第10章62話 其ノ黒キモノニ触レルナ 2. 最終決戦前 ~死の大地
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ゼノケイオスがラビを連れ去った直後の『死の大地』にて――
「くそっ……! 追いかけねば……!」
ゼノケイオスが去ると共に、身体の動きを封じていた魔法も解除されて全員が自由に動けるようにはなった。
直接ダメージを与える魔法ではなかったものの、圧し潰す力に抵抗し続けたことで少なからずアリスたちは肉体にダメージを負っていた。
しかし、そんなことは関係ないとばかりにアリスはすぐさま立ち上がり、ラビを救出すべくゼノケイオスを追おうとする。
「ま、待ってアリスさん!」
「そうよ、待ちなさいアリス。まずはフランのダメージを回復しないと」
「……しかし!」
細かい状況は把握できていないが、ケイオス・ロアとフランシーヌがラビを守ってくれていたことは何となく理解している。
『恩人』と言っても差し支えない彼女たちではあるが、やはりそれよりもラビの『今』の方が彼女にとっては優先である。
”……『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』だったっけ。君たちの世界にはそんな言葉があるらしいね”
「ミトラ! 気が付いたのね」
”途中からね。
アリス君。ボクたちは『敵』のことをあまりに知らなすぎる。そして、さっきまでの戦いを見る限り――『己』のことを知ることこそが重要なんじゃないかな?”
「む……」
ミトラの言葉に今にも走りだしそうだったアリスの動きが止まった。
彼の言葉には一理ある。
ゼノケイオスの能力の全貌は不明だが、少なくとも『ユニットの魔法』を使ってくることは確定している。
そして、彼の言葉の後半――『己を知る』ということが何を意味しているのかも、アリスには理解できた。
「…………くっ、だがあまり時間はないぞ」
”わかってるよ。ケイ、急いでフランシーヌ君の治療を。皆の魔力と体力を全快にしつつ作戦会議をしようじゃないか”
「そうね。ミトラ、あたしの魔力回復をお願い。アリスたちも必要なら回復するわ」
「……すまん、頼む」
一呼吸置いたことでアリスの頭も冷えたようだ。
急ぎたい気持ちには変わりないが、仮にこのまま相手の元へと向かったとしても勝ち目はない――それがわかっているためだ。
チャンスは二度はない。
必ず、次の戦いで勝たなければならないのだ。
――待ってろよ、使い魔殿。
――そして、
自分と同じ顔をしていようがアリスには関係ない。
『敵』であることが明白な相手に遠慮も戸惑いもない。
『次』があるという幸運に感謝しつつも、『次』は必ず勝つという決意をアリスは固めるのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……ごめん、ラビを守れなかった……」
《リカバリーライト》によって回復したフランシーヌはすぐに意識を取り戻し、状況を察するとアリスたちへと頭を下げる。
「いや、貴様が謝ることではない。むしろ、今まで使い魔殿を守ってくれたのだ。こちらこそ感謝する」
アリスがフランシーヌを責めるつもりは心の底からない。
自分の不手際で分断されてしまった挙句、ここに至るまでずっと守ってくれていた者を責めるなどありえないことだ。
「でも――」
それでもフランシーヌはなおも言葉を重ねようとするが、
「でももへったくれもない。あの場で何もできなかったのはオレも同じだ」
「う、うん。えっとフランシーヌさん……だよね? あの時ボスを守れなかったのは、ボクたちの責任だよ。だから気にしないで」
「うむ。それに、今は『先』のことを考えるべきだ。違うか?」
「……そうね、わかったわ」
アリスとクロエラがフランシーヌの謝罪を止めた。
何にせよアリスの言う通り『先』のことを考えるべきだ、とフランシーヌも思いなおす。
先ほどの『失態』は、この先の戦いで取り戻すことでしか償えない――内心ではそう思いつつ……。
”さて、色々と思うことはあるだろうけど――あの『怪物』を倒してラビ君を救うために幾つか話し合わなければならないことがある”
この場にいる唯一の使い魔であるミトラが自然と取り仕切る。
混沌とした状況において、やはり司令塔となるべきは使い魔であろうと皆が一致している。
……アリスは内心では『こいつやっぱうさんくさいなー』と思っていたりするのだが。
