第10章64話 其ノ黒キモノニ触レルナ 4. 星砕きの戦場

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 全ての魔法を操る、正しく魔法の王――『魔王』とも言うべき存在であるゼノケイオス。

 その魔王が放つ最大火力の魔法が《星天崩壊エスカトン天魔ノ銀牙ガラクシアース》であることは疑いようがない――元々アリスの全魔力を使っても尚発動不可能な魔法である。これは、全ユニット中最大の魔法と言っても過言ではないだろう。

 ただし、完全無欠の魔法ではないことは既に明らかになっている。

 ゼノケイオスに合わせてアリスが同じ魔法を発動することで相殺自体は可能だ。

 相殺できること自体が特殊すぎる事例ではあるが、アリスの魔力は有限――謎の超回復力を発揮する今であっても連発はできない。

 だからこそ、二発目の《エスカトン・ガラクシアース》は絶対に防ぎようのない魔法となるはずだった。




「オペレーション《オーバーラップ:天装アカツキ》、ロード《七死星剣:揺光》!

 皆、あたしの近くに!」


 二発目の発動と同時にすぐさまケイオス・ロアが動く。

 身に纏う属性は、『時』の《刻装クロノア》に合わせ着オーバーラップする――《クロノア》だけは絶対に解除することはできない、対ゼノケイオス戦の切札とも言える属性だ。

 もう一つ、七死星剣の形態を換える。

 ロードした《揺光》は、巨大な『盾』である。

 以前の《ベネトナシュ》に相当する、防御特化型そして防御魔法強化の効果を持つ形態だ。

 だが、いくら防御魔法を重ねたとしても、降り注ぐ巨星の雨を防ぎきることは不可能――たとえ《イージスの楯》であったとしても衝撃にいずれ押し潰されてしまうことだろう。

 その程度のことがわからないケイオス・ロアたちではないはずだが――


 ――後ろの方のゼラたちには……当たらないわね。


 迫りくる『死』を齎す巨星の雨を前にして、ケイオス・ロアは冷静に状況を把握。

 アルストロメリアを【格納者コンテナー】で匿っているゼラの安全は確保しなければならないのはわかっているが、ひとまず全ての巨星の軌道が自分たちに向かっていることを確認し一旦そちらへの防御は不要と判断。

 ……一瞬で巨星の軌道を見切ることは通常は不可能だ。

 それを可能としているのは、あらかじめ使っておいた《クロノア》の思考加速魔法――アビゲイルの《コンセントレーション》とほぼ同じ効果の魔法である。

 自身の思考の速度のみを速くするため肉体の動きに変わりはない。そのため、魔力の消費も肉体への負荷も低い、と強化系魔法の中ではリスクもなく使いやすい部類であろう。

 それはともかく、《エスカトン・ガラクシアース》の軌道全てを見切ったケイオス・ロアは、


「ミトラ、回復を!」

”わかってるよ。頼んだ、ケイ!”


 いかに強大な攻撃魔法とはいえ、次元を超えることは出来ない。

 アリスの魔法のほぼ全ては、結局のところ規模の大小の差はあれど『物理攻撃』と変わりないためだ。

 であれば、ケイオス・ロアには自信がある。

 その自信の根拠となるものこそ、新たに纏った《アカツキ》の司る属性――


「オペレーション《ワームホール:スフィア》!」


 巨星が近づいたその時を見計らい、ケイオス・ロアが《アカツキ》の魔法を発動させる。

 ……が、見た目には何の変化もない。

 防御壁が生まれるわけでもなく、ただ魔法の発声があったのみだ。

 ――不発。

 傍目に見ればそう映ってもおかしくない。

 しかし……。


「!?」


 ゼノケイオスがわずかに表情を変えた。

 なぜならば、ケイオス・ロアたちへと向かっていった巨星が、命中する直前にワープしたとしか思えない軌道を取ったからだ。

 ケイオス・ロアたちがいる周囲を避けるように、対角線上の反対側の空間へと巨星がワープ……そのまま地面へとぶつかり爆散する。


「――


 すぐさまその正体にゼノケイオスは思い至った。




 ケイオス・ロアのエクスチェンジで身に纏う衣装は、ホーリー・ベルの時と同じく『7つ』。

 土、金属を操る《剣装ミツルギ》。

 光を操る《幻装マホロバ》。

 炎と熱を操る《烈装フレアス》。

 雷を操る《激装ナリガミ》。

 風と水を操る《嵐装アラマキ》。

 時間を操る《刻装クロノア》。

 そして、最後の7つ目が空間を操る《天装アカツキ》である。


 時間と空間という、本来ならば魔法であっても容易に触れることのできない領域を自在に操る《クロノア》《アカツキ》は、ケイオス・ロアにとっての切札と言っても過言ではない。

 そんな切札を《オーバーラップ》で両立している今の姿こそが、ケイオス・ロアにとっての『最強』形態の一つと言える。


「……ふふん、反省ってのはしておくもんね! おかげで――」


 ――アリスたちを……皆を守ることが出来る!


