ速く、アリスたちの対応が一手だけ遅れた。
ただそれだけの差で決着はほぼついた。
「……終わった」
動く者のいなくなった『神々の古戦場』の地上へとゼノケイオスが降り立つ。
ただの一人でさえも動く者はもはやいない。
だが、
「……ちょっと
『アリスだけは残す』という目的があったため、少し威力を下げたためである。
それに、動けないのであれば別にリスポーン待ちにならずともゼノケイオスにとっては関係ない――むしろ、
ともあれ、威力を抑えたとはいえ巨星数発を受けた4人は辛うじて生き残っている、という状態だった。衝撃に巻き込まれたミトラも、ぐったりとしてケイオス・ロアの腕から離れてしまっていた。
――……あの『泥』と『人魚』は逃れたみたいだけど、まぁいいや。
ゼラと【
泥状の肉体を使って地面に潜ったりすれば、巨星の雨も何とか潜り抜けることは不可能ではないだろう。
仮に無傷だったとしてもどちらも脅威にはなるまい、とゼノケイオスは意識から二人を消し去る。
「『マム』は――あと半分くらい、かな」
振り返り光の階段の方を確認すると、ラビを抱えた『マム』はその半ばを進んでいるところであった。
そう遠くないうち――数分もしないで『マム』は中心部の『星』へと辿り着くことだろう。
『時間稼ぎ』としてはほぼ目的は達成できたと思っていい。ただ、アリスやクロエラが全力で飛べば『星』到達前に追いつかれる可能性は充分ある。
だから油断なく、立ち上がるものを順番に潰して更に時間を稼ごうとする。
「…………まだ、立つんだ?」
静寂に包まれる『神々の古戦場』――その中で、ただ一人立ち上がるものがいた。
「まだ、よ……!」
ボロボロになったフランシーヌだった。
立ち上がった彼女の胴体……右胸から脇腹にかけてが大きく抉れ欠損している。
……空中でのゼノケイオスの一撃が、フランシーヌの身体を抉っていたのだ。
傷口が焼けただれていることから、ゼノケイオス自身が超高熱を持っており触れるだけで相手を焼き払うほどなのだ。
《ハイペリオン》――あるいは『ヒュペリオン』と呼ばれるティターン12神のうちの1柱であり、『太陽』の巨神である。その力を自身に宿すのが、メタモルの二語魔法 《ハイペリオン》なのである。
今のゼノケイオスは正しく『生ける太陽』の化身とも言える存在だ。
スピードに優れたクロエラは咄嗟に回避できたが、フランシーヌはまともに食らってしまっていた。
普通の人間であれば即死しているであろう傷であり、たとえユニットだったとしても耐えきれるようなダメージではない。
だというのにフランシーヌは立ち上がり、ゼノケイオスを睨みつける。
辛そうな顔をしているものの、その目からは戦意の光は消えていなかった。
「……この槍、邪魔だから抜いてもらう」
「お断り、よ!」
《ハイペリオン》の高熱に晒されても突き刺さった『ゲイボルグ』は抜けず、破壊もされていない。
そのせいで左腕は変化はしても動かないままであり、そのおかげでフランシーヌの胴体は両断されずに済んだと言ってもいいだろう。
無限の魔力と様々な魔法により、それこそおそらく『無限』に強くなっていくゼノケイオスにとって唯一効果を齎しているデバフーー『ゲイボルグ』が刺さっている今こそが、最大のピンチでもありチャンスでもあるとフランシーヌは理解していた。
とはいえ、一人でやれることなどたかが知れている。
――……でも、あたしがやらなきゃ……!
《ゴッドブレス》の効果も切れてしまい、後は自力で何とかしなければならない。
アリスたちも深いダメージを負い、意識を失ってしまっているのか動けないでいる。
せめて彼女たちが目を覚ますまでは――
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