第10章63話 其ノ黒キモノニ触レルナ 3. vs"魔王"ゼノケイオス

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ガイアを巡る最終クエスト、その最終決戦はゼノケイオスとの戦いになった。

 アリスたちの知るところではないが、本来の『ラスボス』は既にゼノケイオスによって倒されている。

 だから、この戦いは本来ならば行う必要のないものなのだと言える。

 倒すべき相手不在の奇妙な状態ではあるが、それは『ゲーム』の視点から見た時の話だ。

 アリスたちにとっては、これは避けてはならない必要な戦いである。


「使い魔殿を助けるにも、このクエストのクリアのためにも――どうあっても貴様を倒す必要があるようだな」


 宙に浮く光の階段を進むラビ。

 その先にある『青い星』――自分たちの棲む惑星を模したものへとラビは向かっており、またそここそがこのクエストの『ゴール』なのだと直感で感じていた。

 どちらも、ゼノケイオスの魔法によって『壁』が作られ、見えてはいるもののたどり着けない。

 ……仮に『壁』がなかったとしても、ゼノケイオスが大人しくラビの元へと行かせてくれることはないだろうが。


「……何かしら、……?」


 ゼノケイオスへの注意を払ったまま、ラビの様子を見ていたケイオス・ロアが呟く。


 ――……? こいつらには見えていないのか……?


 その言葉を聞いたアリスは違和感に気付く。

 アリスの眼には、ガイア外部で見た少女がラビを抱きかかえて連れて行っているように見えているのだが、どうやら他のユニットには違うものが見えているようだ。

 ケイオス・ロアの言葉通りであれば、何かしらの黒い塊――靄のようなものだろうか――がラビを捕らえているように見えているのだろう。


 ――……いや、そのことは今考えることではないか。


 アリスと他人で全く異なる姿に見える存在……気にはなるが、考えてもわかることではないし今考えることでもないとアリスは割り切る。

 今集中すべきはゼノケイオスだ。

 ゼノケイオスさえ倒せば、諸々の問題が一気に解決する――そう確信している。

 ただ一点、気に掛けるべきは『時間』だ。

 理由があるのか不明だが、ラビを連れて歩く少女のスピードは遅い。

 『青い星』までの距離はかなり離れているがほぼ一直線に進むことができる。

 少女のペースが速まらないこと前提ではあるが、おそらく10分前後……とアリスは予測する。

 その10分間でゼノケイオスを倒し、少女へと追いつきラビを取り返す。やるべきことは、結局シンプルなのに違いはない。

 ……あくまで表向きの状況だけの話であり、裏のアリスたちの知りえない状況は相変わらず混沌としているのではあるが。




 それはともかく。


 ――……こいつ……!?


 アリスはすぐに異変に気付く。

 彼女たちが乗り込みゼノケイオスと対峙してからまだ10秒も経っていない。

 が、『戦闘』という状況においてその10秒は状況を動かすのに十分すぎる時間である。

 にも関わらずゼノケイオスは積極的に動かず、ただ静かな表情でアリスたちを見ているだけなのだ。


 ――


 ゼノケイオスにはアリスたちを『倒そう』という気はない。

 ただ少女がラビを『青い星』へと連れて行くまでの時間を稼げればそれでいいということなのだ、とアリスは理解した。

 もちろん、こちらが本気で攻撃を仕掛ければ迎撃をしてくるだろうし、そもそもアリスたちを全滅させれば時間稼ぎなどする必要もなくなるのだ。全く油断できる情報ではないが。

 時間稼ぎが目的なら全力で戦いアリスたちを倒す方がいいに決まっているが、そうしない『理由』が何かあるのだろう。そこまでは当然考えてもわからないので、アリスはそれ以上は考えない。


 ――こいつの思惑がどうあれ、やるべきことに変わりはない。

 ――むしろ、時間稼ぎのために手を抜くというのであれば、その隙を突かせてもらうだけだ!