 ケイオス・ロアは笑った。

 【装飾者デコレイター】の能力に頼らず、複数の属性を同時に扱えるようになれば戦いの幅は大きく広がる。

 多少の効率の低下を呑み込み、複数属性を扱う衣装を幾つか作り出し、『切り札』となる《クロノア》《アカツキ》にリソースを集中すること。

 特にこの2つの属性は、莫大な魔力消費と引き換えに、どんな状況であっても最高の成果を発揮することができ、いかなる不利な状況かであろうともことが出来る能力である。

 かつて、アリスを助けられず『ゲーム』からリタイアすることになってしまった経験から導き出した結論が、この《クロノア》と《アカツキ》の同時使用である。




 やがて巨星の雨が尽きようとしていた。

 だが、ケイオス・ロアたちは無傷――空間を歪め見当はずれの方向へと着弾した巨星の爆風さえも防ぎ切っている。

 最大最強の攻撃魔法エスカトン・ガラクシアースを『相殺』以外の方法で完全に凌ぎきっていたのだ。


「awk 《エスカトン・ガラクシアース》!!」

「……!!」


 防ぐだけでは戦いに勝利することは出来ない。

 この瞬間をアリスは狙っていた。

 見逃されがちではあるが、いかなる魔法であっても共通の『弱点』が存在する。

 それは、というものだ。

 重ね掛けが可能な一部の例外を除いて、この法則は基本的にはどの魔法にも適用されている。

 いかに魔力が無限であり《エスカトン・ガラクシアース》をできるとは言っても、に放つことはできないということを意味しているのだ。

 その隙をアリスは待っていた。

 一発目は相殺、二発目はケイオス・ロアによる防御で凌ぎつつ魔力を回復。

 ゼノケイオスの二発目の終わり際に自身の二発目を放って攻撃する――これが狙いだったのだ。

 まだ二発目は。ここがポイントだ。

 終わってから撃っては、三発目で相殺――そして四発目以降が同じ流れとなるだけで終わる。

 倒されることはないが倒すこともできない。

 一刻も早くゼノケイオスを倒してラビを救出することを目的とする以上、『倒されない』戦いだけをしていても意味がない。

 どこかで危険を冒してでも『攻め』に転じなければならない。それが、アリスたち全員の――ミトラだけは渋っていたが――判断である。

 『今』がその攻める時。アリスたちは口にせずともそれを理解していた。




 終わりかけのゼノケイオスの魔法は、アリスの魔法によってあっさりと押し返され先ほどとは逆にゼノケイオスの方が巨星の雨へと晒される。

 このアリスの二発目の《エスカトン・ガラクシアース》に対してどのような対処を取るか、それによって戦いの流れは大きく変わるはずだった。


「アウェイクニング 《エスカトン・ガラクシアース》!」


 ゼノケイオスの取った手段は『迎撃』だった。

 幾つか考えられるパターンの中で、アリスたちにとってはであると言える。

 終わりかけの魔法を少し相殺したため、今度はゼノケイオス側の方が勢いで勝っている。

 とはいえ、このままではまた防がれるか魔力回復を終えたアリスに迎撃されるかの繰り返しになる。


 ――

 ――だから、さっさと片付ける。


 ゼノケイオスの『目的』としてはアリスの推測通り『時間稼ぎ』ではあるのだが、だからと言って全員を生かしておく必要もない。

 彼女にとって、そして『マム』にとって必要なのはラビのみ。アリスは残しておくくらいの理由しかない。

 『マム』からはアリスも撃破して良い、と指示は受けていない。だから生かしておく。他のユニットについては『マム』が必要としていない以上、指示を仰ぐまでもない。

 ゼノケイオスは『ありす』を元にしているだけあって外部からその感情を窺い知ることは難しい――慣れ親しんだ人間であっても正確に把握するのは難しいだろう――が、行動原理自体はシンプル極まりない。