それはともかく、この状況で『クエストクリアの一番乗り』を目指すような考えは誰もしていない。ミトラであってもそうだろうとアリスたちは信じる。
クエストをクリアするための最大の障害である『怪物』――ゼノケイオスは、単独のチームで戦っても容易には勝てないだろうと思っている。
仮にアリスたちが8人全員揃っていたとしてもそれは同じだ。
”まずはあの『怪物』……ようやくモンスター図鑑に載ったけど、『ゼノケイオス』という名前らしい。あいつについてだ”
クエストクリア、そしてラビの救出――どちらにとっても障害となるのが確実なゼノケイオス攻略について考えるのが最優先事項である。
「ヤツについてわかっているのは、ユニットの魔法を使うことだな」
「うん。ボクたちの仲間の魔法を使ってたね……皆と連絡が取れないことに関係しているんかな?」
”多分ね。オルゴールとBPの魔法も使っていたし、二人とも連絡がつかない状況だし、そう思っておいていいだろう”
ゼノケイオスが使った魔法の本来の持ち主は、いずれも連絡がつかなくなっているだけでなく所在も不明だ。
そこに関連性を見出すのは自然な流れだろう。
「ん? でも待って。あいつ、アリスの魔法も使ってなかったっけ?」
「それに、ゼノケイオス自体は使ってなかったけど……ロアの偽物もその前に出てきて魔法使ってたわよ?」
おそらくは一番状況を知っているであろう二人の言葉に、全員首を傾げる。
所在不明のユニットの魔法
「……ふむ? オレの魔法については予想だが、ヤツがオレの姿をしていたことが関係しているのかもしれんな」
「なるほど……アリスさんの姿をしているから、同じ魔法を使えるってことかな」
”そして、ベースとなっているアリス君に加えて所在不明のユニットの魔法を使える――ケイの偽物は、ケイの姿をしている時だけ使える……?”
「――だとすると、今のゼノケイオスはこの場にいるアリス以外のユニットの魔法は使えない、って考えても良いかもね」
皆でゼノケイオスの能力を推測してみた結果がそれだった。
所在不明のユニットの魔法は使える――どんな理屈で、ユニットたちがどうなっているのかは……推測してもわからないが。
そしてゼノケイオス自身はアリスの姿をしておりアリスの魔法は使える。
しかし、所在のはっきりしている、つまりこの場にいるユニットの魔法はゼノケイオスは使えず、偽ケイオス・ロアのように自分から分離させないと使えない――
理屈は全くわからないが、おそらくそういうことなのではないかという見解で一致した。
「……そうなると、少し厄介な点もあるわね……」
フランシーヌが渋い顔をして唸る。
何が『厄介』なのかは他のメンバーも理解していた。
「ええ。あたしたちがもしゼノケイオスにやられたりすると――もしかしたら、あたしたちの魔法も使えるようになるかもしれないってことね」
”実は使えるけど隠しているだけ、という可能性もあるけどね。まぁ隠しておく理由はなさそうだけど”
こちらのメンバーがゼノケイオスに倒された場合、所在不明のユニットと同じようになる可能性は非常に高いということだ。
そしてこの推測が正しかった場合、所在不明のユニットたちはゼノケイオスに吸収されているような状態であろうことになる。
「ボクはその可能性が高いと思う。
さっきの戦いでも、ボクの魔法は使って来なかった――もし使えるのなら、
「うむ、確かに……。
となると、ヤツとの戦いではこれ以上誰も倒れないようにしなければならん、ということか……」
アリスの言葉に全員が沈黙する。
言うは易しであるが、それが何よりも難しいのはわかりきっている。
ラビを連れ去ることを目的とした先ほどの戦いでは、ゼノケイオスは『手加減』していたのは明らかだ。
もしも全力を出してきたとしたら、もっとあっさりとやられていただろう。
……そうならなかったことは正に幸運であり、唯一無二のチャンスを得られたのではあるが。
”アリス君の言う通りだ。仮にヤツがケイたちの魔法を使えるのに隠していたとしても、これ以上誰も倒れずに戦うべきということに変わりはないだろう”
倒されれば何かしらの手段で以後行動不能になる――使える魔法が増えるのかどうかは関係なく、その可能性が高いのだ。
それに、単純に一人減ればその分だけ手数も取れる手段も減る。どんどんと削られて敗北が近づくだけとなるだろう。
そうならないように、『誰も倒れずに戦う』ことは必須事項と言えるのは違いない。
”色々と思うところはあるかもしれないし、使い魔のいないアリス君たちには心苦しいかもしれないけど――ここは一つ、腹を割って話し合おうじゃないか”