「cl《赤色巨星アンタレス》!」


 ゼノケイオスの思惑に関わらず、放置したままラビの救助が不可能なのはわかりきっている。

 アリスの巨星魔法が引き金となり一斉に全員が動き出す。


「サモン《コロッサス》、ブラッシュ」


 ゼノケイオスの呼び出した石の巨像が巨星を真っ向から受け止め、同時に追撃を防ぐ『壁』となる。

 同じ巨星魔法での相殺を行わなかった理由は――


「ブラッディアーツ《血刃ブラッドエッジ》!」


 アリスの攻撃に合わせて横から回り込んで来たフランシーヌへの対処のためだった。

 そして、同時に反対側からはクロエラが回り込んで霊装バイクを振りかざし叩きつけようとして来ていた。


「オープン」

「くそっ!」


 タイミングは完璧だった。

 しかし、ゼノケイオスには攻撃を回避するための方法など幾らでもある。

 オープンで自分自身を後方へと飛ばして二人の攻撃を回避すると同時に、反撃の魔法を使おうとする。


「コール《赤爆巨星ベテルギウス》――っ」


 二人まとめて《ベテルギウス》で吹き飛ばそうとするものの、


「オペレーション《リバースタイム》!」


 三人目――上から回り込んで来たケイオス・ロアの魔法が先に発動する。

 《ベテルギウス》を発動したはずが、発動しない。

 それどころかオープンで距離を離したはずなのに、まるで時間が巻き戻るようにゼノケイオスの『位置』が戻ってゆく。

 『時』を操る《刻装クロノア》には、直接相手へとダメージを与える魔法は少ない――謎エネルギーを放つ《ブラックボルト》等の魔法しかない。

 だが、攻撃手段の乏しさを補ってあまりあるほど、有用な補助魔法が充実している。

 物体の『状態』の時間を巻き戻すことでダメージだけでなく魔力すらも回復されるのが《リカバリーライト》であり、物体の『位置』だけの時間を巻き戻すのが《リバースタイム》である。

 巻き戻し中には攻撃を加えることは出来ないが、そこは大きな問題ではない。


「行くわよ、クロエラ!」

「うん! せーのっ!!」

「……っ」


 巻き戻った先には既にフランシーヌとクロエラが待ち構えているのだ。

 しかも、巻き戻り中はゼノケイオスも動くことが出来ない。

 結果として動けるようになった瞬間を狙いすませた二人の攻撃がゼノケイオスへと叩き込まれる。

 魔法での防御も間に合わず、無抵抗のまま殴られゼノケイオスが後方へと吹き飛ばされる――が、それが大したダメージにはなっていないのは誰の目にも明らかだ。

 すぐさまゼノケイオスも体勢を立て直し反撃してこようとするが、


「cl《焦熱矮星プロキオン》、ab《噴射ジェット》!!」

「オペレーション《ブラックボルト》!」


 すぐさまアリスたちが追撃を先手で行い、ゼノケイオスの反撃を許さない。

 特に《プロキオン》の直撃は拙い。如何にゼノケイオスと言えども、食らえば身体を深く抉られてしまうのは避けられない――対ユニットにおいて、ある意味で巨星よりも致命的な威力を持っているのが矮星魔法なのだから。