 全ては『マム』ののために。


 彼女の願いを叶えるためだけに、ゼノケイオスは行動する。

 彼女の願いのために必要なラビを攫い、アリスは念のため残す。

 それ以外は全て排除する――このままでは自分が突破されるだけだと認識したゼノケイオスは、『時間稼ぎ』の方針を変更した。

 すなわち、不要なものを徹底的に排除しアリスも身動きの取れないように痛めつけて行動不能にすることで時間を稼ぐ、である。


 ――もう一人のわたしなら……まぁたぶんだいじょーぶ。


 《エスカトン・ガラクシアース》を抜きにしても全ての魔法を扱えるゼノケイオスの力は圧倒的だ。

 それが『本気』で相手を叩き潰すつもりで揮われた時、生き残れるものは皆無だろう。

 アリスをも巻き込みかねないとは心の片隅で思うものの、おそらくは大丈夫だろうとゼノケイオスは思う。

 なぜならば、自分自身のことだから能力もよくわかっている――アリスゼノケイオスならば切り抜けることは不可能ではないと判断したからだ。

 シンプルな戦法、かつ相手を徹底的に叩き潰すための方法は既に編み出してある。

 後はそれを使うだけ――といった時だった。


「……クロエラ……」


 燃え盛る巨星の雨に紛れ、クロエラがいつの間にかゼノケイオスのすぐ傍まで迫ってきていたのだ。

 アリスの魔法であれば食らうことはないだろうがゼノケイオスの魔法であれば話は別のはずだが……。


 ――……そうか、《ゴーストハント》……。


 思い当たる魔法は一つ。

 『霊体』となりありとあらゆる物理攻撃を無効化する幽霊狩りゴーストハントしかない。

 確かにこの魔法を使えば《エスカトン・ガラクシアース》ですらもすり抜けることは可能だ――何度も言うように、アリスの魔法はいかに強大であろうとも結局のところは『物理攻撃』なのだから。

 大魔法の撃ち合いをすると見せかけ、その裏で《ゴーストハント》を使った接近からの『暗殺』を狙ったのだろう。


「あまい」


 しかし、『暗殺』は失敗に終わった。

 隠れて進むクロエラの姿をゼノケイオスははっきりと認識していた。

 《ゴーストハント》を解除した瞬間、別の魔法によって撃ち抜けば済む話だ。

 《エスカトン・ガラクシアース》の同時発動はできずとも、当然他の魔法であれば同時に使うことはできるのだから。

 ……そもそもそれ以前に、クロエラ単独でゼノケイオスに接近できたとしても、一撃で倒すような攻撃力など持っていない――だからこれは無謀な吶喊、あるいは意味のない行為にすぎない。

 気にするまでもないが、それでもゼノケイオスはもう油断も慢心もしない。

 迫ってくるのであれば容赦なく叩き潰すまでだ。


 ――……《ゴーストハント》中に当てられる魔法は少ない。

 ――んー……迫ってきたら、攻撃する。


 《ゴーストハント》を使っている間は、クロエラの攻撃も当たらないがほぼ全ての攻撃がすり抜けてしまう。

 これを捉えるための魔法はないことはないが、わざわざそのために使うのは『面倒』だと思えた。

 どうせ攻撃を仕掛ける際に実体化してくるのだから、それに合わせて迎撃した方が良いだろう――そして、そのための『準備』として、『本気』で相手を叩き潰すための魔法を使い始めていれば良い。そうゼノケイオスは判断した。




 ――これが『罠』だとも知らずに。




 ゼノケイオスが隠れながら迫るクロエラの存在に気付いたことを、クロエラ自身も理解していた。

 むしろ、のだから。

 ゼノケイオスとの距離が縮まり、もはや隠れる意味すらなくなったところでクロエラが急加速――相手に対応されるよりも早く突撃しようと


「…………っ!?」


 そこを待ってましたと言わんばかりに、クロエラへとはっきりと視線を向けたゼノケイオスが迎撃しようとするが――クロエラは《ゴーストハント》を解かずにそのままゼノケイオスへと体当たり……素通りしてゆく。