「…………はぁ、いいだろう」
「まぁ、あたしはミトラさえ良ければ」
「別に構わないわよ」
ミトラが何を言いたいのかをアリスたちは理解していた。
アリスとフランシーヌが頷いたのを見て、ミトラは宣言する。
”打倒ゼノケイオスのため――
ゼノケイオスが全員の能力を使える、もしくは条件付きで使えるようになるというのであれば、ミトラの提案は対抗策を考える上で自然なことだった。
もちろん、ミトラ自身はスカウターを使えばこの場にいる者の能力はある程度は把握できるが全てではないし、アリスたちに結局口頭で伝える必要がある。
ラビが攫われてしまい時間の余裕もあまりないのだ。躊躇っている暇はない。
……もっとも、アリスが渋々だったのは能力を隠したいのではなく、『何も知らない状態でケイオス・ロアと戦って決着をつけたかった』という思いが捨てきれないからなのであるが。そのことはおそらくケイオス・ロアにしか理解できていないだろう。
それはともかく、すぐにお互いの能力を説明しあおうとする。
「時間が惜しい。クロエラ、貴様がオレ以外の仲間の説明をしろ。
オレの能力は――実際に見せながらの方がいいだろうしな」
「あ、うん。わかった……って、アリスさん、またアレやるの……?」
アリスが何をやろうとしているのか想像がつくのだろう。
恐る恐る尋ねるクロエラにアリスは迷いなく頷く。
「当然だ。幸い、会話中に魔力も回復できるだろうしな――最短距離で突き進んで、ヤツの元へと向かうぞ!」
本日三度目の《
ケイオス・ロアとフランシーヌも、先ほどアリスたちが現れた時のことを思い出し何をしようとしているのかを理解する。
「……あんたも大概、出鱈目な力持ってるわね」
呆れたようにフランシーヌが言うが、アリスは誉め言葉と受け取ったかニヤリと笑みを返す。
”…………出鱈目だけど、確かに一番早い方法だね。
それじゃあ、アリス君が準備をしている間にボクたちは話し合おう。できればゼノケイオス戦の作戦まで考えたいところだけど……”
「出たとこ勝負にならざるをえないかもしれないわね。ぶっちゃけ、『何が出来るか』までは予想がついても『何をしてくるか』が読めないし」
”だよね……まぁいいさ。とにかく話を進めよう”
ゼノケイオスの恐るべき点は、『ユニットの魔法を使える』ということではあるのだがそれは正確ではない。
『ユニットの魔法を使える』イコール『手段が豊富』ということを意味している。
なので、1つや2つの対抗策を考えても対抗しきれないことこそが最も脅威と言える。
フランシーヌのような『1つの能力に特化したタイプ』の真逆、あらゆる状況に対応した能力を使えるという意味では、アリスやケイオス・ロアと似た『汎用性特化型』という矛盾したタイプだと言えるだろう。
そうした相手との戦いにくさについては、本人たちが一番よくわかっている。
逆に、『一点特化型』のペースに嵌めることが出来れば突き崩しやすいという面があることも自覚しているが……果たしてこちらのペースに乗せられるかは疑問だ。
それから彼女たちは、アリスが《ギンヌンガガップ》の準備をしている間に手早く能力の説明をしあう。
会話のほとんどはクロエラによるラビのユニットの説明になってしまったが、これは人数の問題もあって仕方のないことだった。
「――アリスの魔法は当然のこととして、今この場にいるあたしたちを除外した上で厄介な魔法は3つ、かな」
一通り能力の説明を聞いたケイオス・ロアがすぐさま『危険度の高い魔法』を弾き出す。
「オルゴールの
行動封じのステッチ、汎用性が高く万能のステータス強化を行うライズ、手数を瞬時に倍増させるサモン。
これらについては単独で使われてもかなり危険な魔法だと言える。
特にサモンは、『対ゼノケイオス』という前提そのものを覆すと言っても過言ではない。この上、ブラッシュによる強化や、他の本来ならば組み合わさることのない魔法による強化もありえるのだ。
”……ステッチについては、アルが生き残っている限り大丈夫だろう”
「うん、そうだね。ボクたちがここに来る前に
クロエラは思い出す。
『黎明の平原』でなぜアルストロメリアが急にエキスパンションを使って海を作り出したのか――その理由は、見えない『海』を作り出すことによって糸の動きを鈍らせるというものだったのだと。
その時の記憶をゼノケイオスが持っているかはわからないが、とりあえずエキスパンションが使える状態を維持しておけば糸封じは可能となるだろう。
「なら、そのアルストロメリアって子は、ゼラに匿ってもらったままの方がいいわね。