 それをゼノケイオスも当然理解しているだろう。アリスの魔法を十全に扱えるのだから。


「メイク《小片レット》、サモン《ヒュドラ》」


 理解しているが故に対処法も当然わかる。

 《プロキオン》へと《レット》を当ててその場で消費させ、自身を取り囲むように《ヒュドラ》の首を回して《ブラックボルト》を防ぐ。

 同時に、最接近してきたフランシーヌたちの攻撃も《ヒュドラ》が代わりに受け止める。

 防がれるのも承知の上、4人は《ヒュドラ》に構わず次々と攻撃を仕掛ける。


「むー……失敗した」


 ゼノケイオスは自らの失敗を素直に認める。

 直撃を避けるために《ヒュドラ》による全方位防御を取ってしまったが、当然のことながら自分も《ヒュドラ》に阻まれてしまうため自由に動くことができなくなってしまった。

 、無理矢理にでも反撃するべきだったと反省する。

 ――アリスが感じている通り、ゼノケイオスには『倒す』という意思は全くない。

 そこには『目的』があるためであり、決して手加減をしているというわけではない。


「……仕方ない。メタモル」


 このまま《ヒュドラ》ごと押し潰されては『目的』の達成は出来ない。

 ジュリエッタお得意の全身スライム化をメタモルで行い、すぐさま《ヒュドラ》の隙間から抜け出し反撃をしようとする。

 しかし、そういう行動をしてくるだろうことはアリスたちには予測済みだった。


「エキゾースト《ヒートヘイズ》!」

「むー……」


 スライム化から戻るよりも早く、駆け付けたクロエラが炎煙ヒートヘイズを浴びせかけて焼き尽くそうとしてくる。

 もちろんそれだけでとどめを刺せるわけがない。

 多少のダメージを受けつつも元に戻ったゼノケイオスへと、更にフランシーヌたちが殺到し次々に攻撃を仕掛けてくる。




 『相手が何が出来るのか?』がわかっていれば、いかに手数が豊富であろうが対処は可能だ。

 決戦前の情報交換時、魔法やギフトがいかなる効果を持っているかだけではなく、その中で注意すべき行動についても共有していた。

 その中でも特に危険なのがステッチによる口の縫い付けと、メタモルによる全身スライム化による逃走だった。

 前者はアルストロメリアがいる限りは何とか防ぐことが出来るのはわかっているものの、後者は使われても防ぎようがない。

 戦いにおいて警戒すべきは、『攻撃』よりも『防御』『回避』、そして『妨害』『拘束』に関する能力なのは言うまでもない。

 スライム化による逃走は『回避』にあたり、これを使われてしまっては戦いが長引いてしまうだろう。

 短期決戦を挑まざるを得ないアリスたちは、特に念入りに『防御』『回避』に対していかに対処するかを事前に考えていた。

 スライム化は止めることは難しい。なので、やられること前提で考えた結果、クロエラの速度を活かした追撃を徹底することにしたのだった。

 深追いは厳禁だが、スライムになっている間であればエキゾーストでの攻撃もかなり有効になるはずだ。

 ……ゼノケイオスの耐久力が果たしてどこまでなのかは想像もつかないが、『削り』としては有効だと思えた。


「いい感じじゃない?」

「そ、そうだね……油断は禁物だけど」

「……」


 今のところ戦いは比較的アリスたち側に優勢だと言える。

 ゼノケイオスは致命傷とはほど遠いものの、着実に削っている実感はあるし逆にゼノケイオス側からの攻撃も受けていない。

 このまま時間をかければ倒すことは十分可能だろう――ただし、時間をかけることはできないし、何よりもゼノケイオスがこのままで終わらせて来るはずもないとわかっているが。