 攻撃しないのであれば無意味な突進でしかない。

 なぜそんなことをするのか理解できずゼノケイオスがわずかに驚きの表情を見せるが、クロエラの『真意』はすぐにわかった。


「ブラッディアーツ《血塊弾ブラッドブレット》!!」


 その声がゼノケイオスの足元から響くと共に、無数の弾丸が襲い掛かる。


「!? フランシーヌ……どうやって……?」


 全くの予想外の方向からの攻撃に、ゼノケイオスの対応が遅れた。

 何発かの弾丸――野球ボール程度の大きさにまでなった『血の塊』が身体を掠る。



 血の弾丸を放つと共に、自身も地を蹴って飛び上がりゼノケイオスへと肉薄したフランシーヌがニヤリと笑ってそう答えた。

 信じられない、と目を見開くゼノケイオスに構わずフランシーヌは槍を突き出す。


「ブラッディアーツ《血風演舞ブラッディストーム》!!」


 突き出した槍から『血の旋風』が巻き起こりゼノケイオスへと突き刺さる。

 わずかにでも触れた血が生き物のようにうねり、暴れ狂い、ゼノケイオスの肉体を抉ってゆく。




 クロエラの突撃は『囮』。

 本命は、そちらに注意を逸らした瞬間を狙ったフランシーヌの攻撃であったのだ。

 フランシーヌであれば、ゼノケイオスだけでなくアリスの魔法でさえも当たればダメージを受けてしまう。

 相殺し合っているとは言え、二つの巨星雨が降り注ぐ中で接近することは不可能――ゼノケイオスは自然とそう思い込んでしまっていた。

 しかし、フランシーヌはやり遂げた。

 彼女の言葉通り、『気合』で巨星の雨を潜り抜け、クロエラが注意を惹いている隙に接近。触れただけで内部へと潜り込みズタズタに肉体を引き裂く必殺のブラッディアーツを叩き込んだのだ。

 ……ただし、彼女が『気合』だけでここまで来れたのはフランシーヌだけの力ではない。


 血を放つと共に、フランシーヌが背の翼をはためかせゼノケイオスへと突進する。


「くっ……」


 それを防ぐ術は何通りもあるが、咄嗟にゼノケイオスはその判断を下せない。

 一番使える巨星魔法は、既に《エスカトン・ガラクシアース》が使ってしまっているため単発で放つことが出来ないのだ。


「イグジスト《嵐捲く必滅の神槍グングニル》!」


 結局、咄嗟の判断で使ってしまったのは神装だった。

 しかしそれ自体は悪い判断ではない。

 絶対命中の能力を持つ《グングニル》、かつフランシーヌ自体も向かってきている状況ならば防御すらも不可能なはずだ。

 カウンターでの一撃必殺、という意味では悪くない判断――のはずだった。


「こ、のぉぉぉぉぉっ!!」

「!?」


 三度、ゼノケイオスの『予想外』が起こった。

 迫りくる神槍へと向けてフランシーヌが自身の霊装を正確に突き、穂先同しがぶつかり合う。

 そして、パワーでそれをいなしつつ、片手でフランシーヌは神装を掴んだのだ。


 ――……ありえない……!


 フランシーヌ自身、《ブルー・ブラッド・ブリード》と《狂黒血の徴エボル・スティグマータ》で強化してはいるが、それでも全力で放った神装をパワーで押さえ込むことなどできるはずがない。