ゼラ、あんたは前に出ないで防御に徹すること。いいわね?」
《……》
ぷるぷると震えながら『了解』を返してくるゼラ。
ゼラの不定形な肉体は、一撃で全身を消し飛ばされでもしない限りはどんな攻撃でも耐えられるだろう。
アルストロメリアが必要に応じてエキスパンションで援護、ゼラがそれを守り抜く――ここがまず戦いの大前提となる。
「あとは……フランが食らったっていう、アリスの大魔法かー……」
「あれは、ねぇ……」
若干遠い目をしつつ、ケイオス・ロアとフランシーヌがため息を吐く。
彼女たちが言っているのは、当然アリスの最大魔法である《
他にも神装3種も脅威ではあるのだが、あれらは知ってさえいれば対策は可能ではある。相応の実力がなければ不可能なのには違いないが。
だが《エスカトン・ガラクシアース》だけはどうしようもない、というのがフランシーヌたちの見解だった。
超広範囲への質量攻撃を防ぐことは非常に難しい。彼女たちは知らないが、ミオの【
巨星魔法だけならフランシーヌたちでも回避あるいは迎撃はできる。しかし、間断なく雨の如く降り注ぎ続ける巨星をいつまでも防ぎきることは難しい。
だから《エスカトン・ガラクシアース》への対処方法は、『逃げる』一択しかない。あるいは発動を阻止するかだろう――本家アリスであれば阻止はできるが、前準備なく発動可能なゼノケイオスは阻止不能と思われるが。
「もし使われたら回避に専念しつつ、反撃できそうならする――って感じかしらね。何も策がないってのと同義だけど」
”……相手の使うであろう魔法の詳細がわかっただけで良しとしよう。何も知らないよりはずっとマシだと思うよ”
自嘲気味に言うケイオス・ロアをミトラがフォローするが、『マシ』……本当にその程度のことでしかない。
「ふん、とにかく情報は余さず渡した。
であれば後はぶつかるだけだろう。違うか?」
と、そこで準備が完了したアリスが声を掛ける。
流石に三度目ともなれば、身体にかかる負荷にも慣れてきたらしい――本来『慣れる』ようなものではないとは思われるが……――特に苦しそうな顔をしているわけでもなく、また冷静さを完全に取り戻しいつものように笑みを浮かべていた。
……ラビを助けなければ、という思いはあるものの、『自分と同じ能力を持ちつつ更に他の能力を持つ』相手との戦いを思い描いて自然と笑みがこぼれているようだ。
この様子を見ればラビは『相変わらずのバーサーカーめ……』と呆れかえるだろうことが容易に想像でき、クロエラとラビをよく知るケイオス・ロアも少し緊張がほぐれたようだ。
「……そうだね。アリスさんの言う通り。うん、今までにないタイプの敵だけど――
「案ずるより産むが安し、ってね。
皆、さっき話した通り《
「面子的に前に出るのはあたしの役目かしらね。ゼラ、あんたはアルストロメリアを守りつつ自分の身を最優先でね」
《……》
”…………ふむ”
アリスの言葉でユニットたちの緊張や不安が一気に取り除かれたのがミトラにも感じ取れた。
言葉には出せず
リーダーとしての資質、というわけではないが、どんな状況でも恐れず、弱気にならず、躊躇わずに前へと進もうとする姿勢は頼もしさを周囲に感じさせるだろう。
――……やはり彼女こそが
――ふふ、この局面で邪魔なラビ君がいなくなり、そしてアリス君、フランシーヌ君、そしてケイの三名が揃っているというのはボクに取って幸運としか言いようがないね。
――後は、あのゼノケイオスをどう始末するか、だけど……。
表面上には出さず、ミトラは心の中で自身の『計画』について考える。
この『計画』の肝は2つ。
そして、
――……まぁいいさ。ボクの計画は揺らがない。
――
――
『”アル、例の「計画」については続行だ。けど、タイミングはボクの方から指示する。いいね?”』
『…………わかりました……』
けれども、彼の『計画』に支障はない。
「良し、話は終わりだな? 貴様ら、行くぞ!」
アリスの言葉に全員が力強く頷き、最終決戦へと向かおうとする。
――さて、それじゃ『結末』を見に行こうじゃないか。
――……ふふふ、どんな『結末』だろうと、ボクにとっては悪い方には転ばないんだけどね……!
ガイアを巡るクエスト、そして『ゲーム』の勝者を決める戦いに纏わる混沌は集束してゆく。
ゼノケイオスとの戦い――それを制したその時こそが、全ての決着がつく時なのだ。
誰もがそう思っていた……この時は、まだ。
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