 ここまでの攻防でゼノケイオスは相手を侮っていたことを素直に認める。

 能力の大部分がバレているのは承知の上ではあったが、予想以上に『対策』を講じられてしまっており上手く立ち回れていない自覚がある。

 最初からステッチは使えないとはわかっていたが、他の魔法もその多くが通用しないことがわかってしまった。

 下手に魔法を使って逃れようとしたら、『対策』されて不要なダメージを負う危険性が高い。


 ――……色々とできるけど、あんまり意味ない。


 取れる手段が豊富ではあるものの、相手にその大半が知られている以上あまり意味がない。

 むしろ、『この場合はあれ』と言ったように状況に応じた選択肢が多すぎることでゼノケイオスの反応自体が遅れてしまっている。

 だとすれば、あれこれやろうとすることは隙を晒すことにしかならない。


「――シンプルにいく」


 4人の波状攻撃に晒され、巨星魔法の一撃を受けて弾き飛ばされたゼノケイオスがそう呟く。




 ゼノケイオスの呟きを4人は聞き逃さなかった。


「来るぞ、貴様ら!」


 アリスの警告と共に、吹き飛ばされた体勢のゼノケイオスがその場から

 その次の瞬間、フランシーヌの真横へとゼノケイオスが回り込んでいた。


「速い!?」


 それはゼノケイオスの翼――『黒炎竜』の時にも持っていたジェット噴射による超加速の仕業だった。

 魔法を使わずとも、身体能力だけで《アクセラレーション》を使ったのと同じだけの加速が彼女には可能なのだ。

 しかも、その上魔法を使っての強化も当然行える。


「ライズ《ストレングス》」

「させない! ドライブ《フォーミュラ・エクシーズ》!」


 ジェット噴射による高速移動からのライズで強化した一撃がフランシーヌを襲う瞬間、クロエラが動いた。

 彼女の最大速度でフランシーヌを横から搔っ攫い、ゼノケイオスの攻撃をかわす。


「……逃がさないもん。ライズ《アクセラレーション》」


 ジェット噴射に加えて《アクセラレーション》を使った瞬間速度は――果たしてどこまでになるだろうか。

 誰の眼にも捉えられない速度でゼノケイオスが飛翔し、フランシーヌとクロエラを纏めて葬ろうとする。


「ext《天魔禁鎖グラウプニル》」

「……っ?」


 しかし、空を翔けようとしたゼノケイオスがバランスを崩して地面へと落下する。

 ゼノケイオスがライズを使うのとほぼ同時に放ったアリスの鎖が、辛うじてゼノケイオスの足へと絡みつき動きを止めたのだ。


「ふん、だぜ」


 落下しライズの効果が切れたタイミングでアリスも《グラウプニル》を解除。

 それに合わせ、4人の魔法が倒れたゼノケイオスへと一斉に殺到する――




 『やれることが多い』ということは、無数の選択を常に選ばされるということに他ならない。

 様々な能力を持ち選択を迫られることと、限られた能力内での選択を迫られることには大きな違いがある。

 一番の違いは、『最適解を導き出すまでのスピード』であろう。

 様々な対応ができてしまうが故に、最適解を瞬時に見出すのにどうしても時間がかかってしまうのだ――『頭』で考えてしまうがためのタイムラグが起きてしまうのは、知能ある生物であれば避けようがない。

 ゼノケイオスの脅威はユニットの魔法を完璧な精度で使えることにあるが、同時に弱点もそこにある。

 ……『ありす』の姿を模しており、口調や仕草も『ありす』によく似ていることから、アリスは自分と同等の知能であると推測。

 そして、もし自分が皆の能力を使えるとしたらどうなるか? をシミュレーションした結果が、この状況だ。

 自身の『強み』が一転して『弱み』となった時にどう動くか?

 アリスであれば、『強み』を捨ててでもシンプルに戦いやすい動きに変じる――そう予測し、実際にゼノケイオスはそのように動いた。


 シンプルに行く――アリスであれば、ライズを主軸とした自己強化を行い、状況に応じて射撃系魔法での牽制・とどめを選ぶだろう。


「ロア、フラン! デカいの行くぞ!」


 気を付けなければならないのは、アリス、ケイオス・ロア、フランシーヌは互いの魔法でダメージを受けてしまうことだ。

 ここだけはどうしても避けようがないし、攻撃の合図は口頭でしなければならない。

 ゼノケイオスに聞かれてしまうことは承知の上でアリスは『デカい』魔法の合図を送る。

 その一瞬、二人の攻撃が途切れクロエラが一人で残ることになってしまった。

 アリスがゼノケイオスの考えがわかるのと同様、ゼノケイオスにもアリスの考えはわかる。

 大魔法を使おうとした瞬間こそが、ゼノケイオスにとっての反撃の機会が来る――そのことを。


 ゼノケイオスがジェット噴射で上空へと一気に離脱しようとする。

 アリスの魔法が発動するよりも速く、そしてクロエラ単独では追いつくことはできても止めることは出来ない――もし迫ってくるようならクロエラを真っ先に『潰す』つもりだ――はずだ。