 ……神装はその名の通り『神の力』を顕現イグジストしている魔法なのだ。

 いかに強化しようとも、ユニットが神の力を力任せに抑えるなどありえない事態だった。


「喰らいなさい、『ゲイボルグ』!!」


 度重なる『ありえない』事態に、ついにゼノケイオスの頭がフリーズした。

 その隙を逃さず、暴れ狂う神装を片手で押さえつけたまま、フランシーヌが霊装をゼノケイオスの心臓へと目掛けて突き刺した――




 フランシーヌの『ありえない』力は、彼女の強化魔法によるものだけではない。

 ケイオス・ロアの《クロノア》の魔法――『未来の力を前借りすることによる超強化』を施す、《ゴッドブレス》によるものである。

 クエスト中に一度しか使えない上に一分間しか続かない強化魔法ではあるが、その効果は絶大だ。

 一分間の世界――絶対時間にして60秒の『未来の自分』のステータスを現在へと乗せているのだ、単純に60倍ものステータスを瞬間的に得ていると言える魔法である。

 いかに神の力といえど、最終局面にまでたどり着いた『最強』に限りなく近いユニットの60倍もの力であれば押さえ込むことは可能だ。




 そして、重要なのはこの後先考えない強化によってゼノケイオスへとフランシーヌの霊装を突き刺したことにある。


「離れろ……!」

「チッ……!?」


 魔法を使っている余裕はない。

 ゼノケイオスは背の翼の噴射口をフランシーヌへと向け、至近距離のジェット噴射で吹き飛ばすと同時に自身もその場から離れる。

 距離を取り、心臓部に突き刺さった霊装を引き抜こうとするが……。


「……抜けない……!?」


 槍はまるで根を張っているかのようにびくともしない。

 ……いや、まるで、ではなく実際に『根』を張っているのだ。

 ゼノケイオスの体内で槍の穂先から無数の『棘』が生え、それが延びて『根』となり深く深く食い込んでゆく。


 ――……! メタモルでの切り離しもできない……!?


 抜けないならば身体を再構築すればいい、と思ったものの彼女の直感は『不可能』と結論を出した。

 これは物理的に槍が突き刺さっているのではなく、『身体に刺さって抜けない』という概念そのものである、と。




 フランシーヌの霊装『血槍ゲイボルグ』――他のユニットの霊装の例にもれず、彼女自身の能力を補強する特殊効果がある。

 一つは、霊装を使って傷つけた際に同時に『吸血』を行う効果。

 もう一つが、手元から霊装を失うことと引き換えに永続的に槍が突き刺さり『吸血』し続けるという効果だ。

 後者の効果こそが、今ゼノケイオスを襲っている事象の正体となる。

 ゼノケイオスから『吸血』することは出来ないが、体内に『異物』を抱え込んでしまったために左腕が動かなくなってしまっている。

 抜くこともできず、メタモルでの分離も不能――メタモル自体は使えるのだが、使っても再構築した肉体へとどこからともなく現れた霊装が再び突き刺さるという『結果』から逃れることができない。

 この霊装の能力は、本来ならば『吸血』可能な超巨大モンスター戦での長期戦を行えるようにするためのものだ。

 霊装を手放すことで攻撃能力は大幅に減るが、替わりに安定した『吸血』を行う補助系の能力である。

 ただし、槍は突き刺さり食い込むもののダメージを与えることは出来ない。あくまでも、安定した『吸血』しか出来ないのだ。

 ゼノケイオスの小柄な体格にとっては、それでも身体に支障をきたすものになってしまっているのは仕方のない話だ。

 左胸に刺さり『根』を張ってしまっているが故に、左腕がほとんど動かなくなっている。


 ――……これが狙い……?


 左腕が動かなくなったのは問題ではあるが、戦闘に支障は全くない。

 肉体を駆使して戦うモンスターであればともかく、魔法を使う以上腕一本動かないところで身体強化系や動作を必要とする魔法でもなければ関係のない話だ。


「オペレーション《ワームホール》!」

「ext《世界を喰らう無窮の顎ヨルムンガンド》!!」


 フランシーヌによる予想外の攻撃で終わりなわけがない。

 防御をケイオス・ロアに全部任せ、《エスカトン・ガラクシアース》を撃ち切ったアリスが合成神装を放ち、更にそれをケイオス・ロアの空間魔法によってゼノケイオスのすぐ傍へとショートカットさせる。

 ……もし普通に放っていたとしたらゼノケイオスに見られた瞬間に操作されるか、あるいはゼノケイオス側の巨星によって威力を減衰されてしまっただろう。

 そして、フランシーヌの攻撃による衝撃がなければ、もっと冷静に対処されてしまっていたかもしれない。


「……このくらいで……!」


 同じ神装での反撃――はできない。

 ゼノケイオスの霊装は未だ掴まれたままだ、手元に戻す暇も惜しい。

 ならば、とゼノケイオスは動かせる右腕を引き絞る。


「マーシャルアーツ……」


 神の力を今を生きる人間の叡智で打ち砕く――単発火力であれば神装にも匹敵する最大の砲撃魔法……。


「《46・トライアド――」

「させないっ!!」


 ――は不発に終わった。

 『囮』であったはずのクロエラがいつの間にかUターン。

 ゼノケイオスの前へと回りこんで《ゴーストハント》を解除、全力でバイクで顔面を殴り飛ばす。

 ……同時発動できないのと別に、ほぼ全ての魔法に共通の弱点――それは『発声しなければ発動しない』というものだ。

 顔面を殴られた衝撃でゼノケイオスの魔法が中断され、そこへ《ヨルムンガンド》が殺到……ゼノケイオスを呑み込んでいった……。

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