 メタモルによる回避は実質封じられたも同然だが、ジェット噴射による超高速移動は魔法ではないゼノケイオス自身の身体能力である。これだけは封じることはできない。

 上空へと逃れ、そこからゼノケイオス側からの大魔法を叩き込めば状況は逆転する、そう判断した。


「オペレーション《リバースタイム》!」

「! しまった……!」


 しかし、それもまたアリスの読み通りである。

 飛び上がった瞬間を逃さず、ケイオス・ロアが再び《リバースタイム》を仕掛けて強引にゼノケイオスを引き戻す。

 それと合わせて、


「cl《超重巨星ジュピター》!!」


 超重力空間を作り出し引き戻されたゼノケイオスを閉じ込める。

 ……普段ならば魔力が足りずに相手を閉じ込め続けることは不可能な魔法ではあるが、魔力が次から次へと回復していく今の状況であれば《ジュピター》は神装をも超える恐るべき『必殺』魔法となりうる。

 ただし、ゼノケイオス相手には『足止め』にしかならない。


「…………【消去者イレイザー】 《ジュピター》」

「チッ、やはりギフトも使えるか!」


 ゼノケイオスが【消去者】で《ジュピター》を消し去ってしまう。

 魔法だけではなくギフトも扱えるだろうとは予想していた。

 ここまで使って来なかったのは、アリスが考えていた通り『時間稼ぎ』が目的なので『手を抜いていた』ためだろう。

 最強の『妨害』能力である【消去者】はギフトである以上、止めることは不可能だ。

 だから魔法は消されること前提でいる。

 【消去者】で《ジュピター》が消されても誰も動揺せずに、すぐにゼノケイオスの次の動きへと対応できていた。

 ……が、ゼノケイオスの『次の動き』は予想されていても尚対抗することのできないものであった。


「アウェイクニング」


 《ジュピター》を消し去ると共に今度こそジェット噴射で上昇。その場から逃れる。

 《リバースタイム》には『制限』があることを既にゼノケイオスは見抜いていた――連続して巻き戻しをすることができないというものだ――ため、隙を突いてまずは距離を取る。

 そして発動すれば対抗することのできない絶対的な破壊力を持つ魔法――


「awk!」


 おそらくはそうするだろう、とアリスも予測はしていた。

 『時間稼ぎ』が目的であろうに纏めて吹き飛ばそうとする意図はともかく――

 対抗策は


「「《星天崩壊エスカトン天魔ノ銀牙ガラクシアース》!!」」


 『神々の古戦場』に星々が出現――互いにぶつかり合う。

 《エスカトン・ガラクシアース》は発動してしまったら最後、絶対防御能力でも持たない限り逃げ回る以外に対抗策がない。

 唯一の例外にして、この場でのみ行うことが可能な方法がある。

 それが、である。

 本来ならば絶対に起こりえない、アリスの魔法同士の激突――同じ魔法を同じ威力で使える以上、ゼノケイオス側が一方的に打ち勝てるなどという道理はない。


「……っ」


 初めてゼノケイオスの表情が変わった。

 ……とはいえ、それはアリス本人や『恋墨ありす』と普段共に過ごしている家族やラビたちにしか感情を読み取ることのできない微妙な変化でしかなかった。

 ゼノケイオスの感じているものは――『苛立ち』。


 ――ふん、まぁ


 ゼノケイオスの様子を見て、アリスはほぼ正確に彼女の考えを読んでいた。

 『魔力は(おそらく)無限』『使いたかった他人の魔法も自在に使える』と、アリスの『理想』を実現していると言えるのだが……それでも『苛立ち』を感じる理由もわかる。

 なんでも出来るはずなのに、何の成果も出ていない。

 自由なはずなのに、自由に能力を扱うことが出来ない。

 つまるところ、――それがゼノケイオスが今思っていることだろう。

 彼女の『不自由』の理由は簡潔だ。

 いくら無数の能力を操れると言っても、

 基本的に魔法もギフトも発声することで発動するものなのだ。複数の能力を同時に使うことはできないのだ。

 本来ありえない組み合わせの魔法であっても、都度ゼノケイオス自身が発声する必要があり、それは僅かであってもタイムラグを生む。

 生まれたタイムラグは『隙』となり、反撃の時間を作ることにもなるし『何をしようとしているのか』を考える時間を与えることにつながる。

 また、今回に限っては相手が悪い。

 今の《エスカトン・ガラクシアース》同士のぶつかり合いも、アリス側の魔法を【消去者】で消してしまえば一方的に攻撃することが出来る……とはいかない。

 なぜならば、を使っている都合上【消去者】はアリスとゼノケイオス両方の魔法を等しく消してしまうためだ。

 同様の理由で【消去者】の新能力による魔法封印も使えない。

 【贋作者カウンターフェイター】は、全魔法を使えるゼノケイオスにとってはさほど意味のないギフトとなってしまっている。

 複数の能力を同時に扱えるようになる【詠唱者シンガー】は、他者との融合リュニオンをしなければ意味がない――ゼノケイオスには使えない能力となっている。

 唯一、ゼノケイオスでも有効に扱えるかもしれない【演算者カリキュレーター】は、相手の能力・性格を互いに知っているためほぼ意味をなさない。


 ――……オレも前にちょこっと考えたことはあったが、一人で全部の能力を使えるってのは別にいいもんじゃねーな。


 相手によっては確かに『無敵』とも言える能力だろう。

 しかし、いざそれを体現したものが現れ、しかも思うように力を揮えていない現状を見てアリスは確信した。


 ――『仲間』がいる。それこそが、オレたちの『最強の力』なんだ……!


 同時に魔法を使うことだけではない。

 仲間がいることで互いに助け合うこともできるし、実力を何倍にも引き上げることが出来る。

 一人で出来ることなど、たとえどんな強力な能力があろうともたかが知れているのだ。


「…………


 苛立ちがゼノケイオスを変えた。

 低く、威嚇する唸り声のような呟きと共に、


「アウェイクニング 《エスカトン・ガラクシアース》!」

「! もう二発目が来るよ!?」


 ――ま、そう来るわな。


 慌てるクロエラに対しアリスは冷静だ。

 自分と同じ性格だからこそよくわかる。

 

 アリスとゼノケイオスの最も大きく決定的な違いは、『魔力の回復速度』である。

 アリスは30秒ほどで完全回復はできるが、逆に言えば30秒は待たなければならない。

 対してゼノケイオスはそもそも『魔力無限』なのだ。アリスの全魔力容量を超える《エスカトン・ガラクシアース》であろうとも連発は可能だ。

 この30秒はアイテムを使えば埋めることは可能だが、アリスの手持ちアイテムはいずれ尽きてしまう。相殺のためだけに使うにはあまりに無駄が多い。

 相殺しきれない連発でのごり押し――自分ならそうするだろうとアリスは思う。

 普段の戦闘であれば別の手を考えるだろうが、『無限の魔力』を持つ自分がムキになったとすれば――こうするだろうなと内心で苦笑してしまう。

 


 ――ふん、負けるかよ。


 自分の力だけでは対抗しきれないことは理解している。

 それでもアリスは確信している。




 この戦い、必ず自分たちが勝つ――と。

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